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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第四章 願いと覚悟
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第44話 骸骨翼竜

 プテラノドンは翼竜(フライングリザード)である。

 正確には翼指竜亜目に属するが、特徴は後頭部から突き出た大きなとさかだ。頭に長い斧を挿している姿とも言える。


 空を飛ぶ竜なのだが、尾は退化して、代わりに中手骨が伸長する事で、飛翔、滑空に有利な身体を手に入れていた。


 そして魚食性である。捕食方法は海上で低空飛行しながら、そのくちばしを水面下に差込み、

魚を捕らえていたと考えられている。そういった意味では長いくちばしを持った海鳥に近いかもしれない。

 

「それじゃあ襲撃用の使い魔にならないしね」


 ランゼットは地上からすぐに飛び立ち、今は空中を機敏に旋回している骨だけの翼竜を見上げる。

 鳥とは違う、無軌道な方向転換は先の動きが予想しづらい。


 また白亜紀の魔法強化された化石の嘴には、ずらりと鰐の如き牙が外に突き出して並び、学者の想像と異なる危険がある事は明らかだ。


 そして、翼には存在しない鋭い爪も付与されており、後頭部の斧の如き突起の下がほのかに内部から光っている。

 骨しかないので隙間だらけだが、翼があるべき部分は、代わりに薄い膜が光っており、四大精霊の風属性を付与することで、飛翔を可能にしている。


「ベルが魔術戦闘より殴り合い好きなのを読まれているわね」


 美雨は、呪文を唱えながら敵が翼竜を選んだ理由を推測している。

 魔術師と魔法剣士の違いは、その魔力の蓄積容量、変換能力の大小による。


 あと、本人の身体能力の優劣も重要だ。通例、前者に秀でる者は魔術師に、後者に優れる者は魔法剣士にと道は続く。


 だが、中には両者の特性を備える者も存在する。

 そんな一人がこの金髪の教授、ベアトリーチェ・ランゼットだ。

 しかし、魔法剣士として彼女の得手は拳闘術。魔法武器の効果を思えば通常選択しない戦法だった。

 

 無理やり現代兵器に例えれば、ランゼットは戦車、翼竜は戦闘ヘリだ。

 ランゼットには、攻撃魔術という飛び道具はあるが、詠唱と対象選択の段階を踏まないと発動できないため、その間は無防備になってしまう。


 スーが骸骨兵士に唱えた抗不死存在魔術でも、敵の選択固定が失敗すれば、効果を発揮しないのだ。空を飛ぶ動きの早い敵には、その固定が難しくなる事でランゼットの不利となる。


