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道化  作者: まきの・えり


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3/5

「やった、やった。四ワールド行った。あ、喜んでたら、チビにされよった。アホ、マリオのアホ。あ、やられてしまいよった」

「ちょっと、騒がんとってくれる?」

「何や、起きてたんか」

「それだけ、やあやあ言うたら、誰かて起きる」

「ごめん、ごめん。今度、静かにやるわ。見ててみ。ファイア・フラワー食べたら、ファイア・ボール出しよんねんで。見ててみ。ホレホレ、かめも、きのこも、やっつけたる」

「子供みたいやね。何やの、それ」

「これが、有名なファミコンやないか。スーパー・マリオ、やっと手に入れてんで」

「そんなんしてて、ほんまに面白いの?」

「今度、教えたるわ、退院したら」

 坂田とんびは、優しい目で、私を見た。

「よかった。生きててくれて。死んでしもたか、思たわ」

「だいたい、へたくそやねん。刺すんやったら、もっと上手にせなあかんわ」

「へたくそで、よかったわ。慣れてへんもん、人、刺すん」

「そら、そうや。慣れてたら、えらいことや」

「ご主人、だいぶ走らはったて、ほんまか?」

「そうみたい。感謝せなアカン」

「これで、主人公認の仲か。何か変やな」

「ぜいたく言うたらバチあたるよ。ほんまやったら、殺人未遂で逮捕されてるとこや」

「前科一犯いうとこやな」

「何にも、自慢にならへんわ」

「生意気やなあ。だいたい、自分のせいやで」

「人のせいにせんとき。殺そ、思ったん、とんびちゃんやねんから。けど、とんびちゃんにやったら、殺されても本望やった」

「ほんまか? ほんまに、そう思たんか?」

「うん。私、とんびちゃんのこと、好きやもん」

「ほんまか? ほんまに、ほんまか?」

「検温です。計っといてくださいね」

 看護婦が、職業的な笑みを浮かべて、病室に入って来た。

「気分いかがです? 顔色、よくなりましたね」

「ええ、おかげさまで」

 看護婦は、病室を出る前に、坂田とんびの方を向いた。

「とんびちゃん、後でサインしてね」

「今でもええで」と彼は、愛想よく答えた。

「後で。今、仕事中やから」

 看護婦は、とんびに笑いかけながら、病室を出て行った。

「看護婦て、けったいなんばっかりやな」

「聞こえるよ」

「かまへんやん、聞こえたかて。ほんまのことなんやから。看護婦て、目、笑ってないで。あんなん怖いわ。中には、かわいい看護婦さんもおるけどな」

「かわいい看護婦さんて、誰やのん」

「違うて。一般論や。そら、看護婦さんにかて、かわいいんと、かわいないんと、おるがな」

「うまいこと言うて。かまへんよ、とんびちゃん。いっぱい恋愛したら、ええねん」

「恋愛なんか、今してる。これ以上、体力も精神力ももたへん」

「何か、私が、えらい重荷みたいに聞こえるわ」

「違うて。そやけど、愛するいうんは、重荷の一種やな。今まで知らんかったわ」

「早、退院したい」

「そやな。いつまでかかるんや? 長いことかかるんかな。僕、罪悪感、感じる」

「罪悪感ある人が、入院患者のいる部屋で、ゲームなんかするか? だいたい」

「ゲームやて。ゲームやて。おばんくさ。ファミコンて言え、ファミコンて」

「どうせ、おばんやわ。何やの、そんなもん。偉そうに言うたかて、ゲームには、違いないやないの」

「すぐ、むきになるやろ。そや、ゲームや。これは、ファミコンいうゲームです。怒ったらアカンねんで。傷、治らへんで」

「怒れるんは、元気な証拠やわ。そんなおもちゃ、持って帰って」

「ほんまやな」

 彼は、また、優しい目で、私を見た。

「怒れるんは、生きてる証拠や。怒っても可愛いわ。そうやって寝てたら、ほんまに可愛い。キスしてみよか」

「やめとき。看護婦さん、来るから。もうじき、体温計、取りに来るわ」

「ええやん、ちょっとぐらい」

「痛いて」

「そや。自分、けが人やった。ごめん。口が元気やから、すぐ忘れるわ。おとなしいしとこ」

「そんなん、淋しい」

「もう、ああ言うたり、こう言うたり、どっちやねん。あんた、入院してから、ものすごいわがままなったんと違うか。そんなん言われへんねんで。ほんまは、僕のこと、捨てるつもりやったんやから」

