第21話 アラハバキ4
アラハバキ4
それは、とある教会の一室であった。
豊満な胸元をこれでもかと主張する妖艶な女が、アラシヤマの腕を引いて歩く。
アラシヤマは俯いており、その腕には拘束具が嵌められていた。
「やっと着いたか……」
金属で装飾された椅子に座り、仰々しく呟くその男の顔は見えない。
薄いカーテンを間に挟み、隔たれていた。
「えぇ、王よ。ニコラ・フラメルに恩寵を受けしセフィラが一人。美のクレヲパトラがここに」
恭しく優雅に腰を曲げる女。
そんな彼女を気にした様子もなく、男は話を続ける。
「ああ、そいつは……。例のギルドの新入りか、殺すには惜しいな情報を吐かせろ」
ぶっきらぼうに言い放つその男。
承知しました、と返すクレオパトラ。
簡素なやり取りの後、そのまま退室をしようとした所で不意に男に呼び止められる。
クレオパトラの額に薄く冷や汗が滲み、声色が揺れる。
「我らが神、ニコラ・フラメルへ敬愛を」
「ええ、ニコラ・フラメル様に敬愛を」
その笑みは、微笑みと言うよりは嘲笑に近いものであった。だが、カーテンの為か、そもそも興味が無いのか、男は何も言わない。
そこから早足で部屋を出るクレオパトラ。まるで何かから逃げ去るように、足を進める。
そこに居たのは、王であった。
フラメルの意思の実質的なボス。
孤高であり、傲慢である黒衣の王。
ネズミが居ないと断定していたボスが、そこには存在した。
そして、そんな場所に居るアラシヤマは何も言わない。俯いたままに言葉を発さない。
言葉を発せないのではなく、発さない。
なぜ彼が捕まっているのか。それは、遡ること数日前。老婆の元を訪れた日の翌日から始まった。
◇
「アラシヤマ、お前は今度から囚われの身だ」
それを言われたのは朝食中の事だった。
マスターと、アルバイト、そしてアラシヤマの三人で囲んだ食卓。
何を言い出したのだ、とアラシヤマの箸が止まる。
「いいか?婆さんはボスが分からない所に答えはあるって話をしてた」
確かに、と先日の話を思い出した。
そしてそれを聞いた途端マスターの調子が変わり飛び出るようにしてあの神社を出たのも覚えている。
「 そして、ボスに分からないのは泡沫関係。つーまーりだ。そう、泡沫もちの巣窟であるフラメルの意思に潜入すればいいってことだ」
その衝撃の内容に思わず口に含んだお茶を吹き出すアラシヤマ、そして気にせず黙々を食事を進めるアルバイト。
「きったねーぞ。アラシヤマ」
「何言ってるんですか!そんなに堂々と敵地に乗り込むなんて……自殺行為ですよ?それに、場所も分からないでしょうし」
大きく反論するアラシヤマだが、気にした様子のないマスター。
「ばーか、乗り込むだけなら何回もしてるっての。それに場所もボスがとっくに割出してるよ」
そこで告げられた衝撃の真実。
アラシヤマとしてはフラメルの意志についてはなにもわかっておらず、手探りの状態からの捜索だと思っていたのだ。
だが、もう既に場所は割れており潜入もしているという。
「随分前にボスからの任務でな。もう数ヶ月くらい前からアイツらの本拠地に潜ってる。お前がアリスちゃん仲間に引き入れる任務に着く前くらいからだな」
そんなに前に、と驚くアラシヤマだが本題はそこではないと思い直す。
「そんなことよりも危ないんじゃないですか?ほら、いくら今まで潜入していたとはいえ敵地ですし」
そんなアラシヤマの疑問に答えるようにマスターは泡沫を使う。
「あれれー?怖がってんの、ねぇ、アラシヤマ少年?」
そこに居たのはミノリであった。
声や姿形はもちろんのこと、その口調や台詞回しまでもがミノリそのものにしか見えない。
「私の泡沫はねー、その人に成る能力なんだー」
そう言いながらサラダのレタスをフォークで刺す。そんなどこか軽薄な動きもミノリそのものと言っていいような動きに見える。
「その人に成るからね、姿形だけじゃないよー。当然記憶も共有される。例えば、私の秘密はね(泡沫によって抹消)なんだよ」
「……え?」
突飛にでてきたあまりにも衝撃的な秘密に思わず言葉を失うアラシヤマ。
だが、その反応をみて流石に不味いと思ったのか慌てて弁明をするマスター。
「ごめんね、本物のミノリちゃんにも悪いし一旦泡沫切ろうかー」
そこで、言葉を一区切り。ミノリの姿がぼやけてマスターに戻る。
「ほら、これで元通りだろ?」
そこで、アラシヤマの記憶が混濁する。
ぼんやりと脳内の一部を消しゴムで消されていくように徐々に記憶が脱色される。
先程ミノリの姿でマスターが何かを言ってた気がするが、全く思い出せない。
それどころか、秘密を言っていたということすら段々と意識の中から消えていく。
「はは、早速忘れ始めてるな?安心しな、俺の記憶にも残ってねぇぜ」
それは、泡沫の修正力であり強制力。
起こった事の記憶すらも容易に修正して無かったことにする。
ぼんやりと、意識すらも纏まらない感覚に陥ったアラシヤマに一方的に語りかける。
「こんな感じだから使い道は限られるがな。まあ、潜入には便利な能力だ」
潜入の恐怖とその無謀さから否定していたアラシヤマだったが、その能力をみて何も言えなくなった。
これが、ネズミの右腕か。と、飄々と食事を続けるマスターを見る目に少しの尊敬と憧憬が宿った。
◇
時は戻り、教会内。
周りに人気がないことを確認してアラシヤマはクレオパトラへと小声で声をかける。
「そろそろ、腕のやつ離してくださいよ、マスター」
そう言われたクレオパトラは辺りを見渡して、誰もいないことを確認する。そしてそのままアラシヤマの腕の拘束具の鍵を解いた。
「ええ、一旦鍵は外すけどまだロックがかからない程度につけておきなさい。バレた時が厄介だからね」
そう言ってウインクをする様に、思わずアラシヤマの鼓動が早まる。もっとも、今の彼女の中身は中年の男なのだが。
「さて、そんなことよりさっさと探すわよ。本物が戻ってきたらバレちゃうからね」
そう言って足を早めるクレオパトラは、懐から古びた黒いガラケーを取り出し電話をかける。
「もしもしー。アルバイト?えぇ、えぇ。頼んだわよ」
作戦の概要を大まかしか聞いていないアラシヤマは疑問を覚えるも、すぐに俯き、絶望を装う。反対側から人の気配を感じたためだ。
顔をよせ、耳元で囁くクレオパトラ。
「絶望した人の演技、様になってるじゃない」
「昔から、絶望ばっかりの人生でしたから」
皮肉げに返すアラシヤマに満足そうに頷くクレオパトラ。
「それでこそ泡沫持ちね。さあ、行くわよ」
アラシヤマの軽く背中を押し、進む。
向かう先は資料室、クレオパトラの記憶だとそこに諸々の情報が集まっている。
タイムリミットはクレオパトラ本人が戻るまで。
教会の金が大きく鳴り響き、時間の経過を告げる。
その大きな音の中に紛れるように、足取り早めて二人は進んだ。




