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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第14話 師匠と弟子

 驚きから覚めたギリアムは、美雨の要求について実現するために効率的な手段の検討に入り、すらすらと入手案や課題を上げていく。

 ギリアムは自分で生き字引と自画自賛するだけあって、夏のバザールへ出展している魔法結社や個人店舗の詳細なデータを持っており、一般参加者が隠して持ち込む買取品についてもそこそこの情報を仕入れていた。


 これだけ確率の高い情報をどうやって集めるのか、美雨としても興味はあったが、これこそギリアムの企業秘密だと思い探ったりはしない。

 時間は少ないので、ギリアムを信用すると決め、美雨は客観的な質問を挟む事により、調査方法関係の打合せは短い時間で終わった。


「まったく、ラベール嬢はわしをいつもびっくりさせてくれるわい」


「そうかしら」


 外の熱波から快適に仕切られた天幕の中で、カウチに身を預けてリラックスする姿の魔術師。

 見方によればぼんやりした表情の美雨に、老人は、このままじゃラベール嬢は寝てしまうかもしれんなと笑った。


「長く魔術職人なんぞやっておると、扱う品もだいたい想像の範囲と大して変化はないもんじゃ。

 いいかげん飽きも出ていた頃じゃったが、最初に白天馬の糸を渡してもらって以来、次はどんな珍しい物を目にできるのかと、期待で歳をとる暇もなくなったのじゃよ」


 職人というよりは商人の顔で、ギリアムは嬉しそうに腕を曲げて力瘤を作る。異世界の魔法品を見るその目は、きらきらしてまるで子供と変わらなかった。


「アンチエイジングに役立ててうれしいわ」


「はっは。頭の中だけじゃから、ボケ防止というべきじゃろうて」


 雑談の合間に、美雨はギリアムに一番聞きたかった点を確認する。


「それで、見つかりそう?」


 老職人はこの時ばかりは真剣な目に戻り、考えながら回答した。


「うむ、これも転移魔法同様、有効性から長年研究されておる。こっちは転移魔法と違って完成したという話もよく聞くのう。

 ただ眉唾だったり、部分的な成功だったりという場合がほとんどじゃ。まあ可能性はあるが、絶対とまではいかん」


「そうでしょうね」


 美雨も必ず入手できると期待をしていたわけではないようだ。そこでギリアムは、すこし一線を越えて足を踏み込んでみる事にした。


「いっその事あんたが……」


「それこそ可能性はあるけど、絶対とはいかないのよ」


「ふーむ。色々とありそうじゃな」


「ギリアム?」


 美雨の、約束を破るつもり?という疑念を含んだ声に、安心せいと目線で返事をする。


「わかっておる。尋ねたりはせんよ。ま、わしとて大商いがかかっておるからのう。このギリアム魔法商会の全力を持って調査させてもらうぞい」


「わかってればいいのよ」


 美雨が確認する、二つの意味での念押しにギリアムは頷く。


「ところで話は変わるが」


 マグの中身を全て飲み干して、話題を変えるギリアム。

 実は以前から気になった事があったため、この際尋ねてみようと思ったのだ。


「なに?」


「いつの間にか姿を消した小僧の事じゃ」


「ティンの?」


 美雨は、何故ギリアムがいきなり涼平について話出したのかわからない。


「うむ。いつまで弟子として働かせておくつもりじゃ?」


 ああ、そういう事かと腑に落ちたので、美雨は一般的模範解答を提示する。


「彼が自分の弟子を採ったら、ほっておいても独立していくわよ」


「そうかのう。わしには、あやつが弟子を採る気がある様には思えん」


 ギリアムは思ったより、涼平の態度から、彼の気持ちを推し量っており単純な説明で納得しそうではない。

 しかし、所詮は他人の弟子の事、のらりくらりと答えておけばいいかと思い、彼女は言葉少なに会話を交わす。


「そう?」


「ああそうじゃ。師匠が甘やかしておるからかのう」


 本当はどう思っているかは別として、老魔術師は冗談半分に原因を指摘した。


「そうかもしれないわね」


 だが、この指摘については美雨はまともに受け取ったらしく、「ああ、やっぱり周りからはそう見えるのね」と苦笑する。

 その上「これからはもっと厳しく指導しようと」誓う。涼平が聞いたら「今でも十分厳しいです!」と鬼コーチへ反論しただろう。


「ラベール嬢、年寄りの忠告を聞いてくれるかね」


 そんな彼女を見て、老人は少し居ずまいを正し美雨に問う。

 彼女も魔術師の大先輩であるこの老人の忠言を聞くにやぶさかではなかった。


「ギリアムならいつでも歓迎よ」


「では、言おう。

 師弟制度の目的の一つは、若い魔術師がその力を私利私欲に使わぬための倫理、道徳教育の手段じゃ。 だからこそ、互いに敬意を払える存在と納得した上で契約を結ぶわけじゃ。