「とんびちゃんて、ほんまに、いけずやわ。私、いけずな人、一番嫌い」

「わかった、わかった。もう帰る。僕も、わがままな人、一番嫌い」

「ここ、来て」

「イヤじゃ。誰が行くか。主人に言うぞ。どんなわがままばっかり言うか」

「ちょっととんびちゃん。誤解したらアカンよ。私の主人よ。あんたの主人、違う」

「僕、ご主人のファンやねん。男前で力あるし、男の中の男や。僕、好きや、あの人」

「いややなあ。変なことせんといてね。前から、とんびちゃんて、おかまっぽいから」

「そう言うたら、ようおかまに誘われるわ。僕て、変な魅力あるねんな。けど、きちんと断ってる。ほんまに行くわ。仕事あるねん。まだ、ネタ考えてへん。えらいこっちゃ。車の中で考えよ。人気コメディアンは、つらいわ。ああ、ヤクザな仕事や。何か、もっとま

っとうな仕事してみたい。歌手とか俳優やったら、誰かが作ってくれたもん、覚えたらええねんな。ええなあ、歌手。ええなあ、俳優。あーあ。行ってきます」

「残念やったな、とんびちゃん。もうちょっと、顔か声がよかったらなあ」

「ええねん。感度がええから」

「アホなこと言うてんと、はよ行って、はよ帰って来て。凄い人気やん、とんびちゃん」

「そや、人気だけはある、何でか知らんけど。主人、最近来たか?」

「来てへん。心配せんとき。別にええの。ずっとそうやったから、慣れてる。心配なんは、とんびちゃんの方や。また、フォーカスされるんと違うか、スランプならへんかとか」

「心配か、僕のこと」

「うん、他人ごとやない」

「そら、他人ちゃうもん」

「いや、下品な言い方」

「どうせ、僕は、下品です」

「とんびちゃんの下品なとこ、好き」

「そうか? もっと言うて」

「皆、好き。いつも一緒にいたい」

「仕事以外、いつも一緒やないか。僕、病院から、テレビ局やら会場に通てんねんで。ずっと、マンションにもホテルにも帰ってへん。そや、あのホテル、解約しとかな、えらい損や」

「すぐ、現実に戻る。はよ、行って来」

「行って来まーす」

 彼は、喜びと幸せを、全部持って行ってしまう。

 坂田とんびが、私を刺した時、私は死を覚悟した。当然の報いだ。どこかで、待ち望んでいた結末だった。

 とんびのためらいと不慣れが、私を救った。

 夫の行動は、迅速だった。警察とマスコミに手を回し、私の怪我は、事故ということになっていた。

「当然、予測すべき事態だった」と夫は、言った。

「許してくれ。もう少しで、君を死なせるところだった」

「やめて」と私は、言った。

「自業自得なんだから」

 生きていることが、奇跡のように思われた。

「なぜ、彼をかばった。君は、彼より、私を選んだはずだ」

「ええ。だから、彼をかばったの」

「償いということか」

「それほどのことじゃない。ただ、助けたかっただけ」

「わかった。私が、彼を助けよう」

「ありがとう。本気で殺す気なんか、なかったのよ」

「君の好きなように」

 こうして、私達三人の生活が始まった。

 奇妙で、魅惑的な生活が。

「ああ、しんど」

 とんびが仕事から戻って来た。

「ちょっと、とんびちゃん。帰って来るなり、それはないでしょう? 赤の他人にさんざんサービスして」

「アホか。それが、仕事やないか」

「私にも、何か面白いこと、言うてよ」

「助けてくれ。僕、マンション、帰る。マンションは、そんなこと言わへんもん。僕かて、普通の人間に戻る時間、必要がねんで。朝から晩まで、面白いこと、言え、言え、言われてんねんで。ちょっと、まじめな僕に戻っとかんと、どれが自分か、わからんようになるで」

