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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第四章 願いと覚悟
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第31話 右目の召喚能力

 俺は、委員長を家に送り届けると、ランニングを再開して自宅の屋敷まで戻ってきた。

 風呂に入ってさっぱりすると、しばらく食堂でテレビを見ていたが、アクアランプの閉店時間が過ぎて暫くすると、縁側にでて中庭を眺めつつ、上弦の月を少し越えた月の光を浴びながら、ぼけっとしていた。


 どのくらいそうしていたか覚えていない。

 ふと気づくと、泉の中に使い魔の気配を感じたので、名前を呼ぶ。


「美雨さん、いるの?」


 すると半月に満たない月影を映す、なめらかな泉の真ん中から、波紋が浮かび、ゆっくりとそのまま水が盛り上がる。

 そして、それは人の形へと変化して、泉の縁まで移動する間に、親愛なる俺の使い魔の姿になった。


「はい、主」


 美雨は、濃い蒼のロングドレスをまとって、中庭を裸足であるき、縁側にいる俺の側までやってくる。


「お仕事お疲れ様」


「ありがとうございます」


 そのまま、彼女は縁側に腰掛け、一緒に月を見上げる。俺達はしばらくその心地よい沈黙を共有していたが、やがて主として使い魔に尋ねる事にした。


「今夜の件、どう思う?」


「歌埜さんを襲ったカマイタチですか?」


「ああ、あれって、俺が戦った奴の仲間だよな」


「そうですね」


 今回、俺のペットボトルの封は、委員長に出会う前に開けられていたので、美雨は俺が商店街で何と戦ったのかもちろん知っていた。俺が呼ばなかったので実体化はしなかったが。


