第27話 全面戦争2
全面戦争2
それは、魔女からしたらなんでもない男であった。
不器用で、つまらない。それだけの男であった。
とある組織に所属する男に、魔女は問いかける。
「ねぇ、あんたは何でこんなつまらない所に所属してんのよ」
「それが、正しいからさ」
男は素っ気なく答えた。
魔女にはそれが分からなかった。
魔女にとっては正しさなんて、時が過ぎれば変わり、人によってすらも変わる。そんな不定形なものだったから。
「正義ヅラしてバカみたいね」
何も言わずに男は寂しげに笑った。
それから魔女は男と共に時を過ごした。
日々増えていく男の皺と、何も変わらない魔女。
何に対しても寛容で、吹けば飛んでいきそうな程に弱々しいその男をどこか放っておけなかった。いつか来る別れを考えなかった訳では無いが、それ以上に男の元を離れたくなかった。
そんなある日、男は二人の子供を拾ってきた。
片方はやけに大人びており、片方は無表情。
可愛げのない二人だったが、男は平等に可愛がった。
そして子供は育ち、男は老人となった頃。彼は魔女にとある頼み事をした。
「君にしか、頼めないことがある」
そう言って口を開く老人の瞳は、今までになく真摯なものであった。のんびりと、楽観的に日々を歩む彼の人生で初めてと言っていいほど真剣な眼差し。
「ギルドの裏切り者を調査して欲しいんだ」
そう言って老人が告げた名前は「嵐山 尚仁」。
その名前に魔女の脳裏に浮かんだのは、驚愕と疑念。
彼は当時のギルドの中心的存在であり、拾った子供二人と同い年の青年。
「こいつが、本当に裏切り者なのかい?」
老人は無言で頷く。
同じギルドのメンバーとして尚仁の人となりを知っていた魔女はとてもじゃないが信じられなかった。
だが、それ以上に老人のことを信じていた。
そして、嵐山の事を調べるうちに裏が見え始める。
彼はとある組織と繋がっており、その組織は世界の破滅を目論んでいる。だが、それが分かった頃にはもう手遅れであった。
嵐山が、唐突にその姿を消したのだ。そして、彼は数日後に遺体で見つかることになる。
組織の情報を辿る術は失われてしまった。
そこまで分かった頃には老人はもう歳をとり過ぎていた。魔女が老人の元に戻ると、彼は掠れた声で伝える。
「どうか、子供らを守ってやってくれ」
それは、魔女の心の中に黒々と染み付いた。
まるで油汚れのように落とそうにも落とせず、呪いのようにその心に絡みつく。
そこから魔女がするべき事はひとつだけ。
彼の意志を継ぐために、その真相を探るために。
ギルドからの信頼を裏切ってでも、例え犯罪者として追われる身になるとしても。
彼女はフラメルの意思に潜入した。
◇
そこまで聞いて、真っ先に口を開いたのはテンチョーだった。
その目を見開き、握り拳は小刻みに震えている。
「ま、待ってくれよ。先代が死んで組織に愛想つかして出ていったんじゃねぇのかよ?それに嵐山の奴が裏切り者だったって……」
「信じられないかい?それでも、ネズミのクソガキは分かってるようだよ」
魔女の言葉にネズミを見るテンチョー。
だが、そのネズミは肯定するように首を縦に振る。
「今の所、全部裏付けのある真実だ」
それを聞いて、頭を垂れるテンチョー。
それを横目にネズミは話を続ける。
「魔女。アンタはそのフラメルの意思で何を見た?なんでそこまでして先代の意思を引き継いだのに何も言わないんだ?」
「ああ、そうだね」
ふと、遠くを見つめる魔女。
急かすことも、詰めることもしないネズミをみて、一つため息ついて口を開く。
「あそこはね、地獄だったよ」
そう言って魔女はフラメルの意思で見たものを語り出した。
その組織は、人為的に泡沫持ちを作り出している。
そのためには、家族を引き裂くことも拷問をすることも厭わない。
そして、彼らは日常的に泡沫に対して実験を行っている。
例えば、泡沫を強化するドーピングであり、例えばもう一つの泡沫を付与する方法。
そして、それらの結果がセフィラ達である。
彼らはその身を実験に落として、泡沫の先に至った者達。
その副作用として擬似的な不死性を兼ね備えている。
そんな、人体実験が繰り返される地獄のような場所。
「アンタたちはそんな相手に戦いを挑んでるんだよ。あの惨状を見た私からすれば無謀としかいいようがないね」
ネズミとしては、アリスの一件から人為的に泡沫持ちを生み出していた事は把握していた。
ただ、人体実験に関しては全くの初耳であった。
それはつまり、その人体実験に関しては何かしらの泡沫にて隠されていたということ。もっと言ってしまえばそれは明らかにネズミ対策であり、ネズミの能力の詳細を知っている人間の行い。
「裏切り者に関してはどうだ?死んだ嵐山以外に誰かいたか?」
「いんや、誰も聞かなかったね。強いて言うなら私だけど、この場合は別の人間の話だろう?」
そうか、と思案するネズミ。
考えれば考えるほど答えは出ない。
だが、ネズミは裏切り者の存在を確信していた。情報の漏れ方が、裏切り者がいないと辻褄の合わないルートだったからだ。
「そんなに気になるなら、マスターに探らせたらどうだい?あの子なら泡沫的にも適任だろう」
名案を思いついたように問いかける魔女だが、それに渋い顔をするテンチョーとネズミ。
「あいつなら……死んだよ」
それを返したのはテンチョーであった。
魔女はそれを聞いて一瞬目を見開くも、すぐに平然とした表情に戻る。
だが、その瞳の奥には暗く淀んだ青い想い。
能面のように表情を失ったようにも見えるその顔で、絞り出すように言った。
「そうかい、また……」
――――守れなかったねぇ。
そう呟いた魔女の声は酷く震えていた。