「仕事の後で、よう、そんだけしゃべれるわ」

「悪口言うてんと、お帰りくらい、言え」

「ふふ。お帰り、とんびちゃん」

「どや。もう、看護婦、来えへんか」

「もう一回、検温に来るわ」

「何で、あんな何回も、体温、計るんや? 熱ある時は、見たらわかるやろに。僕やったら、すぐわかる。わかった。愛情が無いからや。そうや、そうや、愛情が無いねん。そやから、体温計に教えてもらうんや」

「そら、何十人、何百人いる患者の一人ひとりに愛情なんか持ってられへんわ」

「僕なら持てる。仕事やったら、一人ひとりの患者、大事にしたる」

「仕事、間違えたなあ、とんびちゃん。ええ看護夫さんになれたやろに。惜しいことやった」

「ほんま、ほんま。国家は、えらい損失や。ちくしょう。看護婦、来えへんかったら、ベッドにもぐり込んだるのに」

「寒かったら、入ったら、ええやん」

「そんなこと言うたかて、看護婦来た、いややろ。それに、また、忘れるとこやったけど、自分、けが人やった」

「もう、痛ないよ、あんまり」

「そうか。けど、胸刺されて、平気な顔して立ってた女やから、怖い。痛無かったんか」

「そら、痛かった思うけど、気、つかんかったわ」

「それが、怖い言うねん。ちょっとぐらい騒いでくれや。せっかく、刺してんから」

「とんびちゃんに刺されるんやったら、本望やった。死んでても、恨んでへんかったわ」

「女は怖い。浮気なんかしたら、どんな目に会うか、わからへん」

「いや、心外やわ。何ぼでも、浮気し。いくらでも遊んで、それで、私のこと、好きやいうんが、嬉しいんよ。束縛して愛されても、全然、嬉し無い。悲しいだけや」

「僕、浮気なんかしたことない。いっつも本気ばっかしや」

「痛いて。滅茶苦茶したアカン」

「ごめん。すぐ忘れる。大丈夫か。誰か呼ぼか。熱あるん違うか。汗かいてる」

「何でも無いて。手、握っててくれたら治る」

「我慢したアカンで。待っとき。すぐ、医者、呼んでくる」

 医者が来て、鎮痛剤を注射した。少し、痛みがおさまった。

「もう、私、注射、嫌いやのに。夜になったら、ちょっと痛いだけやのに」

「ゆっくり寝。少し、顔色、ようなった。けがしたらアカンで、言うといて、自分で、けがさしてたら、しゃーないな。ごめん。けがさして」

「うん。ずっと、そばにいてね。私、病院、怖いねん・・・」


 目を覚ますと、朝の食事の時間だった。

 彼は、私の手を握ったまま、眠っていた。

「仲がよろしいのね」

 皮肉とも、羨望ともつかぬ声で、看護婦が言った。

「もう、抜糸してもいいでしょう」

 医師が入ってきたが、とんびは、眠ったままだった。

「もうちょっと、ずれてたら、心臓やられてましたな」

「私、運が強いんです」

「赤ちゃんも、運が強い。あれだけの出血で、持ちこたえたんですから。生んだげたら、どうです」

「いやです。この年で、子供生んだら、死んでしまいます」

「あなたなら、大丈夫ですよ。保証します」

「どういう意味ですか」

「いや、なに。けど、あなたの年で、初めての子供さん、生む人だっているんですよ」

「恥かきっ子やわ。上の子にも、恥ずかしい」

「ご主人とも、よく相談してください。母体には、絶対、支障はありません。これは、断言できます」

「そんなん、勝手に断言せんといてください。生むの、私やねんから」

「ま、面白い子が、できますよ」

 医師は、笑いながら、病室を後にした。

 とんびは、まだ眠っていた。

「起きてるの、わかってるよ。いやらしいわ。たぬき寝いりなんかして」

 とんびは、起き上がって、私の顔を見た。表情が無くなっている。

「心配せんでも、おろしたげる。子供で、とんびちゃん縛ろうなんか、思わへんわ」

「僕の子か」