 まあ、あの程度なら不肖の弟子でも何とかなると思ったのかもしれない。


「なぜ 委員長を襲ったのかな?」


 彼女は直接その理由には触れず、別の件を説明しだした。


「以前通り魔の事件がありましたよね」


「ああ、あったなあ。夏休み前に里緒や龍真が話してた」


「その被害者は重傷だったのですが、亡くなりました。全身の裂傷による出血多量が死因です」


「えーとつまり?」


「犯人はあの使い魔達だと考えられます」


「何故?」


「その被害者は高レベル魔法が付与された魔法具を秘密裏に購入した一般バイヤーでした」


「ああ、そういうことか」


 つまり、希少な魔法具を狙った魔術師の犯罪ってことだ。

 魔術師にも悪人はいる以上、事件そのものは珍しくはない。むしろ希少な魔法具を一般人が持ち運ぶなら、そのバイヤーは護衛を雇うべきだった。


「じゃあ、なぜ委員長が」


 そこまで言って俺は気づいた。


「そういうことです」


 美雨も頷く。


「わかった、それはこっちで考えるよ」


 俺の言葉に美雨は、当然ですとばかりに頷く。そして、何が可笑しいのか、目を細めた。


「歌埜さんは相変わらずですね」


「いや、高一の春この街に来た時より、ますます性格がキツくなったんじゃね?」


「美雨さんは、委員長との顔合わせる機会が少ないから、そんな甘い事言えるんだよ」とぼやきつつ、俺は訊く。


 だが、彼女はそんな表面上の事について触れたわけではなかった様だ。


「そんな意味じゃありません。彼女はいい子です」


「美雨さんって、委員長贔屓だよな」とさらにぼやき続ける俺。


「そうかもしれませんね」


 そうだよ、と言いかけた俺に美雨は楽しそうに反論した。


「主ほどでもありませんけど」


 美雨さんにはかなわない、と思いながら報告する。


「……委員長には今度の花火大会の時に告げるよ」


「そうですか」


 それについて、彼女は何も感想を述べることは無かった。




  ◆ ◆ ◆




 それからまた、二人は会話を止めて、夜の紺と月の青と泉の白い反射光に満ち、神韻さえ感じさせる屋敷の庭の中でただ、何かを何となく見ていた。


 そんな雰囲気のおかげだろうか。

 普段なら絶対言わない台詞が、俺の口からこぼれる。


「美雨さん」


「なんですか?」


「俺、約束守れるかな?」


 俺は自分の使い魔にだけ、脆くなりがちな決意を質問に変えて漏らす。

 そんな俺の弱気に驚きも見せず、彼女の態度はいつものままだ。


「主なら大丈夫です」


「そうかな」


「そうです」


 その「特別難しい事ではありませんよ」いったニュアンスに何度助けられたことか。

 俺は、今までの全てを思い出してあらためてお礼を言った。


「ありがとう」


 美雨はそれには答えず、夜空の月に少しかかる雲を見ながら「今夜はいい風が吹きますね」と髪を揺らす。


「でも明日は、雨かもしれません」


 俺もそれ以上は愚痴を繰り返さず、少しも湿っていない空気を感じながら今夜のテレビの話をする。


「テレビで見た天気予報は晴れだったけどな」


「晴れでも雨が降ることはありますよ」


 美雨は、懐かしそうに微笑む。


「ああ、そうだった。美雨さんと出会った日もそうだったな」


 俺はいつも持ち歩いている白金(プラチナ)の指輪を取り出しながら笑い返す。


「主、それは」


 彼女は俺から何度も見せられ、知ってるはずなのにあえて尋ねる。


 それは、俺の願いへの確認の意味であり、俺もさっきの弱気を払拭して、初心に帰るため取り出したのだ。


「ああ、美雨さんに会う前に手に入れたヤツ」


「だけど俺があれだけ苦労して、最初に異世界から召喚した物が、この世界の、ただの指輪なんておかしいよな」


 この指輪は俺が今嵌めている右の魔法具の銀輪とは違い、何の変哲も無い品だ。

 少し小さめのそれは全く魔法効果は付与されておらず、細かな傷からは中古品だと言う事もあきらかだった。


「でも、次に召喚した物は、なかなか大変でしたよね。主は実力も無い内から、何故無茶な召喚ばかりするんですかね?」


「ごめんなさい」


 使い魔の咎める様な、面白がる様な視線に、とりあえず謝りつつ、「でも、そのおかげで、美雨さんに出会えたからさ」と取り成す。

 美雨も冗談だったのだろう、特にそれ以上責める気はないらしい。


「まあ、主の稀有な召喚能力は、この世界では全ての魔術師が渇望している魔法と同じだという点は肝に銘じてくださいね」


 なんども言われて耳のタコな忠告を聞き、俺は辟易する。


「わかってるよ」


「ギリアムは私が異世界の物を入手していると誤解してますが」


「そう仕組んでるからなあ」


 その俺の台詞を肯定しながら、「だからこそ」と彼女は続ける。


「弟子に過ぎない主がそんな力を持っていると他の魔術師に知られたら、強引にその成果を奪おうと考える結社や魔術師達はこれからだっていくらでもいます」


