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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
25/88

第25話 青い稲妻

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


 美雨は、間延びした声でバックミラーに映る二人に話かけた。だが、里緒はガチガチになって龍真にしがみ付いている。

 龍真も片手で里緒の肩を抱きかかえつつ、もう一方で窓の上の取っ手をしっかりと握っている。

 里緒にとっては龍真とここまでの密着状態はそうはないはずだが、今は恐怖でそれどころではないらしい。


 美雨の「心配ないですよ」という言葉と、俺の「まあ、大丈夫じゃね」という無責任な相槌にだまされ、朝に見た彼女の運転について余り考えないまま、車に乗った里緒と龍真だった。


 ところが車はいきなり駐車スペースでスピンターンしたかと思うと、出口への案内通路へあっという間に侵入し、突き当たりの堤防の壁に激突しそうな加速で突っ込んで、そのままの勢いでほぼ直角に曲がった。


 そして取り付け道路から、追い越し車線のある広いマリーナ側堤防道路に飛び出したが、生憎すぐの交差点が赤信号だったため、停止線の先頭で急停車するはめになったのだ。

 その間不幸な二人は後部座席で体を振り回されるしかなかった。


「だから言ったじゃねえか。踏ん張っとけって」


 俺は予想通りの二人の反応がちょっと可笑しいが、再確認する必要を感じたので、前の助手席から体をひねって後ろを向く。


「シートベルト装着してるか? ベルトは適切な長さになってるか? あと体や足に力入れて、出来れば横の取っ手を握れ。それと、ムチ打ちにならねー様に首にも力入れておけよ」


 里緒は慌てて取っ手を握りながら怯えた様に運転席へ返事をする。


「ねね。美雨さん。安全運転で行こうね」


「もちろん」


 美雨の答えに安心しかける里緒は、続く言葉にぎょっとする。


「今もそうしてますよ」


「そ、そうなんだ」


 さっきの運転が美雨にとって、当然安全運転の範囲に含まれると知って、龍真は口の笑いとは別にこめかみが微妙に引きつり、里緒の顔に至ってはこの車の塗装よりも青くなった。


 ……というわけで、今俺達は、交差点に止まっている美雨の4ドアセダンの中だ。今から十五年以上前の丸目四灯の中古車で、彼女がこれを買うと言った数年前、俺は反対した。


「そんなボロ買わなくても、美雨さんならフェラーリだって買えるし、その方が似合うよ」


 だが美雨は色が気に入ったという。


「この紺碧のブルーがいいんです。光が当たると金の砂粒みたいなラメがキラキラするのも素敵です。これってきっと前のオーナーがこだわったんだと思うんですよ」


 確かに青の塗装の出来は、俺もうなるぐらいの完成度だった。

 ただ、エアロ装備されつつドレスアップ系なので、美しいが一般人の好みからは、この濃蒼色も含めいささか派手な印象は否めない。


「えーと、ほんとにいいの? もっと新しくて燃費の良い高性能の新車もあると思うけど」


「だって、このブルーが可愛いでしょう。見てたら急に欲しくなってしまって。私、服でも青系が好きですから」


 あー、車も服もおなじ扱いなんだ。古着(ユーズド)感覚なんだ。しかも衝動買いなんだ。

 さすが俺の師匠は考え方が違う。


 結局、美雨はその車を十万円で買った。

 ここまでドレスアップや塗装がアレだと長年他に買い手もいなかったらしく、中古車販売店の営業さんは、「スクラップにするよりマシですから」と返品不可を条件にとても安くしてくれた。


 登録手続きの間とその後の期間で、美雨は以前からアクアランプの近くに借りていた従業員駐車場の隅に、鉄骨シャッター付きの車庫を突貫工事で建てた。正直、車より金が掛かったのだが、彼女は気にならないらしい。


「これから、色々いじって快適に走るようにしますから」


 車庫に鎮座する車体を布で丁寧に磨いて彼女はとても楽しそうだ。


「改造に金かけるなら、最新のスポーツ車買ったらよかったのに」


 俺が諦めきれずに聞くと、美雨は首を横にふりながら悪戯っぽく微笑む。


「主、この車で一億円の高級車をぶち抜く快感を教えてあげます」


「はいはい、期待してますよ」


 この時の美雨の言葉を適当に流さず、普通で十分だと主として命令しておかなかった俺は、そのいい加減さの報いを何度となく受ける事になる。




  ◆ ◆ ◆


 


