第34話 家族支援会
二回目のスターマインが終了した後、「ちょっと、離れていいかな」と委員長が里緒に声をかける。
「どうしたの?」
里緒の問いに、「祖父から電話みたいなんだけど、ここだと聞こえないから」と携帯の振動と光を見せる。
「了解、了解」と頷く里緒から、委員長は俺の方へ目を向けてくる。
「何だ?」
俺は、わかっていながら返事をした。
「一応、女の子なんだから一人は危ないとか考えてほしいわね」
「ああ、悪い。委員長にそのイメージは無かった」
本当は、彼女が言い出さなければ、俺から言うつもりだったけどな。
俺は立ち上がって、委員長に提案する。
「後ろの松林の上の堤防道路なら、少しは静かだから」
そして、里緒と龍真にも説明。
「電話終わったら戻ってくるから、移動しないでここにいてくれよ」
大丈夫と答える二人を見ながら、がつがつ飲み食いしていた里緒に念のため確認する。
「ついでに今からトイレ行っとくか?」
「馬鹿平の馬鹿!」と真っ赤になって怒られ、俺は気をきかせたのにとぼやきつつ、砂浜の後ろの防風林へと歩き出した。
その後ろで委員長が、なんとも言えない表情なので「どうした?」と尋ねる。
「馬鹿平って、ほんと馬鹿な時があるわよね」
里緒と同じ台詞を繰り返すので、なんの暗号かと聞きたくなったが、それより大事な話があるので、そっちを優先する事にした。
松林の小道に入りながら質問する俺。
「で、お祖父さんからの電話って?」
「ああ、あれはタイマーのアラームよ」
俺の問いに委員長はあっさりと答え「肝心の話がまだでしょ?」と続ける。
あーなるほど。
きっかけを作ってくれてありがとう。
その内林の道は堤防道路の階段につながり、そこから俺達は上へと登る。
ちょっと階段の段差が大きいので、浴衣では上がりにくい。俺が先に上がり、下にいる委員長へ手を差し出す。
そんな俺の態度の何に戸惑ったのか、彼女はちょっと考えてから、おずおずと指の長いきれいな手で、おれの左手を握った。
「言った通りにしてるか?」
堤防道路は松林に遮られて海側の花火が見づらい。
だが、おかげで花火の音の響きも抑えられるので、普通の声でも話ができる。そして、ここには見物客はいないので、周りを気にする必要もないのだ。
「ええ。夜は人のいない場所は行ってないし、昼でも一人の行動は避けてるわ」
商店街で襲われて以来、俺が彼女に忠告した事だ。
「もうしばらく、そのままで頼む。俺が解決するから」
俺の言葉に委員長は何も尋ねず頷いた。
「それで? もうひとつの方は?」
委員長の簡潔な質問に、俺も単純な日時で回答する。
「八月末までに実行しようと思ってる」
「もう一ヶ月ちょっとしか無いじゃない」
さすがにそんなに急だとは思ってなかったらしく、委員長は驚いて俺を見つめる。
「善は急げってね」と俺は笑う。
すると彼女は、俺の言葉に傷ついた様に「ごめんなさい」と呟いた。
「違うよ、俺の長年の目的なんだぜ」
俺は委員長に慌てて答えると、浴衣の懐から小な|空の巾着を取り出した。
「それは?」
委員長の手の平半分も無いその袋を見て、俺に目線で問いかける彼女へ説明をする。
「あのカマイタチの主人は魔力を探知して魔法の品を集めているらしい。しかも希少品の類を。
だから、委員長の持ってるヤツをこの中に仕舞っておいてほしいんだ。
これは魔力を遮断する素材で作ってあるから、紐を縛れば、魔力は漏れなくなる」
そして、その巾着を委員長へ渡すと、彼女はそれを両手で握り締めながら問い掛ける。
「いいの?」
「委員長に渡すために持ってきたんだから」
そう答える俺へと首をゆっくり振り、彼女はもう一度繰り返す。
「本当にいいの?」
俺がそれに答えようとした瞬間、三回目のスターマインが始まった。
通常よりも大きく連続した爆発音は松林のこちらまで響き、それに前後して、高い高い場所に大輪の八重芯と輪型の花火が闇夜を照らす。
硝酸バリウムの緑の光は、風の精霊がダンスを踊るように散っていったが、次から次へと現れて、その隙間を埋めていく。
その輝きを見ながら、俺は言った。
「ほら、緑の輪っかだ」
委員長は黙ってうなずいた。
◆ ◆ ◆
飛行機事故の後しばらくして、家族支援会が出来た。
働き手をなくして経済的に困窮したり、精神的にまいったりしている家族を互助、支援する団体だ。事故の被害者の家族や親戚を中心に組織された。
会長は歌埜の祖父。
昔、高校の校長をしていた事もあり、素朴で分け隔てのない人柄が、困難な状況の皆をまとめるに適していた。
事務局長は事故にあった父親が小さな工場主だった人の息子だった。
