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Ⅴ
「『坂田とんび、婦女暴行容疑で、逮捕さる』何や、また、逮捕されてたんか。帰って来えへん思ったわ。それで、また釈放なん?」
「当たり。また、この前の刑事さんやった。もう、警察と親しいなってしもたわ。また来いよ、言うてはった。もういややで、警察でギャグ言うん」
「何で、そんなサービスせんならんの。とんびちゃん、単なる被疑者やろ?」
「言うたらそうや。けど、皆が楽しみにしてるか思たら、つい芸してしまうねん」
「とんびちゃん、そのために、引っ張られてるん違う? サービスもいい加減にしとかんと、何回でも逮捕されるで」
「そんな怖いこと、言うたらいややで。けど、今回ばっかりは、ほんまに、やってしもてん」
「嘘」
「嘘、ちゃうねん」
「ひどいわ、とんびちゃん。私だけ愛してる言うてたでしょう。そんなん裏切りや。もう、子供なんか生まへんわ。そやから、いややってん。とんびの子なんか生むの」
「自分、いつも言うてることと、全然違うやないか。とんびちゃん、遊び。いっぱい遊び。いっぱい遊んで、それでも、私のこと好き言うてくれるんが、一番好きやねん。子供で、とんびちゃん縛ろうなんか思わへん。とんびちゃんは、自由やて、言うてたやろ。ほら、また泣くやろ。ごめん、ごめん。何も、いけずで言うてんの違うで。いつも、自分が言うてることやで」
「いけずや。とんびちゃんのいけず。もう、子供なんか、いらん」
「しまいに怒るで。今さら、子供、どないするねん。そんなこと言うたら、子供、かわいそうや」
「私の方が、かわいそうやわ。主人に言うてやる。そしたら、主人、とんびなんかと別れてしまえ、言わはるわ」
日常が意味を失った時、私は、人気コメディアン坂田とんびと出会った。
遊びのつもりだった。平穏で孤独な生活からの逃げ場だと思っていた。しかし、現実は、常に理想を裏切る。
彼は、私を愛し、私も、彼を愛した。
意味なく見えた日常が、色彩を伴って蘇る。
夫は、ひどく冷静だった。彼は、関西政財界の影の実力者と言われる男だ。
恋人は仕事と思われるほど多忙な人間で、私は、常に不在の夫を待つ生活を続けていたのだ。
私は、決心した。家も子供も捨てて、とんびの元に走るのだ。
私の決心を知った時、夫は、思いもかけぬ孤独な笑みを浮かべた。
夫は、私を必要としているのだ。子供の母としてではなく、家庭の主婦としてでもなく、妻として、私を愛していた。
彼の心情を知った時、私の決心は、くつがえされた。とんびのことは忘れ、今まで通りの生活を続けた。
ある日、坂田鳶は、私の家に押し入り、私の胸を刺した。殺すつもりなど無かったのだ。
夫は、とんびの事件をもみ消し、以来、とんびは、私達の家に同居する身となっていた。
「そう怒りな。まあ、聞きいや。怒るんやったら、聞いてから怒り」
いつものように、ブラブラ街を歩いていると、顔に傷のある男が、坂田とんびの顔を見た。
「お、とんびやないか。えらい暇そうに、歩いてるやないけ」
「そら、僕かて歩きます」
「お、とんび、生意気に口答えするやん。何でブラブラしてんねん」
つい、「足で」と言うてしまった。
「ええ度胸しとるやないけ。ちょっと、顔貸せや」
そこでまた、やめといたらええのに、「顔、どないして、貸しまんねん」とギャグ言うてしまった。
『えらいことなった』と思うが、後の祭だ。
「何や、どないしてん」と男の仲間が集まってきた。
「こんにちは。ええ天気ですね」と愛想をふりまくが、逆効果になっただけだった。
「こら、おもろい。ちょっと付き合うてもらおか。今から撮影あんねん」とサングラスの男が言った。
「あの・・・僕も仕事あるんですけど」
「ええやないか。まあ、付き合うたり」
「はい」
