第23話 アラハバキ6 『我思う、故に我あり』
アラシヤマが去るのを見届けるマスター。
そして、その間静観を決め込むヴラド。
「なんだ、意外と優しいじゃねぇの」
そんな軽口を叩くマスターであったが、その表情は芳しくない。
ヴラドの戦闘能力は相当なものだと聞いている。その上ここは敵の本拠地、更にこれから追加で出てくるであろうセフィラに関しても不安が残る。
「なに、最悪あの少年が情報を持って出ていこうと問題は無いのですよ。私共の王は全てを知っておられるのでね?」
「ははっ、全てを知ってる?うちのボスと真逆の言い草だなぁ」
「おや?かのネズミの泡沫は全知と聞いていましたが?」
「なに、本人が言うもんでね。『俺は何も知らない』ってね!」
会話の隙をつくようにして接近するマスター。
その手には泡沫が纏われており、いつかのアラシヤマの戦闘スタイルと似ていた。
「おやおや、勢いのいいことですね?」
それを咄嗟に受け流すヴラド。マスターの右腕が流れのままに払われる。
反撃を警戒したマスターは、追撃を選ばずすぐ様距離をとる。
「クソッタレ。やけに反応がいいな」
「えぇ、えぇ、先日肉弾線でこっぴどくやれましてね。少々武術を嗜んでおりますのでね?」
ふと、マスターは思案する。
マスターの能力は変身であり、戦闘能力は微塵もない。幸い格闘能力だけは常人よりも高いが、それで倒せるような相手ではない。
せめて、泡沫もコピーできたら良かったんだがな。
そんなタラレバを振り切り、再度思考に耽る。
どうすれば逃げ切れるか。
ヴラドから逃げ切ることは困難であろう。
それに、参戦してきてはないものの物陰からもう一人がこちらを伺っている様子を感じる。
数の面でも、力の面でも圧倒的劣勢であった。
「では、そろそろこちらから」
その言葉と共に起きるのは爆発。
足元から床の破片と爆風がマスターを襲う。
転がるように逃げるが、爆風で起きた砂埃に視界を塞がれた。
「はい、終わりですね?」
「っ!?」
爆風の中を突き抜けるようにして現れたのは持ち手のない剣。
しかし、それを寸前で避ける。
「なーにが、終わりだ?えぇ?」
「なかなか、反応がよろしいようで……」
だが、更に来る追撃。
目くらましの爆発。
逃げに徹するマスター。身をかわしてよけ、転がって避ける。
「ちっ、ちょこまかと」
まるでくる攻撃が分かっているかのように避けるマスターに苛立ちを隠せないヴラド。
そして、その答え合わせをするように砂埃が晴れる。
そこにいたのはヴラドの姿であった。
「「なっ!?まさかお前は!?」」
二人の声が同時に発せられる。
「「思考を読んでいるのか!?」」
ニヤリと笑う片方のヴラド。
「いいか?串刺し公さんよ。俺の泡沫は模倣じゃねぇ、その人そのものに成るんだよ」
そう言って語るのはマスター。
さも余裕綽々といった様子でヴラドを煽る。
だが、その額には汗が滲んでおり、両の手も微かに震えている。強い言葉と裏腹に内心に渦巻くのは焦りであった。
相手の攻撃は読めるが、泡沫までは模倣できない。
つまり、どこか隙を見て逃げなければマスターの生還はありえない。
「なるほど……」
そう言って手をふりかざすヴラド。
それに応えるように持ち手のない剣が舞うが、軌道を知っているように避ける。
「だから、効かねぇって」
「そういう割には攻撃がないようですねぇ?」
「なーに。お前に何も効かないことを分からせてやろうと思ってな」
それは、特大のブラフであるのだがヴラドは未だ気づいた様子は無い。
それどころかより多くの剣と、爆発で、マスターを責め立てる。
「ああ、そうか……クレオパトラ。手を貸してくれませんか?」
なにかに気がついた様子のヴラド。そして物陰から出てきたのはクレオパトラ。
マスターが最初に扮していた、セフィラの一人。
美のクレオパトラ。
先程からマスターが感知していた相手の正体であり、ヴラドに成っているマスターは当然それを知っていた。
