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第32話 全面戦争 7

 ミノリとクレオパトラが別部屋に移動した頃。

 膠着していたアリスとヴラドの争いに動きがあった。


 アリスの攻撃に所々緩みが出始めたのだ。


 それを見抜いたヴラドはすぐさま氷柱の包囲から抜け出す。

 接近。自らを爆発しその推進力でアリスに近付く。

 直ぐさま剣を生成しアリスへと射出するも、氷壁とアリス自身の後退によってそれが届くことはなかった。


「疲労ですかね?」


 そう言って一呼吸。

 息を吸う間に再度の接近。


 精一杯の反応で再度氷壁を張るアリス。

 だが、それがヴラドを退けることはなかった。


 アリスから見て全面に展開された氷壁を回り込むようにして迂回、そのままアリスの腹部へと横薙ぎに切りつ ける。

 振られた剣の勢いのままに吹き飛ばされるアリスの身体。


「はて、手応えが……?」


 ヴラドの脳裏に浮かぶは疑問。

 確かに切りつけた筈だったが、先程の感触は切り裂いたと言うよりも殴打の様な感覚。浮遊した剣越しに伝わってきたそれに困惑が隠せない。


 そして、次の瞬間。晴れた砂埃と共に現れるのは鎧のように氷をまとったアリスの姿。


「第二ラウンドの開始です……」


 アリスが急接近する。


「うぐっ!」

 

 咄嗟に剣を集め盾のように重ねるが、易々とそれを突き抜けた。

 脇腹にアリスの華奢な拳が刺さる。

 呻き声とともに後退するヴラド。


「これはっ!?」


 そして、自身の異変に気づく。


「触れたところから凍ってください。人に触れるのは即ち恐怖でありますから」


 アリスの言葉通りに、触れたところから凍結が始まっていた。

 凍ったところから脆くなり、戦闘の余波で砕けるようになる。

 急いで脇腹を抉り出すヴラド。

 苦痛に歪む顔とともにぽたぽたと滴り落ちる血液。

 小規模な爆発で傷口を焼くも、そのダメージは大きかった。


「貴方は、恐怖したことがありますか?」


 そう言いながら近づくアリス。

 ヴラドの脳裏に浮かぶのは彼らの王。ケテルの存在。彼こそ絶対の恐怖の体現者。


「私は、何度もあります。今も怖い。この戦闘で死ぬかもしれない。何とか貴方に勝って助かっても、もしかしたらこの後にさらに追っ手がきて死んじゃうかもしれない」


 その言動はヴラドにとって理解できるものではなかった。

 彼女の発する言葉は現状となんの関係があるのか。

 その言葉の先に何をするつもりなのか。


「だけどね、いちばん怖いのは、アラシヤマさんが居なくなっちゃうこと。私の近くから、私の心から、私の記憶から、そして私の住むこの世界から」


 アリスの瞳が黒く染まって見えた。

 光を失い、漆黒のように真っ暗に。

 そこにあるはずの白目も黒目もその境目も、何も見えない。いや、見えてはいるのだが認識できない。

 ただ、黒い穴ぼこがそこにあるように。

 全てを吸い込むような瞳だけが見える。


「私は彼を温められなかった。だって私は冷やすことしか出来ないから。その身体も、その心も私じゃ彼を満たせない」


 近づくアリスに、身体が動かないヴラド。

 まるでかの王を前にした時のように身体が強ばる。いや、それ以上かもしれない。指先の少し、瞬きのひとつすらも動かない。


「だから、私は排除することにした。彼を傷つける全てを。彼を揺さぶる全てを。彼に干渉しようとする全てを」


 不意に立ち止まるアリス。


――――ねぇ、しってる?


 そう言って笑う。

 微笑むのではない。

 

 戦闘中だと言うのに上を向き。

 首の座らぬ赤子のように、笑い声とともにガクガクと揺れる首。


 不意に正面を向き、そのまま頭を横に倒す。

 壊れた人形のように首が直角に折れる。



「人の体の60パーセントはずいぶんなんだって」


 ヴラドの身体が砕け散る。


 砕け散りながらそこで気づく。


 消して恐怖で動けなかったのではない。

 その身体が凍りついていたのだ。

 もう、指先一つも動かせないほどに。


 風に乗り、ヴラドの身体が飛ばされる。


 その後もアリスは笑っていた。


 首をガクガクと揺らしながら。


 ただひたすらに笑っていた。


「ああ、迎えに行かなきゃ。アラシヤマさんの所に」


 粉になったヴラドを一瞥もせず、その場から離れるアリス。

 何故か知らぬままに笑っていた。

 理由もなく笑っていた。


 同タイミングで別部屋で笑うミノリと対極のような、苦しそうな笑い声を高らかに謳っていた。

 

