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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第23話 砂浜でご乱心

「顔を上げてください」


 間もなく、美雨が普段と変わらないのんびりした口調になったので、俺はほっとしながら彼女に向けて顔を上げる。

 大きなビーチパラソルの中に日差しは入って来ないが、砂に熱せられた空気と海からの風が混ざって、潮の香りを運ぶ。


 美雨はいつのまにか上着を脱いで、水着姿になっていた。

 どこか艶めいた白い肌の水着は、有松絞りをモチーフにした、藍と白の幾何学模様のセパレートだ。

 少しクォーターっぽい顔形の美雨が身に着けると、逆にエキゾチックな雰囲気が漂う。


 そしてブラを保持する紐は細いし腰も切れ込みが深く、もはやビキニと言ってもいいんじゃないだろうか。まして伝説のヴィーナスもかくやという黄金率体形は、ミスコンを総ナメ間違いなしだ。


 しかもパラソルが陽光を遮って、少し薄暗いはずの美雨の肌は、内側からの輝きのためか、逆に体全体から燐光を放っているかの様で神々しささえ感じさせる。


 そんな色々とすばらしい美雨だが、現在俺を硬直させている原因としては、彼女の全身の魅力はもちろん、大きくて丸い胸が目の前にある事も大変重要だった。


 汗をかいているのか、その滑らかさはしっとりと表面に水滴の浮いた張りのある果実の様だ。それでいて白くてやわらかそうな二つの丘は、谷間も深くて、俺は思わず唾を飲み込んでしまった。


 家族同然の使い魔をこんな目で見ちゃ駄目だろうと思いつつ、どうしても目を()らせなかったが、きっと男だったら誰も非難出来ないんじゃないかなあ。


 美雨は、正座している俺に顔の位置を合わせる様にしゃがみこんで、ほんわかとした様子で微笑む。


「まあ、主のたちの悪い冗談は毎度の事ですから気にはしません」


 その割りに俺の周り氷結していたけどね、と口には出さない。人間は学ぶ事が出来る生き物なのだ。


「とり頭なので、主は何回いさめても止めてくれませんけど」


 ええ!? 俺の心の感想を即否定ですか、そうですか。


「主もそう思うでしょう?」


「えーと、美雨さんの言うとおりだよ」


 俺は今、美雨のお小言の内容よりも、目の前で揺れる豊満で少しミルクっぽい白色の球体が、水着からあふれ出そうな様子に目を奪われていて、まともな判断が出来ない状態だった。


 彼女も遅まきながら気づいたらしく、わざと両手で下から胸を持ち上げて尋ねる。


「触りますか?」


「いいいいいい、いや、いあいやいや。」


 唯でさえはちきれんばかりの胸元が、その仕草でより強調されて、俺はパラソルの日陰にいるのに頭の中が熱くなってきた。


「嫌なんですか?」


 俺が否定の返事をしたのを拒否ととったのか、美雨が悲しそうにするので、俺はあわてて訂正する。


「違う違う。 誠に光栄なんですが、やっぱここではまずいかと思いますのでっ」


 焦って後半丁寧語になる俺を見ながら、美雨は懐かしそうに話す。


「でも昔は、抱っこして胸やおなかをよく撫でてくれたじゃないですか」


「それは、もっふもふの美雨さんだったし」


 俺もその当時を思い出し、今の美雨と比べて、よく成長してくれましたと嬉しくなった。お父さんは嬉しいぞとか、意味不明な考えに浸っていると、彼女がオイルを俺に手渡して、後ろを向く。