そして、彼女が現れたその時にマスターの負けは決まるであろうことも。
だからブラフを張った。
変身した人間の能力を使えるのであれば、絶対にヴラドはクレオパトラを表に出さないから。
その能力は単純明快。魅了である。
彼女の泡沫を向けられた者は強制的に魅了される。
シンプルが故に強力過ぎる力。
その瞳がマスターを見つめた瞬間。
彼の意識は遠のいた。
「呆気ないものですねぇ……」
「ええ、所詮はただの泡沫もちね。それにしてもこの程度なら貴方一人でやれたのではなくって?」
そう訪ねるクレオパトラだが、ヴラドは首を横に振る。
「いえ、あのままだとどっちつかずで逃げられてましたよ。それほどまでに完璧な思考のトレースでしたからねぇ……」
「ふーん。そういうものなのね」
「ええ、そういうものです」
そう言って倒れ込んだマスターに近づくと、そのまま声をかける。
「さて、ギルドについての情報を、教えてちょうだい?」
マスターの意識は最早そこには無い。
操られるがままのクレオパトラの傀儡と化した。
胸ポケットに入れていた、いつかのテンチョーからのコーヒー代がカチャリと音を立てた。
◇
泡沫は壊れた心の奥底の想いが形になるという。
壊れて尚、消えなかった想いが形になるという。
マスターの抱えるそれは、他者への羨望。
純粋で、眩しいほどに真っ直ぐな想い。
マスターは、唯ひたすらに心が欲しかった。
心を持つ他人に憧れていた。
「そうだよね?」
そう言って声をかてくるのはいつの日かの自分。
あれは、まだ子供の頃。
テンチョーと共に過ごしたクソガキの頃。
「僕は心が欲しかったんだ。感情表現が乏しかった。だから、お母さんに捨てられた。自分の気持ちが分からなかった。だから、他人を模倣した」
そうだ、不気味すぎると捨てられたのだ。
そこで心を本当に壊した。
無くして、分からなくなって。
絶望して。壊れて。
だから、真似をすることにした。いや、他人になろうとした。
けど、他人になろうとしても心まではなれなかった。
だから、泡沫もつかえなかった。泡沫は心そのものだから。
「そうだよ。でも、考えてみなよ?」
何を?
「何をってそりゃあ、心だよ。君はどうしてアラシヤマを逃がしたりしたんだい?」
そりゃあ、俺がそうしなきゃアイツが殺されてたし。
「うんうん。そうだね、心配だもんね。そして、君はどうして命を張ってまでネズミさんに尽くすんだい?」
そりゃあ、あの人は恩人だし、俺がサポートしないとどこか危なげだし。
それに、なんだかあの人の隣にいると刺激的なんだよ。色んなことが起きるしさ。
「ははっ、そうだね。彼はそういう人だ。じゃあ、最後に。どうして君はあの時のテンチョーとの別れを後悔してるんだい?」
ああ、アイツと喧嘩別れみたいなっちまったな。
一応あの後会ったけど、殆ど口聞かなかったし。
あいつは、ずっと一緒に切磋琢磨してきて唯一の親友で。
だから、本当はあんな別れ方をしたくなくて。
辛くて、悲しくて。
「ああ、そうか。悲しかったんだ。辛かったんだ。心配だったんだ。怖かったんだ。嬉しかったんだ。楽しかったんだ」
もうそこには、少年の姿はない。
あの時、感情の所在を求めていた幼き自分の姿は何処にもいない。
「そうだ、俺はもう既に持ってたんだ。演じてただけじゃない、模倣してただけじゃない!胸の中に、ずっと抱えてたんだ!」
再度、想いに火が灯る。
「他人の感情なんて分からねぇ、正しい気持ちなんて何も知らねぇ。ただ、俺の存在だけが真実で!俺の気持ちだけが心の中にあったんだ!」
ずっと失っていた心が再構築される。
「ああ、そうだ!俺は俺だ!大切なもんは、最初からここにあったんだ!」
心が励起する。泡沫が、昇華する。
悩みは要らない、怯えはいらない。
ただ、自分の存在をそこに示すだけだ。
『我思う、故に我あり』
マスターの意識が今、覚醒する。




