バレンタイン
私はずっと、
自分は三人兄弟だと思っていた。
優しくて、かっこよくて、
少し照れ屋な「しょう兄ちゃん」と、
同じくらい優しくて、綺麗な「かこ姉ちゃん」。
二人は、私の自慢だった。
正確には親戚で、
おじいちゃんの弟の、その子どもたちだったけれど、
幼かった私にとって、
そんな説明はどうでもよかった。
両親が離婚して、
まだ小さかった私は、
しばらくの間、
その家で暮らしていた。
本当の兄弟みたいな喧嘩はなかった。
ただ、いつも優しいお兄ちゃんと、
優しいお姉ちゃんがいた。
二人とも大好きだった。
そしてその「大好き」が、
同じ種類のものじゃないことに、
当時の私は、まだ気づいてすらいなかった。
親が再婚してから、
お兄ちゃんたちに会う機会は減った。
それでも、
親戚の集まりがあるたび、
彼は必ず、私の隣に座った。
テレビを見ながら、
宿題を見てくれて、
帰り際には、必ず頭を撫でる。
「背、伸びたな」
それが、彼の決まり文句だった。
私は、その手が好きだった。
大きくて、あたたかくて、
何も考えなくていい気がした。
それが“恋”だと気づいたのは、
きっと、ずっとあとだった。
彼は、八つ年上。
私が小学生のころ、
彼はもう、
大人の入口に立っていた。
小学六年生の冬。
理科室で、友達が
好きな人の話をしていた。
誰が告白したとか、
チョコを渡すとか、
そんな話。
私は笑って聞いていたけれど、
胸の奥が、少しだけざわついていた。
——チョコ。
帰り道、
自然と、あの人の顔が浮かんだ。
困ったように笑う顔。
私の名前を呼ぶ声。
頭に触れる、あの手。
その全部が、
急に遠いものに思えた。
それから私は、
何度も考えた。
これは、好きなんだろうか。
それとも、
ただのお兄ちゃんなんだろうか。
答えは、出なかった。
でも、
考えないでいられなかった。
バレンタインが近づくにつれて、
私は眠れなくなった。
手紙を書くたび、
失敗した。
「好きです」と書いて、消して、
「ありがとう」と書いて、消した。
最終的に残ったのは、
短くて、
少しだけ大人ぶった言葉だった。
——気持ちを伝えたい。
——でも、壊したくない。
十二歳の私は、
そんな矛盾を、
ちゃんと抱えていた。
渡すと決めた日、
私は思っていたより、
ずっと静かだった。
家まで、
一人で行った。
玄関先で、
顔を上げられないまま、
チョコと手紙を差し出した。
「……これ」
一瞬、
沈黙が落ちた。
それから彼は、
少し驚いた顔をして、
ゆっくり受け取った。
「ありがとう」
声は、
いつもと同じだった。
そのとき私は、
まだ知らなかった。
この瞬間が、
兄弟みたいだった関係の、
終わりの始まりだということを。