「昼間なんやろ? 誰もいてへんかったん?」と私は、たずねた。
「そやねん。あすこらへん、昼間、人いてへんねん。皆、仕事中やねんで。それに、僕が助け求めたかて、皆、ギャグや思うやろ」
「そうやな。そういうとこ、とんびちゃん、かわいそうやな。前、やくざに殴られてても、何か、芝居で殴られてるみたいやったもんな」
「そやろ? 僕、損なたちやねん。僕、どつかれても痛ないて、皆思てるけど、僕かて痛いねんで」
連中は、とんびを近くにあった車の中に押し込むと、いずこへともなく去って行く。
車は、ゴミゴミした横町を、わがもの顔にクラクションを鳴らして通り抜ける。二十分か三十分で到着。
「降りてもらおか。ここや」
「どこに、撮影所あるんですか」
「こいつ、ほんまに、いてもうたろか」
「何でですねん。僕、聞いただけですやん」
「中や、中。この中入れ」
「はい」
不審な気持ちを押し殺して、小さな駄菓子屋の中に入る。
「いらっしゃい。何にしまひょ」
顔の全部がしわに埋まったような老婆が、一人で店番をしている」
「とんび、何もたもたしてんねん。あめでも買うて欲しいんかい」
「あめでっか」と老婆は、しわの間から、小さく光る目をのぞかせる。
「あめ、ちゃいまんねん」ととんび、老婆の眼光に恐れをなして言う。
「おかきがええな。どっちかいうたら」
「三十円」
小銭と引き替えに、湿ったようなおかきが、とんびの手に渡される。
「おかきなんか買うてる場合か。ばあさんに返しておけや」
老婆は、とんびの手から、おかきを受け取ると、それをまた、並んでいるびんの中にしまいこむ。
「三十円・・・」
「ええ?」と老婆は聞こえんふりをし、とんびは、みすみす三十円の損失や。
「よっぽど悔しい思いしてんな、とんびちゃん。私が、三十円くらいあげる」
「そんな問題違うわい。あの根性が、気に食わへん」
「まあ、ええやん。それで?」
「ここや。ここ降り」
見ると、駄菓子屋の奥に、穴蔵のようなものが口を開けている。地下に通じる階段らしい。
「お兄さん、どうぞ、お先。暗いとこ、僕、怖いんです」
「情けないやっちゃな。ほな、ついて来い」
おっかなびっくり階段を降りて行く。
暗闇に目が慣れると、地下室がかなり広いことがわかった。ちょっとした体育館なみの広さだ。
「何で、電気つけへんねん」ととんびを連れて来た男が言う。
「おお、遅かったでんな」と暗闇の中でサングラスをかけている男が言う。
とんびを連れて来たサングラスの方が、兄貴分らしい。
「まだ用意できてへんのか」ととんびと一緒に来た男。
「すんまへん、兄貴。待ってるんですけど、まだ、女来てまへんねん」
「どないしてん」
「逃げよりましてん。今、追いかけてま」
「あほか。何年仕事しとるんじゃ。代わりは、おらんのか、代わりは。どっかで捕まえて来い」
「それも平行してやってまっせ。何や。どっかで見た顔や思たら、こいつ、坂田とんびや
ないか。どないしましてん、とんびなんか連れて」
「暇そうにしとったから、ちょっと特別出演さしたろかな、思て」
兄貴分のサングラスが、思ったより邪気のない顔で笑った。
「そらおもろい。とんび、お前も好きなやっちゃな。どうせ、ホイホイ話に乗ったんやろ」
「わかったわ」と私は、言った。
「それで、とんびちゃん、脅されて出演したんや。情けないわ」
「まあ、聞きいや。話は長いんやから」
「僕、ほんま言うて困りますわ。夜、本番ありますねん」
なぜか、皆、同時に笑った。
「聞いたか、本番やて」
「それも生でんねん。抜けるわけいきませんねん」
「生で本番やんのか。ほんまに、好きなやつやのう」
とんびは困った。今まで何やかやと、リハーサルは抜けたことがあるが、まだ、生録をチャラにしたことは無かったからだ。
「嘘」と私は言った。
「よう、キャンセル、キャンセル、言うてたやん」
「嘘のようだが、ほんまやねん。奇蹟的な事実や。天は、自ら助くるもんを助けはんねん