「当たり前や。あの時、あ、できた、思たわ」

「あの時て、いつや」

「『僕の名前、呼んだ』て、とんびちゃんが言うた時」

「ああ、あの時か。幸福の絶頂にいた時や。そうか、あの時の子か」

「どないしたん? 目、座ってるやないの。落ちつき、とんびちゃん」

「生め」

「生め、て」

「生んでくれ。初めてできた、僕の子や。どんな顔してるか、見てみたい。どんな子か、見せてくれ」

「簡単に言わんといて。私、もう、子供いらんの」

「そんなん許さん。アカン。絶対にアカン。僕に内緒で、おろしたりしたら、一生、恨んでやるからな」

「恨まれたかて、平気やわ。何も怖ないわ。とんびちゃんて、包丁持って立ってても、全然迫力無かったもんなあ」

「頼む。この通りや。何でもする。おむつも替える。ずっと、そばにいる。つわりあったら、仕事休む。生まれる時も、そばについてる。おなか大きい間、ずっと家来になる」

「へえ。ずっと家来になってくれるん。そやけど、よう考えよ。ここで、情に負けて、その後ずっと、えらい思いするん、私やもん」

「自分のことばっかり考えんと、子供のことも考えたってくれ。母体は、絶対に大丈夫やて、先生も言うてはったやないか」

「そら、先生が生まはるん違うもん、何でも言えるわ。あの先生、嫌いやわ。私のこと、お化けか何かや思ってはるねん。ちょっと考えさせて」

 生命の尊さは知っている。二人の子供を、生み育てたのだから。

 それにもかかわらず、不安が胸を満たす。

 母と女の狭間で。人間と獣の間で。

 人の中には、神と悪魔が同居する。破綻なく、手を取り合って。心が身体を育て、肉体が精神を支配する。

「そうか。とんび君が、そう言うなら、生んであげたら、どうだ」と夫が言った。

 何が起こっても、動じない男だ。

「予測はしていた。決定権は、君にある。自分で決めなさい。健と努も喜ぶだろう。もし、女の子なら母も喜ぶ。母は、女の子を育てたことがないから。君のお母さんには、もう話したのか?」

「冗談じゃないわ。母が聞いたら、卒倒するわ。私が入院しただけで、寝込んだ人だから。当分、話すつもりはないわ」

「私への気兼ねなら、不要だよ。私は、人間らしい感情の未発達な人間でね。やっと最近、嫉妬心とか、所有欲なんていうものが、理解できるようになった。君達のお陰だ。仕事にも、大いにプラスになる」

「わかったわ。生むわ。彼とあなたのために。そして、自分のために」


 日曜日に、次男の努が、病院に現れた。

「お母さま、お見舞いが遅れて、ごめんなさい。お兄さまも来る予定だったんだけど、模擬試験と重なっていたの。おばあちゃまが、『お母さんは、いなくならないけれど、模擬試験は、今日しかないから』っておっしゃったの。試験が終わってから、時間があれば、行きます、ということです」

「努ちゃんとも、久しぶりね。こっちにいらっしゃい。お母さんに、だっこさせて」

 努は、恥ずかしそうに、私を見た。

「でも、けがが・・・」

「いいのよ。もう大丈夫。ここにいらっしゃい」

 息子が、知らぬ間に、成長しているのがわかった。

「大きくなったわね、努ちゃん。健も大きくなったでしょう」

「お兄さまは、身長が百八十センチを越えたよ。僕は、まだ六十センチしかないのに」

「今から大きくなるのよ。健も、一年の時は、それくらいだったもの」

「ほんとう?」

「ほんとうよ」

「あのね、僕、英語と数学、クラスで一番なんだよ。お父さまが、将来、アメリカに行かせてくださるの。お兄さまは、英語が嫌いなんだよ。いつも、離れで、実験ばっかりしているんだ。おばあちゃまは、実験が怖いんだって。時々、ドカンて音がするから。それでね、健は、ろくなものにならないって、おっしゃるの。おばあちゃまの初恋の人に、似ているんだって」