 



「なんだか、おかしいねぇ……」


 そう言ってつぶやくのはテンチョー。

 爆弾魔の到着により、三班の戦況はこちらに傾いた。

 そして、他の場所でも次々と敵を打倒し快進撃が続く。

 

 だが、それに付随するのは違和感。


 普段実戦経験も少ない者まで駆り出していると言うのに、驚くほどスムーズに進む。


「上手く、行き過ぎてる」


 だが、その理由は見つからない。

 その不安の答えを求めるようにネズミに連絡をとる。


「ボス、こちらテンチョーです」

「『ああ、想像以上にこちらに分がある。どうしたものかな。今のところ問題は無いんだが』」


 まともな受け答えもなく本題に入る。

 もう、ネズミは察しているようだった。


「『現地での所感を聞かせてくれるか?』」


 そのネズミの言葉にテンチョーはたじろぐ。

 普段のネズミならばそんなことは聞かない、それすらも既に知っているから。

 それはつまり裏を返せばネズミを持ってしても現状を理解できていないということに他ならない。


「さっきの話の通りではありますね。うまく行き過ぎてる。問題は無いが違和感がすごいってとこですかね」

「『それは……』」


 分かっている。そう言いたげに口ごもるネズミ。

 ふと、テンチョーは疑問を投げかける。


「そもそもボスの泡沫で敵の狙いはわかんないんですか?敵直接じゃなくても周りの人間や小動物からとか……いつもやってるでしょう?」

「『いや、それがな。どうもそれを察してか、泡沫でプロテクトがかかってんだよ』」


 さて、どうしたものか。と電話口でボヤく。

 そういえば、とふと気になったことを漏らすテンチョー。


「ドクターって今何してるんですか?」


 返答が滞ること数十秒。 

 

「『……あれ?どこにいった?』」


 戦況は今一度、顔色を変える。



 ◇


「クハハハハッ!!滑稽だネ」


 薄暗い地下通路。馬鹿笑いをしながら進む白衣の男。


「上手く立ち回っておりましたからね」


 それに付き従うバーテンダーのような格好の男。

 ドクターとアルバイトである。


「それにしても、ミノリちゃんのことはいいのかネ?」

「ええ、娘といっても捨てた過去。私の方に執着はありませんので」


 ふむ、そういうものかネ。と一つ納得した様子で歩みを進めた。


「まさか秋葉原の地下にこんなものがあるとは……」

「ふム。そもそもの話として、秋葉原という場所自体がアラハバキの封印場所というのは知っているネ?」


 ええ、それはもちろん。と頷きを返すアルバイト。


「アキハバラはアラハバキのアナグラム。詰まるところアラハバキをバラバラにして組み直したという意味合いを持ツ」


 これが、神話上では重要なのだヨ。そう言って指をひとつ立てた。


「その理論からアラハバキは五つに分割されており、それぞれに手厚い封印が施されていタ。一つ目の封印を解く鍵が四万の正常な魂」


 これは、一般人のことだネ。と話を続け二つ目の指を立てる。


「二つ目は、三万の心無き魂。これは我々のことだネ。ちなみにフラメルの意思はここまでしか知らないネ」


 そして、と立てる三つ目の指。


「三つ目が泡沫もちしか入れない大迷宮の攻略と到達」


 それが、ここの場所なのだヨ。と話を続け、さらに立てた四つめの指。


「四つ目が、知恵のアーカイブの覚醒」


 これは、ネズミ君の事だね。そう言って立てた最後の指。


「五つ目が、黒衣の王の覚醒」


 これは、もう既に種を仕込んであるヨ。そう言って開いた手のひらを下げる。


「さて、あとのトリガーは黒衣の王のミ。ここで待つことにしようかネ」


 ドクターが立ち止まったのは大きな扉の前。

 それは、迷宮の最深部。

 かの荒神の封印されし場所そのもの。


「この戦いの勝者は、私達だヨ」


 ドクターは、静かに笑った。

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