 その間は師匠の言葉は絶対じゃから、弟子になる側は、無理難題を押付けられぬ様人格者を師匠に選ぶのが普通じゃしのう。

 しかしあまりに長い師弟契約は、別の物へ変化する恐れを持っておる」


 ギリアムの基本的な説明は、美雨自身も師匠となる際に理解している。


「別の物?」


「例えば、師匠への心酔による善悪の認識の消失。師匠の洗脳による走狗への堕落。師匠自身が邪な道へ進んだ時、その道連れに弟子がなるのは、よくある話じゃ。

 だから新人魔術師も、三年後には弟子を採ることで師匠の影響下から独立し、ひとりの人格を持つ魔術師になるのが本来の望ましい姿じゃ」


「例外もあるわね」


「ああ、例えば、師匠と弟子が夫婦になる場合などじゃ。もしや?」


 ギリアムは多分それはないじゃろうと思いつつ確認する。


「ああ、安心して」


「そうか。ではなおさら小僧のためにも、早く弟子を採るようラベール嬢からも導かねばならんぞ。

 小僧が魔法学舎を修了してから四年じゃろう?弟子を採る事で、小僧の様な若い魔術師も逆に襟を正し、慣れた場所から飛び立ち、さらに成長せねばならん。なにしろ、導かれる立場から導く立場へと変わるんじゃから大変じゃ」


 老魔術師は何人もの弟子を育て上げた貫禄を見せながら話を続ける。


「弟子は常に師匠の言動を見ておる。弟子の良し悪しは師匠の指導を映し取る鏡になると言っても良い。

 しかし、ラベール嬢の如く有能な師匠の弟子になると、その安穏な立場に甘えて、新しい環境へ向かう機会を失う事もある。

 このままでは、ティンはお前さんの懐の中で雛のまま朽ち果てるやもしれん」


 そう語る老人は、この懸念が案外本当になるかもしれぬと心配している様子だった。


「ティンを買ってくれているのね」


 美雨はむしろ、ギリアムがいつも役立たず扱いをするティンに、ここまで気をかけていてくれた事に感謝していた。


「わしとてただ歳を重ねただけではないぞ。あの小僧の才が放つ微かな光は、普通は目利きの者でも気づかんかもしれんがな。だが、小僧のお前さんへの傾倒具合がちと気になってな。巣立ちをそくすのも師匠の役割じゃぞ」


「ありがとう、ギリアム」


 素直にお礼を述べる美雨に、逆にギリアムらしくもなく照れてしまったのか、彼は急いで言葉を継ぐ。


「何、いつまでも小僧が傍にいると、ラベール嬢を口説く事もできんじゃろ?」


 最後は冗談に紛らわしてくれるギリアムに、美雨は再び感謝しながら心の中でつぶやく。


 でもギリアム、主に依存しているのは、むしろ私の方だと思うの……




  ◆ ◆ ◆




「ただいまあ」


 涼平の声がしたのでギリアムは結界を解いて天幕を開けると、なにやら紙袋や細長い包みを持ち込みながら布で汗を拭いている。


「なんじゃ、ティン、その棒のような包みは?」


「これは木刀だよ」


 どう?と涼平は黒檀の木刀を美雨に見せる。


「それより、師匠を置いてどこへ行っておったんじゃ」


 老人の天幕の結界は入るには制限があったが、出るのは自由にしてあった。そのためギリアムは美雨との交渉に夢中になり過ぎ、ティンが消えた事に気づくのが遅れたらしい。


「ちょっと夏バザを楽しみに」


 反省の色もなく、お土産の品をこの天幕で預かってほしいと言う涼平の態度に、ギリアムは空いた口が塞がらなかった。


「馬鹿者。お前は師匠の指示なくして勝手にふらふらして良い身分か」


「ええー。でも爺さんと師匠の話が白熱してたから、ちょっと息抜きに行っただけじゃん」


 ギリアムはさらに呆れた顔で涼平を見ると、そのまま顔を美雨に向ける。


「わしが誤っておった。まだまだ、躾が必要じゃな」


「でしょう?」


 嬉しそうに目を光らせる自分の師匠と、苦りきって首肯する老魔術師。何となく嫌な流れを感じて、涼平はその場から退散しようと図る。


「えーと、もう一回見てきていいかな?」


「馬鹿モン!」


「だめです!」


 老魔術師と師匠に同時に叱られ、なにがなんだか分からないまま、謝る涼平なのだった。








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