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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第四章 願いと覚悟
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第41話 倫敦訪問

 ここに来たのは久しぶりだ。

 日本とは違う、乾いた夏の空気からすると乾燥注意報がでているかもしれない。


 美雨は石と煉瓦の街を眺めながら、午前十一時を過ぎたテムズ河湖畔の広い公園内を歩く。

 平均気温は東京より七度ほど低いので、日陰などでは涼しいというより肌寒いぐらいになる。


 美雨は寒さには強いが、日差しが強いこの季節にはあまり肌を晒したくないので、夏用紺ニットのキャミソールと七部袖のカーディガン、千鳥格子のボックスプリーツのスカートでトラッドにまとめ、日傘を差しながら歩く。


「冬のアンティークフェアとか懐かしいですね」


 公園のイベントを思い出しながら、美雨は、家族づれが芝生の上にブランケットを広げ、くつろいでいる姿を眺めて癒されている。


 このバターシー公園は倫敦(ロンドン)の南側に位置し、産業革命以後に自治体が中心となって整備した公園だ。

 王室・貴族の私園開放や慈善家の寄付ではなく、この様な下級労働者のための都市公園としては、他にビクトリア公園などが挙げられる。


 独逸(ドイツ)などの大陸的思考による統治者の教化政策としての公園と、英吉利(イギリス)の造園作家ラウドンの語る民衆の精神による自治運動の発露としての公園。


 考えは違っても、結果として造成される公園に宿る欧州人の美意識は、充分素晴らしいものだと美雨は思う。

 

 今日、彼女が魔法陣の呪文で、昔通ったここへ来たのは、カマイタチの魔術師情報を得るためだ。


 魔法学舎へ入学すると、通学のため魔法学舎の魔法陣を使用可能になる。

 具体的には入学式のあと、入学試験合格者が在学中における魔法学舎への忠誠を宣誓することで、魔法名ごとに認証鍵(アクセスキー)を魔術付与される。


 これによって本人のみが魔法陣を使用可能となり、自宅から一瞬で海外の魔法学舎へと転移できるのだ。

 ちなみに魔術師のバザールの場合は主催結社が集客を優先して、その様な制約を緩くしているので、魔法陣が使えるレベルの魔術師なら誰でも入れるし、魔術師が保証すれば一般人も入れる。


 しかし魔法学舎内へはは遙かに制限が厳しいので同じようにはいかない。


 そして美雨が今日使った様に、卒業にあたる修了式の後も再度学舎への忠誠を宣誓すれば、認証鍵は継続付与される。逆に宣誓を辞退すれば、この魔法陣はその時点で使用不可になるのだった。


 ただし、入学時の最初だけ学生はパスポートを取得して正規ルートで入国する。

 また修了時の出国も同様の条件だ。


 魔法学舎と各国でどのような契約が結ばれているのかは詳しく知らないが、普通の海外留学と同じく、魔法学舎のある国の政府から学生に学生ビザが発行される事もあり、入出の記録は一般人と同様に行う規則だ。


 実際飛行機を使った彼女は、要は最初と最後は魔術行使禁止って事らしいと、いささか呆れながら考えている。

 しかし学舎在学中は転移魔法陣で、自宅のある国と学舎のある外国を行き来するわけで、テロ防止だとしても本当に役所の建前だけの話だと思う。

 

「けちけちせずに教えてくれればいいんですけどね」


 美雨が携帯で連絡した相手は、情報提供の条件に直接対面を要求してきたので、面倒くさいが応じる事にした。

 来ないと絶対教えないとゴネるので、説得時間が惜しくなって了承したものの、やっぱり花火大会に行って、主達と楽しめばよかった。


 アクアランプで里緒達を着付けしてから転移してきたが、彼女達の楽しそうなテンションを見た後でこっちへ来るのは、正直精神的に落ち込むものがある。


 美雨は会う前からこの選択を後悔しはじめたが、使い魔として主人の敵の情報を速やかに入手するためには、止むを得ないと考え直す。


  それでも気が進まなくて昔馴染みの公園を散歩してみたものの、いつまでも目的地の周りをウロウロしたとて、必要な情報は手に入らない。

 美雨は覚悟を決めて、久方ぶりに我が学び舎のキングスロード魔法学舎の門を潜る事にした。


 大きな鋼鉄の門が硬く閉められたままの校舎は、高い塀もあって、見た目は中世の刑務所の様な(いかめ)しさだ。

 正門前には常時警備員(ガード)が二人立っており、詰め所にも二名の別の警備員が配置されている。


「戻りましたので確認願います」

 