「美雨さん、とにかく昼飯の材料買いに、通りの魚政(うおまさ)に行こう」


 俺は、カーナビよろしく運転手に目的地を示した。

 あそこは海岸通りの魚屋だから、美雨の店からも近く道幅もそんなに広くない。


 おまけに他の店も並んでいるので普段から車も混んで地元の人出も多い。彼女もそんな所ではさすがに暴走する事は出来ない。


 ネタの新鮮さという条件で店を絞ると、このまま直進して、トラックでも通行可能な広い二車線道路の先にある、漁港の魚河岸近くの鮮魚販売場も甲乙つけ難いが、俺は皆にとって安全で快適ななルートの店を選択したのだった。


「いいですよ」


 美雨は、自分自身は常に安全運転をしているという意識しかないので、特に不満気にもならず、魚政へ通じる生活道路へ曲がろうとウインカーを点滅させる。


 その時、隣の追い越し車線へ真っ黒なスポーツ車がすうっと止まった。

 エアロの形状、タイヤやホイール、マフラーの音や車高の低さ、後ろのウイングの実用性から、一見して走りに金をかけている事がわかる。


 その外国車の後部シートはほとんど見えない程のスモークガラスだが、運転席には金鎖のブレスをして、日焼けで真っ黒な顔にアロハシャツのゴツイおっさんがハンドルを握っている。


 美雨は右ハンドル、おっさんは左ハンドルなので、お互いの表情はよく見えるはずだ。俺は毎度おなじみの嫌な予感がしたので、念のため目的地を再確認しかけた。


「み、美雨さん、お昼遅くなるとなんだしさ、早く通りの魚政に」


 その瞬間、おっさんが挑戦するような顔であごをしゃくるのが見えた。

 美雨は、相手に向かって薄く嗤うと、ゆっくりとウインカーを元へ戻した。

 そして二台の車はピタリと停止線に止まったまま、互いのエンジンの轟音を響かせ始める。まるで獰猛な獣同士が、檻から飛び出し戦いたくてたまらない、そんな咆哮の様だった。


 ……あのアロハ親父、あとで魚みたいに三枚に下ろしてやる。

 

「ええと、なに?」


 後ろで状況が理解できていない里緒を無視して、俺は龍真へ伝える。


「龍真、安全運転は終了だ。里緒を頼んだぞ」


「わかった」


 龍真はそれ以上聞かず、理緒の体をしっかりと支える。


「え? え?」


 里緒の不安げな声が車内に繰り返されたと同時に、信号が青に変わった。


 弾き出された様に停止線から飛び出す二台の改造車は、先行車がまだ見えない道路を並び飛ぶように加速していく。ゼロヨンレースもかくやという猛ダッシュだ。


 途中、自転車で警邏(けいら)中のいい歳のおまわりさんが、明らかに速度超過の暴走車とすれ違い警察無線に手をやったが、そのまま離した。


「あの二台に今更追いつけるウデのヤツはここの管轄署にはいないしな。そのくせ、ウチの交通課は現行犯逮捕にこだわる連中ばかりだし」


 ため息をつくおまわりさんを残して、車達はすっ飛んで行く。




  ◆ ◆ ◆




 スタートは五分五分だった。黒の運転手は勝算を感じて口元が緩む。

 そして黒の外国車はターボ搭載らしく、途中から独特の吸気音をたてて、エンジンへと空気を送りこみ、その燃焼力をピストンで回転力に変換すると、とてつもないパワーをタイヤへと伝達する。


 しかし青の車も対抗してターボを回し、すばやく黒の後ろのスリップストリームにつく事で、そう簡単には離されない。

 中央分離帯を挟んで対向車線の車から見れば、現れた瞬間に過ぎ去っていく、黒と青の塊にしか見えないだろう。


 やがて前方の追い越し側にいた車が、後ろから凄い勢いで迫る二台に恐れをなしてどんどん走行車線へと避けていくので、どこまでも行っても目の前は空いている。

 そんな中でしばらくは、緩やかにカーブする進路上で、二台は互角の状態で均衡が保たれていた。


 しかし、バックスリップ効果があれば、青がじりじりと差を縮めるかもしれないと黒の運転手は懸念する。そこで彼ははコンソール右にある、切り札の赤いスイッチをオンにした。