」「それで、今回は、天、見捨てはったんやな」
「はい」
とんびは、何とかすきを見て逃げようと思うが、多勢に無勢。
敵の数を数えてみると、ざっと十人はいる。だから、とんびは諦めた。
おとなしいしてたら、いつか帰れるやろ。けど、社長、またカンカンになって怒るやろな。
しばらくの間、皆、何やらゴソゴソと、手もちぶさたに時を過ごす。
「何や、とんびちゃん。ギャグせえへんかったん? 珍しやん。上手にギャグして受けたら、無事戻れたかもしれへんのに」
「あほか。そんなとこでギャグして、しょっちゅう呼ばれたらどうすんねん。もともと詰まらんギャグのせいで、連れて行かれてんねんで。僕、同じとこで、二度も同じ間違いはせえへんの」
「強姦犯人が、偉そうに言うて」
「ほっといて」
「おお、来た、来た」
見ると、屈強な男が、三人がかりで、若い女の子を抱えていた。
「いやや」と女の子が叫ぶ。
「こんなとこ、怖い」
強そうな男が十二人。とんびは、正確に数えた。
辺りが急に明るくなった。ライトがついたのだ。
「シナリオあるんかい」と兄貴格のサングラスがたずねた。
「まあ、あって無いようなもんやわね。要は、出演者しだいやわ」とおかまっぽい男が答えている。
とんびは、女の子の方を、それとなく見る。
まだ、十七、八の可愛い子や。脅えきってる。
とんびは、もう一度、人数を数えた。男ばかり、十三人。いつの間にか、一人増えてる。
十三。不吉な数や。二人ほど弱そうなんがいるだけで、あとは、皆、とんびより身体も腕も大きい。強そうなんばっかりや。
これは、しゃーないことや。何でも言うこと聞こうと心を決めた。
「まあ、とんび、心配せんと、そこで見とり」とサングラスが言う。
「後で、ちょっとだけ、ゲスト出演したりいや」
「はあ、おおきに」
「おもろいやつやな。礼言うとるわ。まあ、今日のとこは、客みたいなもんや。気楽にしてたらええわ。いっつも見られるばっかりや。たまには、よその番組も見たりいな。自分の本番、何時からや?」
「はあ、七時からです」
「場所、どこや」
「Kホール。僕、歩いてたとこの、すぐ近くです」
「何や。そんなん、目と鼻の先や。あせっとるから、北海道か沖縄ででも、本番やりよるんか思たわ。それやったら、十分間に合う。後で送ったるさかい、安心せい」
「ほんま、助かります。正直、これでクビちゃうか思て、生きた心地しませんでしたわ。顔で笑て、心で泣いてたとこですわ」
「仕事も心配やが、命は惜しいしな」
「ピンポーン。それ、ちょうど、僕の気持ちにドンピシャリや」
「ところで、話変わるけど、わしのコレ、あんたの大ファンやねん。いっぺん、一日でええから、付き合うたってくれへんか」
「光栄な話ですけど、それがあきませんねん。僕の女、ものすご焼きもち焼きですねん」
「何や。今時珍しい。貞操守ってんのか。それにしたら、自分、ようフォーカスされてるやんけ」
「知ってまっか? あんなん、ほとんど、やらせでっせ。僕、フォーカスされる予定の女と、マンションで向かい合うて、お茶飲んでます。部屋の中、ディレクター入って、あれこれ指図するんです。もうちょっと髪乱してとか、疲れた顔してとか言うんですわ。そのうち、電話かかって来るんです。
『とんびちゃん、準備オーケー。本番スタート。はい、肩抱いて、マンションから出て来る』
女、鏡見て、化粧直して、僕も、髪セットし直したりして、写してもらうんです。僕ら、視聴者に忘れられた、最後ですから、何でもやりまっせ」
「嘘をつくな、嘘を。自分が言うと、ほんまみたいに聞こえるから怖いわ」
「まあ、まあ。けど、僕の女、焼きもち焼きいうんだけは、ほんまでっせ。ほんま、ものすごいでっせ」
「それ、本気で言うたん?」と私は、たずねた。
「赤の他人に、そんなこと言うてんの?」