最初彼に会ったとき、顔が怖いおじさんだと思って、祖父の後ろに隠れながら挨拶したが、支援会の人の話を聞くうちに印象が変わった。
事務局長は事故で父親が死んだことが原因で信用を無くし工場は倒産。
彼は父親の連帯保証人だったため自己破産するしかなかった。
遅まきながら結婚を控えていた恋人との婚約は、相手側の親の大反対で解消になった。
当初は酷く落ち込んでいたが、事故にあった他の家族と話す内「しかたない、運が悪かった」と嘆きつつも、会長を頼まれた祖父と一緒に、支援会の皆のために航空会社と示談の交渉をしたり、生活に困った家族の悩みの相談に乗るようになった。
今では皆から頼られる事務局長だ。
祖父の性格が穏やかな分、彼は自分がしっかりしようと意識しているらしい。
祖父にくっついて彼を見てきた歌埜は、この事務局長のおじさんが、キツイ口調ながら、心根は責任感のある真面目な人だと知る様になった。
事故から二年が過ぎたある日、両親が事故にあった少年の弁護士から、その両親の遺産を支援会に寄付したいと申し出があった。
歌埜は八歳になっていた。
今日はその提案を聞くため、支援会の会長である祖父と事務局長が、少年の屋敷に向かっている。
歌埜は、祖父が会うのが同い年の子供と教えてもらった時、仲良くなって励ましてあげたいとお願いして一緒に来ることを許してもらった。
本当の気持ちを告げずに。
もちろんその子供の力になりたいのは嘘じゃない。
でもこんなお願いをする事で祖父に自分が良い子だと示せる事や、なによりも祖父と少しでも一緒にいられることの方が大切だった。
事故から時が経ったことで、残された家族の心も、諦めに似た喪失感が訪れる日もあった。
しかし一家の大黒柱を失った家族の経済的な事情は改善されず、入院などの治療費を払えないお年寄りや、進学や就職について自らの希望とは違った道を選ばざるをえない子供達が増えている。
公的な補助もあるにはあるが十分とはいえず、祖父と事務局長はその対応に頭を悩ませ続けていたのだ。
そんな時にこのような提案は、訪問して耳を傾けるには十分な内容だった。
◆ ◆ ◆
「お祖父ちゃん、この辺りは昔のおうちばっかりだね」
歌埜は知らない街の景色が珍しいのか、竹林や古風な建物が並ぶ通りのあちこちを見ながら、祖父に手を引かれている。
「そうだなあ。わしらは皆、江戸時代に戻ったみたいだな」
「江戸時代って、天下の副将軍がいたんだよね」
歌埜は祖父とよく見ているテレビ時代劇の登場人物を挙げた。
「そうだ、歌埜はよく知ってるな。えらいぞ」
祖父にほめられた歌埜はご機嫌で、暴れん坊な将軍も知ってると続ける。
横を歩く事務局長は、珍しくはしゃいだ様子の歌埜を、微笑ましい気持ちで眺めていた。
両親を失った少女が、唯一の身内の傍を離れられない気持ちは分かる。
また彼女のけなげな様子をみていると自分も励まされるので、支援会の仕事の際も、会長が許せば同行することを黙認していた。
目的の屋敷もずいぶんと歴史的な見かけの純和風の家屋だった。
玄関で出迎えてくれた弁護士と少年に、祖父と事務局長は挨拶をした。
弁護士も自分と少年の名前を紹介し、そのまま縁側を通り和室へ案内してくれる。
歌埜にとって、彼はおとなしそうな印象の少年だった。右目の前髪がちょっと長い。
床屋さんが下手なのかと、なんとなく顔を見ていると視線があった。
すると彼の黒い両眼に自分が吸い込まれるような感じがして歌埜は下を向いた。
祖父はあらためて思いがけない提案をもらったお礼と、歌埜を連れてきた事情を説明した。
もう身内は二人きりで、離れようとしないので勘弁してほしいと。
弁護士は嫌な顔ひとつせずにこやかに頷くと、提案について話しだした。
弁護士からの話では、少年の希望により、株式などによる億単位の遺産の大半を寄付するとの事。支援会で役立ててほしいそうだ。
それに対して、こんな大金を寄付されるとは思わなかった祖父は、少年の将来のことを逆に心配した。
しかし弁護士によれば、屋敷等と大学卒業までの学費や生活費、いざと言う時の若干の貯金は残すので心配ないとの事。
具体的な質疑応答にはいった大人たちを見て退屈そうな歌埜に、少年は庭の泉を見にいかないかと誘った。
歌埜も難しい話に興味は無かったし、こんな昔の屋敷や本格的な日本庭園も珍しかったので、祖父に顔を向ける。
「行っておいで」
祖父は同じ境遇の少年が歌埜と友達になれば、二人にとって少しでも良いのではないかと考えていた。
歌埜のお願いを聞いた理由の片方もそこにある。
もう一方はというと、甘え下手な孫が、もっともらしい理由をつけて甘えて来たのが可笑しくて、連れてきてしまったというものだったが。
久しぶりに一日2話掲載です。
次も委員長の話です。