「じゃあ、昔みたいに背中を撫でてください。ちょうど日焼け止めも塗っていただきたいですし」


 俺はブラの藍色の紐が結ばれた、美雨のシミ一つない美しい背中を見ながら、まあ、それぐらいなら許容範囲かなあと、手にオイルを取って彼女の背中へ塗ろうとした。


 そこに、砂浜を蹴立てて近寄ってくる足音がする。


「何やってるのよおお、馬鹿平!」


 怒涛の勢いでシートの中へ走り込みつつ、俺の後頭部を平手でいい音が出る強さではたいたのは、家来の不届きな行いを許さない姫だった。


「スズちゃんのエッチ! いくら美雨さんに下心があるからって、やりすぎよ」


「何言ってんだよっ 美雨さんに頼まれたから日焼け止めを付けようとしただけじゃねーか」


 里緒が真っ赤になってぎゃあぎゃあ言うので、俺は何が悪いんだと立ち上がって反論する。だが、里緒はというと俺の台詞を聞かずに切って捨てた。


「嘘ばっかり」


「嘘じゃねえ」


 うそつき、うそじゃねえ、と子供の言い合いの様に何度か繰り返すが里緒はそれでも言い切る。


「いーや、嘘だもん」


「どこに証拠があるんだよ」


 俺は思い込みで怒られるのはかなわないので、納得出来る説明を里緒に求めた。

 まあ、どうせ「スズちゃんなら無理矢理しかねない」といった程度の、わがまま姫独特の家来分析による適当理論が展開されるんだろうなあ。


 ところが、里緒はしばらく黙った。

 腕を組んでいると、彼女の胸が持ち上がり、谷間が少し大きく見えて俺の心臓がどくんと鳴るので、視線をそらす。


 あんまり焼けてないのか、思ったより白い肌が夏の太陽を浴びて、少し赤くなっている様子に、健康的な色気さえ感じてしまった。


 まあ、美雨さんには及ばないけどな。

 そんな俺の言い訳じみた思いとは別に、里緒はようやくぶすりとして言う。


「土下座」


「なに?」


「土下座して頼んでた」


 普段の里緒なら、俺をやり込ます切り札を勝ち誇ったかの如く示すはずだが、今回はそれを認めるのがとても嫌そうだった。


「あれはっ」


「あれは何?」


 俺は思わず言い訳をしそうになるが、美雨を怒らせたと話せば、おっとりした性格の彼女に対し土下座する程怒らせるとは、どんな大変な理由かと興味を引く事になる。


 この状態で、理由を話さずに里緒から逃れられる手段が思いうかばず、これ以上は沈黙するしかなくなった。

 里緒は、それを俺が里緒の推測を認めたと取ったのか、さらに不機嫌になった。


「ほらっ やっぱり。スズちゃんてば美雨さんに土下座して胸見せてもらったり、背中にオイル塗らせてもらったりっ」


 ちょっと呆れるぐらい興奮している里緒に龍真も思わず声をかける。


「おい、里緒。落ち着け。どーどー」


 っておい、龍真、里緒は馬じゃねえし。

 しかし、美雨がふざけて胸持ち上げるあたりから見られてたかと俺は内心頭を抱える。

 里緒はといえば、矛を収めるつもりはないようだ。 


「いくら美雨さんが優しいからって、やりすぎだよっ」


 里緒は普段そこまで潔癖症じゃなかったはずだが、ま、女の子はわかんねえなあ。

 どんどん言い募る態度に、俺もさすがにこのままではまずいと感じ、すぐさま頼れる使い魔へ助けを求める事にする。


「濡れ衣だっ ねえ美雨さん」


「そうですね。里緒さん、私からお願いしたんですよ」


 美雨は、微笑みながら俺の行動を擁護してくれた。

 その笑みは、俺には面白い見世物の成り行きを楽しんでいるとしか思えない表情ではあったが。

 そのためか、残念ながら彼女のアシストは里緒に対し、全く効果を発揮しなかった。


「美雨さん、店のバイトだからって馬鹿平をかばわなくていいよ」


 わかってるからと美雨に頷きかける、全然分かってない里緒を見て、俺は次に龍真に支援を求める。


「龍真なら信じてくれるよな」


「そうだな、俺は涼平を信じるぞ」


 あっさりと支持してくれる彼に、俺は満足げに里緒へと向き直る。


「さすが親友だ」


 だが里緒へ「お前も幼馴染なら龍真を見習え」と俺が言おうとする前に、当の親友に崖から突き落とされた。


「まあ、俺と里緒が遠目から見た状況証拠だけなら、真っ黒だがな」


 俺は、諦めろという同情顔の親友と、今後の展開に心の中では興味津々の使い魔に加え、この不埒な家来にどんな裁きを着けようかと、息巻くわがまま姫に囲まれて叫ぶしかなかった。


「冤罪だああああ」




  ◆ ◆ ◆




 さんざん里緒に叱られた俺は、目の前の小さな台風をやり過ごすために、誤解を解くための抗弁は諦めた。とにかく冷静になってもらおうと、謝り倒す戦術に切り替えたのだ。


 おかげでやっと里緒の機嫌は直ったが、そのため理不尽にも屋台の焼きそばやカキ氷など数多くの貢ぎ物ををおごらされたにもかかわらず、「これで勘弁してあげるんだから感謝しなさい」的な扱いだった。


 くそ、龍真と美雨さんが同じ状況だったら、何も言えずに半泣きになって海の底まで落ち込んだに違いないくせに。

 まあ、ほんとに好きな男には、肝心な時に本音を言えず奥手な里緒だからしょうがないけど、もう少し家来の扱いも考えろよな。


「まあ、これからは、スズちゃんは女の人に対して下心まるだしで行動しないように」


 さっきのご乱心がどこへやら、俺に訓戒を垂れるわがまま姫はどこか満足そうに、店の前で受け取ったばかりのたこ焼きをさっそくほおばっていた。


 パラソルの下で待つ龍真と美雨さんの分も含め、八個入りを四箱買った俺は、さっきから屋台をハシゴして食いまくるこいつの胃袋はどっかおかしんじゃねえかと思いつつ代金を払う。

