第13話 敵と旧友
交渉を続ける美雨とギリアムを残し、俺は天幕を出た。
美雨が俺の使い魔と知らぬギリアムにとっては、俺はあくまで魔術師ミューズ・ラベールの弟子であり、まだ正式な魔法名も名乗れぬ「ティン」は、魔術師としても使い走りの半人前扱いなのだ。
美雨と出会う事がなければ、今の自分にすらなれなかったと思う。
だからギリアムが真剣な交渉の場で、「ティン」を軽んじる事に不満はない。
美雨は俺の忠実な使い魔だが、経験豊富で辛抱強く導いてくれる師匠だから。
その昔、幼い俺が魔法を使える様になって最初にした事は、その重要性も解らぬまま、面白い遊びを見つけたかの様に繰り返すだけだった。
本来ならば魔術の才能を伸ばす両親はすでにいなかったし、俺を心中で疎んじる親戚連中にこの力をおおっぴらにする事はさすがに拙いと思っていたので、この事は内緒にしていた。
確かに親戚達にとっては、正直俺などどうでも良かったと今はわかる。
しかし両親の遺産や不動産は魅力的で、相続の権利を巡って争っており、俺を養子にする事でその財産を手に入れようとする者にとっては、子供に嫌われる事は避けたかった。
その点、俺はおとなしい子供で、両親がいない寂しさで泣き出す事もなく、親戚の特定の誰かに懐くという事もなかった。
屋敷の中庭で飽きず日がな一人遊びをしている手の掛からない様子だったので、彼らは子供の意志を無視して、遺産の取分について喧々諤々と議論する日々を送るのだった。
もし、そのまま美雨と出会わなかったら、心で悲鳴を上げ続ける子供に気づかない金目当ての親戚によって育てられ、俺の性格はひどく歪んでしまったに違いない。
出来る範囲で俺を助けてくれる人は他にもいたが、幼い俺に庇護者として無償の愛情を注いでくれる美雨がいなければ、俺の心は摩滅し、壊れてしまったのではないだろうか。
俺自身その事を自覚しているので、美雨に頭が上がらないのだ。
◆ ◆ ◆
バザールの天幕は大小様々だが、魔法結社や老舗の店舗は、独自の物を張って、出入りをしっかり見ている。この市場は、展示側が販売するだけではなく、買取も行うため、交渉条件や価格を他人に明らかにしたくない場合もあるのだ。
建前では一般参加者からの買取は禁止されているが、それを守っている者は売り手、買い手とも皆無だ。
主催者も買い取った物は、元から展示側納品物だが申告漏れしたということで、中身を確認しない代わりに、罰金を支払うことで黙認していた。
このブラックマーケット的な融通の良さも、バザールを盛況にする理由である。その代わり、そのような品に対する全責任は買取った店側が負う事になるのだ。
だから美雨さんとギリアムの様に特別な品を扱う交渉などは、結界を張って、情報漏洩を防止するのはむしろ当然だ。魔術師にとって、品物と同様に知識とその元になる情報には砂金なみの価値があるからだ。
一方、もっと気軽に商売をしたい魔術師も多く、そんな目的の天幕は学校の講堂や体育館のような、巨大天幕の中で、スペースを仕切ってテーブルを並べ、商売をしていた。
俺は、最近ひどく悩んで思考が負のスパイラルへ落ち込み気味な自分の気分転換も兼ねて、通路の両脇のマーケットに並ぶ魔法品の数々を冷やかしていく。
「お、このリボンなんか里緒が喜ぶかもな」
「龍真にこの魔法で硬度強化した黒檀の木刀渡したら、鬼に金棒だ」
「このベレッタは桜にはまだ早いかなあ」
「委員長がこんなぬいぐるみ抱いてたら超笑える」
自分の知人へのお土産のつもりで、適当に品定めを続けていた俺は、ある店舗の前の雰囲気が妙な事に気づく。
そこは主に宝飾品を取り扱っている店らしかったが、買取を求める客と渋る店主の間にはすでに緊張感さえ漂っていた。
「どうしても買い取れんというのか」
「ええ、私も店を出している以上、いい品はほしいですが、コレはダメです」
「非常に魔法効果の高い品だぞ。断る理由は?」
「自分の胸に聞いてください」
「……後悔するなよ」
客の魔術師は捨て台詞を吐くと、店を去り通路を俺の方に歩いてくる。特に顔をみていたわけではないが、その魔術師は何かを感じた様に俺を睨むと、そのまま通りすぎた。
「なにかあったんですか?」
俺は機嫌が悪そうなさっきの店主に、店の品を手に取りながらさりげなく尋ねる。
「別になんでもないですよ」
店主はそう言ったが、不満が収まった様子はない。
「さっきの客ですか? なんか魔力の強そうな品でしたね。どうして買取らなかったんです?」
俺は、店主がまだこの件で話を続けたがっていると感じたので、餌を投げ込んでみる。案の定、店主はとんでもないという顔で反論した。
「あれはダメです。盗品ですよ」
「ええ? そうなんですか?」
「はい、先月魔法の宝飾品も扱う貴金属店から、盗難届けが提携の魔法結社経由で出ています。
あれを買取るのは無知な魔術師か、評判の悪い結社、犯罪組織程度ですよ」
