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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第24話 使い魔の思い

 正午過ぎまでさんざん泳いでいた俺達は、砂浜が本格的に混みだす前に海岸を抜け、少し早めに美雨さんの店に戻る事にした。

 海岸から松林の中にある小道を通り、堤防の階段を登って、道路の脇に出た。


 この車道は一方通行だし、堤防上で片道分しか道幅がない。そのため特別駐車禁止地域として自転車でおまわりさんが一時間おきに確認をする。

 結果として、屋台や休憩所の関係者が荷物を運ぶために一時停車する以外は一般車両はほぼ通らない。


 それで海水浴場と海浜公園の駐車場の間は、海岸の波や沖合いのクルーザーを眺めつつ、のんびり車道脇の歩道を歩く形になるのだった。俺は子供の頃から、この歩道の景色が好きだった。


 両親によく連れて来られたからかもしれないなあ。


 行きと違い、クーラーボックスは空になっていたので、龍真はそれこそ、紙袋の如く肩から提げている。


「龍真、軽くて良かったな」


 俺はわざと嫌味な口調で声をかけて振り返ると中指を突き立てる。


「おかげ様でな」


 龍真は口元をぐいっとあげると親指を立てて突き出す。


「なに下品な事やってるのよ」


 いつもの俺達のお遊びへ、里緒もいつもの様に割り込み、俺の腕をぐいぐい引っ張って前に進みながら叫ぶ。


「早く美雨さんの店に帰って、スズちゃんの作ったお昼ご飯たべたいっ」


 美雨は、そんな俺達を見つつサングラスの位置を直している。

 海岸にいた時はその輝く肢体で大勢の男共を釘付けにしたが、今は行きと同じように足首までのロングワンピースと日傘と帽子、薄手のスカーフで首も覆って、完全武装だ。

 直射日光はもちろん堤防道路の反射光も完全にカットしながら、ゆっくりと歩いている。


 逆に女性達から熱い視線を送られていた龍真は、相変わらずマイペースな態度で、美雨と並ぶ様な歩調のまま進んでいた。

  

 そんな二人の前方では、駐車場に向かいつつ、俺と里緒がアクアランプで食べる遅めの昼飯について会話を続けている。


「里緒、ほんとにお前まだ食うのかよ?」


 俺は信じられないモノを見た気分で問い直した。


「だって、泳ぎまくったからお腹すいちゃった」


 里緒はなんか問題あるの、といった表情だ。今はヨットパーカで隠れた里緒の腹に、というか胃袋に視線を送りながら、俺は午前中に彼女がさんざん食いまくったアレコレについて質問する。


