第28話 全面戦争3
結局魔女と話した所で何か重要な事が分かった訳でもない、テンチョーはそう思っていたがネズミは違ったらしい。
帰宅後すぐさま準備に取り掛かる。
「やらなきゃいけないことができた。全員集めろ」
「なっ!?全員ですか!?」
全員の招集。
それは、過去に例を見ない程の規模での招集。
泡沫に至る人類は全体の0.05パーセント程。
つまるところ日本だけを見ても50万人以上はいることになる。
実際にはギルドに加入していない潜伏者や、フラメルの意思等ギルド以外に所属する泡沫持ちもいるためその人数は50万人には届かないが、それでもかなりの人数になる。
「全ては1ヶ月後。そこで始まる」
何がですか、とは聞けなかった。
聞いたとて教えて貰えるとは思えなかった。
だが、それは言い訳だ。
自分でも分かっていた。怖かった。
知りたかった。知りたくなかった。
だから本当は、それを言われなかったことに安堵していた。
知らないことに安堵していた。
「分かりました。集めておきますぜ」
胃がキリキリと痛むのを感じた。
「いつも、すまないな」
少しだけ、申し訳なさそうに呟くネズミ。
仕事ですから、とテンチョーは踵を返した。
◇
時は少し遡り、ネズミ達と魔女の邂逅と同時刻。
アラシヤマ、ミノリ、アリス。そしてアルバイトの四人はとある廃施設を訪れていた。
「少年、ここは?」
そう問いかけるミノリに貼り付けたような笑みを浮かべて返すアラシヤマ。
「地獄だよ」
そう言って何も考えていないようにケタケタと笑った。
だが、それに反して息を飲むのはアリス。
アラシヤマの裾をぎゅっと握る。
「アラシヤマさん。ここって……」
「ああ、そうだよ。アリスちゃん。ここは表向きは児童養護施設。そしてその裏は実験施設。フラメルの意思が泡沫持ちを作るために運営していた、ね?」
淡々と言い放つが、それが示すことはつまり。
「やっぱり、ここは私の……」
実を言うとアリス自身はその施設について覚えていることは少ない。
外に出られなかったため施設の位置は覚えていないし、施設の中での事も自ら記憶の奥底に閉じ込めていた。
「里帰りだねー」
そう言って軽く肩を叩くミノリ。
アリスにはそれがとてつもなく邪悪にも見えたし、とてつもなく心地よくも感じる。
その無神経さは異常であった。だが、それ以上に下手な同情は気味が悪い。
「全く嬉しくない里帰りですけどね」
そう言って軽口を叩くアリスも、やはりどこか壊れているのだろう。
「それにしても、なんでこんな所に?」
そう言いながら扉を開くミノリ。
ここは既にギルドが調査を終えており、手がかりになるようなものは残っていないはず。
「いや、ね。この資料を見てたら面白い記述があってさ」
そう言って、手元の資料をめくる。
「そもそも、アイツらはなんで泡沫持ちを増やしてたんだと思う?」
じゃあ、アリスちゃん。と指名するアラシヤマ。
「単純に、戦力増強では?」
それしかないでしょう、と言わんばかりに言うアリス。それを聞いて隣のミノリも頷いていたが、それに反し首を横に振るのはアラシヤマ。
「俺も最初はそうだと思っていたよ。恐らくギルドも戦力増強だと思ってるとおもう」
だが、と手元の資料を軽く叩く。
「ヤツらが行っていたのは戦力増強なんかじゃなかった。『黒衣の王』。そいつを探す為だけに泡沫持ちを産み出し続けていたんだ」
そう言って進んだ先にあったのは一つのプリンター。それもコンビニエンスストア等にあるサイズの物。
それなりに重いはずの金属の塊だが、泡沫持ちの身体能力にものを言わせて蹴飛ばす。
「これは!?」
そう言って驚いたのは、アリス。
その下にあったのは無機質な金属製の扉。沈黙を貫くように無機質にそこに鎮座する。