 詰め所で美雨が最初魔法陣から転移した際に交付された魔法学舎の来客用IDカードを提示すると、警備員はそのカードを魔法具でチェックしてから廃棄し、新たに新しいIDカードを渡す。


 魔法陣は魔法学舎の塀の中にあるので、転移者はその時点で一度IDカードを受け取るが、門から一旦市街にでると、戻る際に再発行手続きが必要なのだ。

 これには色々理由があるのだが、魔法学舎は単に警備上必要と説明するだけだった。


「ありがとうございます」


 美雨は新しいカードを手に取ると礼ともに微笑む。

 すると、無表情である事も仕事の警備員は、自分でもわからない感情でつい笑顔を返してしまった。

  

 彼女は詰め所脇の狭い通用門から魔法学舎内にもどる。

 そして校舎の玄関へと歩いていると、そこから一人の女性がこちらへ向かってくる。

 上下黒に白い襟のシンプルなスーツは、この学舎の事務員らしい。


「ミューズ・ラベールさんですか?」


 彼女の問いに美雨が頷く。


「お待ちしていました。私、魔法学舎のスーザン・フランクリンと申します」


 軽く頭を下げて、その事務員は握手を求めてきた。


「お約束の時間に遅れてしまったでしょうか?」


 美雨がそんなはずはないと思いつつ聞くと、案の定スーは、かぶりを振って答える。


「いえ、予定時間にはまだ三十分以上ありますが、教授がラベールさんを丁重にお迎えする様に仰るので、ここで待たせていただいたのです」

 

「それは、ご心配をおかけしました」


 美雨はこの事務員が教授の相手に辟易してここにいたと見抜いたが、特にその事には触れず、お礼を述べた。


「では、少々早いですが、教授の所へご案内いたします」


 スーは厄介事を少しでも早く片付けたいという態度を少しも見せずに、この東洋の国からの来客を教授の元へ案内する。

 通りすぎる校舎の建物はとても歴史ある建築物で、中世の(おもむき)を色濃く残していた。

 ただ、その意匠には所々奇異な部分も見られ、この建物はここが普通の学校ではないと主張している。

 