「ベルは長時間空中戦闘は出来るようになったの?」


 美雨が魔術の種類について尋ねると、教授は首を振った。


「筋力強化で跳躍力は上げられるし、単純な浮揚推進(レビテーション)ならできるけど、飛行中の戦闘速度としては不十分ね」


 教授の答えに「主の〔迦楼羅〕みたいにはいかないか」と美雨は次の戦術を検討するが、親友の態度は余裕しゃくしゃくだ。


「じゃあ、翼竜が襲ってくる時に捕まえるという事ですか」


 スーが一番簡単な戦術を提示した時、いきなり敵が急降下してきた。

 翼竜はその広い翼を縮め、大きな鏃の様な姿で、教授を目掛け急襲する。


 その姿は降りるといった生易しい物ではない。

 空中で放たれた弓矢の如き素早さ。予備動作も無く落ちてくるといったほうが相応しかった。

 翼竜は嘴に植えつけられた鋭い牙で、ランゼットを食い千切らんと襲い掛かる。


 ランゼットは易々とその攻撃を回避。

 振り向きざまに左の拳で翼竜の手首の骨を殴りつけた。鈍い反応。

 ダメージが届いていないと分かる。


「魔法防壁!?」


 スーは教授の拳によって発動した魔法効果を理解すると、魔法効果解除魔術の詠唱に入る。翼竜がまとう、物理ダメージ吸収魔法を消去しようと考えたのだ。


「それだけじゃないわね」と美雨は判断した。美雨もすでに次の魔術式を構成している様だ。

 呪文を唱えながら美雨へ顔を向けるスーに説明する。


「骸骨翼竜の骨は遙かな時間を経て化石になっているわ。だから骸骨兵士に比べて、土の中に居た事で石としての要素が相当強いの。

 その結果、四大精霊の土属性の加護も受けているから、単純な防壁解除魔術じゃ、解除できないわ」


 スーはそれでも最後まで詠唱してみる。


 「在るがままに立ち返れ」と解除魔法を発動するが、動き回る骸骨竜を正確に照準出来なかったのか、魔法自体が失敗したのか、いずれにせよ美雨の予想通り、効果は無かった。


 スーは、見た目よりも翼竜が厄介な存在だと分析した。

 土の属性が付与されて硬く、魔法障壁で物理ダメージも吸収される。

 不死存在だから疲労もしないし、風属性付与で空中で素早く動き、捕まえることが難しい。


「どこの博物館から化石を盗んできたのやら」


 ランゼットは面白そうに「大英博物館?」と笑う。


「むしろ倫敦自然史博物館じゃない?」


 美雨は、化石で有名な場所を例にあげた。


「そうね。あそこの恐竜は凄いわねー」


 観光地の感想を言い合うような二人の会話の間にも、翼竜が襲ってこないかとスーは気が気でない。


「教授、真面目に戦ってください!」


 さっき教えてくれた事と違うじゃないですか、と思いつつ声高に文句を言うと、それに反応したのか、翼竜が翼をたたみスーに向かって降りてくる。

「ああああ」と悲鳴をあげるスーに向かって、美雨が指をふる。


 氷もて、かの者を守護せよ

glacies……patronum……


 すると翼竜とスーの空間を遮るが如く、氷の結晶形をした分厚い盾が広がる。

 翼竜はギリギリの瞬間に物質化したため避けられず結晶氷盾(アイスシールド)に激突。


 なんとか盾を砕きながらも、自らの速度を落とされた事でスーを襲撃せず、方向を変えて上空へ戻った。


「落下速度も加えた物理破壊力は侮れないわね」


 美雨も盾を破壊されるとは思わなかったらしく、感心したように批評した。

 スーは、空から降る砕かれた氷の破片を浴びながら、その冷たさとは違う理由で身体中が震えている。


「スー、“雉も鳴かずば打たれまい”って日本の格言を勉強しなさい」


 いつ間にか真後ろに来て、彼女の肩の上から前に左手を突き出していた教授に、再び指揮官の顔で厳しく注意され、スーはがっくりと落ち込んだ。

 

「ベル、その台詞、昔のあなたに私が教えたのよね」


 そんな二人にのんびりと美雨が過去の逸話を持ち出すと、ランゼットは唇の前に人差し指を立て、目配せしながら苦笑いだ。

 それで救われた気持ちになったスーは、美雨に感謝して頭を軽く下げる。


「それにベル、フランクリンさんをおとりに使ったわね」


 スーの後ろで迎撃姿勢だったランゼットを見ながらの美雨の言葉に、スーが驚いて教授を見上げる。

 すると教授は悪気の無い表情で「機会は生かさないとね」と認める。


「あのまま突っ込んでくると思ったんだけど、案外馬鹿じゃないわ」


 それを聞いた美雨は、「ベル、私が追い込むまで気を引いて」と言うと、さらなる魔術詠唱を開始していた。

 スーは、教授の戦闘へ対峙する冷徹な態度と、矢継ぎ早に連続詠唱を続ける魔術師としての美雨の実力に言葉もない。


 「任せといて」


 ランゼットは答え、墓地の中央に出ると、立ち止まって翼竜を挑発する様に叫ぶ。


 「ほらほら、いつまでも飛んでるだけなら、帰るわよ」


 翼竜はそんな教授に向かって、高い空から真直ぐ落ちる尖った(やじり)の様に突っ込んできた。


 そして避けようとする教授の直前で両翼を広げる。

 それは刃渡り七メートルもの死神の鎌(デスサイズ)だ。

 これでは身をかわすことは出来ない。


 翼の骨には風属性で真空の刃が付与されており、涼平の戦ったカマイタチなど玩具に思える凶暴さだった。

 