「俺が買ったクレープや焼トウモロコシ、その他大勢はどこ行った?」


 彼女はなんのてらいもなく一言であっさりその件をかたずける。


「消えちゃったなっ」


「消えたって」


 そんなの有りかと、ブラックホールかと。

 里緒は世間で言われる台詞を納得した様に繰り返す。


「よく言うよね、お菓子とご飯は別腹ってさー」


 お前、この量でそれ本気なら一年もしない内に体重二倍になるぞ。


「だいたい、お菓子のレベルじゃないだろ。普通ならあれで一食分以上あるぞ」


「細かい事は気にしなーい」


 どう突っ込んでも平気な里緒に、やれやれと首を振って希望のメニューについて確認する。


「それで、昼は何食いたいんだ?」


「えっと、やっぱパスタ。ペスカトーレかなあ。あと、伊勢海老の丸ごと香草焼き」


 昼から丸ごと一尾とか、どこのグルメ番組だ。


「海老は却下」


「ええー。厨房からちょっとばかし拝借すれば」


 里緒はこっそり俺に目配せする。

 店休みだし、痛みやすい(足の早い)魚介類は仕入れてないぞ。だからペスカトーレの具も途中の魚屋で買うつもりだしな。


 だいたい、皿に伊勢海老が載って出てきた時点で店長にバレバレだろ。どうせ俺のバイト代から材料費が天引きされると思いやがって。


 美雨は、自分の主であってもバイトのまかない飯以上は金を取る。店長の許可なく高価な素材を使用したらバイト代から天引きだ。

 こういう所ではしっかりした経営者なのだ。そこで師匠に習って、弟子の俺も容赦なく里緒の希望に条件をつけた。


「金払うならいいけどな」


 ジト目で聞く俺に、里緒はすばやく注文を変更する。


「ペスカトーレ特盛りでお願いします」


 そういった後、続きに期待した目で見上げてくる。


 あー。……ご飯とお菓子は別腹ってことな。まだ食うかと俺は呆れながら、デザートについても尋ねる。


「食後は何だ?」


「苺のケーキがあればいいな」


「休日はスポンジ焼いてない。苺とパインの南国風アイス&ジュレは?」


「うんうん、それでオッケーだよっ」


 色々煩いわがまま姫だが、俺の料理の腕は一定の評価をしているらしく、なんでも食べるし不味いと言われた事も少ない。

 そういや俺が里緒の家に居候していた昔、犬猿の仲だった俺達が休戦したきっかけも、里緒が俺の(つたな)い料理を食べた事だったなあ。


「お前もいい加減、飯まともに作れるようになれよ。嫁の貰い手無いぞ」


 何でこれだけは上手くならんのか不思議に思いながら、俺は里緒に忠告する。

 いくら龍真が忍耐強くても、地獄級に不味い店でチャンピオンになれると俺が太鼓判を押す、里緒特製料理が毎日でたらどうなる。


 あいつは結局全部食うだろうが、それは日々毒を盛られるのと同じじゃねえか。


「ああ、言わないで。がんばっています。がんばっていますから」


 里緒にとっても、本当に困っている事らしく、耳をふさいで普段からは考えられない程弱気な発言をする。実際、過去何度か頼まれて教えてみたものの、里緒らしくもない失敗を繰り返すのも事実だ。


「俺が知らない様な変な味付けにしちまうのは何でだ?」


「こう、ひらめいちゃうんだ」


 里緒は目の前でぱっと手を開く。


「調理法を変たり、違う調味料を加えると、今までにない料理ができるって」


「今までにない、酷い料理だろ」


 まあ、これは自爆だろうけどな。

 里緒は掃除や洗濯、裁縫までもそれなり以上にこなすのに、料理に限ってはやる事なす事おかしな結果になってしまう。


 結局集中力が散漫になっているからだと思うんだが、昔教えている途中で、包丁をとてもヤバイ感じに動かそうとした里緒を慌てて止めて以来、俺は彼女に強いて料理を作らせようとは思わなくなった。

 だって、親指以外指全部失くすよりマシだろ。


「料理は家来に任せたっ」


「ほー。将来、好きな男の弁当を俺に作らせるわけだな」


「ぐぐぐ、い、今にみてなよっ」


 意味ありげに龍真の方をみてコメントする俺に、里緒は悔しそうに反論するが、龍真と目があったらしく慌てて前に向き直る。そして、これ以上弱点をつつかれぬ様に急いで誤魔化した。


「とにかく特盛りでっ」


「はいはい」




  ◆ ◆ ◆

 


 

 前方でわいわいと騒ぐ涼平と里緒、それを白い歯を開けて見ている隣の龍真の姿をサングラスの中で目にしながら、美雨は本当にこれで良かったのかと何度目かの思いがよぎる。

 もちろんそんな思いを表情にだしたりはしない。


 涼平の使い魔になったことは望外の幸せだったし、仕えて来て全く後悔した事はない。

 彼は、美雨を思いのまま使役する奴隷ではなく、守るべき存在として扱うので、本来は主を守護するべき自分が、逆の立場になってしまう事も多い。


「美雨さんはかけがえのない俺の家族だし」


 主は事あるごとにそんな風に言う。

 美雨が使い魔の立場に拘った時ほど、そう繰り返す気がする。


 その事は使い魔として信用されていない様で不満もあるが、幼い主を庇護し慈しむ中で、彼の性格を形作る一因となった身としては、胸が熱くなるような気恥ずかしさと、単なる主人への忠誠とは別の、愛し子への深い情を感じてもいる。


 だからこそ、主の求める事を知った時、その内容の困難さがわかっていながら、結局従う事にした。主は強制したりはしなかったが、その幼い瞳には、すでに確固たる意志が秘められており、不可能に近いという説明が無駄だと直感したからだ。


