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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第19話 キングスロード魔法学舎

 夜風が体に気持ちいい。

 校舎三階の教授室と隣接する専用のポーチで、夜の街を眺めている女性は面倒くさそうに座った野外用の椅子から腰をあげた。


「もう少しこのポーチで休憩していたいけど、そうもいかないわね」


 緑の瞳を閉じ、眉間を軽く抑えて頭を振る。

 豪奢な金髪をアップにまとめ、濃い臙脂(えんじ)のスーツを着こなすこの女性は、成功した二十代後半のキャリアウーマンといったいでたちだ。


 プロポーションは文句なく、胸元がスーツの上着を押し上げている。彼女は教授室に戻り、マホガニーのデスクから厚めの魔術書を手に取ると、部屋を横切って次の講座の教室へと歩き出した。




  ◆ ◆ ◆



 

 ここ倫敦のキングスロード魔法学舎は、最も権威ある学舎と言われている。

 魔術師の総合教育機関として初めて作られた魔法学舎であるこのキングスロードは、名前に恥じないだけの歴史と伝統を経て、それに伴う尊敬と名声を得た上で、品位と格式を誇っている。


 過去から貴族社会でも隠然たる勢力を持ちながら、政治的な中立を保ちつつこの世界のためにこそその力費やす事を是とする方針は、高い評価を勝ち得てもいる。


 そしてキングスロード魔法学舎はその目的のために魔術師を発掘、啓蒙すべく、昼夜問わず、魔術講座を開講している。

 これは、他の大陸にある、魔法学舎も同様だ。魔法学舎は各大陸に一つあり、世界中から生徒を受け入れるため、二十四時間体制で授業を行っているのだった。


 そのため、どこに作るかは制限された。実際には、古代の転移魔法に設定された魔法陣の行き先の中で、環境の良かった場所に学舎が建設されることになったのだ。

 ただし、南極大陸の魔法学舎は、高等魔術学院として教授以下には原則非公開となっている。


 ところで、世間でおおざっぱに魔術師とは、魔法を使う者全般を指すが、職業として認知されるためには条件がある。そして自称魔術師に案外多い詐欺師は別として、正式な魔術師になるためには主に三種類の方法があるのだ。


 一つ目は魔法学舎に入学して、修了書を得ることだ。これは一般人でも魔術師になれる、一番簡単な方法だ。とはいっても狭き門であることに違いはない。

 入学試験は筆記で知識を、実技で才能を見るが、実技こそが優先される。


 しかも入学までにある程度は自己研究で出来る様になっていないと門前払いである。

 入学が許されてからも課題や試験で修了書認定までに脱落していき通常の卒業年度である三年後には四分の一の学生しか残らない。ちなみに特に優秀な生徒は飛び級もある。


 ただ、何度でも再入学は可能で、入学の年齢制限も無いのが救いといえるかもしれないが、公的補助もないので入学金や学費も高く、経済的に恵まれていないとバイト生活に明け暮れることになる。

 申請すれば、厳しい審査と教授の推薦によって奨学金を得られるがその場合は修了後に一定期間、魔法学舎に所属する事が絶対条件だ。


 これは魔法を金銭収入のためだけに学ぶ人間を切り捨てるため、初めから金に困っている者は門前払いするという魔法学舎の冷徹な方針が裏にある。


 入学試験合格者は入学と同時に魔法名を登録して、魔法を学ぶ。そして学業を修める事は当然として、修了までに魔術師の師匠を選び、師匠から弟子として選ばれなくてはならない。