「しゃーないがな、そう言うとかんと。また、厄介な事件に巻き込まれるんやで。とんび、やくざのコレと一日付き合う。女、とんびちゃんの方が、やくざより好きと言う。やくざ、怒る。とんび、やくざに指つめられる。運悪かったら、袋叩きにあう。もっと運悪か
ったら、殺される。そしたら、この子、父なし子になるんやで。そんなん、かわいそうやないか」
「わかった、わかった。焼きもち焼きにしとき」
「そんなもん、一日だけのことやないか。黙ってたら、わからへんやろ」とサングラスは、なおも、とんびに自分の女を押しつけようとする。
「それが、僕、しゃべりやから、すぐ言うてしまうんですわ。言うたらアカンと思うと、余計言うてしまう」
言ってしまってから、自分の言ったことに気づくが、再び、後の祭だ。
「そうか。そんなしゃべりなんか。黙っとれ言うても、ここのことも、ベラベラしゃべるんやろな。自分、覚悟はできてるやろな。今日の本番、あきらめや。今日は、帰られへんな。今日だけちゃうで。明日も明後日も、来年もや」
「僕、男の約束だけは、絶対に守ります。命かけて守ると誓います」
真面目な顔をして見せたが、サングラスは、とんびに冷たい視線を向ける。
「自分が言うと、皆、嘘に聞こえるわ。さっきの今で、ようそれだけ変われるわ。信用できへんな」
「兄貴」
手下の一人が、サングラスの所にやって来る。一時的ではあるが、助かったと思う。
「何や。何してんねん。まだ始まらへんのか」
「それが、いやや言いますねん。約束と違うて」
「約束と違うて、どんな約束してん?」
「そら、いつもの約束だ。コマーシャル・フィルムのタレント、捜してんねん。どや、テレビに映らへんか、いうやつだ。今日は、リンスのコマーシャルにしましてん。この前、アンネで誰も来いひんかったから」
「それで、女来たんやろ? それで、ええやないか。来た、こっちのもんや。撮ってしまえや」
「シナリオ変えなアカンて、監督、言うてまっせ」
「誰や、そんな融通きかんやつは。おい、タケ、呼べ」
「タケ、姐さんの用事で、どっか行きましたで」
「あほが。どこ行ったんや。ほな、ぼんがおるやろ。ぼんまで、おらへん、言わさへんで」
「ぼん、いてはりますけど、風邪ひいてはりまっせ」
「また、はなたれとんのか。ほんま、しょっちゅうやないか」
「身体弱いんと違いますか。あの人、親分の五十過ぎてからの子やさかい」
「ほんま、しゃーないな。とんび、使え」
「めっそうもない。そんなことしたら、コメディーなってしまいますがな」
「それもそうや。よし、わし出るわ。誰もおらへんかったら、しゃーないがな。言うとくけど、顔映すなよ、コレ、怖いからな」
「わかりまっせ、何ぼ後ろから映しても。姐さん、十円玉の匂いで、兄貴の浮気当てはった人でっせ」
「脅かすなや。そう言うたら、そやったな」
「もう、撮影やめて、純粋に遊んだ、どないです。撮影、その後でも、よろしやろ」
「お前、ほんまに賢いやっちゃな。それやったら、コレにもわからんやろ。ほんま、賢いわ。出世すんで。それにしても、今時、あんな可愛い子、珍しいな」
「ほんま、そうでっせ。テレビ出したるとか、映画映したるとか言うて、ついて来るん、ろくなんいてませんで。いやがりもせんと、『いくら、くれるん?』聞きますもん。こっちが、びっくりしますわ。あれ、掘り出しでっせ。もしかしたら、サラちゃいまっか」
「そんな嬉しいこと、言うてくれるな。アカン。よだれ出て来た。おい、女、ここに連れて来い。いやがったかて、そんなもん、引きずって連れて来たええねん」
女の子、さかんに暴れる。
「おとなしせんかい。往生際の悪い女や。自分から、ついて来たんと違うんかい」
「スタジオ行く、言うたでしょう。リンスのCMフィルム作るんやて」
「スタジオやないけ。ここ、スタジオ違うたら、どこやねん。リンスでも何でも手に持って、映ったらええやないか」
