現実
正直に言えば、
最初から分かっていた。
——触れてはいけない、と。
奈々が助手席に座った瞬間、
昔のままじゃいられないことに、
もう気づいていた。
大人になった横顔。
言葉を選ぶ沈黙。
視線を逸らさずに見てくる目。
妹じゃない。
それは、
はっきりしていた。
海辺でキスされたとき、
一瞬、頭が真っ白になった。
止めるべきだった。
距離を取るべきだった。
でも——
引き寄せてしまったのは、俺だ。
軽い衝動なんかじゃない。
分かっていて、
越えた。
だからこそ、
苦しかった。
俺には、
結婚を考えている相手がいる。
長く付き合ってきた人で、
式の話も、
少しずつ現実になってきていた。
裏切るつもりはなかった。
奈々を傷つけるつもりも、
なかった。
でも、
「何もしなかったふり」は、
もうできなかった。
車の中で、
奈々が震える声で言った。
「好き」
「一度だけでいい……」
——その言葉は、
あまりにも無防備だった。
俺なんかには
向けてはいけないものだった。
ずるいのは、最低なのは、
紛れもなく俺で。
欲しがってしまった。
彼女の覚悟に、
応えてしまった。
一度だけなんて、
触れてしまえば止められやしないのに。
奈々には、
ちゃんと選ばれる恋をしてほしい。
曖昧な影に、
閉じ込めてはいけない。
——そう思っているのに。
彼女と別れる選択も、できない。
こんな最低な俺を、
どうして奈々は、
あんなにもまっすぐに好きだと言うんだろう。
もう、
妹にも兄にも戻れない。
触れた肌の感触が、
体温が、
呼吸が、
まだ残っている。
忘れられない。
——それが、
俺が背負うべき現実だった。