 そして、十年以上が過ぎた。色々な想いや経験を乗り越えて来た十年だった。

 主もすでに六歳の子供ではない。高校二年生の、生意気なくせに女の子に弱い普通の十七歳だ。


 彼の成長を見続けていた美雨にとってこれまでの時間は宝物だった。

 そして主は自分で歩き、白紙の地図を埋めていく事ができる若者になった。不可能だと思っていた事が、できるかもしれないという可能性を持ちえる程の実力を身につけた。


 だが一方で、この年月の主の無茶な材料収集や魔力研鑽について、美雨は何度止めようとしたか。いや、実際に実力行使で中止させた事も枚挙(まいきょ)(いとま)がない。しかし、その時は従うくせに、目を離すとすぐに再開してしまう。


 美雨が使い魔の持つ魔力で傷を治癒する事はできる。しかし、あまりに難易度の高い魔法行使は、その度に激痛と体力消耗を引き起こし、連続すれば極度の衰弱および慢性疲労の様な状態になり、命にも関わる。


 だから、美雨が間隔を空けて取り組むようにと懇願しても、主は短期間で努力以上の成果を求めるために、危険すぎる行動に躊躇(ちゅうちょ)なく飛び込んでしまうのだ。


「主はまるで、三歩あるくと全て忘れるニワトリの様です!」


「そりゃひどいなあ。でも俺って結構丈夫だから」


 主の体を心配しているのに、こんな時は傲慢で頑固だ。


「老いて死ぬまでに実行しないとね。約束もあるし」


 主は右目から血を流しながら、それでも魔法行使を繰り返した。

 そして、そんな毎日の果てに、主はひとつの願いを実行可能な計画まで持ち込む事に成功した。この主を美雨は誇りに思い、世界に向かってその使い魔である幸運を伝えたい。

 ただその年月は、主にとって将来の選択肢を切り捨てる期間にもなってしまった。


「そんな事をいったら、オリンピック金メダル獲得を本気で求めるアスリートや、真剣に国際コンクール優勝を狙うピアニストなんかも、早い段階で何かを選んで、何かを捨てているんだよ」


 主は仕方がないと笑う。 

 望むものへの頂が高く遠く険しいほど、自分の手に持っていけるものは少なくなるのだからと。

 主が求めるものを手にいれるためには、多分それ以外は捨て去る必要があるだろう。


 目の前で交わされる仲の良い友達同士の会話。平凡な、だけど十年間の積み重ねがあって生み出された幸せな景色。そこに宿る主の想い。


 この全てを捨てる。


 そこまで犠牲を払って計画を実行したとしても、必ず成功するとは限らない。その上、失敗の代償は多分、主の命で支払いが済まされるのだ。

 

 もちろん主は慎重だ。決してリスクを低く見てはいない。

 何度も検討や実験を重ねた上だが、出来る事は限られており、やはり本番でどんな不測の事態が起こるかはわからない。


 だから、彼は美雨に先ほど計画から降りる選択肢を提示した。


「美雨さんも、店や屋敷のお世話してもらう必要があるし、なんならここに残……」


 ……なんならここに残ってもいいんだよ。


 美雨は、砂浜で語りかけた主の言葉の先を思い浮かべる。

 もちろん終わりまで言わせはしなかったし、主が震え上がって土下座するぐらい(おど)してあげたが。美雨は、あれが冗談ではなく主なりの思いやりだとわかっている。


 失敗した時に美雨が巻き込まれない様に。美雨だけでも助かるように。


 だが、その気持ちに感謝はしても、美雨は今後二度と、主の口からその言葉を告げさせるつもりはない。絶対にない。


 美雨は魔術師ミューズ・ラベール。ティンの師匠だ。

 頼りない弟子の失敗は、優秀な師匠が後始末をしなければならない。


 美雨は紀南家屋敷の泉水に棲むモノ。涼平の使い魔だ。

 とり頭の主の面倒は、冷静で心の広い使い魔が見なければならない。


 そして美雨は彼の家族だ。一緒に行くのに理由などいらない。









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