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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第16話 夏休み突入

「いよいよ夏休みだあ」


 七月下旬、蝉の声が騒がしい教室で、一学期の終業式もホームルームも終了し、生徒はばらばらと下校している。そんな中でまだ、居残った学生の中に俺達三人はいた。


 背伸びをしながら、顔中笑顔で叫ぶ里緒を見て、いつものように俺はからかい始める。


「そうそう、期末赤点で補習の無いヤツはな」


「ぐっ」


 背伸びしたまま固まってしまう里緒がおかしくて、笑ってしまう。


「くくく」


「な、なによ、スズちゃんだって受けるくせにっ」


 里緒の、あんたも同罪でしょ、という視線を跳ね返し、俺は余裕を持って自慢する。


「俺は一科目、お前は二科目。勝ったぜ」


 くやしいいいと、俺をぽかぽか殴り出す里緒の腕をひょいひょいと避け、龍真に向かってブイの形に指をしながらしながら勝ち誇る俺。


「なあ、龍真もそう思うよな。俺の圧倒的大勝利だろ」


「負けてないもん。私は数学と物理だけど、普段、因数分解や慣性の法則なんて使わないよね。

 だけどスズちゃんは国語だよ。そんなの日本人として恥ずかしすぎるでしょ。

 自分の国の言葉も満足に話せないなんて十七年間何してたんだって」


 だからスズちゃんは試合に勝って勝負に負けたんだと、言ってる意味も理解しないまま、ひたすら負けを認める事に抵抗する里緒。

 多分、この三人の中だけじゃなく、学年で常にトップグループな龍真にとっては、こんな話は五十歩百歩だろうが、三位イコール三人の中で最下位決定の俺と里緒には、二位争いは常に熾烈だった。


「いやいや、やはり二科目補習という失点は大きいですなあ里緒さん」


「だけど私はもう少しで補習不要な点数だったんだよ。

 スズちゃんは全校生徒中ダントツの赤点で最下位だったんだから」


「それは、テストの途中で眠くて寝ちまったからだっ」


「試験勉強するタイプでもないくせに夜更かしして何してるのよ?」


「それは、えーと」


 桜と深夜に会ってるとは言えないので、俺はつい口ごもる。


「スズちゃんまさか、中学の時みたいにまた夜遊びしてるんじゃないの?」


 冗談めかしているが、少し心配顔で問いかける里緒に、ほんとにコイツはしょうがねえと思いつつデコピンをする。


「痛ったあああああ」


 額を押さえてうずくまる里緒へ、俺は呆れた様に返答する。


「してねえよ」


 そこへ龍真の声が割り込んできた。


「本当だな?」


 まったく俺の幼馴染は心配症ばっかりだと苦笑しつつ頷く。


「ああ、ちょっとバイトの帰りが遅くなっている日が続いているだけだ」


 二人は俺を見つめていたが、俺の表情に陰がないので安心したらしい。


「リョウちゃん、馬鹿平が不良に戻ったら、また捕まえてこっちへ引きずって来てね」


「おう。里緒、まかせとけ」


 それでも念を押す里緒と胸を叩かんばかりに答える龍真を見ながら、俺はこの光景が懐かしくなる日がきっとくると思った。




  ◆ ◆ ◆




 里緒がさっき話しかけたのは、夏休みの計画を立てるためだったらしい。

 龍真には先に聞いてあるとの事。むしろ、里緒の予定は龍真次第だろう。


「私も部活の練習や合宿があるから結構忙しいんだよ。なまいきで可愛い後輩達の指導もしなくちゃなんないし」


 里緒がえっへん、といった感じで夏の計画を話す。

 確かに、彼女は子供の頃から歌う事が好きで、部活の合唱部でも熱心に活動していた。

 たまに一緒の所を見かけるが、後輩もそれなりに粒ぞろいだった気がする。


「じゃあ、その可愛い後輩達と俺がお近づきになる計画というのは?」


「却下」


 俺が悪徳商人の様に両手をこすり合わせると、すかさず里緒に切って捨てられた。

 その視線には、この馬鹿平が!という呆れが満ち溢れていた。

 

「わかったから、ミジンコ以下を見るような顔はやめろ」

 

 俺は、今年も八月上旬の魔術師のバザールは行くつもりだったが、それ以外特に予定はなかったので、都合の悪い日はその三日間だけだと答えた。


「何してるの?」


「ちょっと旅行にでもと思ってる」


 俺が魔術師だという事を知らない二人は、俺が昔からふっと姿を消して、度々どっかへ旅行に行ってしまう事には慣れており、諦めたのか特に追求される事もない。


 何故幼馴染に自分が魔術師だと明かさないのかは、一応理由がある。

 職業として表立っての評価は高くないが、認められてはいるし、副業として、魔術師の才能を伸ばす人もいる。別に魔術師だからといって二人が俺に向ける視線が変わるとも思えない。


