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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第20話 知りたがりのウサギ

 俺は桜との会話をそれなりに楽しんでいる。

 口の悪さは、すぐにでも親の顔が見たくなる程だが、心根はいい子なのだと思うし、こんな所で一人では、寂しさから口が悪くなってもしかたないと思う。いや思いたい。


 ただ、最近気になる事もあって、今夜は桜が窓を開けるとすぐ、彼女に質問をした。


「桜、お前よく窓あけているのか?」


「いや、昼は日の光がまぶしいから開けていない」


 今夜の桜は髪を左右に大きく分けてまとめ、後ろはあっさりと流している。服は肩の部分が花びらのレース模様の七部袖、全体はふんわりとしたラインの白いゴシック風ワンピースだった。


 そのシルエットは、白いウサギの大きな両耳が垂れているようで、桜の体が小さい事も手伝って、どこのぬいぐるみかと思わせる愛くるしさだ。


「夜は? 俺がいない時は?」


 前回はすでに外にいたので、早い時間から外に出ていたのかと思い、尋ねた。


「それも開けていないな。涼平に会った日と再開した日は別だが、それ以降は、お前の姿を見つけてから、ベランダに出ているぞ」


 桜は、何故こんな事を問うのかといった不審な表情だった。


「ならいいんだけどな」


「いったいどういう意味だ?」


 桜は訝しそうに見ていたが、ははーんと頷いて彼を指差す。


「私を他の男に見せたくないと言う嫉妬なら、唯の友人たるお前はまだそんな権利はないはずだぞ。まったく、すぐ男はそういった所有権を主張するから始末に負えぬな」


 なんか、桜の話を聞くうちに心配するのが馬鹿馬鹿しくなったので、俺はこれ以上の説明を省略する。


「俺にもまだはっきりとはしないから、わかったら言うよ」


 それでも忠告してしまうのが、俺の性格だった。


「とにかく、不用意に外にでるなよ。部屋の中で鍵をかけていれば安心だろ」


「そうか?」


 とぼける桜へ、分かってるぞと部屋の中へ視線を送ると、俺は軽くにらむ。


「おれも魔術師の端くれなんだがな」


「忘れていたよ」


 そうして、桜は無意識にお守りを触る。紅い袋に金文字で刺繍がされたそれは、はっきりと護符としての霊力を放っている事が、俺にはわかった。

 漏れだす聖なる力は、その護符の持つ潜在魔力がかなり大きい事を示していたが、その件に触れるつもりはなかった。

 だが、桜は俺の視線を感じたのだろう。


「母親の形見だ」


 懐かしそうに彼女は明かした。


「そうか。ゴスロリにミスマッチを狙ってんじゃないのか」


「女性の服を……」


「わかった、わかった」


 そう両手を挙げて言いながら、なんとか冗談に紛らわして、母親の話題で桜を傷つけまいと焦る俺に、逆に桜は笑って答える。


「あいにく父親は元気だぞ」


「おいおい、そんな言い方したら、父親が泣くぞ」


「年頃の娘によくあるだろう。反抗期なのだよ」


 桜が冷静に分析するので、俺はちょっと安心した。


 しかしこんな口の悪い娘に身内の気安さで反抗されたら、どんな罵詈雑言(ばりぞうごん)を聞かされるのか。

 自分が父親なら、きっと立ち直れないと思う。


「俺は、父親に同情するかも」


「ほう。それは宣戦布告と取ってかまわんのかな?」


「暴力反対。争いでは何も解決しません」


 会った事もない桜の父親のために、犠牲になる気など全くない俺は、早々に目の前の危険人物と和平調停を開始する。


「さて、じゃあ、和平の条件として、前からの要求を叶えてもらおうか」


 桜の台詞は同じ和平でもどっちの立場が上かをはっきりさせるものだった。


「なんの要求?」


 俺は、なんでこうなるんだと思いつつ確認する。彼女は待ってましたとばかりに続きを話し出す。


「魔術師についてより多く教えてくれ」


「世間で言われている事ならいいぞ」


 そんな事ぐらいならと軽く返事をしかけた俺に、桜は首を横に振る。それにつられて、白い耳のように束ねられた髪が左右に揺れた。


「いや、もっとこう、知る人ぞ知る情報というか裏話というか。権力闘争や隠された歴史、一般人が知れば身の危険がせまるレベルの、魔術師の友人だからこそ手に入る超秘密の話が聞きたいのだ」