 その瞬間、過燃剤がエンジン内に放り込まれ、爆発的な推進力が発生。

 そして、ガツンと蹴られたかの様に、黒いスポーツ車は青い中古車を遙か遠くへ置き去りにしていく。それは黒い弾丸が一直線に飛んでいくかの様だ。

   

 しかし、青の運転手にまったく焦る様子はない。

 マニュアルシフトを六速までアップし、アクセルをベタ踏み状態で暫く安定させると、こちらもコンソールの脇にある、青雷魚(ブルーボルト)のマークのボタンを押した。

 

 その刹那、車全体に電流が走ったかの如く震え、青い車の四つのホイールの内側が帯電を始める。そして、その電磁的な回転音が高まると、内燃機関駆動からリニアと魔法のハイブリッド機関駆動へと推進方式を変換する。


 そこには、各ホイールから雷の猛魚の鱗光の欠片をほとばしらせ、今までとは全く次元の違う加速度で、先行する黒い弾丸を追いかけ始める魔法具が居た。

 その姿は、細い河の水流に乗って煌きながら泳ぐ、青い稲妻の魚そのものだ。

                       

 そして青の彼女はあっという間に黒の車に接近し、飛び出る様に走行車線に移動し並走する。

 窓越しに艶やかな流し目を彼女から送られ、悔しそうなアロハ男。


 いかづちの闘魚を操る女神は、追い越しざまにウインクをすると、問答無用に黒の車をブチ抜く。すばやく追い越し車線に戻った青の運転手はそのまま加速を続け、黒の視界から消えた。


 結局、それからはゴールである港の魚河岸鮮魚販売場まで、青き女神の一人旅(ウイニングラン)となった。




  ◆ ◆ ◆




 しばらくして魚河岸の駐車場へ走りこんでくる黒い外国車を見ながら、俺は今回得るべき戦利品について検討していた。

 だが、ドアを開けてこちらへ走ってくるアロハ親父に向けて、まずは文句を言う事から始めることにする。


「おい、魚政のおっさん。いい加減にしろよ」


 魚政の鮮魚販売場の店員が、男に対する俺の無礼な態度を驚いた様子で見ているのがわかった。

 だが、俺にとっては今更猫を被るような相手ではないし、相手も俺がそんな態度になったら、病気かと思うだろう。

 当事者のアロハのおっさんは、俺の文句はそっちのけで、美雨をほめ称える。


「店長、さすがだ! 今回もわしの負けだ。前回から相当性能アップさせたんだが、まだ勝てんとは、店長の車はいったいどんなチューンをしてるんだ?」


 それに対して、車から降り、すまして答える美雨の返事はいつも同じだ。


「社長、女性の服の下を知りたければ、口説き落としてからじゃないでしょうか」


 つまり勝負に勝ったら教えますという意味だ。そしてまだおっさんが勝った事はないし、これから先も無いだろう。

 だがおっさんも毎度のやり取りが楽しいらしく、豪快に笑うと頷いた。


「全くだ。次は負けんぞ」

 

 このヤの付く職業みたいなアロハ親父は、鮮魚販売会社「魚政」の社長だ。船主でもあるので、この漁港や魚河岸では顔役の存在ともいえる。


 元々は海岸通りの魚屋だったが、祖父の代から漁師も始めて、ドンドン成長した結果、地元では、社長になれば名士と呼ばれる優良企業になった。

 だが、このおっさんも会社の船で漁師をしていた若い頃はヤンチャだったようで、いい年になってもその癖が抜けないらしい。


 今は、奥さんと息子達に会社の実務は任せて、自分は漁業組合長や商工会議所の理事など、街の発展のための仕事にも汗をかいている。豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格もあって、地元での評判はけっして悪くない。