 ただ、魔術師の世界はいきなり危険が降って湧く様な所があり、俺がもつ魔法の力は、特にその危険と隣合わせだという自覚はあった。

 だから魔法の力を持たない幼馴染達をそんな場所へ巻き込みたくないという気持ちは、魔術師だという事を隠した正直な理由のひとつだった。


「お盆のお墓参りは?」


 案外古風な里緒は、季節ごとのしきたりもきちんとする性格だ。


「まあ、暇があったらな」


 そういや両親の墓前にはいつ行ったかなあと、少し離れた墓地を思い浮かべるがマジで思い出せず、少し冷や汗がでた。だけど、里緒の話を聞いて安心する。


「たまに、うちの父さんと母さんもお参りに行ってるらしいけど、いつでもきちんと掃除してるし花も供えてあるって感心してたよ」


 ああ、それは美雨さんだ。さすが美雨さん、ありがとう。そして駄目な俺、ごめんなさい。


「あなたのご両親には子供の頃からお世話になってます」


「私にもね」


 丁寧に頭を下げる俺に、この幼馴染は偉そうに自分を付け加える。


「おい、それはお互い様だろ。確かに両親がいなくなってからしばらく、里緒の家に居候させてもらった。

 けど面倒かけたのは親父の顧問弁護士だったお前の父さんだし、飯やら何やら世話してくれたのはお前の母さんであって、里緒は俺をいじめてただけじゃねえか」


「い、いじめてなんかないよ」


 俺からすれば当たり前だが、彼女も思い当たる事が結構あるらしく、目を逸らしちょっと声が小さくなる。


「ほーほー。無理やり家来にして引きずり回していたのはどこのおてんば姫だったかなあ」


「うるさいよっ スズちゃん」


 形勢悪しと見たのか、彼女は急いで話題を元にもどす。


「とにかく。スズちゃん、あとは予定ないんだね?」


「ああ。ただし、アクアランプでバイトのある日は昼か夜、どっちかはダメだ」


「まったく、スズちゃんは店長の美雨さんにべったりだよねー」


 里緒は何を思ったのか、俺に訳知り顔で突っ込みを始める。


「そうか?」


「そうだよ。そりゃあ、私から見ても美雨さんは綺麗だもん。スズちゃんの下心は手に取る様にわかるけど、彼女は高嶺の花すぎると思うな」


「おい、おれがいつ美雨さんの事を」


「だって、バイトの残業も嫌がらずやってるじゃない」


 わかってるよーと言わんばかりに笑い、里緒はうりうりと肘で俺の肩を押す。どうやらさっき子供時代の事を言われたので、お返しのつもりらしい。


「でもまあ、望みなしね。スズちゃん程度じゃねえ」


 くっそ。里緒め。もてないのは事実だが、なんか悔しいので逆襲する事にした。しかも遠まわしに。


「そうだな。俺じゃあ、無理かもなあ」


 落ち込んだ振りで情けなく嘆く俺の態度に、「でしょでしょ」と里緒は満足そうに頷く。

 この、見てろよ。俺はゆっくりと爆弾を投下した。


「けど、龍真ならどうかな? 龍真の落ち着いた雰囲気なら、結構美雨さんともいい感じになったりしてな」


 俺が親友の整った、しかし今は困った顔に目をやると、つられたのか里緒も龍真を見てしばらく黙り、あわてて反論する。


「リョウちゃんは、と、年上に興味ないもん」


 お前、それ龍真に確認してないだろ。


「それに美雨さんの店より、教室の方がいろいろ出会いはあるんだよ」


 おい、里緒。今、お前が考えている事は、ほぼ間違いなく隣にいる片思いの相手にだだ漏れだぞ。

 だが俺はそう言う代わりに、次の矢を放つ。


「いやあ、今、店のバイトがやめる事になってて、美雨さんから頼りになる代わりの人を探してほしいと言われているんだよなあ」


 え?と里緒が少し青くなる。

 俺は龍真のもう止めとけというアイコンタクトを無視して、演出過剰気味にナレーションを続ける。


「そして美人店長と美形バイトがなにげない出会いから、互いに惹かれあっていくなんて、ドラマじゃよくある……」


「だめだからねっ」


 里緒は俺に最後まで言わせず、龍真の腕をつかんで、引っ張る。そんな彼女を見て、ついに龍真は俺に顔を向け、笑いを堪えながら話し出す。


「涼平、知ってるくせに里緒をからかうなよ」


「え?」


 里緒は何の事かわからない。


「俺は家の道場で、最近指導を手伝ってるから、バイトは難しいんだ」


 そう説明し、里緒を安心させる龍真。 彼女は龍真の道場の事について、実はあまり詳しくない。

 彼女自身、小学校の時から合唱部に入っているため、、龍真と一緒に帰って彼の道場を見る機会は少なかった。


 また、そもそも龍真があまり道場の事を彼女に話さない。北神一刀流は非常に実践的な剣術なので、怪我も多く心配させたくないのだろう。


「涼平は今でもたまに稽古に来るから、そんな事当然知ってるはずだけどな」


 里緒はしばらく龍真の顔を眺めていたが、やがてギギギと擬音が聞こえそうな首の動きで俺へと視線を戻してきやがった。


「ばあああ、かあああ、へええええ」


 そして里緒は馬鹿平をわざわざ三回に区切ると、両手の指を(かぎ)の様に曲げて俺に近づいてくる。


「待ちなさいっ」


 俺はさっさと戦術的撤退を実行し、教室から逃げ出した。






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