第29話 獅子と小鳥
今回ちとエッチなので苦手な方は飛ばしてくださいね。
「教授、ここでは無いようです」
黒の事務服を着たスーは、建物の空虚な室内を見回して、報告する。
「実験施設そのものに位置欺瞞の魔法を掛けるなんて、さすが、魔義手のギガースってとこね」
突入した魔術師と魔法剣士の混成部隊に部屋の中を探索させながら、ランゼットは呆れたように批評する。
深夜の倫敦から離れた郊外にある、この旧貴族の屋敷は、だれも手入れしないまま朽ち掛けており、違法実験をする魔術師にとっては絶好の隠れ家に見えた。
キングスロード魔法学舎の倫理委員会から要請を受けて、委員会副委員長兼第三検討部会部長として、ここを急襲したランゼットだったが、部屋はもぬけの空。
いや、最初からここには何も無く、こちらは完全にだまされた形だった。
「あの下種野郎ってば、手の込んだ事してくれるわね」
ランゼットはキングスロード魔法学舎の教授だが、倫理委員会に三人いる副委員長の一人でもある。
各副委員長の下には第一から第三までの検討部会があって、通常、倫理委員会といえば、第一検討部会を指す。学舎内の倫理問題に通常のレベルで対処する、無害の委員会だ。
第二、第三は、もし第一検討部会で処理できない程の案件数になった時に備えて、形だけ組織されている。そのため閑職で、副委員長以外の担当者も選任されていない。
だが内実は、看過できないレベルの悪徳魔術師を抹消処分する役割を持つ粛清部隊であり、魔術師の高い倫理意識を保つための必要悪との主旨によって発足した。
現在はその活動の結果、魔術師の社会的評価を維持する事を目的としている。
実際の役割分担は大まかに言って、第二検討部会が諜報活動、情報収集、分析などの後方部隊。ランゼットが担当する第三部会が、実際の暗殺、抹消を行う実働部隊とされている。
なお、魔義手のギガースは倫理委員会にとってブラックリストの上位人物で発見次第抹殺の対象となっていた。
さて、魔術師が自らの居場所を特定されぬようにするには、結界による魔法が一般的に行使される。なぜなら、効果を得る術式が比較的簡単で、維持の魔力も少なくてすむからだ。
もちろん結界効果のレベルによって違うので、一概には言えないが。
他には、自らの存在を違う場所に欺瞞して存在させる方法もある。
この魔法のメリットは、結界魔法とは違い、世界から自分を切り離す訳ではないため、消去法による探索を防げる事だ。
結界魔法による隠形は、その直前の魔力の残滓を探索する事で、範囲は広いながら、だいたいの場所を推測することも可能だ。
つまり、直前まで魔術師が存在していた地点を中心に捜査する事になる。
結界は空間に対して範囲を規程するので、別の場所にそのまま移動する事は不可能だ。そのため、結界の中に隠れている魔術師は、消えたエリアをしらみ潰しに調査すれば、いずれは居場所が特定される。
しかし、位置欺瞞魔法は、存在を別の場所に写し取る事で魔術師の漏らす魔力も含め、世界を騙して別の場所に自分を二次的に投影する魔法だ。
だから存在自体は位置がずれるだけで継続するし、この魔法を続ける限り本物の場所の特定は非常に困難だった。
いわば、ドッペルゲンガーを好きな場所に存在させて、本人は別の場所に隠れるような方法だ。
だが連続使用しないと意味が無いし、維持する魔力は平均の魔術師なら一日で倒れる程に必要なため、個人ならともかく、建物全体に魔法行使するとは聞いたことがない。
そこまでして隠したい実験とはいかなるものか、ランゼットは知りたいと同時に、どうせ邪悪な内容に決まっているので、叩き潰したくてたまらなかった。
「今回はこっちの失点か」
なんでもないように話すが、グローブをはめた拳はギリギリと音を立てて握り締められている。
突然、地下から学舎の魔術師の叫び声と魔法行使の気配が起こる。
「やっぱりお土産が置いてあった?」
「はい。魔術トラップの様です。魔法兵の兵士級が一体」
教授と事務員は表情も変えず、会話を交わす。
「先遣隊12名が負傷。重傷3名、軽傷9名です」
兵士級は魔法兵の中では最弱。
だが魔術師や魔法剣士にとっては、強敵だ。
ましてや騎士級などとまともにやり合えば、精鋭部隊といえども全滅の危険がある。
「スー、撤退命令」
「了解しました」
速やかに命令が伝達されると、魔法学舎の部隊は屋敷から外へと後退した。
「眠いし、さっさと片付けて帰るわよ」
後方へ避難させた魔法部隊を|一瞥すると、ランゼットは右の人差し指に嵌めた指輪にキスをする。
魔法具が輝きだしたのを確かめて、古代の音踊を奏でるが如く、ゆっくりと腕を動かし出す。
それは、偉大な指揮者が、交響曲の指揮をするような動きにも見えた。
やがて、付近は白い霞で視界が悪くなってくる。
