第3話 新宿ネズミには子分がいる
「そうと決まれば、自己紹介からしようか」
そう言って話し出したのは竹山もといアラシヤマを助けた女性だった。
「前提から話すけどさっき見せたチカラのことを私たちは泡沫と呼んでいるの。そして、私たちはその泡沫を持った者たちの集まり。正式な名称は無いけれど組合やギルドなんて呼び方で呼ばれているわ」
「ギルド、そんなファンタジーみたいな……」
思わず口を挟んだアラシヤマだったが、女性は笑って返す。
「さっきも見たでしょ?あのチカラ。現実もここまで歪めばファンタジーみたいなものなんだよ」
――――さて、話を戻そうか。
「先ず、自己紹介は私からね。私はミノリ。みんなからみっちゃんって呼ばれてるの。私の泡沫についてはまた今度ねー」
そう言いながらウインクをする様に、年頃のアラシヤマは少し顔を赤くした。
「次は俺かい?」
そう言って口を開いたのはアラシヤマが倒れる前にてんちょーと呼ばれていた男。
顎に生やした胡散臭い髭を弄りながら話し出した。
「俺はテンチョーだよ」
「は、はい。アラシヤマです」
「俺はテンチョーだ」
「……ぇえ? 」
胡散臭い微笑みを浮かべ、それ以降は口を噤む。ニコニコと笑みを浮かべるテンチョーと続きを待つその他。気まずい沈黙が残った。
それを破ったのは焦ったようなミノリ。両手をパンと打ち鳴らす。
「て、テンチョーは人見知りなんだー。慣れたらすごく話すんだけどね!?さあ次はドクター!!」
そして話を振られたのはアラシヤマを治した男。能面白衣の奇人だ。
「ワタシはドクターだヨ」
「……」
「……」
まさかこの人も……と、アラシヤマの脳裏によぎる。
「ジョーダンだョ。ハハハ!」
朗らか、というより最早阿呆のように笑うドクター。
笑いすぎて海老反りのような姿勢になっており、そのまま頭を地面に打ち付けやしないかとアラシヤマは思った。
「さて、改めて。ワタシはドクター泡沫の研究者だヨ。私の泡沫は先程も見せたガ回復寄りのチカラだ。戦闘面では力になれないが何卒よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
癖の強い面々の挨拶が終わる。
次はお前だ、といった視線がアラシヤマに刺さるが口篭る。
それもそのはず、別人なのだ。
仮に彼らが本来のアラシヤマの情報を知っていたとして、うっかり別のことを言ってしまって勘づかれたら、騙していたことを彼らは許すだろうか。
慎重に口を開く。
「アラシヤマです」
「「……」」
「アラシヤマ……です」
無言の面々に『失敗したか』と冷や汗を流すアラシヤマ。
すると、テンチョーがニヤリと笑った。
「君、面白いねー。仲良くやれそうだ」
アラシヤマの命は何とか繋がった。
◇
「……という訳さアラシヤマくん」
あの後、テンチョーからの猛攻が続いた。テンチョーが熱く語りだした途端に他の面々が部屋を出ていった為、これはいつもの事なのだろう。
やれ中間管理職はだのやれ店を育ててきただの。
傍から聞けば中年のウザ絡みのような内容だったが、アラシヤマは悪い気はしなかった。決してくどい語り口ではなかったし、その口調にどこか親しみを感じたのだ。
そして、その中で得た情報もいくつかあった 。
ギルドという組織についてや、トップの情報。その中でもアラシヤマという者について彼らは名前と身体的特徴以外なにも知らないと言うのは大きな情報だった。
どうやらネズミと呼ばれるボスの命令で保護をしてくれたらしいが、詳細は何も教えて貰ってないとのこと。
それらに安堵して、アラシヤマの心に少し余裕が生まれた。
彼が改めて部屋を見渡すと、驚くほど殺風景な部屋だった。簡素なベッドに椅子、それ以外は全くと言っていいほど何も無い、窓一つもなくあるのは扉だけだ。入ったことはないが独房とはこんな感じなのだろうかとアラシヤマは思った。
「いやー、テンチョーに気に入られたね。アラシヤマ少年」
溌剌とした声と共に部屋へと入ってきたのはミノリ。
作ったように明るいそのテンションでアラシヤマに声をかける。
「さて、体調は良くなったかい?」
ドクターの治療を受けてから驚く程に身体の調子の良いアラシヤマは肯定で返した。
「良かった、良かった。体調が戻ってないなら明日にしようかと思ってたんだけど、今日中に済ませてしまおうか」
首を傾げるアラシヤマに対してテンチョーは目を輝かせる。
「おお!みっちゃん。もう出来てるのかい?」
「元々ネズミさんから依頼はあったみたいだからねー。早いみたい」
「にしても爆速だねー、みっちゃんの時はもっと時間がかかったのに」
アラシヤマを他所に勝手に話を進める二人に堪らず尋ねる。
「何ができたんですか?」
「何ってそりゃぁ、新しい戸籍だよ?」
平然と言ったミノリにアラシヤマはつい思った。
こりゃあ、どえらいところに来てしまった、と。
「何驚いてるのさ。言ったでしょ?日常には戻れないって。大丈夫だよー、心配しなくてもちゃんと正規のルートで買った戸籍だから足はつかないよ」
「正規のルートで買った戸籍ってなにッ!?」
「まあまあ、そのうち慣れるさアラシヤマくん。私の時も驚いたけどすぐに慣れたから」
それはそうと、とミノリは右ポケットから車の鍵を取り出す。
「さあ、いくよー。おねーさんとドライブデートだ」
お姉さんと、ドライブデート!?
思春期相応にドギマギするアラシヤマ。
枯れ果てた学生時代を送っていたアラシヤマからしたらデートなんて言葉は刺激が強すぎる。ましてや、お姉さん、それも美人の。
少し胸を踊らせていると、外野からの冷水のような一言。
「みっちゃん運転荒いから気をつけてねー、多分吐くから」
それに対して余計なお世話と言わんばかりのキメ顔で応えるアラシヤマ。
「大丈夫です。乗り物酔いした事ないんで」
数十分後、ミノリの車には二度と乗らないとアラシヤマは誓った。