 この師弟制度も魔術だけではなく、魔術師としての倫理や道徳性を若い魔術師に教育していくための仕組みだ。

 いくら能力があっても、性格に問題があれば、師匠は選んでくれない。

 そうなると修了書は貰えず、留年して次の年に同じ事をするか、登録魔術師はあきらめて退学するかの選択になる。


 なお留年は三回まで。金がありあまっている者は三回留年して自主退学し、翌年再入学という禁じ手を使うヤツもいたらしいが、さすがにそれはほとんどいない。


 なぜなら退学した場合は魔法結社の所属員になるという選択肢もあるからだ。

 これが魔術師になる二番目の方法である。


 魔法結社は、魔術師が立ち上げた組織である事が多い。中には高名な魔術師を輩出するような大手結社もあれば、暴力組織まがいの所もあり、魔術師の実力もピンキリである。


 魔法学舎に入学することが出来なかった者は、この結社に所属する事で、魔術師としての登録が出来る。

 ここで師弟契約を行う事も可能なので、早く魔術師になりたい者は最初から魔法結社に所属する場合もある。


 ただし所属員になる条件は結社の機密として非公開。魔法学舎での実力が考慮されているかもわからない。一般人をいきなり所属員にする結社もあるらしい。

 魔法学舎修了生との違いは、結社に所属する以上、結社の規律や利益をなによりも優先する事が求められる点だ。故に望まなくても結社の()め事に参加しなくてはならない。


 結社脱退の基準も様々で、死を持ってのみ認めるといった厳しい規律を求める結社もあるようだ。

 一応、魔法結社同士は相互不干渉の建前だが、実際は勢力拡大のために争っており、今は魔術師の戦国時代と言える。


 実力者の魔術師の存在はもちろん、新しい魔法の発見や魔法具の開発で、その勢力図が入れ替わる事も珍しくない。どこの魔法結社に所属するかは、自分の魔術師としての将来にとって大変重要なのだ。


 最後はその実力のみで魔術師として認められている人物だ。

 この類の人物は、自ら魔術師と名乗ることは少ない。

 むしろ、その実績、実力から、周囲が尊敬や畏怖をこめて魔術師と呼ぶ。魔法名は登録していないので、本人が名乗ったか、通り名としての名前になる。


 まあ、そんな伝説的魔術師に会うことなど、普通はありえないので現実には魔法学舎の修了生か、魔法結社の所属員を魔術師を呼ぶのだった。


 そして、魔法学舎はその高潔なる倫理観を誇り、自らが正当なる魔法教育の組織であると喧伝していたし、魔法結社は現実的な社会組織として、遵法精神を標榜しながら、実際は利益優先で勢力拡大にいそしんでいた。




  ◆ ◆ ◆



  

 オークの床を、ヒールの音を響かせながら歩く先ほどの女性は、目的の教室に入ろうとして、廊下の隅に立つ人物に目を留める。

 白い襟付きシャツと黒いベストにタイトスカートの地味な服装だ。


「スー? 何かあった?」


 声を掛ける彼女に、スーと呼ばれた中性的な姿の若い女性は事務的な口調で口を開いた。


「ランゼット教授にご報告があります」


 巻き毛を少年の様な長さで整えている姿は、見ようによってはギリシア彫刻の美しい青年像(アドニス)をさらに若くした感じであった。


「スー、魔法学舎の事務員だからって、事務的に話さなくてもいいじゃない」


 ランゼットはスーの耳元に艶のある紅い唇を寄せると、吐息を吹きかけるようにささやく。


「き、教授、止めて下さい」


 スーは頬を染めながら抗議するが、その言葉に力はない。


「二人っきりの時の様にベアトリーチェって呼んでくれないの?」


 そうしてランゼットは、スーの耳を彼女の舌でぺろりと舐める。スーは耳まで真っ赤になってしまい、腰に力が入らないのか、ふらつきだす始末だ。

 金髪の教授は、満足そうに目を細めると、どうしていいかわからなくなっている事務員に顔を上げて微笑んだ。


「ふふ、可愛いスー。今はこのくらいにしてあげる」


 スーはお預けをされたトイプードルの様に潤んだ瞳でランゼットを見つめていたが、自分の仕事を思い出したのか、こほんと咳をすると報告を開始した。


「ガザースが例の実験に本格的に取り組み出した様です」


「情報の確度は?」


「一次情報です」


「わかった、情報源を引き上げさせなさい」


「了解しました」


 去っていく事務員の腰の辺りに目をやりながら、ランゼットは忌々しげに呟く。


「魔義手のガザースめ。今度は何を企んでいるんだか」


 そうして、魔術書を抱えなおすと、少し遅れ気味になった講座を開始するため、教室の扉を勢い良く開くのだった。









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