そのもやは、貴族の邸宅やその敷地も含め、白く濃密な霧となってランゼット達も含めすべてを覆い尽くす。
スーは手の平を見るが、今や自分の指先すらも見えないような白い闇の中だ。
「さあ、帰るわよ。各自来た車に乗って撤収」
突然したランゼットの声とその足音を頼りに、後ろを向き、敷地を抜けて未舗装の道路にもどったスーと実働部隊は、そのまま車に分乗しこの地を後にして倫敦へ戻っていく。
のこされた土地には、まだ白い霧が消えずに全てを隠していた。
◆ ◆ ◆
「教授、委員会にはどう報告しますか?」
二人乗りの古いミニクーパーのハンドルを操りながら、林の道を魔法学舎へ帰ろうと走り、スーは助手席で眠そうなランゼットに尋ねる。
「本当は部隊指揮官の教授の仕事なんですよ」と思いつつ、どうせ書くわけないのは過去の例で明らかなので、最初から期待していない。
かといって、実働部隊の部下に書かせず、スーに振ってくるのはどうかと思うが。
「馬鹿と書いといて」
ランゼットはどうでもいいかの様に、腕を振って答える。
「いえ、それは不味いかと」
「じゃあ、偽情報に踊らされた第二検討部会は無能だと思いますってのはどう?」
スーは、教授の過激な台詞に表情を変えないまま、問題点を指摘する。
「止めて下さい。所属組織批判かつ上司への批判になります」
「そうだったわね。スーは情報収集と分析担当の第二の所属だもんね」
ニヤニヤを笑うランゼットに、スーは「知ってるくせに」といった表情で眉をひそめる。
実働部隊である第三検討部会の過剰殺傷を避けるため、第二検討部会から監査担当者が派遣されるのだが、ランゼットは毎回スーを指名しているのだ。
「じゃあ、まあ、適当に書いといて。提出前に見るから」
「はい」
必要な確認が完了したスーは運転に意識をもどしてハンドルを握り直すが、相手はここからが大切とばかりに車を道路の脇に止めさせ、話をそくす。
「で、どうなるの?」
「はい?」
スーは教授の質問内容がわからず、素直に返事を返してしまう。
そんな事務服の相棒に、しょうがないわねといった顔でランゼットが説明を始めた。
「部隊の奴らには空振りでも緊急出動の割増手当がでるわけだけど、私はただ働きなんだよね」
「教授職は部隊指揮官兼務ですから、魔法学舎の規則ではそうなっていますね」
通常は魔法学舎の経理部門担当であるスーは、規程を思い出しながら肯定した。
「でもその原因は第二検討部会のミス、いや無能だったわけね」
学舎で不出来な生徒にするのと同様に、目を閉じて辛らつに評定を行う。
「教授?」
どうやら、ランゼットはこの無駄足の八つ当たりをしたいらしい。
ギガースに一杯食わされた事が、悔しくてたまらないのだが、その憤懣の矛先を探しているようだ。
「誰かにその説明と穴埋めをしてもらわないとなあって」
「では、第二検討部会のグラム部長へ抗議を」
スーはすばやく自分の上司を売る事で、とばっちりを回避しようと画策した。
しかし「いやいや」と軽く手を振って笑うランゼットは、運転席へと顔を寄せて上から見下ろし、結ってあった金髪を解いてスーの周りに垂らす。
見上げるスーは、まるでランゼットの髪で作った金の鳥かごの中へ囲まれた様に感じ、背中に冷や汗が流れた。
「きっとグラムの馬鹿は誰かさんを人身御供に差し出すと思うな」
ああ、それはそうだ。あのグラム部長なら神父の様な笑顔で「すまないな、スー」と謝ってくるだろう。そしてその場で神に懺悔したら罪が許されたと思い直ちに忘れるだろう。
「……教授、私は明日、朝一番の業務シフトで」
「偶然ね、私も朝一番に講義担当がはいっているのよ」
翡翠の輝きを放つ瞳で、彼女の抵抗を排除していくランゼット。優しくスーの首の後ろを撫でながら、敏感な部分を刺激する。
「お互い時間は有効に使わなくちゃね」
頭の中がくらくらしながら、最後の抵抗に、スーは今から必要な仕事を教授に思い出させようとする。
「ランゼット教授、今回の報告書も朝一番に提出の必要が」
だが彼女はスーの口を指でふさぎ、それ以上言わせない。
「二人の時はベアトリーチェでしょ?」
耳をいじりながらランゼットがそうささやくと、びくんと背筋を伸ばした巻き毛の恋人は、恥じらいながらも諦めたように頷いた。
彼らが去った旧貴族の邸宅周辺からは、ようやく霧が晴れてきた。
しかし、その場所を見たものは、ここに何があったのかを知る事はできない。なぜなら、屋敷は全て消えうせ、敷地はすべて地下十メートル以上抉られているからだ。
広範囲対象に対する物質分解魔法。
どのぐらいの範囲に効果を及ぼせるかは、彼女自身まだ明らかにしていない。しかし、過去のケースでは、半径二十キロの孤島が消失した事例が倫理委員会に報告されている。