それを無理やりこじ開けるのはアラシヤマ。
「にしても、これだけの扉。ギルドの面々が気づかなかったのかなぁ……」
「どうやら、泡沫で隠してんだってさ」
アラシヤマはミノリの疑問に素っ気なく応える。それもまた、資料の情報から。
それよりも、と扉の奥を覗き込む。
「うわぁ、真っ暗だな」
「この中に何かあんのー?」
二人して覗き込むその先は紛うことなき暗闇。
そんな話をしながらもミノリは手元のスマートフォンでその暗闇を照らす。
その先に見えたのはそこの見えない吸い込むような竪穴と、その側面に等間隔で生える無骨な金属製の梯子。
当然のようにホコリ被っており、所々に蜘蛛の巣すらも見える。
極めつけはその鼻腔を刺す匂い。まるで病院のような薬品臭がする。
「これ……降りるんですか?」
嫌そうにそう言ったのはアリス。
穴の奥底を覗き込み、嫌そうに顔を顰める。
「そりゃあ、ねぇ」
行くしかないでしょう、とアラシヤマは返した。
◇
「おー、これはなかなか」
「うっ、おぇっ……」
そう言って苦い笑みを浮かべるミノリ。
そして、後方で嗚咽を漏らすアリス。
長い長い竪穴を降った先に在ったのは無数の遺体。
鼻を壊す程の異臭が充満しており、ものによってはまだ肉が付いているものやそもそも腐ってないものもある。
「ねぇ少年。こんなとこに何があるってのさ」
嫌そうに顔を顰めつつもミノリが問う。
「さっきも言ったけどヤツらが探してたのは黒衣の王。そして、その過程である実験を行っていた」
そう言いながら臭いを気にする様子もなく進むアラシヤマ。
そして、一つの遺体の前で足を止める。
それは不自然な程に綺麗であり、一切の腐乱や変色は見あたらない。更にその遺体の上部には硝子棚が置いてあり、そこには無数の薬品の数々。
「テンチョーが言ってたんだ。対面した相手が異形の化け物に変身したって。全くファンタジーじみた話だとは思ったけど、その答えが資料の中に書いてあった」
そんな話をしながら硝子棚を漁る。
そして、そこから取り出したのは1つの小瓶。
「資料には液化泡沫って書いてたんだよね、これ」
「液化……泡沫ですか?」
「そう、液化泡沫。生きた人間からの泡沫の抽出と、添付。それがこの実験の目的らしい。だから――――」
だから縛り付けているのだろう、こんな風に。と遺体を指さす。
「じゃあこれは、なんで腐ってないのー?」
「それは……なんでだろね。そこまでは書いてないな」
そう言いつつも物色を続けるアラシヤマ。
最初の小瓶と似たようなものをいくつか集め、懐にしまう。
「そういえば、これを投与した人間は三パターンの結末があるらしい」
そう言って、立てる1本の指。
「一つ目が、泡沫の暴走と肉体の崩壊」
恐らく、これがテンチョーが戦った相手であろう。と推測を立てる。
「二つ目が、拒否反応の後の死亡」
これが、ここらの腐乱死体の理由であろう。と二本目の指を伸ばす。
「そして、三つめが。新たな泡沫の取得」
三本目の指を立てるアラシヤマに、なにかに気づいた様子のミノリ。
「それって、この前のヴラドの!?」
「恐らく、その可能性は高いね」
「はぁー、道理で。泡沫に二つ目があるなんて聞いたこと無かったからびっくりしたんだよね」
そこでふと考えたのはアリス。
それならば、何もない人間に泡沫を与えるとどうなる?
狂った末に泡沫持ちに至るのだとしたら。
狂わずにその力を得るとどうなるのか?
背筋が寒くなり、それ以上考えるのをやめた。
知ってしまうのが恐ろしく、それ以上は聞けなかった。
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