「それはだめだ」


 俺は態度を改め、冗談じゃないと分からせた上で拒否する。


「友達に秘密とは、涼平は情けない奴だな」


 憤懣やるかたない様子の桜。


「いや、魔術師界隈の話は結構危険なんだ。桜が思ってるより、魔術師の欲望は深くて暗いから。巻き込まれたら危ない」


 安易な好奇心がどれだけ危険かを知ってほしくて、正直に話す。

 だが桜は納得しないらしく、「それでも知りたいといったら?」と、じっと俺を見つめた。


 髪で桜の瞳は見えないにもかかわらず、俺は少女の視線を感じる。とっても強く感じる。しばらくにらめっこ状態が続くが、折れた振りをしたのは俺だった。


「わかったよ。ある程度なら話してもいいよ」


「ほう、さすがわが友」


 喜びかけた桜にすかさず俺は釘を刺す。


「だが速やかに忘れてもらう」


「なんだと?」


 意味のわからない桜は、俺に説明しろとせっついた。


 そこで俺は、記憶操作の薬を飲んでもらわないと話せないと説明する。


「記憶を消すということか?」


「ちょっと違う。俺の存在を記憶から完全に消すと大きな意味で因果律に問題が生じる」


「因果律?」


 突然でた言葉が桜の中で混乱を招いた様だ。


「ま、そこは飛ばして。魔法で記憶を全部消すのはまずいと思ってくれ」


「……うむ、それで?」


「だから俺という人物に会ったことはかすかに覚えた状態にしておく」


「ただ、俺の顔や話した内容、一緒にした事はぼんやりとして具体的なものは何も思い出せないようにする。

 俺に対する興味も失われるから思い出そうともしない。つまり関係性を限りなく希薄にする薬さ」


「記憶を操作することには代わりが無いだろう」


「そうだな、俺は幻夢の薬って名づけた」


「そんな薬の作成を思考する時点で、魔術師というより狂った科学者だな」


「まあ、家業を生かして試行錯誤して作ったんだ。時間掛かったけど、最近やっと完成したんだよ。でも安全性は保証する」


 桜は、しばらく考え込んでいた。それはあまりに厳しい条件を突きつけられ、諦めるまでの時間をなんとか長引かせようと悪あがきをしていると思えた。


 俺はというと、さすがにこんな薬を飲んでまで、魔術師のヤバイ話を聞かせろとは言うまいと高をくくっている。


 この幻夢の薬は本当にあるが、使った事など今まで一度もない。子供が危ない方へ行かぬよう、大人として脅しておく必要があると思っただけだ。

 だから次の桜の台詞は予想外だった。桜はこう聞いてきたのだ。


「ふーん……味は?」


「は?」


「だから薬の味はどうなんだ?」


 桜は料理の味を尋ねるように再び問いかける。だから俺も素直に返事をしてしまった。


「そりゃまあ、苦いほうかな」


 すると、顔をゆがめてぷいと横を向く。


「飲んでもいいが、苦いのは嫌だ」

 

「こだわるとこってそこなのか!? 記憶操作はどうでもいいのか?」


 俺にとって、飲んでもいいという答えは思ってもいなかったし、そのためのハードルが、味なんて考えもしなかった。


「私はこう見えてもグルメなのだよ」


 そう言って胸を張る桜。


「薬の三ツ星って聞いたこと無いけどなあ」


 桜の考えていることが俺にはさっぱり分からない。


「とにかく苦いのは嫌だ」


 そう繰り返す彼女に、涼平は時間稼ぎの妥協策を提示する。


「わかったよ。糖衣錠にすれば甘味成分でコーティングできるから」


「蜂蜜レモン味が望ましいな」


 どんどん要求が過剰になっていくので、さすがに呆れてしまい、思わず突っ込んだ。


「キャンディーじゃないっての」


「じゃ、要らぬな」


「……オーダー確かに承りました」


 いつのまに幻夢の薬を飲む事が前提になったんだと首を捻っていると、突然桜はいままでの会話の流れををひっくり返した。


「だがやはり、そんな薬のいらない程度の話で我慢してやろう」


「へいへい」


 思わずほっとした俺は、まあ、そりゃそうだろうと納得する。誰が望んで記憶を変えてほしいもんかよ。

 桜は振り回される俺を満足そうに見ながら、質問を再開した。


「だいたい、魔術師は誰でもなれるものなのか?」


「魔力自体は皆持ってる。走ったり、絵を描いたりするのと同じだ」


「けど、一流に成れる者は少ないわけか」


 桜は俺の言いたい事をすぐ理解した。


「才能と努力。これはどこの世界もかわらないってだけさ。あと、下積み時代を支えたり、花開くまでの経済力」


「つまらんな」と桜。「まったくだ」と俺。


 二人で顔を見合わせくすくす笑いあう。 そのまま、俺はほろ苦く笑い続ける。桜が奇異に感じて顔をあげるので、自分を(わら)ったんだと説明する。


「俺の場合はただの偶然だったからなあ」


「偶然ってなんだ? 才能が開花したのだろう?」


 桜は彼の言葉の内容を理解したくて眉をしかめて考える。


「そう言っていいのかどうか……」


 桜の一所懸命な仕草は、白銀の耳を垂らしながら悩むウサギの様。

 月に住む兎なら、人じゃないからいいかと脈絡もなく考え、涼平はさらりと知りたがりのウサギに問うた。


「聞きたいか?」

 魔術師の根源に係わる話題、しかも俺自身の生い立ちをそんなにあっさり教えてもらえるとは思ってなかったのだろう。

 桜は俺が好む、例のきょとんとした表情を浮かべた後、とても嬉しそうに袖を掴んで引き寄せた。


「ぜひ、聞きたい」


 そうか、と上弦に少し足りない月を見上げながら、俺は全てが始まったその日の事を、桜に語り出したのだった。









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