第11話 ギリアムと異世界の魔法具
ギリアムは目のまえに積まれていく品を信じられない気持ちで眺めている。正直現実感がなくなっている状態だ。
そもそも魔法具をこの世界の物質で作成することは、魔術職人仲間では常識だ。錬金術の最高峰の魔術師であっても、鉛から金を作ることは可能だが、異世界の素材を手に入れることは遺跡などから偶然発見しない限りありえない。
異世界の物がこの世界に物質として存在している事自体が、例外的であり、もし異世界の素材を使った魔法具があれば、それだけでコレクター的な意味で破格の価値が生じる。その上魔法効果が高ければ、どれだけの価値になるか想像もつかない。
もちろん古来より魔術師は異世界からの生物や品物の召喚を試した。この世界で精霊や使い魔を召喚できるならば、異世界でも可能に違いないと考える事は特に間違ってはいない。
異世界からの召喚の可能性自体は、成功したと思われる僅かな過去の記録から、適当な時期、霊的場所、複雑な魔術式、高位の魔術師を複数、膨大な魔力、必要な媒介や生贄を綿密に準備して行う事により実現するかもしれないと考えられている。長年そんな机上論が一応複数の実施案と共に議論されてもいる。
ただ、それは例えば完成された召喚術式が常温核融合炉の設計図だとすると、現在の魔術師の実力は英国産業革命の曙光を浴びたばかりの技術者程度になる。
つまり、非常に優秀な魔術師達にとっても、遠い将来に出来る事はぼんやりわかっているが、今それを再現する実力が無い状態だ。
それでも欲望あるいは探究心から、過去の魔術師が執念で自らの命を代償に召喚を繰り返してきた記録には事欠かない。
問題は、召喚が成功したからと言って、希望したモノが召喚できるかは別だという点だ。誤って変なモノを呼び出した場合の命の心配も考えると、召喚するための理由が重要となる。
もしも勇者を召喚する為なら、救世と引き換えに自らの命を懸けるかもしれないが、生憎、この世界に世の中を滅ぼそうとする魔王は確認されていなかった。
だが全財産遙かに超える程の人材、物資を費やした結果、召喚された物がただの石ころだったなら、その魔術師は命が助かっても首を吊るだろう。
その上、この世界と異世界は魔力の質も異なるらしく、記録に残っている過去の貴重な成功記録では例外なく、召喚された存在は、短時間で消滅するか、魔法効果を無くしてしまったらしい。
つまり、成功しても本当の意味で成果物は永久に存在しないのだ。現存する遺跡から発見された異世界の品が、なぜ消滅しないのかがわからない限り、異世界召喚は純然たる学術研究のためになってしま
うだろう。
そんな訳で、まともな魔術師はリスクばかり高くてあまりにも効率の悪すぎる異世界からの召喚には手を出さない。
皆、異世界の魔法具や素材等は、遺跡から極めて偶然に発見し持ち帰った物を、魔法学舎の大教授や大手の魔法結社の幹部、あるいは億万長者のコレクターなどが大枚をはたいて入手する物として認識していた。
ところが、この女魔術師は非常に不定期とはいえ、様々な異世界の魔法品や素材を入手してきては、彼の店に卸にくるのだ。最初に持ち込まれた時の驚きは今も忘れることができない。
しかも、その魔法具や素材が、この世界でどのような基本的魔法効果を発揮するかまで、情報として付け加えてくれる。
これは、一から魔術探索や分析が不要になるわけで、素材の用途を決めるためには逆に大金を積んででも知りたい内容なのだ。
彼女は入手方法については今もって堅く口を閉ざしているが、ギリアムとしてはそれは当然で気にもならない。追求して他の魔術職人に売りにいかれるぐらいなら、知らないままで一向に構わない。
さらに驚く事に、彼女は信じられないぐらいの低価格で売ってくれるのだ。
例えば、弟子のティンが並べた白銀天馬の糸を、ギリアムは1メーターを純金1キログラムで買い取っている。ティンの国の通貨でいうと350万円程度だ。しかし、その10倍以上でも買い取る魔術師はわんさかといる。
最初ラベール嬢の提示した金額が安すぎて、偽物だと疑ったぐらいだ。
だが、預けるので調べてくれといわれ、魔術調査をした結果、彼女が嘘をついていないと判明した事で、こちらから安く売ってくれる条件を尋ねずにはいられなくなった。
富への執着が強いと自覚しているギリアムにしても、あまりにも有利すぎる取引は逆に不安になってしまったのだ。
その時示された彼女の条件は三つ。
彼女に入手方法を尋ねない事。
彼女との取引自体を他人に一切秘密にする事。
そして魔術師界隈の情報について定期的に提供する事。
魔術師の秘密主義は当たり前すぎて頷くに何の問題も無かったし、だからこそ他の魔術師のやっている事に興味が湧くことも十分理解できた。この条件を飲んで以来、彼女と弟子がやってくるの日が本当に待ちどおしくなった。