 教授と翼竜が交錯する。

 その瞬間、耳をつんざく擦過音が響き渡り、スーは思わず耳を塞いだ。

 鉄の塊を巨人が強引に道路へ擦り付けたような金属音。それでも目だけは戦場を見つめている。


 地上には、高速の物体が通過した事による空気の流れが残っていた。

 そして、スーの視線の先には、彼女の教授が健在だった。


 ランゼットは翼竜の分厚い鎌刃と暴風の勢いを、肘まであるグローブを篭手代わりに左腕一本で受け流したのだ。だが受け止めた位置から数メーター後方に押し込まれていた。

 それでも彼女の顔に焦りはなく、逆に獰猛な嗤いが浮かんでいる。


「面白い事してくれるわね」


「教授、また来ます!」


 スーの警告と共に、間髪いれず翼竜が再度高速で襲撃してくる。

「ベル」という美雨の言葉に頷くと、再び受け流しの構えに入るランゼット。


 翼竜はさっきの攻撃に味をしめたのか、さらに高い位置から速度を増して降下し、物理的な攻撃力を高めるつもりだ。翼竜は先ほどの倍以上の高さから落下し始める。

 そして、翼をしっかりたたみ、身体を軸に螺旋に回り始めて、己の攻撃に回転力を追加しだした。


「なるほど、受け流させないってことね」


 相手は自分をドリルの様にスピンしながら突き刺すつもりらしい。


「あなたの腹に突き刺さった所を雷撃の魔法で焼き尽くす?」


 美雨に聞かれ「痛いのは嫌いだし」と断るランゼット。

 スーにはもはや彼女達の会話が本気か冗談かの判別が難しい。

 だから「教授っ」と心配して声をかけるしかできなかった。


 翼竜は一直線に、太い槍となって教授に落ちてくる。

 教授はスーを囮に使った時と同じように、左手を突き出し、五本の指を開いて半身で待ち構える。

 

 そして両者は再度激突した。

 今度は巨大な金槌で金属を殴る如き轟音と、衝撃波がスーを身体ごと後ろへ吹き飛ばす。


 急いで立ち上がった彼女の眼前には、翼竜の嘴の先を左手で掴み、右手で首を押さえる金髪の獅子の姿があった。

 翼竜は激しくもがいて彼女の戒めを解くと、再度上昇を始める。


 その刹那、美雨の詠唱が響いた。


水もて、(おり)の刃を束ねよ!

aqua……constructum……acies……cavea!