「え? 初恋の人? お姑さまの?」

「お母さまあ、笑っちゃ失礼だよ。お母さまだって、とんびさんと恋をしているんでしょう? 僕、とんびさんのファンなんだ。一緒にいたら、面白いだろうな。おばあちゃまもファンなんだよ。いつも、とんびさんをテレビで見ているの。僕達がいると、見ないんだけどね。会わせてあげたら、きっと感激すると思う。わあ、とんびさんだ。僕、どうしよう。お母さま、どうしたら、いいの?」

「とんびちゃん、サインしてやってくれない。この子、あなたのファンなのよ」

「ええで。サインくらい、お安い御用やわ」

「わあ、口きいた」

「あのね、ゴリラや宇宙人と違うんやから、口ぐらいききます」

「わあ、僕、知らなかったなあ。わあ、手がある」

「ほんま。自分の子やわ。よう似てるわ。大人、おちょくって、おもしろいんか」

「わあ、大阪弁だ。お母さまも、大阪弁、上手なんですよ、とんびさん」

「知ってます。いっつも、しゃべってるから」

「ねえ、ほんとに、お母さまの恋人なの? すごいなあ、ほんとう?」

「助けてくれ。笑てんと」

 努は、とんびと握手をし、サインをもらって、喜び勇んで帰って行った。

「ああ、しんど。仕事するより、疲れたわ。大きい子、おんねんな」

「上の子は、もっと大きい。一メートル八十あるんだって」

「あるんだってて、自分の子、違うんか」

「住んでるとこが、違うんよ」

「そんな生活、想像できへんわ。僕ら、玄関で『わあ』言うたら、家中に聞こえたわ。貧乏人の子だくさん、いうやつや」

「ふふ。明日、退院。やっと、許可出たわ」

「やったなあ。よかった。そや、ファミコン、片付けなアカン」

「約束よ、とんびちゃん。生まれるまで、ずっと、そばにいてくれるって」

 彼は、いきなり、私を抱きしめた。

「生んでくれるんか。半分は諦めてたけど、半分は、諦めきれへんかった。もうこうなったら、神さんとでも、仏さんとでも、キリストさんとでも、親しく付き合うわ。バチ当たらんように、何も、悪いこと、せえへん」

「やっぱり、悪いこと、してるんやね」

「ことばのあやや、ことばのあや。けど、自分のおらへん間、バンバン、フォーカスされたったわ。テレビに映ったら、自分、見るかもしれへん、思た。見ててくれた? あれは、僕からのメッセージやったんやで」

「アホらし。好きでやってたん、違うの? あの十八の子とも映ってたやん。かわいそうなこと、したら、アカン」

「何言うてんねん。あの子、僕のこと、カムフラージュに使っててんで。何にもしてないわ。部屋で、お茶飲んで、しゃべってただけや。あの子、歌手のマリオとかいうんの恋人やねん。相手、売り出し中やから、僕が、あてうまになったったんや。頼まれたら、断られへん。僕の場合、そんなんばっかりやで。それほど、もてるわけないやろ?」

