第15話 幕間:桜と月夜の夢 再会
彼の名前は涼平と言うらしい。
「涼平……涼平……涼平」
何度か呼んでみると、私の唇にその名前はすぐ馴染んだ様な気がする。
握手をしたら、とても温かい手をしていた。そう指摘すると、「桜が冷たいんだよ」と逆に突っ込まれたけど。
いいじゃない。手の冷たい人は心が暖かいっていうじゃない。
「ほー。じゃあ、俺は心が冷たいって言う事なんだな?」
わざとらしくジト目で視線を送ってくるから、反論してみた。
「人の揚げ足を取るとは幼稚なヤツだな」
表面上は冷静に、でも内心は焦ってそう誤魔化すと、彼はそれ以上はニヤニヤするだけでからかってこなかった。
ごめんね。私は涼平が冷たい人なんて思ってないよ。
だって、今夜も来てくれた。
来てくれればいいなって思ってたけど、来てくれるとは思ってなかった。
ベランダに座りながら、道路の方を何度も見ては都合のいい考えに浸り、その度にやっぱり無いよねって落ち込んでみたりさ。
なのに、黒い姿が見えた瞬間、瞳が飛び出しそうなぐらい見つめていた。だから見上げた彼の視線と私の視線がばちって嵌る感じがしたよ。
彼がこちらに走り出した時は体が震えだしてしまったぐらいだもん。
やがて彼は前と同じに、隣のベランダへ跪いたけど、わたしは平静を装うのに懸命だった。作品集の分かり易いサインにも気づいてくれた。
そして、やっぱり止めてくれた。
別に止めてくれなくてもしなかったかもしれない。でもしたかもしれない。
……そうじゃなくて。
そんな私の揺れる気持ちに気づいてくれて声をかけてくれたのが嬉しかった。私がここにまだいてもいいんだって、そう感じさせてくれた。
でも、嬉しすぎて思わず甘えてしまった。 そう、甘えたんだと今は分かってる。
その時はそんな事さえ考えられなくて、ふざけて彼の反応が見たかっただけ。
私とちょっとでも長く話してくれればいい、そう思っていただけ。
それでも、ちょっとわがままが言ってみたくて。
「……友達でどうだ」
なんて、言ってみた。
どうせ、彼は変な反応をするだろうけど、それでも会話が続けばいいと思った。だけど、彼はすぐに頷いてくれた。そして傍まで来てくれた。
急に近くに来るから固まってしまった私にかまわず、真剣に友達として望んでくれた。
「自殺をしないでほしい」
なんて、真正面からの台詞。彼の瞳は暗くて見えない。今は右の黄金の輝きも収まっているみたい。でも声音でわかる。
長い間、無意識に嘘を付いている人に囲まれて来たからこそわかる。本気でそう思ってくれているんだと。
私は内心笑ってしまった。
なんにも知らないくせに。
……なんにも。
なのにそう言ってくれるんだね。
もれる吐息はため息に似ていたけれど、それは感謝の言葉の代わり。
でもありがとうなんて言わない。 止めた事を後悔させたくないから。
恩着せがましく返事をしてやったら、彼は頭を抱えそうな表情でお願いしてきた。
「ああ、もう俺のわがままでいいから。だから聴いてくれ」
ふふ、友達のわがままならしょうがないよね。
そうして友達ができた。握手をした後、ほっとした様に「これで安心して帰れる」なんて彼が言うから、また来ないと今度は三島由紀夫の本が読みたくなるかもって答えたら、げっそりして「それって脅しに近いぞ」だって。
「だが、涼平は友達の腹切りを止めるためなら、また来てくれるに違いない」
冗談ぽく。ほんとは心から。
また会いたいという気持ちを込めて軽口を叩いた。
彼はやれやれって表情だったけど、頷いてくれた。
ああ、わがまま万歳。
母様、桜はなんか久しぶりにとっても楽しいです。
読んでくださって感謝感謝ですー。
地道にがんばります。