 もっとも容姿だけなら刑務所にいてもおかしくないけどな。


「おっさん、いい加減俺の話を聞け」


 俺が近寄って大声をあげると、魚政の社長は、なんじゃいという顔でこっちを向いた。


「おお、涼平もおったんか」


 知ってるくせに、まるで今会ったような顔でとぼけるな。このおっさんときたら始末におえねえなあ。


「おったんか、じゃねえよ。毎度毎度、店長の車見かけるとちょっかい出して来るなっつーの」


 この台詞も何度目かとウンザリしている俺に、アロハ男はガハハと笑って一顧だにしない。


「なんだ、焼餅か。いつもの事だ、気にするな」


 だが今回は事情が違うって点も教えて、戦利品の交渉をしないとな。俺は、美雨さんの車の後部座席にいる二人を指差し、怒った様に説明する。


「そうじゃなくて、今日は俺以外も乗ってたんだよ」


「……む」


 魚政のおっさんは前から美雨さんの車を覗き込むと、同乗者がいた事に気づく。美雨さんの後部ガラスもスモークなので、社長もつい見逃してしまった様だ。

 するとおっさんは素直に頭を下げ、優良会社の社長がただの高校生に謝ってきた。


「それはほんとに悪かったな。 お詫びに魚政の魚なら何でも持っていけ」


 こういう所はちょっと尊敬できるよなあと感じる俺。交渉するまでもなく希望の品を渡してくれる社長はやっぱ大物だ。さすが、海の男はいさぎよいモンだぜ。


「じゃあ、ペスカトーレの材料の魚介と、伊勢海老を適当にもらうぜ」


「ああ、好きなだけ持ってけ」


 豪快な社長の横にいる魚政の販売場の店員は、俺がいけすの中の大きな海老を品定めしているので、どれだけ持っていかれるかと気が気ではない様だ。


 まあ、それなりにお高いし、無料でゴッソリ持っていかれたら店としては痛いよなあ。

 大雑把な社長がOKしてるのに数に制限なんて出来ないだろうし。でもあの細かい社長の奥さんに知られたら、店員も結構叱責されるかもな。


 そこで俺は、内心悩んでいる店員に近づくと「(つの)が折れてるのはない?」と尋ねてみる。店員はそれを聞くと明らかにほっとした様子で、


「こちらです」と奥のいけすへ案内して教えてくれた。


「なんだ? そんなんでいいんか?」


 俺が角折れの伊勢海老を四尾選び出したので、社長は遠慮せんでもいい、もっと沢山もっていけと言ってくれた。


「四人で昼飯に食うだけだし、味はかわんないだろ」


 角や足が無いと商品価値としてはがくんと下がるので売値は安いが、味は変わらないので、店員の精神衛生上からも、こっちで十分なのだ。


 おっさん、あんたがこうやって美雨さんと遊べるのも、家族や社員の勤勉さのおかげだからな。その余禄(よろく)にあずかる俺達も、それなりに配慮しようと考えるわけだよ。


 戦利品の魚介類を氷と一緒に龍真のクーラーボックスに入れ、伊勢海老は別の発泡スチロールで冷やしすぎない様にすると、俺は美雨と一緒に、社長と店員に頭を下げお礼を言う。


「店長、涼平。また店に食いにいくから、そん時はよろしくな」


 社長は相変わらず口が半分ぐらいの表情で笑いながら、手を振ってくれた。

 そして俺は車に戻ると、最後まで外に出なかった龍真に確かめてみる。


「まだ気がつかないのか?」


「ああ」


 里緒はカーチェイスの途中であまりの怖さに気を失ったままだった。

 それでいて顔は引きつっておらず、むしろなんとなく幸せそうな表情なのが可笑しい。

 しかし起きたら絶対美雨の車から降りると騒ぐのは目に見えている。


「じゃあ、このままアクアランプまで戻ろう」


 俺は、美雨にくれぐれも里緒を起こさない運転でとお願いし、美雨的には極めて慎重な徐行運転、俺達的には普通の運転で、なんとか店までたどり着く。

 

 その後意識を取り戻したわがまま姫が、案の定「家来にだまされたっ」と激しく八つ当たりした。

 俺はペスカトーレ特盛りと伊勢海老の丸ごと香草焼き、南国風アイス&ジュレに加えて、通りのケーキ店で買ってきた苺ケーキをホールごと与える事で、ようやく姫のご立腹を収めるのに成功したのだった。









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