これがキングスロード魔法学舎の教授、ベアトリーチェ・ランゼットの専用魔法だ。
彼女はその魔法の効果発揮時の現象からこう呼ばれる。
白霧のランゼットと。
◆ ◆ ◆
照明が落とされた部屋で、ベッドの周りだけが薄暗い灯りを点している。
ランゼットはゆっくりと余韻を楽しむ様に起き上がると、火照った身体を冷やそうと、サイドテーブルに置いたウイスキーのロックグラスをつかむ。
グラスの底から冷たい雫が、何も身にまとわぬ美しく豊かな胸の上にぽとりとしたたり、そのまま双丘の深い谷間へ流れ落ちていく。
かなり氷が解けたため、水割りに近くなっているが、かまわず最高級のモルトを美しい喉に放り込んだ。
強い風味は水で薄められていたが、香味は逆に爽やかに引き立ち、アイルランドの岩清水へ大地と森の濃縮した精を混ぜたような清清しさが感じられる。
この魅力に負けて、酒精中毒になる人間は未だに後を絶たない。
もともとウイスキーはかの国の修道士がつくったらしい。神に仕えるからといって全ての欲から開放されるわけも無いし、まただからこそ修行を続けるんだろう。
「ふう」
ランゼットがその気持ちよさに息をつくと、隣の薄い掛け布団の下では、まだ息も整わない様子で、彼女の恋人がこちらを見上げる。
短めの巻き毛を指で梳きながら、ランゼットはなで肩の女に優しくささやいた。
「スー、可愛かったわよ」
そんな教授の感想に耳まで赤くなると、スーは汗を額から流して、小さく口をとがらす。
「教授、激しすぎます」
「そう?」
小鳥が獅子に文句を言うような状況を想像して、ランゼットは思わずにこりとして尋ね返す。
そんな彼女を眩しそうに見ながら枕を背もたれにし、可愛くふくらんだ胸をブランケットの布団で隠してスーも身を起こす。
肢体は薄く、少年の様だが、そのラインは大人のカーブを描いている。
肌は白磁のように艶やかだったが、今その表面には、激しく喘ぎながら身体や腰を快感の波間へ耽溺させられた時間のため、汗がしとどに流れていた。
「まるで荒波の中の小船でした」
「さすが、文学少女だったスーは、美しい表現をするわね」
恥ずかしそうに抗議する彼女に答えながら、そのおとがいを赤いマニキュアの爪が目を引く人さし指の腹で持ち上げ、ランゼットはスーの目を覗き込む。
「まあ、私の祖先には海賊王の血も入っているらしいから、その例えは的を射ているかもね」
薄闇の中でも強く光る碧眼で、相手を見つめながら語る金髪美女の熱い息は、酒精と絡み合い、スーの頬や髪の襟足をわざと撫でるようにすり抜けていく。
そうして鎖骨の間を触れるかどうかといった微妙なタッチで、触れる。
スーは背中に快感の鳥肌が走り、呪文にとらわれたかの様に瞳がとろんと潤むと、下腹の中がまた熱をもちだしてなにも考えられなくなってくる。
そんな恋人の喉を嬉しそうに指でゆっくりと上下にさすりながら、海賊王の末裔はからかう。
「だから、嫌がる娘を略奪するのが好きなのかもね? スーの時みたいに」
「無理やりではありません。ランゼット教授」
スーはからかわれている事にも、もはや気づかず、質問に心のまま答えていくだけだ。
「ベアトリーチェと呼んで?」
ランゼットの誘惑の言葉に、スーはこれから再開される快楽の時間を想像し、自分が普段と違ってしまう事への微かな怯えと、それを遙かに上回る淫らに濡れた欲望に、小さく震え出す。
スーは元々平凡な考えの女性だった。普通に男性と恋愛をしてきたし、これからもそうだと思っていた。ベアトリーチェに会うまでは。
「ベアトリーチェ様」
スーは布団を胸から下ろすと自ら全てをさらし、彼女の方からランゼットへと姿態を寄り添わせていく。
それは獲物が狩人に自ら身を差し出す如き光景であり、その事に金髪の猟師は、絶えられないほどの興奮を感じるのだ。
何もしない内から自分の胸の先が立ち上がるのを感じ、ランゼットはその華奢な恋人にこれからの行為への最後通牒を行う事にした。
「ふふ、可愛いスー。 私に食べられたい?」
「はい、ベアトリーチェ様。私を味わって頂きたいです」
もはや、いつもの冷静で事務的なスーはどこにもいなかった。
そこにはひたすら主人に尽くし、その恩恵として快楽を賜りたいと願う存在がいるだけだ。
「では、フルコースといきましょうか」
ランゼットはウイスキーボトルからグラスに酒を注ぐと、ストレートで一気に飲み干す。
重厚な舌触りと共に喉から焼けるような熱さが体内へと駆け抜けていく。
だがランゼットは、それよりも熱い欲望が、豊満な肢体の中心からマグマの様に沸き起こっている事を感じて箍が外れそうになる。
そして彼女はスーを抱きしめ、獲物に襲い掛かる獣の王のように、荒々しく口付けをした。
ホンマすいません。このエピ気に入らない方には
土下座です。
こんな奴でも応援してくれる皆さんありがとう。