「うまいこと言うて。つい、本気にしてしまいそう」

「ほんまやて。マスコミみたいなもん、本気にしたアカンで。映ってるもん、皆、ドッキリ・カメラや、思てたらええねん」

「言うたろ。とんびが、こんなこと言うてたて、投書したろ」

「嘘や。嘘や。マスコミは、真実の味方です。ドッキリ・カメラかて、やらせばっかりと違うもんなあ」

「わあ、言うたろ」

「何や、汗、出てきた。ええよ、僕、メカケになるから。多いねんで、そんな話。ヒモやら、男メカケの話。きっと、僕、かいらしねんな」

「そやな。おばん・キラーやな。優しいとこあるもん。私も、殺された口やわ」

「何や、殺すとか、刺すいうことば、心臓に悪いわ。ズキッとする」

「前科一犯やもんね」

 彼と私は、顔を見合わせて笑った。幸せなひとときだ。

 退院の当日、彼は、リハーサルをキャンセルして、やって来た。

「仕事、ちゃんとせなアカン。退院くらい、一人でできる」

「一人違うから、来てるんやないか。主人にも頼まれてるし。僕がいるから、安心して、仕事できるて、言うてはったで」

「あんまり、人の主人と仲良うせんといて。あんたら、絶対、おかしいわ」

「ええやないか。僕の恩人やもん」

「うちの主人て、女より男にもてるねんよ。主人が『死ね』言うたら、死にそうなもん、ようけ、いてるわ。そんなん気色悪い。やくざみたい」

「男の世界は、言うたら、やくざの世界が原形や。どれだけ、ええ子分集めるかで、決まるんやで」

「わかったようなこと言うて。とんびちゃん、やくざ映画の見すぎやわ。それと、ファミコンのやりすぎや」

 家の前まで、とんびに送られて行った。

 夫は、中近東に出張しており、子供達は、夫の母と暮らしていた。退院のことは、メイド達にも、連絡していなかった。だから、出迎えは無かった。

 門についているインタフォンを押そうとする手を、誰かが押さえた。

「とんびちゃん、やめてよ」

 振り返ると、彼は、何人かの男達に囲まれていた。

 私の手は、サングラスをかけた男に押さえられている。

「何するの。放しなさい」

「奥さんには、用ありません」

 男は、低い声で言った。

「あなた、素人と違うわね。私が誰か、知っててやってるの?」

「よう知ってます。有名人やから。写真より、実物のほうが、よろしな。奥さんは、黙って見ててください。ちょっとした仕事やさかい」

「とんびちゃんに、何の用があるの」

「あんなん、やめといた方が、よろしで。癖悪い男や。いつか、殺されますで。なあに、心配せんでも、殺したりしません。恥かかされたもんが、おりますねん。腕の一本も折っとかへんと、話、つきまへんで。おい、お前ら、早いとこ捕まえて、いてしまえ」

「人、呼ぶからね」

「痛い目したなかったら、おとなししときなはれ。やっと、退院しはったんやろ」

「その人に何かしたら、許さんからな」とんびが、叫んでいた。

「あれ、ほんまに、癖悪い。殺してくれ、いうのんもありましたで。値段、折り合わへんで、流れましたけど」

「いくらで頼まれたん? その倍出すわ」

「いったん、請け負うたもん、チャラには、できしまへんで」

「そうか。けど、とんびちゃんの腕なんか折ったら、あんたら、ようけ賞金かけて、死ぬまで追いかけまわしたるから、覚えとき。うちの主人、ようけコレモン、知ってるんやから」

「奥さん。だんなさん、知ってはりまっせ、このこと。腕一本やったら、かまへん、言わはったそうでっせ。最初、半殺しいうんを、腕一本に値切らはったんだ。そうせな、頼んだもん、顔立ちませんやろ。ここで腕一本折っとかな、後で、半殺しされまっせ」

「おじさん、商売うまいな。ほな、こうしよか。腕一本、折ったことにしよ。こんなん時間の無駄や。あんたらも、一生、追われたないやろ。私にまかし、おじさん。とんび、連れて来て、腕折る真似し。そしたら、子分の手前も立つやろ」

「奥さん、堅気にしとくん、惜しいわ。商売うまいで。ほな、そうさしてもらいます。おい、お前ら、とんび、ここに連れて来い」

 とんびは、蒼白な顔をしていた。

「とんび、よう聞け。奥さん、お前の腕一本折ったれ、言うてはる。殺されるより、ましやろ。奥さんに感謝せえ」

「あほか」と彼は、言った。

「腕の一本くらい、くれてやるわ。折るんなら、早、折れ。さんざん、どつき回して、その分、どないしてくれるんじゃ。腕一本折られたかて、仕事できるけど、その前に、どついた分、どないしてくれるんや。さんざん、商売道具の顔、どつきやがって。顔、どついた分、払い戻せ」

