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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第三章 古里の思い出
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第26話 桜と母と歴史教育

 俺が、自分の魔法との出会いを話したからか、桜も彼女の身の上について少しずつ明かしてくれるようになった。

 それによると、桜の母親は神社の巫女さんだったそうだ。しかも代々神主を継いだ一族の出身であり、霊力についても同輩の中で抜きん出ていたらしい。


「それを聞いて、お守りの霊力の理由がわかったよ」


 上弦の月に照らされて明るい紅色の周りで、護符は微かな魔力の燐光を放つ。俺は今夜も胸に下がるその赤い守り袋を見る。


「そうか」


 桜は白のワンピースにレースフリルはいつも通り、今回の服は胸元や袖、スカート部分にクロスリボンが付いていた。

 髪は少しウエーブが掛かっているが、どうやら三つ編にした髪を解いて、簡単に櫛をいれた様だった。


 最近は見るたびに髪形が違うので、次回はどんな感じかと内心楽しみにしているが、彼女には内緒だ。


 俺はそのまま護符の説明を続ける。


「ああ、普通に考えて、あれほどの複数の効果を持つ護符は滅多に無いんだ」


「そうなのか?」


 お守りを握りながらも、言っている意味がよくわからないらしい桜に説明する。

 このお守りには、よくある治癒効果や霊的防御はもちろんだが、結界維持や存在強化などを筆頭に、複雑な魔法効果がいくつも含まれており、この護符を作成した術師の、対象への深い愛情が感じられる。


 まるで、出来る限りの幸運をこの護符に込めたかの様だ。


「それだけ、桜が可愛かったんだろうなあ」


 感に堪えない様子でお守りの魔法効果を羅列する俺。

 母親の術師としての実力が高く評価された事への嬉しさと、その力を一身に桜へ費やしてくれた母親の愛情を思い出したのか、桜はとても幸せそうだ。


「ああ。とても朗らかで楽天的な人だった」


 そして、はっきりと誇りが感じられる口調で言った。


「私が将来なりたい理想の人でもある」


 そんな彼女を見ながら、俺は疑問を感じたので尋ねた。


「それにしても、お母さんがこんな力を持っているなら、桜はもっと魔法について知ってると思ったがなあ」


 桜も巫女だった母が自分を指導してくれなかった理由は知らないので、答えようも無いとの返事。ただ、俺がそんな疑問を持つ理由が知りたいと逆に問われた。


「このお守りを所持しているからか?」


「それもあるけど、お前の部屋とかさ」


 部屋の中を見てはいないが、窓に近づくと、その中にいる者を守護する強力な結界を感じる。


「ああ、あれも母親がやった事だからな。私は魔法だけでなく、最近の一般雑誌に載っている世の流行の知識さえないのだよ」


「テレビとか見ないのか?」


 高尚な読書好きで娯楽のテレビ嫌いって感じかと思い、お笑いにもいい所はあるぜと思う俺だったが、桜の答えは違った。


「ここに来てからテレビやラジオは部屋にないし、パソコンなども買ってくれないからな」


「それは変だろ」


 子供だから、小学生にパソコンはまだ早いと考える親もいるかもしれないが、俺はこの情報化時代にテレビもない環境など信じられない。


「家人曰く、情操教育に問題ありだそうだ」


「マジか? 逆に情報リテラシーが育たないだろ」


「ああ、新聞も読めず、雑誌や本も刺激の強い類は何も買ってもらえんのだ」


 だけど、太宰や芥川は買ってもらえるんだな。

 脅しに使われた文豪の作品について苦々しく思い返していると、桜が解説してくれる。


「あれは広く認められた純文学だからいいそうだ」

 