「リンスのコマーシャルで、何で服脱がなアカンの」
「リンスいうたら、どこで使うんじゃ。風呂でや。服着て、風呂入るもん、おるんかい」
「ただのコマーシャルで、服なんか脱ぐ必要ないでしょう」
「口へらん女やな。必要があるから、言うてんのやろ。かまへんから、脱がしてまえ」
男達は、よってたかって、女の子の服を脱がせている。
「おい、フィルム止めてるやろな。わし映したら、承知せえへんで」とサングラスは、両手をズボンにこすりつけながら言う。
「とんびちゃん、助けて」と女の子は、叫ぶ。
「えらいことに、なったな。何で、何回も、人数数えたか、わかったわ」と私が言った。
とんび、隅のほうで、じっとしていたつもりだったが、女の子、とんびに気づいていたのだ。
「とんびちゃん、とんびちゃん、助けて、お願い」
「おい、とんび、女、自分に助け求めてんねんで。何とかしたれや」
十三人の男達は、腹をかかえて笑っていた。
「こら見ものやわ。さあ、とんび、どないしよるか。とんび、じっとしたまま、動きよらへん。こいつ、死んだふりしとるん違うか。あんなもん無視や。無視、無視」
サングラスは、顔に嬉しそうな表情を浮かべて、女の子に近寄って行く。男が、二、三人で、女の子を押さえこんでる。再び、女の子が叫んだ。
「いやあ、やめてえ。とんびちゃーん」
とんびは、両手で耳を押さえた。やくざは、女の子を殴っている。
「キャー。いや。やめてえ」
「ちょっと待って」ととんびが言った。
「何してもいいけど、叩くんやめたって」
「何や、とんび。何か文句でもあるんか? 女助けるため、命はる言うんか」
「いいえ。僕、命はりません」
「それやったら、引っ込んどれ。隅で震えて見とれ」
とんび、再び、死んだふりをする。しかし、見かねて、また声をかける。
「その子、まだ、男知らんのやろ」
「それがどないしてん」
「そやから、こんなとこ、ノコノコついてきてん。そやろ?」
「そやったら、どやねん」
「あんたは、その子とやりたいわけや」
「いちいち、うるさいガキやな」
「そんなことしてたら、いつまでもできへんで。ちょっと、手放したって」
サングラスは、不愉快さを隠さなかった。
「おい。ちょっと、とんびどついて、頭冷したれ」
「キャー、とんびちゃんが死んでしまう」と女の子が叫ぶ。
「おい。ちょっと、とんびどついて、頭冷したれ」
「キャー、とんびちゃんが死んでしまう」と女の子が叫ぶ。
「大丈夫やて。僕、どつかれるん、平気やねん」
「やめて、やめて。血、出てる」
「自分がおとなしせえへんから、こうなるんじゃ。じっとしとれ。これ以上暴れたら、とんび、殺してまうで」
「いやや。そんなん言うても、身体が勝手に暴れるんやもん。あ。いや。やめて。キャー」
「叩くん、やめたれ言うてるやろ。かわいそうやないか」ととんびも殴られながら言う。
「こんな暴れるもん、どつかんと、どないせえ言うんじゃ」
「僕、やるわ。僕にやらして」
男達、一瞬の沈黙の後、ドッと笑いだした。
「とうとう、本性あらわしたな、とんび。僕やるわ、やて。最低男が。フィルム撮るで」
「好きにした、ええわ。とにかく、最初だけ僕にやらして。後は、好きにした、ええわ。どうせ、僕一人で、皆の相手できへんもんな」
「噂通り、いやらしい男やな。すけべえや聞いてたけど、えげつないわ。テレビ局に投書すんぞ。けど、まあ、やってみいや。わし、もう疲れたわ。やっぱ、慣れた女が一番や。やれるもんなら、やってみい」
とんび、女の子に近づいて行く。二人とも、顔から血を流している。
「ごめんな。僕、自分を助けられへん」
「とんびちゃん、叩かれたとこ、痛ないか」
女の子は、とんびの顔に手を触れる。
「自分こそ、痛かったやろ。僕、つらの皮あついから、痛ないねんで。痛い。ひねったら、僕かて痛い」