「口へらんガキやな。かまへん。もうちょっと、どついたれ」

「約束違うで、おじさん」と私は、言った。

「これ以上、とんびちゃんに、けがさしたら、何もかもご破算やからね」

「わかった、わかった。おい、わしにまかせ。とんび、連れて来い。わしが、腕折ったる」

 とんびは、暴れながら、連れて来られた。私の目くばせも、彼には見えない。

「卑怯者」と彼は、叫んだ。

「一対一で、よう勝負せんのやろ。そやから、いっぱい子分連れとんねん。臆病者。インポ。嫌われもんのやくざ」

「とんび、ほんまにいてまうで。腕一本では、すまへんで。この女、痛い目にあわしたろか」

「すみません。僕、ほんま、おとなし人間なんです。早、折って」

「ええ覚悟やな。さあ、折った」

 とんびは、ポカンとして、やくざの顔を見ていた。

「とんびちゃん、腕折られたんやから、もっと痛がらなアカン。早、痛い、言い」

「痛い」

「そんなん、実感こもってへん。もうちょっと」

「痛い、痛い」

「よう覚えとけよ、とんび」とサングラスは、言った。

「今度から、態度慎めや。マリオの女、手出したらアカンで」

「マリオの女て、何や」

「奥さん」とやくざは、困りはてて、私を見た。

「こいつの監視、頼んますわ。今度依頼きたら、奥さんに一報入れますわ。私も、こんな仕事、早、足洗いたい」

「うん、わかった。ありがとう。恩にきるわ」

 とんびと私を残して、やくざ達は姿を消した。

「何や、あれ。ほんまもんのドッキリ・カメラか?」

「危機一髪やったわ。うちの主人が、半殺しを腕一本に値切ったんを、私が、もう一声かけたんやで。そやな。とんびちゃん、腕折れたこと、なってるから、包帯巻いて、腕つっとかなアカンで。知ってるお医者さんに、診断書書いてもらお」

「僕の顔、どうもないか? これ、商売道具やから」

「わりと上手に、どついたはるわ。さすがプロやな。どうもなってないわ。よかった。ほんま、無事やったんやな。今頃、ドキドキしてきた」

「これで、主人に助けられたん、二回目や。それにしても、まり子、どういうつもりやろ。僕、マリオに恨まれるようなこと、誓って何にもしてへんで。マリオなんか、会うたこともないのに」

「とんびちゃん、いつも、あんまり派手にフォーカスされんことやわ。あんた、あちこちで、恨まれてるらしいで。何でも、安請け合いしたアカン。知らん間に殺されたら、どないするん?」

「葬式には来てや。僕のために泣いてや」

「あんたの葬式なんか、絶対出えへん。私の方が、先行かしてもらうわ。年功序列や。それに、とんびちゃん、契約違反や。このおなかの子、どうなるん?」

「そやな。僕だけの問題ちゃうねんな。頼まれてフォーカスされんの、もうやめや。僕、ここに雇てもらう。下男にしてもらうわ」

「主人に聞いとく。かまへん、思う。ここらへん、マスコミ来いへん。よう入らへんみたい。この辺り、怖い人ようけ住んでるから、安全地帯や。日本で一番安全なとこや。さっきの男、主人の許しあったから、入って来れたんや。マスコミて、強いもんには弱いねんな。主人生きてる限り、ここにいたら、絶対大丈夫や」

「お宅の主人に比べたら、僕ら、何の力も無いな。僕が主人のファンや言う気持ち、わかるやろ?」

「とんびちゃんかて、力あるやん。敵もいてるやろけど、味方も多いで。とんびちゃん、もし立候補したら、絶対、当選確実やわ」

「僕、政治、嫌いやねん。ずっと貧乏やったせいかもしれへん。ひがみかもわからへん。けどな、同じ仕事してるんや。そら、給料かて違う。してる仕事の内容かて違うんやろ。けど、同じように仕事して、同じように給料もろてる、それでも、政治してる方が偉いみたいに思う。僕、そんなん嫌いやねん。そんな人間になりたない。僕かて普通の人間やから、権力持ったら、自分が偉いて思うかわからへん。実際の自分以上に、自分のこと思うか知れへん。自分が自分でなくなるんが、人間、一番不幸やで。あほでも、ちょんでも、無力でもええねん。僕は、自分自身でいたいだけや。なんちゃって。ごまめの歯ぎしりみたいなもんやな」

「知らん。ごまめなんか、食べたらおいしいだけや。私、何かしんどなった。だっこして欲しい」

「そや。自分、元入院患者や。だっこでも、おんぶでも、何でもしたる。僕の子供のお母さんやもん」

 彼は、私を抱き上げた。





スーパーマリオって、今でも頑張ってますね。

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