 ランゼットと翼竜の周りに、突然何本もの水が噴きあがる。

 その水流は斜め上に傾いており、上の方で互いが重なりあった様子は円錐形で、布のない丸いテントの骨組みのようだ。翼竜はその水を潜って上空へ行こうとする。


 ところが、翼がその水に触れた途端、激しく撥ね返された。何度試しても、翼竜は狭い水の篭から出られない。


 「どうして?」


 疑問を口にしたスーにランゼットが解説する。


「ミューちゃんの水檻(アクアケイジ)はねえ、深度一万メートル以上の海底の水と同じだから、檻自体が高水圧カッターで、切れ味は抜群。

 土精霊の力で構成した研磨材も入っているから、魔法障壁も無く下手に逃げようとすれば、鋼鉄でも金剛石でもケーキみたいに両断しちゃうわよ」


 その説明で、スーは翼竜におこっている状況を把握した。


 翼竜がまとう魔法障壁は、ある一定の衝撃を吸収して本体へのダメージを伝達しない魔法だ。

 便利ではあるが、問題点も持っている。吸収できないほどの攻撃力の場合、反発してしまうのだ。

 そして強い攻撃が続くと本人の意志とは関わらず、自動防御状態になる。


 つまりこの魔法の欠点は、複数の衝撃に囲まれてしまうと、ほとんど身動きがとれなくなる事だ。


「さっき私が骸骨兵士達に殴られた状態と同じ……」


 スーの呟きに「正解」と返すと、ランゼットは左手のグローブに魔力を通す。

 漆黒だったその左手は、常若の国(ティルナノーグ)に植わる林檎の葉の緑光を放つ。

 浮き出す紋様は常に変化し、文字の様であり、絵画のようでもある。


「さって、拳で語り合おうか」


 ランゼットは上に行くほど狭くなる限られた檻の中で、低空のまま旋回する翼竜に向かって、左手を掲げて詠唱した。


(あざな)える縄に命ず、咎人を捕えよ」


 その手の平からは、黒で緑で組み上がった一本の光が飛び出し、速度を出せない骸骨翼竜の首へと蛇の如く絡みつく。

 ランゼットは空中でもがく翼竜に構わず、両手を使ってその縄を驚くべき強力(ごうりき)で手繰り寄せていく。

 翼竜が足でようやく立てる高さまで地上へと引き摺り下ろし、三回足踏みをした。


 すると、左手から伸びていた縄は、一瞬にして、足踏みをした場所から翼竜の首を繋ぐ闇色の鎖へと変化する。

 骸骨竜は暴れて縛りを引きちぎろうとするが、その鎖はびくともしない。

 彼女は、哀れな囚人に宣告した。


「大地自身が楔だから、逃げられないわよ」


 そしてランゼットは再び呪文を詠唱する。


 戦の魔女、 赤毛のマッハ

 Badhabh Cath……Macha Dearg 


 彼女の詠唱と共に、グローブには死と戦を司る三女神の一人を示す紋様が浮かび上がる。

 信仰者には、紅のマントを背に一本足の魔赤馬に騎乗し、戦場を駆け巡って命を刈り取る姿から、三位一体神の内で最も戦を愛すると称えられている。

 やがて漆黒の篭手を駆け巡る緑光は、その女神に相応しい血と愛を示す赤色光へと変化した。


 そして、彼女は、淡々とした歩みで、囚われの古代種へと近づいた。

 首こそ繋がれているものの、身体は自由な骸骨竜は、双翼に備える死神の鎌を振り上げ、抱きしめるように、その刃先を素早く交差させた。 


 だが、その重なった先に、ランゼットはいない。

 彼女は翼竜の攻撃の直前に跳躍すると、そのまま頭頂部の突起物の根元へと左手を手刀の形に揃えて|抉り込ませる。


 |不死の存在は成立した経緯から、永遠に死の世界の眷属であり、死を司る神を生殺与奪の絶対的権力者(ハイマスター)と仰ぎ、下僕として隷属する。


 魔的存在の関係性には人間の様ないい加減な所はない。

 そして古代種の亡骸から生成された骸骨翼竜もその例からもれる事はないのだ。 

 

 そこでランゼットは、死の女神(デスゴッデス)たる赤毛のマッハとして下僕の抵抗を一切許さず、土属性の加護も魔法障壁も、魔的存在の隷属原則を盾に全て強制的に打ち砕いてしまった。


 もちろん、神話体系も無視した出鱈目で強引な解決法は膨大な魔力を下敷きにした力技以外の何者でもなく、常識的な魔術師からすれば、結果オーライとしか言いようが無い方法だ。


 そんな想定外の手法で結果を出した彼女は、翼竜の身体が大きく震えた事も無視し、頭蓋に埋め込まれていた魔法具を引きずり出す。

 卵ほどの丸い魔法具は淡く光をともしていたが、彼女が握り潰すと、泥色の塊に姿を変えた。


 そして骸骨翼竜は、全ての魔力効果を失ったのか、見えない糸でつながれていた関節が外れてバラバラになって崩れ落ち、骨格化石はひび割れて、細かい灰の様になってしまった。 


「終わり、ですか?」


 スーがためらいいがちに問い掛けると、教授はにっこり笑って頷く。

 その態度に安心して周りを見回すと、さっきまであった敵の結界が解かれており、今回の状況が確かに終了した事を証明しているようだった。


「まあ、あわよくばって感じだったのかな?」


 ランゼットの感想に、美雨も「そうね。私達がここへ来る可能性から考えると、罠を仕掛けていた事自体忘れていたかもしれないわね」と賛成する。


「そんな、まぐれ当たりの罠で死ぬのは嫌です」


 スーは落ち着きを取り戻しながらも抗議した。


「仕様が無いわよ。魔法学舎の部会に所属する限り、いえ、魔術師でいる限り危険は無くならないんだから。嫌なら魔術師を辞めるのね」


 ランゼットの突き放した、それでいて優しい口調の慰めに、スーは思わず口元をほころばせて、反論する。


「その場合、報告書と夕食は、教授ご自身でお願いしますね」


 スーの思わぬ抵抗に、ランゼットは「ミューちゃん、スーが冷たい」と嘆く振りをした。

 美雨は二人の惚気(のろけ)合いにはもう慣れたので、さっさとスルーして、親友に確認する。


「それで、本当にこれで終わり?」


 すると美雨に再び肉食獣の笑みを浮かべ、ランゼットは答える。


「まさか。この闇討ちの落とし前は、きっちりつけるわよ」


 そして墓石の前に並べた蒸留酒をまた開けると「勝利の美酒」と言いつつ口をつける。

 そう、と美雨は頷き、スーに向き直った。


「じゃあ、私の置き土産を受け取ってね」


 そう言って、彼女はその内容を告げるのだった。







倫敦ネタは一旦終了です。

応援ありがとうございます。

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