「とんび、漫才やってんと、早、することせえ。皆、待ってんねんぞ」とサングラスが叫ぶ。
「しゃーないな。かまへんか? 何とかせんならんし」
「とんびちゃんやったら、ええわ。けど、よかった、ここに、とんびちゃんいてくれて。けど、何で、こんなとこいてるん?」
「自分と同じようなもんや」
「CMフィルム? アハハ、嘘やろ?」
「大分リラックスしたな。いくで。目つむっとき。痛かったら、痛い言うんやで。力抜いて。そうや。いやな時は、いやや言いや」
「うん」
女の子は、目を閉じ、その場にいた全員、唾を飲み込む。コトリという音もせず、ただ、とんびの動く音が聞こえるのみだ。
少女が、女に変わる。その瞬間、苦痛の表情が、忘我の表情に変わる。
「私、変な気持ち。遠くで、誰かにこそばされてるみたい」
「ここ、どうや」
「そこも、変な感じする。いや、とんびちゃん、つかまえといて。頭、変になりそう」
「ちゃんとつかまえてるから、安心し」
「とんびちゃん、好きや」
「僕も、自分のこと、好きやで。ここ持ったら、どうや?」
「何かしらん、いい気持ち」
「そうか。自分、性感、ええねんで。きっと、幸せになれるわ」
「もう、聞きたないわ」と私は、言った。
「離れたいややわ」と女の子は、言った。
「しばらく、じっとしとくわ」
「キスして」
「うん」
とんびは、ゆっくりと立ち上がる。
「やるんやったら、優しいやったって」
誰も、何も言わなかった。
「もう、ええねやったら、僕、この子連れて行くで」
「待てや、とんび」とサングラスが、低い声で言った。
とんび、一瞬、身がまえる。自分の死体が、脳裏をよぎる。
「服、弁償さしてもらうわ。大分、破れたやろ」
「僕の服より、この子の服、弁償したって」
言ってから、また、しまったと思う。
「そやな」サングラスは、とんびの肩を叩く。
「今日は、ええ勉強さしてもうたわ。女、自分に惚れるん、無理ないわ、なあ」
「そうでっか? 言うてるほど、もてたこと、おまへんで」
「わしら、見てるだけで、全精力使い果たしたわ。その子、あんじょう、送ったってくれ。わしら、ここでしばらく、ミーティング開くさかい。今度、講師で来たりいや」
「はあ、また寄してもらいます。ほな、行こか」
「それで、誰が訴えたん? その女の子か」と私は、たずねた。
「適当に、服選んで、家まで送って行ってん、心配やったし。その後、本番あったから、僕、すぐ仕事行ってん。それで、つい、今女の子を送ってきたとこやて、話のまくらに、言うてしもてん。そしたら、女の子、何でや知らん、怒って警察に電話して、楽屋で逮捕や。任意出頭いうやつやけど、誰が見ても、逮捕やわなあ。私、とんびに犯された、言うたらしいねん」
「恩知らずな女やな」
「テレビなんかで、言われたなかったんやろ。警察も、ねほりはほり聞いてたで。女の子困ってたから、僕言うてん。『ええ、僕、こんな綺麗な人、襲たんですか。わあ、光栄や。後で、電話教えてね』その一言で、告訴取り下げ、釈放や。その後、例によって、例の記者会見」
「それは、それは、ご苦労さんやった。当分、とんびちゃんの顔、見たないわ」
「けど、しゃーない思わへんか? ほかに、どうしようもなかってんやから」
「わかるだけに、腹立つわ」
「それに、僕、欲求不満やねんで」
「何が欲求不満やの。処女と、いたしてきたんやろ?」
「そんなもん、最後までやるか。子供でもできたら、かわいそうやないか。そやから、僕、欲望の持って行き場がないねん」
「ふうん。とんびちゃん、ええよ」
「ええよて、アカンで」
「もう安定期や。それに、とんびちゃん、優しいから、大丈夫や」
「ほんまに、ほんまか? もう、途中でアカン言うても、止まらへんで。言うんやったら、今やで」
「そんなん言わへん。とんびちゃん、大好き」
かくして、平和のうちに、日は暮れ行く。
了