 今も北側の転移魔法陣がある建物からは、学舎に通う学生が次々と現れて、それぞれの講義が開催される建物へと吸い込まれていく。


「ここは変わらないですね」


 美雨は思わず独り言を呟くが、前を歩くスーには、質問のニュアンスでとらえられた様だ。


「そうですね。ここキングスロード魔法学舎は、由緒ある学舎ですし、世界中からこの学舎の優秀な講師陣による講義を受けたいと望む学生は今でも多いです」


 それは一般的回答だ。大陸にひとつのはずの魔法学舎が、何故島国の英吉利に最初に設立されたかという本質的な部分が無視されている。


 ただ、独白しただけの美雨は、その会話を繋げるつもりはなかった。

 しかし会話を始めることで、スーは美雨に対し情報収集を開始したいらしい。

 歩みをゆるめて横に並ぶと質問してくる。


「失礼ですが、ラベールさんは、あのラベールさんですか?」


「といいますと?」


 美雨は予想がつきつつあえて確認した。


「過去三十年で最優秀修了生と言われる、このキングスロード魔法学舎円卓会議(ラウンドテーブル)で最年少賢者(ワイズマン)の一人。

 あの高名な女神長ラベールさんなんですか?」


「過大な評価です。元賢者ですし。ただ昔そんなあだ名で呼ばれた事はありますけどね」


 美雨の答えに対し、本当はスーも調査済みで確認のための質問だったので、頷く以上の反応はなかった。


「私も質問していいですか?」


 そんな彼女を微笑ましく思いながら美雨は尋ねる。


「はい」と事務的に返事をするスー。


 そこへ美雨は何気なく爆弾を落とす。


「あなたは教授の恋人ですか?」


 スーはまさかそんな個人的過ぎる質問を、初めて会った彼女からされるとは思わなかったので、急に立ち止まる。

 事務的な仮面をくずし、ぎこちなく美雨を見返すと「その質問はマナー違反です」と咎めた。


「すいません。この国にいたのはずいぶん昔ですので、マナーの考え方が国によって異なる事を失念していました。失礼をお許し下さい」


 美雨が丁寧に謝罪するので、スーは「初対面にその質問は、世界中ほとんどの国で失礼だと思います」と言えず、黙るしかない。


  不機嫌になったスーに、美雨は済まなさそうな顔で近寄ると、彼女の手を優しく両手で握り、胸元まで持ち上げて再び謝る。


「本当にごめんなさい。気を悪くしたのなら何度でも謝りますから」


 スーは、美雨の東洋と西洋が絶妙に溶け合った美貌と、その深海の底の様な(あおぐろ)い瞳にみつめられて、なんだか妙に顔が熱くなる。

 すこし焦って離れ「大丈夫です。怒っていません」と謝罪を受け入れた。


 美雨はそれを聞いて嬉しそうに微笑み「ありがとう」といって握った彼女の手を離す。

 スーはその手の平に残った感触をすこし惜しく感じながら、気を取り直して、案内のために廊下を進みだした。




  ◆ ◆ ◆




「ランゼット教授、ラベールさんがお越しになり――」


 教授室の扉をノックしてスーが声をかけると、その直後にドアが勢い良く開き、中の人物が飛び出してくる。どうやら扉の前で今か今かと待っていたらしい。


 スーは危うく扉で頭を打ちそうになりながら避けて、あらためて来訪者を紹介する。

「教授、ミューズ・ラベールさんが」といいつつ横の美雨を見ると、彼女は豪奢な金髪のランゼットに力いっぱい抱きしめられていた。


「ミューちゃん、久しぶりっ」


 ランゼットは猫科の動物が飼い主になつくように顔をすりすりと美雨ヘこすりつける。知り合ってから、こんな教授の姿は初めて見たので、スーは口をぽかんと開けて物も言えない状態だ。


 ランゼット教授の豹変ぶりに目を白黒させるスーとは対照的に、美雨は少しうんざりした顔で抱きしめられるに任せ「久しぶりですね、ランゼット教授」と挨拶を返した。


「えーっ ベルって呼んでよ」


 ふてくされた顔の彼女に美雨は苦笑しながらたしなめる。


「あなたも教授になったんですから、威厳というものについて考えて下さい」と忠告するが、「じゃあ、ミューちゃんの知りたい事教えないもんねっ」と拗ねるので、仕方なく昔の愛称で呼びなおす。


