第6話 新宿ネズミは凍らない(1)
『任務と言ってもそんなに重く考えなくていいからねー』とはミノリの言葉。あれから三週間後、右に左に激しく揺れる車に乗ってアラシヤマ達は目的の少女の元へと向かっていた。
車を走らせること三十分。
青い顔をしたアラシヤマが限界を迎えそうになった時、車は止まった。
「さあ!着いたよ」
溌剌とした声色で車を降りるミノリに、死んだ顔で降りるアラシヤマ。
二人が降り立ったのはとあるショッピングモールだった。
「十年ぶりくらいか、懐かしいなぁ」
ポツリと呟くミノリ。
「ミノリさんって埼玉出身だったんですか?」
何か苦い思い出があるようでミノリは困ったように笑って頷いたが、それ以上は語らなかった。
そこは関東でも有数の規模のショッピングモール『アエオン湖街』。土日だということもあり、家族連れやカップルが多く来て賑わっている。
「さて、アラシヤマ少年。先ずは件の少女に会いに行こうかー」
ルンルンと歩くミノリ。
どこに行くのかを口にすることなく、そのままモールの中へと突き進んでいく。
「念の為、もう一回情報確認ね!」
歩きながら話すミノリ。
「彼女の名前は平坂 有栖。彼女の泡沫は不明。ただ、泡沫の影響か髪色が綺麗な銀髪になっているらしい。まあ、染めているだけかもだからこの情報は参考までにね」
無言で頷くアラシヤマ。ここまでは事前に聞いた通りの情報だった。
「そして、さらに追加情報だよ。どうやら彼女にコンタクトを取った人間が凍結した状態で見つかったらしい」
「……っ!?」
「幸い、死人はいなかったみたいだけどねー」
間違いなく、泡沫のチカラだろう。
アラシヤマは改めてその恐ろしさを感じた。唯一見た事のあるドクターの泡沫は人を治療するものだったが、やはり中には人を傷つけるものもあるのだと。
「まあ、そんな訳でまずはファーストコンタクトだよ」
そういうや否やミノリが懐から取りだしたのは百円均一に売っているパーティグッズのような安っぽい星型メガネ。
「そもそもの話だ。泡沫持ちと、一般人。どう見分けるか分かるかい?」
首を横に振るアラシヤマ。
「そうだろう、そうだろう。実は泡沫が発言した私たちの目は特殊でねー。チカラを持った人間とそれ以外が見分けられるんだよ。例えばアラシヤマ君は体の中心にユラユラと炎みたいなのが見えるし、しっかり発芽してる人だったらオーラ?みたいなのを纏っているように見える」
「えっ!?僕にもあるんですか?」
「当たり前でしょ?だからギルドに入れたんだし」
何を言っているんだ。といった様子のミノリにアラシヤマは考える。
これは偶然か、それとも必然か。
アラシヤマは自分があの路地で拾われたことに対して第三者の意志を感じてしまった。
それで、とミノリは話を続ける。
「まだまだ未熟なアラシヤマ少年にこれを授けよう」
渡してきたのは星型メガネ。
「もしかしてこれって……」
「お、察しがついたかな。それは私たちの目を再現した眼鏡だよ。さあさあ、かけてみて」
ミノリの言う通りに眼鏡をかけたアラシヤマ。
「お、おお!」
「どうだい、見えるでしょ?」
ミノリの言った通り、アラシヤマの視界には今まで映っていなかったものが映った。
ミノリを中心に、まさにオーラのようなものが揺らめいている。
「君には今からそれをつけて対象の子を探してもらうよ。とはいっても基本一緒に行動するから緊張せずにいこー!」
「え、!?あの、これ……」
「おー!」と足を進めるミノリにアラシヤマは何も言えなかった。他のデザインがよかったのだが。
◇
ショッピングモール内を星型眼鏡で練り歩くこと数十分。
「ミノリさん」
「そうだね、あれが……」
――あれが、平坂有栖だ。
二人の視線の先にあったのは、人形のような銀髪の少女。日本人離れした顔立ちで異質な雰囲気を漂わせていた。
そして、何よりその異質さを示すのはその周囲。彼女を中心に半径五メートルほどが凍り付いていたのだ。
「これじゃあ、眼鏡はいらなかったね」
「そう、ですね。でも、どうして……」
「どうして、周りの人間が気づいてないかって?」
無言で頷く、アラシヤマ。
すると、ミノリは有栖の後方を指さした。
「あ、アルバイトさん!?」
そこにいたのは先日の喫茶店にいたアルバイトの男性。
「あの人が来るとは聞いてなかったんだけどなぁ、とりあえず合流しよっか」
ミノリは不服そうに足を進めた。
「お久しぶりでございます。アラシヤマ君、ミノリ君」
優雅なお辞儀をするアルバイト。
「ボスからなにも聞いてないんですけどー」
「何分緊急だったもので……」
「さいですか」
どこか冷たく接するミノリに、アラシヤマは疑問を覚えた。
思い返せば先日喫茶店に行った時もアルバイトとは一切会話をしていなかったかのように思える。
短い付き合いだが、誰に対しても明るく接するように思えたミノリがここまで冷たく接するのは何か確執があるのか。
「で、これは?」
「はい、現状につきましては――」
恭しく話し出したアルバイト。
その話によると、有栖が周囲を凍らせたのはほんの数時間前の事らしい。
事態を察知したネズミがアルバイトを緊急で送りこんだとのことだった。
現在は、アルバイトの能力で有栖の認識を歪ませ落ち着かせているとのこと。
二人の会話が一息ついたところでアラシヤマが口を挟む。
「それにしても周りの人たちが気づいてないのってアルバイトさんの泡沫ですか?」
「ええ、そうです。私の泡沫は認識を歪ませるのですよ」
そう言って腕を軽く振るアルバイト。その瞬間、アラシヤマの視界から彼は消えた。
「なっ!?」
「こんな事もできるわけですな」
その声が聞こえたのはアラシヤマの真後ろからだった。
振り向くとすぐ真後ろにアルバイトの姿。
「す、凄いですね」
「楽しんでもらえたようで何よりです」
認識を阻害してその間に後ろに回ったのだろう、とアラシヤマは判断した。頭では分かっているがいざ体験すると驚かざるを得なかった。その証拠に未だに動悸がやまない。
「さて、そいつの紹介も終わったことだしそろそろ取り掛かろうか。今からすることを伝えるね」
「は、はい!」
「まずは口頭で説得。ファーストタッチは私に任せて、そこで失敗したら実力行使だ。いいね?」
頷くアラシヤマ。
「どうやら攻撃性が高い泡沫みたいだからね、安全第一で取り掛かろう。それじゃあ始めるよ、解除だアルバイト」
アルバイトが軽快に指を鳴らす。
その瞬間、有栖の視線が二人を捉えた。