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魔術師涼平の明日はどっちだ!  作者: 西門
第二章 魔術師の世界
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第10話 魔術師のバザール

 俺は、ジリジリと照りつける太陽に頭の中まで熱せられる気分のまま周りに建つ色とりどりの天幕と人間の群れを見回した。体育館規模の大天幕もあれば、運動会のテントほどの物もある。

 どっちにしろ、外にいる俺は死ぬほど暑い。


 足元の砂からは輻射熱(ふくしゃねつ)のおかげで陽炎が揺らめき、どっと汗を噴出させるし、担いだ大きなリュックは、白天馬の魔法効果で荷重軽減していてもくそ重いとくる。

 まあ、沸騰するようなここの雰囲気は気温だけでなく、人々が発生させているお祭り騒ぎに近い興奮も大いに関係しているけどな。ぼやいている内に、さっきから隣がいやに静かな事に気づく。


「ラベール師匠?」


「ミューズ・ラベール師匠ってば」


 フードを被った顔に何度か呼びかけるが、反応がない。どうも熱さで意識が朦朧(もうろう)としているらしい。自分の魔術師としての名前を呼ばれているのにも気がつかない。

 俺は耳元へ顔を寄せると、周りに聞こえない様に囁く。


「美雨さん、大丈夫?」


「あ……主でしたか。はあ……」


 ぐったりとしながらもようやく返事をする彼女は、今にも融けてしまいそうな表情だ。

 本来、水の精霊の類である美雨は、気温変化について人間みたいな影響を受けない。相性の問題として火を厭う事はあるが、それとは意味が異なる。


 ところが、美雨が俺の使い魔になった時、最初は水辺に棲む生物に憑いたためか、成長した今でも実体化すると、外気の暑さにはてきめんに弱くなってしまう。彼女自身の魔法で体を冷やせばいいようなモンだけど、何故か嫌がるんだよなあ。


「冷えすぎると体がだるくなったり、軽く頭痛がしたりするんです」


「水属性でその台詞はおかしくない?」


「だってなっちゃうんだから仕方ないじゃないですか」


「魔法でクーラー病?」


 美雨は汗と涙を浮かべながら涼平をにらむ。


「それと今日は魔法学舎の師弟である、魔術師ラベールと弟子のティンでしょ?」


 俺は登録魔法名による立場を再確認するが、今の彼女はまったく興味がないらしい。


「主は意地悪です」


 美雨さん、暑いからって半泣きで逆ギレしないでください。


「じゃあ、とにかくギリアム爺さんの天幕に行こうよ。天幕の中なら気温調整の魔法がかかっているはずだから」


「もう帰りたいです……」


 俺はいつもの美雨からは想像も出来ないグダグダぶりに苦笑しながら、知り合いの魔術師の天幕へ彼女を引っ張っていくことにした。




  ◆ ◆ ◆




 学校が夏休みに入り、桜と握手をしてしばらくたった八月上旬のある日、今俺達は、ある大陸のある国のある砂漠にいた。

 街からは遥か遠く、辺鄙な村からも駱駝で一週間は進まねばならない場所だ。その上たどり着いた所で、魔術師達による砂嵐の迷路に阻まれてそれ以上中へは進めない。だがその先の地こそ、今回魔術師のバザールが開催されるオアシスである。


 魔術師のバザールとは、この世界の魔法結社が他の結社や個人の魔術師の参加を募り、定期的に開催する魔法品の展示即売市場だ。

 一社で開催する事もあれば、何十の結社が共同で開催する事もある。規模が大きくなれば、その分開催費用もかさむが、出展販売する側から出展料、売上からの手数料を得られる事もあり、バザールを定期的に主催する魔法結社は少なくない。


 また、通常の販売路に乗っていない、特異な研究書や個性的な呪文書を手にいれるにも適しているし、なにより、普段は自分の巣穴から表に出たがらない種類の魔術師も研究資料の収集目的に来るため、魔法理論や魔術師界隈の大きな情報交換地となる。


 今回開かれる魔術師のバザールは、そんな中でも年二回開催の巨大市場の一つで、皆は夏のバザールとか夏バザと呼んでいる。

 主催は大手の魔法結社S&Eスペルズアンドエレメンツ

 参加する個人、結社は約1万。集まる魔術師は三日間で15万人以上。


 扱われる魔法品も正規品と呼ばれる魔法結社が作成販売する武器や消耗品から、個人の魔術職人による出展販売まで様々だ。特に個人出展は売物の真贋もはっきりしないので、レア複製品と呼ばれる希少魔法具の劣化版、偽品とよばれる見た目以外詐欺レベルなど、有象無象のアイテムで溢れ帰る。