 もちろんこのたこ焼きも四人分俺持ちだ。


 泣く泣く財布を出しながらも、さすがに里緒へのお詫び行脚(あんぎゃ)目的の屋台巡りに疲れてきたので、返事は流し気味になった。


「はいはい」


「ちゃんと聞きなさいよ。いつもそんなだから親友の歌埜(かの)ちゃんにも馬鹿平とは一緒に居たくないって、言われちゃうんだよ」


 里緒は、俺の適当な返事を気に入らないのか、クラスの女生徒の台詞を持ち出した。


「委員長が?」


「そうだよ。今日だって歌埜(かの)ちゃんも誘ったのに、馬鹿平と泳ぐぐらいなら、夏期講習へ行くって言われちゃってさあ」


 爪楊枝にさしたたこ焼きをふりながら彼女はぼやく。里緒は幼馴染の俺と親友の歌埜、両者のそりが合わない事を普段から残念に思っているらしい。

 どっちかと言うとケンカ売ってくるのは向こうなんだけどな。まあ、元はといえば俺が悪いんだけどさ。


「委員長から見たら俺はだらしないんだろうなあ」


「うん、そう言ってた。八方美人で嫌になるって」


 里緒は委員長の言葉を変に当たりさわりのない物にしない。

 彼女がそれを嫌う事を知っているし、どうせ俺に面と向かって言うので隠しても意味がないのだ。


 委員長は相変わらずキツイなあと、俺は下駄箱で会った眼鏡の顔を思い出して苦笑し、三箱のたこ焼きを片手に反対の手で首の後ろを揉みつつふざける。


「まあ、八方に美人でもモテるヤツはモテる。だから取りあえず俺としては女子にモテるチャンスは逃さない様にしてるわけだ」


「それがだめなんだってば」


 里緒ににらまれるが俺は意に介さず逆に彼女をからかう。


「ま、一人の男に一途な乙女もいますからなあ」


「ななな、なんの事かな」


 里緒は俺が誰の事とも言わぬ内からちょっと頬を染めてとぼける。

 よしよし、それでこそ里緒だ。


 違う話題に切り替えるようにして、龍真ネタをふってみる。


「そういえばさー。俺と違って龍真は他の学校の女生徒にも人気あるんだぞ」


 俺は、子供の頃から勝ち組な龍真のモテぶりを見て来た。

 これについて俺は俺、龍真は龍真だから、今更なんの感慨も持たない。

 むしろ持つと部屋に閉じこもって、伝説の樹の下で卒業式に逢う系が発祥のゲーム類を、発売時期に沿って片っ端からやり込んでしまいたくなるので持たないってのが本音だ。


 美雨には「主は吾唯知足(ワレタダタルヲシル)の悟りを開かれたんですね」と微妙な表現で慰められたけどな。


 俺の煽りに対して答える里緒は案外冷静だ。


「知ってるよ」


 龍真大好きの里緒でさえ、龍真がモテる事への嫉妬は、完全ではないが抑える事が出来る様になったという事だろう。

 それぐらい俺の親友は人に良い感情をを持たれやすい。性別、年齢に関わらず、人間に好かれるといった方が正しいかもしれない。

 まあ、いわゆるカリスマ性のあるタイプだな。


「その中にはあいつを一筋に慕う娘も結構いるはずだよなあ」


「そうかもね」

 

 龍真が里緒の知らない所で、沢山の娘から本気で告白されただろうぐらいは想像しているみたいで、コイツが動揺する様子は無い。


 俺も里緒も偶然その場面を見てしまった事だって何度かある。でも、龍真は未だに誰とも付き合っていない。


 それは、里緒にとって自分にも可能性が残っていると信じられる材料になっているし、幼馴染という事は確かに、顔を合わせる機会が多いという意味で有利なはずだ。


 ただ龍真が里緒にいつまでたっても告白しないため、里緒は先に進めずにいる。

 龍真から「里緒はただ幼馴染にすぎない」と言われることが怖いのだろう。それが里緒から龍真に告白する事を躊躇(ちゅうちょ)させる大きな原因になっていた。


 珍しくこの件で素直に頷いている里緒に、ためらわなくても心配ないと背中を押すつもりで、俺は何気なくそそのかすことにする。


「だから、龍真と一緒に海水浴にこられるなんてラッキーなヤツは、そのチャンスを有効に活用しないとだめだ」


「そう、だよね」


 無意識に同意し、そこではっと我に返った里緒は、たこ焼き屋の看板に描かれる八本足の生物並みに真っ赤になると、俺の背中を思い切り叩く。


「なな、なんの話をしてるのよっ」


 また乱心した姫の世話をするつもりはないので、叩かれた勢いで前に軽く走り出して里緒から数歩離れた俺は、振り返ってニヤリとする。


 そして茹でダコ状態で立ち止まっている里緒をそのままに、待っている二人へ注文の品を届けるために、目的のビーチパラソルを目指した。









里緒姫ご乱心の巻です。

読んで下さってありがとうです!


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