 あー、またそういう大人理論かあ。


「やっぱ魔術師関連も駄目なのか?」


 答えの想像はついたが、一応確かめてみる。


「うむ、魔術師や、宇宙人や超能力者や未来人なんかも駄目だそうだ」


 なんか具体的だな。


「じゃあ、何ならいいんだ?」


「歴史とか、哲学とか、古文漢文とかだな」


「うああああ、いやだああああ」 


 俺は美雨さんの授業を思い出してしまい、露骨に顔をしかめると、悲鳴の様な声を上げる。

 そんな本だけだと、自分なら気がおかしくなりそうだと思った。

 だが、桜は大して問題でもなかったらしく不思議そうな表情だ。


「そうでもないぞ」


「ええっ?」


 俺は信じられないという思いを口調に込めるが、少女は理由を聞いて少し納得する。


「私の母が神社の巫女だったからか、神話や歴史が好きでな。それで私も歴史や古代史に興味を持つようになったのだ」


 懐かしそうな彼女の様子に、俺も自分の子供時代を思い出し穏やかな気分になる。

 昔を思い出したのだろう、桜の口元は小さい笑みを浮かべた。月の光に色素の薄い唇が青白く映える。

 涼平はなぜか胸がどきりとして、その思いをごまかそうと問いを重ねた。


「そうなのか」


「ああ、まだ元気だった頃、母がたまに深酒して酔うと、集めた貴重な資料の一部を見せてくれた」


「ほう、そんな希少価値のあるものか」


「ああ。酔って身内に気を緩めて開示してくれた際も、決して他人に話してはならんと厳しく言い渡されたぐらいだからな」


 俺は代々神主の家系の者がそれほどまでに秘匿する機密資料に興味が湧いてくる。

 ちょっと見てみたかった気もするな。神道の術師が収集した古文書であれば、神代の魔法や卜占(ぼくせん)関連、例えば亀甲文とかも結構あったはずだし。


「俺に話していいのか?」


 一応親との約束だろ、と彼女に確認する。


「まあ、もう母も居ないし時効だろうさ」


「そうか。内容は?」


 ならばと問いかけた俺へ、桜は少し困った顔になる。


「子供だったから読解力が不足していてな。比喩や暗喩が多い文章だったのだ」


 俺は、母親の資料が難解だった理由を推測する。

 多分直接的な表現だと危険が大きいから、基本的な神道系術式用語は理解している事を前提にした資料ってわけか。どう悪用されるかわからんし、当たり前か。


「すると、私には絵物語を見せてくれた」


「漫画で読む日本史とか、そういうヤツか」


「そんな感じだ。結構マイナーな学説が描かれていてな。学校の教科書とは異なる解釈が多くて興味深かった。でもどっちが正しいのかはっきり知りたくて母に聞いた事がある」


 桜の疑問に同意する俺。そりゃ教科書と違ってたら、学校のテストの解答書けないよな。

 少女はお守りに触れながら、母親の教えを一言一句もたがわず繰り返した。


「母が言うには、歴史の真実は時間と共に変色していく。今の定説が将来もそうだとは限らない。常に先入観の無い視点を持ちなさい、と教えてくれた」


 俺は桜の母親の中立的な歴史観を垣間見た気がして、尊敬の念を覚える。


「昔の教科書では当然の如く実在の人物だった聖徳太子が、実は架空の人物だった様な話か。あれも極端な話、水戸黄門が全国巡って悪人退治したとか、遠山の金さんが遊び人の刺青者だったのと同じだからな。

 モデルになった厩戸皇子(うまやどのおうじ)に後の歴史で色々脚色がされたって所だろうけど、そういった意味では確かに今の人物像が絶対真実とはいえないもんなあ」


 そんな例を上げながら、母親を褒めた。


「なるほど、桜のお母さんには教師として先見の明があったんだな」


 俺が母親をほめると、桜はとても嬉しそうだ。なんだか楽しくなって話が弾んでいく。


「うむ。だから読ませてもらった漫画も新しい学説が多かった。

 その新説の信憑性やそれに連なる他の歴史的事実について夜遅くまで話し合ったものだ」


「ほう。例えばどんな説だ?」


 古事記の時代の新説とか魔術師ラベールとしての美雨さんも興味があるんじゃないだろうか。俺も桜の思い出話につい引き込まれた。


「そうだな」


 桜は昔、母と熱心に議論を交わした隠された史実のひとつを例をあげる。


「武田信玄と上杉謙信は恋人同士で、直江兼継は実は女性とか」


 ……え?


 俺は自分の耳がおかしくて、桜の言ってる内容を聞き間違えたのかと思わず聞きなおした。


 敵同士(ライバル)じゃなく?


恋人同士(ラヴァーズ)?」


 だが、俺の疑問の意図を誤解したのか、桜は強く頷くと、母親の資料から学んだ新説とやらについて自信満々で根拠を示し始める。


「衆道が歴史的事実としてある武士の時代に、信玄と謙信が愛し合っていたとしても不思議ではない。領土拡張に凌ぎを削る中で、通じ合うものがあったかもしれん。

 ロミオとジュリエットだって敵対している家同士で恋に落ちたんだしな」


 俺の沈黙に気づかず、勢い込んで桜は離し続ける。


「また武士でありながら愛を標榜する兼継が女武者であるのは当然とも言える。愛する謙信の傍に常に居たかったのだろう。木曽義仲と巴御前の例もある。

 ただ、戦国時代は女武者の例は少ないから、あまりの活躍に男尊女卑の歴史家達によって、性別ぐらい歴史の闇の中ならなんとでも脚色されているだろう」


 えーと……ロミオさん達は架空の人物ですが?いや、まあ、シェークスピアがギリシャ神話をモチーフにしたから神が実在していれば完全に架空とは言えないけど。


 いやいやそうじゃなくてっ。

 桜のお母さんってアレッすか。

 里緒なら歴史の好きなフの付く女子とか言いそうな感じですか。


 母親の教育方針が偏っていた事に気づいて、俺は桜の歴史認識に大きな不安を感じる。

 だがここで、それを訂正しようと母親の趣味について懇切丁寧に説明すれば、桜の理想像を完膚なきまでに破壊してしまいそうで、とても出来なかった。


 そして何とも言えなくなったしてしまった俺にまだ気づかず、桜は尊敬の念と共に語り続ける。


「母の歴史資料には、本当に驚かされる内容が沢山あったな」


「さ、桜、その資料って全部読んだのか?」


 俺は焦って声が大きくなる。桜がどこまで毒されて、いや影響されているのか心配だったのだ。


「それが、もっと世の中の仕組みを勉強してからと言って、あまり見せてくれなくてな。複数のダンボール箱に厳重に封印してあった」


「そ、そうか」


 桜はとても残念そうだったが、俺は母親の理性に感謝した。


「母が亡くなった時、箱の封をしたまま燃やしてくれと言うのが一つ目の遺言だったのだ」


 桜は勿体無いと言わんばかりの表情で嘆く。


「へ、へえ。それで二つ目は?」


 俺は、それは英断じゃないかなあと内心賛同しつつ、この話から逃れるために話を先に進める。


「何、ごく普通の内容だ」


 桜は、そんな俺の微妙に焦った顔に気づかず、その当時を思い出したのか、寂しそうに笑った。


「私の分まで長生きしてほしいという、親が子に願う平凡な遺言だ」









桜サイドの話にはいります。

がんばりまっす。


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