 独自の魔法技術によって精密に作成された品数限定の人型の工芸品や、高名な魔術職人の宝飾品なども展示即売され、価格交渉は丁々発止で交わされていた。


 またこのバザール参加は原則魔術師だけだが、例外として魔術師が身元保証をした場合は一般人も入場する事ができるので、魔法マニアや魔術品コレクター達にとっても一大イベントなのだ。

 実際、事前に販売されるカタログでチェックをしておかないと、希望の品々を全て入手する事はまず不可能だ。ただし、売買は保証人の魔術師を介在しないと出来ないけどな。


 ともかく、目利きの出来る魔術師やコレクターには、宝の山。出来ないヤツはカモ葱決定。

 自己責任上等、互いの魔法や魔法具知識に対する闘技場とも言えるのがここ夏のバザールなのだった。


 


  ◆ ◆ ◆



 

 なんとか美雨を引きずって目的の天幕の中に入ると、その瞬間、まるで川辺のような爽やかな風が気持ちよく肌を冷やし、さらさらと乾いた空気が汗とべとつきを取り去っていく。

 思わず大きく息を吸って新鮮な空気を肺に入れる俺に、奥のテーブルから小柄な男のしわがれた声がした。


「この空気も魔法によるものじゃから、有料じゃ」


「相変わらずだなあ、ギリアム爺さん」


「師匠ならともかく、その弟子ごときに親しくされるのは心外じゃ」


「おお、これは申し訳ない。ギリアム商会の長にして、高名なる魔術職人ギリアム・ガダ殿」


「ふぉふぉふぉ、全くじゃ」


 お互いニヤニヤ笑いながら芝居がかった挨拶を交わす。


「で、その師匠なんだけど」


 俺が説明する前に、ギリアムは美雨へ藤製の背もたれにクッションをたっぷり重ねたカウチを勧める。


「わかっとる。ラベール嬢はここで休め」


「ありがとう、ギリアム」


 美雨はカウチに腰を下ろすと、体を斜めにしてぐったりと横たわった。


「まったく、相変わらず暑さに弱い事じゃ。ちょっと待っとれ」


 呆れ顔のギリアムは、そう言いながら控えの部屋へ入っていく。 俺は美雨のカウチの横へ直接あぐらをかいて座る。ここは床にも絨毯が敷いてあるので特に問題はなかった。

 しばらくすると、美雨も落ち着いてきた様だ。


「大丈夫? 無理について来なくても良かったんだよ?」


「はい、ご心配かけてすいませんでした」


 そこへ、爺さんが赤銅のマグカップ3つに、飲み物をたっぷりと入れて戻ってきた。


「ほれ、ネーブルの果汁で割った冷水じゃ」


 彼女と俺に冷えて金属表面に雫のついたカップを渡すと、彼は自分のテーブルの椅子に座った。


「それで、今日はどうした?」


「まずは、爺さんに買ってもらいたい物をいつもの様に運んできたよ」


 マグから果汁水を飲み、冷えた液体が喉を通過していく快感を味わいながら、俺は立ち上がり、期待に目を輝かせる相手のテーブルへリュックを置く。


「おお! 新進気鋭の魔術師ラベールの魔法具や素材なら、大歓迎じゃ」


 すでに買い取った後で転売したり、材料を使った魔法具の売上の事まで想像しているのか、満面の笑みでもみ手をする白い髯面のギリアム。

 だが俺が品物を取り出す前に、ギリアムは天幕の結界が効果を継続して発揮し、他人の進入や透視などを遮断している事の確認も怠り無かった。


「まずは、白天馬と黒天馬の糸が100メーターずつ。次に、青雷魚(ブルーボルト)の鱗が20枚。あと橙炎石(ママレイド)の護符が30個。それから……」


俺は背負っていたリュックから、どれもこれも貴重な魔法の品をテーブルに並べていく。

 それを見たギリアムの顔は、興奮のためかどんどん赤らんでくる。


 それも無理はない。なにしろこれらは全て異世界の魔法具や魔法素材だ。しかも、複数の異世界から集めた物なのだ。

 この世界で手に入れることは、至難の技の品々ばかりだった。







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