そこまで聞いて、俺は店主が怒っている理由がわかった。
「失礼な話ですね」
「まったくです。そんな無知な先か違法も犯す店だと舐められたんですからね」
店主がぶつぶつと文句を続ける中、俺はさっきの魔術師の姿を思い出す。顔に見覚えはまったくなかったが、仄かに漏れ出す魔力には記憶があった。
それは、カマイタチに襲われた小公園に残っていた、奴らの主人が持つ魔力の残滓と同じだった。
「ティン!? ティンじゃないか!」
俺が考え込んでいると、後ろから懐かしい調子で彼を呼ぶ声がする。振り返った彼を見ているのは、干草色の髪に厳ついが素朴な顔を持つがっしりとした働き者の農夫のような二十代半ばの男だった。
「ジェリーか!?」
俺も驚いて大声を出す。
「おう!ひさしぶりだな」
「ほんとうだな」
近寄って来た大男は、俺をぐっと抱くと頭をガシガシを乱暴になでた。
「ハーストビル魔術学舎を修了して以来じゃないか?」
「そうだ、そうだ」
まったく、こいつは相変わらずガサツなヤツだと俺が呆れているとジェリーに先を越された。
「まったく、ティンは相変わらず付き合いが悪いぜ。手紙ぐらいよこせよ」
この時代にメールじゃなくて手紙という大男に俺は笑ってしまった。
「さすが、修了式の直後、下級生を古式蒼然とした恋文で落とした男は言う事が違うな」
早速、昔のジェリーの弱点だった片思いネタでからかう。
「もう、その手には乗らん」
彼は照れてそういいながらもどこか嬉しそうだ。
そうか、もう片思いじゃなかったもんな、と俺は頭を掻きつつ尋ねる。
「奥さんのジェスは元気なのか?」
「ああ、今では俺の最愛の妻兼有能な右腕だ。おかげで俺は今はジェリーじゃなく、魔術師ナイジェル・ロイドに成ったってわけさ」
「なるほど、ジェスがお前の弟子か。それはあらためておめでとう!」
魔術師と世間で呼ばれるにはいくつかの方法がある。その中の一つが魔法学舎で三年間魔法を学び、卒業の資格として修了書を手に入れる事だ。それだけでも困難なのだが、卒業しただけでは、魔術師界隈では半人前扱いされる。
真に独立した魔術師として他の魔術師からの敬意を受けるためには、相互の合意の下に魔術師の弟子を採らねばならない。
この師弟制度による契約は、よほどの事がない限り破棄できないため両者とも安易に結ぶ事はなく、だからこそ、師匠として仰がれる存在になる事は、一人前の魔術師として認められる事に通じるのだ。
美雨は俺を弟子にしたが、俺自身は弟子を選んでいないし、これからも選ぶつもりはない。
「ティンはどうなんだ? いつ魔術師ティンバー・ベルナルドに成ったんだ?」
「いやいや、俺は未だに半人前のティンさ」
俺がすでに弟子を採っていると思い込んでいるので訂正する。
「それはおかしいだろ? お前ぐらいの実力があれば……」
ジェリーは納得いかない顔で質問してくるが、その事を話題にしたくないので、適当な理由をつけて誤魔化す事にした。
「まあ、この身分が気楽でいいしな」
「そうか。魔術師ラベールは美人だからなあ。その気持ちはわからんでもない」
美雨に会った事がある彼は、俺が弟子を採って、今の師匠と疎遠になるのが嫌なのだろうと勝手に解釈していた。
弟子を採れば当然の事だが、その弟子を指導しなければならず、自分の師匠も、一人前になった以上は以前の様に口出しをしてくる事もしなくなるのだ。
「その台詞、ジェスにメールしとくよ」
「お、おい、夫婦喧嘩の種をばら撒くなよ」
あながち冗談でもなく、あせるナイジェルを見て、尻に敷かれている事を確信した俺は、意地の悪い笑顔で旧友を脅かしておいて、別の話をした。
「だけどここで、ジェリーに会ったのはありがたい。ちょっと聞きたい事があるんだ。近いうちに連絡するよ」
「おお、待ってるぞ。ジェスも憧れのティン先輩なら大歓迎だぜ」
妻帯者の余裕で返事をするジェリーを見ながら、確かにあれから時が過ぎた事をあらためて実感しつつ、彼をさっきの宝飾品店主に紹介する。
「こいつは俺の旧友で可愛い嫁さんがいるんですよ。だけど、お土産のセンスがからっきしなんです。ぜひ嫁さんが喜ぶ品を教えてやって下さい」
「ええ、ええ、おまかせください」
心得たとばかりに、店主は営業用の顔でジェリーに首飾りや、指輪、ブローチなどを勧めだす。
目を白黒させながらも話を聞き出した旧友に、俺は手を振って挨拶をする。
「じゃあ、またなジェリー、いや魔術師ナイジェル・ロイド殿」
「何言ってんだ、ジェリーでかまわねえよ。ホントに連絡してくれよティン」
手を振り返す、ジェリーの昔と変わらぬ友情に、最近の最悪な自己嫌悪状態から、少しは気分がマシになったなあと感じつつ、俺は友人へお土産の探索を再会するのだった。
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