「わかりました。ベル、久しぶりですね。元気そうで良かったです」


 そんな美雨の態度にランゼットは幸せといった表情で、いそいそと美雨の手を握って、部屋の中へと引っ張り込む。


「まあまあ、こっち来て座りなさいよ。ミューちゃんの好きな紅茶も用意したんだから」


 この展開についていけないスーは「あの……教授?」と、どう反応したらいいかわからないらしい。


「あ、スー? ごめんなさい。親友と久しぶりに会ったからつい興奮しちゃったわ」


 ランゼットはスーが居た事に今気づいた様に話すと、それでも少し落ち着いたらしく、彼女にお茶の用意を指示した。

 可哀想な事務員は、まださっき見た光景のショックが抜けないらしく、ふらふらとしながら教授室をでていくのだった。


「なんでもっと早く会いに来てくれなかったのよお」


 ランゼットは嬉しそうにソファに腰掛けながら美雨に文句を言う。


「別にこれと言って用事も無かったですから」


 美雨は醒めた様子で応じながら、教授室を優雅な仕草で見渡した。


「どうどうミューちゃん。なかなかの物でしょ?」


 美雨に褒めてもらいたい態度をありありと見せながら、教授は感想を求めてくる。 

 美雨は確かに、相当なものだと感心した。


 ランゼットを始め、英吉利人の多くが愛するエリザベス朝様式を基本に、絵画や彫刻、陶器や武具までが飾られている。

 それらは全てアンティークで、古色蒼然とした家具や調度品も含め、この部屋の主人が英吉利黄金期に馳せる憧れと誇りを示唆するには充分な物ばかりだ。


 そんな豪華絢爛とした室内には、エリザベス一世の宮廷画家ヒリアードの作による肖像画が棚の上に飾られている。

 その小品はハッチングや点描の技法を隠し味に、その時代の王族が巧みに描かれていた。


 またヒリアードは宮廷金銀細工師でもあった。

 そして魔法学舎では、当時の金銀細工名誉組合が錬金を通じて、魔術師と深い繋がりがあった事は公然の秘密である。


「そうね、ベル。確かにこれは立派なものだわ」と美雨が素直に賛辞を送ると、ランゼットは天にも昇るほどの幸福感で心が満たされて、満面に笑みを浮かべる。


「嬉しいっ。ミューちゃんありがとう!」


 そう叫んで抱きついてくる彼女を邪険に振り払っていると、部屋の入口でティーセットを銀製の四角いお盆にのせたまま、スーが固まっていた。


「スー、どうしたの?」


 そんな彼女へランゼットが不審げに問い掛ける。


「教授、なぜラベールさんの隣に座っているのですか?」


 やっとの事で口を開いたスーの声はどこと無く温度が低い。

 普通、来客者に対しては、接客テーブルを挟んで椅子に腰掛けるのが常識だ。

 だが、ランゼットは来客用の二人掛けソファで美雨の隣にべったりと引っ付いており、とても普通の応対とは思えない。

 

「親友同士なんだから、遠慮は無しの間柄なのよ」


 スーの焼餅交じりの質問に、彼女は平然と答えて美雨の腕を掴んだままだ。


「親友というより恋人同士みたいですが」と嫌味を言いたいスーだったが、本来の冷静さを取り戻そうと、部屋の隅にあるテーブルで紅茶を入れる準備を始めた。


「ほら、ベル。いいかげんにして。今日は遊びに来たんじゃないんだから」


 美雨に組んだ腕を解かれて、ちょっとがっかりした様子のランゼットだったが、立ち上がると、窓際のマホガニーのデスクの椅子に座る。


 それは、彼女が美雨の親友から、キングスロード魔法学舎の教授へと切り替わった事を示すためだった。


「それで、ほしい情報は賞金首の魔術師に関するものだったわね」


 ランゼットは今までの態度が嘘の様にビジネスライクな口調で、美雨の求める内容の確認を行う。


「ええ、使い魔はカマイタチ。東洋系ね。目撃者の証言から判断すると主人の魔術師としての実力は大したことが無いみたいだけど、魔力探索には優れているかもしれないわ」


 美雨が事前に送った対象者のプロファイルを聞きながら、書類を手にして頷いている教授。


「あと、過去にも同じように通り魔犯に見せかけた魔法具の強盗事件を起こしている可能性もある」


 美雨がそこまで言うと、ランゼットは端的に質問をする。


「ラベール、ほめてくれる?」


 それだけで美雨は、彼女が自分の欲しい情報をすでに入手している事を理解した。

「聞かせてくれた情報しだいね」と切り返す美雨へ、ランゼットは自慢げに事務員の名を呼んだ。


「スー。報告」


 近づいてきたスーは紅茶のカップを二人の前に置くと、その場で書類を見ずに話し始める。


「はい。ご希望の情報について報告します。

 対象者の名前はアスレイ・チャック・タカナカ。四十二歳。亜米利加(アメリカ)出身。修了魔法学舎はハーストビル。師匠はジョーイ・スミス。

 修了成績は銅の四位(ブロンズフォー)。得意分野は四大精霊の風性」


 優秀な事務員は、すらすらと報告する。


 「魔法具強盗として確定十二件。推定八件。死亡した被害者は三名。推定には、今回の日本の二件も含めます。ハーストビル魔法学舎倫理委員会から四年前に重矯正指導が出ています」

 

 流れるような口調で語られた内容に、美雨は特にコメントせず、一言だけ質問した。


「現在の潜伏地はどこでしょうか?」


 スーがそれに回答しようとすると、ランゼットは手を振って止めさせる。

 そして美雨を見ながら、もう一度繰り返す。


「ご褒美くれる?」


 美雨はやっぱりかと思いながら「昼食(ランチ)に付き合うわ」と返事をした。

 すると、彼女は子供の様にはしゃいで、手元の調査書類に記載された賞金首の居場所を自分で読みあげる。


「アスレイ何とかの居所はね――」


 そして、美雨はとても面倒くさい自称親友との昼食と引き換えに、涼平に必要な情報の半分を獲得した。









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