 それは過去、経験済みだしな。

 奴らは今はどこにもいないけどさ。


「だから、思いつきで行動しないでくださいね」


「わかってるよ」


 さすがに美雨の説教にうんざりしてきた俺だが、使い魔は許してくれない。


「主のその言葉の信用性はゼロですから」


「うそっ。 使い魔としてお世辞でも一割ぐらいは」


「使い魔として、さらに師匠として主および弟子の評価を再考しましたが、やはりゼロです。身に覚えがありすぎるでしょう?」


「はい、すいません」


 俺はこの点について抵抗することは諦めた。そしてやるべき作業を済ませる事にして結界を張る。


「じゃあ、美雨さん、今夜もよろしく」


「わかりました」




  ◆ ◆ ◆




 美雨は、手の平で水をすくうような形をつくると、目を閉じて、集中する。

 その中に水が湧き出すと、水の球となって浮き上がり、だんだん大きくなる。蹴球の球(サッカーボール)ほどのサイズになって安定し、ゆっくりと自転している。


 その中心には純白蛤(しろはまぐり)の貝が沈んでおり、その二枚の貝殻の隙間からは、仄かに光がもれ、水を通すためか、青みがかった波紋が伝わってくる。


「主、お願いします」


「了解」


 使い魔の言葉に、俺は右の眼へ意識を集中しつつ、脳内ではその魔法空間を無限大に拡張した。

 そして、眼球内の内側の膜と無意識に隣接している異世界に対し、針の先ほどの穴を開ける。


 そのとたん、瞳を刺し貫ら抜かれるような激痛とともに、微細な穿孔を通して異世界の魔力が噴出してくる。

 その魔力が俺に与える奔流の圧力は、例えるなら世界最大規模のダムを爆破した時と同じか、それ以上だ。


 痛みは眼球だけでなく、全身に広がり、まるで体を内側から(のみ)で抉り取るようだ。

 一瞬にして右目を吹き飛ばされそうな暴力的な異世界の魔力の侵入に対して、意志の力でそれを捻じ伏せると、激甚な痛みに耐えながら、この世界とは種類の異なる魔力を俺の中に蓄積していく。

 

 そしてその異世界のマナが俺の容量を越える前に穴を塞ぎ、魔力の因果律を安定させると、左手へと魔力の回路を作り、そのまま空中に浮かぶ水球へ手を突っ込み、白い蛤を握る。


 すると貝の全体が黄金に輝き、俺の中の異世界の魔力が、その黄金の塊の中へとどんどん吸収されていく。


 やがて、全ての魔力を吸い尽くし、黄金から純白へと色を再度変じた蛤を見ながら、俺はとてつもない痛みと疲労感を肉体に残したまま、手を離し、縁側へと仰向けに倒れた。

 

「主、大丈夫ですか?」


 美雨はいつもの事ながら心配なのか、俺の頭を膝に載せ、治癒魔術を唱える。


「ああ、今夜も相変わらずだ、問題ない」


 ゆっくりと引いていく痛みの中で、俺は答える。


「このメタの鏡がもっと魔力保存性能が良ければ、こんな風に主に負担をかけ続けなくていいんですが」


 この魔法具の共同作成者である美雨さんは悔しそうに言うが、俺はこんな魔法具を作成できた事自体が奇跡だと思っている。

 この純白の蛤は、形こそただの貝だが、もちろん魔法具として従来とは一線を画した性能がある。

 単純に言えば、魔力の保存能力なのだが、大事なことは、異世界の魔力をそのままの形でできる点だ。


 異世界の召喚についての確実性が極めて低い現在、漏れ出した異世界のマナは、すぐさまこの世界の魔力に変質してしまう。

 そのため、異世界の空間を維持できず、その時間的な制約が、召喚術失敗の一つの要因とされていた。


 俺は、あの日以来、右目に魔力を宿すことができるようになった。

 そして、それはこの世界の魔力だけでなく、異世界のそれすら可能になったのだ。


 そして、その魔力を左手に収束させると、異世界の物質を召喚できる。

 もちろん、大きさなどには制限があるので、なんでもかんでもできるわけじゃない。


 それに、異世界の知識がないため、望んだ物とは別の物が物質化してしまう事も多い。

 想像だけでは成功の確率もきわめて低い。知らない物は召喚できにくいって事らしい。


 ただし偶然にせよ、一度召喚に成功した物は、次回以降の成功確率も徐々に高まる。

 天馬の糸や青雷魚なんかもそんな類だった。


「そんなことないさ。少し漏れてしまうけど、その分はこうやって足していけば良いんだから」


「でも、その度に主には苦痛が」


 美雨の苦しげな顔を見たくなくて、俺は癒し(ヒール)のために額にかざされた彼女の手を取り、両目の上に置いた。


「うん、気持ちいいよ。 昔と同じだ」


 俺はそうやって彼女の思いやりの心を感じ、ついでに膝枕を楽しむ。

 美雨は逆らわず、ずっとそんな俺のわがままに付き合ってくれるのだった。

 そんな彼女に感謝しながら、俺はこの使い魔との出会いを思い出していた。






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