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第2話 新宿ネズミは助けない

 路地裏というのはある種の物語の定番とも言うべき場所であるし、そこで少年が雨に打たれるのは物語のシーンの一つとしては何も違和感がないとも言えよう。

 それが、現実ではなく『物語の場面の一つとして』なら。



 竹山は酷く憔悴していた。漂うカビと生ゴミの酷い匂いに、不衛生なネズミ達。そんなものが気にならない程に憔悴していた。

 

 宛も金も無く家を飛び出したのだ。そうなるのは当然であったし、それ故にこの場面も当然なのかもしれない。


「なっ、何してんの!?だいじょーぶー!?」


 雨に打たれる竹山に声をかけたのはとある店からでてきた女性であった。

 下着のような薄着に、厚めの化粧。両手には大きなゴミ袋。年齢は二十代半ばほどであったが、一目見て「夜の人間だ」と竹山は思った。



「だぁ……じ……です」


 憔悴しきっておりまともに声も出ない竹山は、その出ない声を必死に絞り出す。


「てんちょー!!タオル取ってきてー」


 店の中に向かって何やら叫ぶ女性。

 奥から男が出てきて、その手には大きなバスタオルがあった。


「あららー、大丈夫かい?その坊ちゃん」

「あ……りが……」

 

 タオルを持ってきたのは髭面にサングラスでスーツベストを着た小太りの男。その様相はキャバクラのボーイのようだ。

 しかし竹山が認識したのはそこまでだった。安心したのか限界を迎えたのか、竹山の意識はそこで途絶えてしまう。


「あちゃー、トンじゃったね。とりあえずネズミさんに連絡入れとこうかな。お願いしていい?てんちょー」

「おうよ。んじゃ介抱は頼んだよ、みっちゃん」


 店の奥に戻る男に対して、女性は引きずるように竹山を引っ張る。竹山は未成年の子供とは言え高校生。身体はもう出来上がっており、成人女性が運ぶには些か重すぎた。


「ったく、ネズミさんも人使いが荒いんだから。……ふんっと」


 ようやくのことで店に引き上げると、手に持ったバスタオルで乱雑に竹山の体を拭きあげていく。そして、粗方拭きあげた女性は一息ついて呟いた。


「……死ぬなよ、嵐山(・・)少年」


 その言葉は竹山に届くことはなく、ただ何も無く宙に霧散した。


 


「おー!その子がアラシヤマ君だね!?」


 意識が戻った竹山の耳に入ったのは、馬鹿でかい声量でのそんな言葉だった。むしろ、その声で意識が戻ったと言ってもいいかもしれない。


 知らない場所、知らない人達。明らかな人違い。

 竹山は混乱していたが声を発さない。いや、正確には発せなかった。

 声を出そうとするも、出てくるのは空気がかすれる音だけだったのだ。


「まあまあ、無理しなさんな。あと声がデカすぎるよドクター」

「いやあすまん、すまんネ!てんちょーくん。ネズミくんから話を聞いて興奮してしまってネ!まさか彼に息子がいたとハ。」


ドクターと言われた男は能面のような仮面に白衣を着ており、さながらマッドサイエンティストといった風貌だった。その片言な話し方もその雰囲気を増幅させる。

 後退る竹山を気にした様子もなくズカズカと竹山に近寄った。

  

「おやおや、喉がやられてるネ。栄養不足と……風邪もひいているのカ。よろしい」


 至近距離まで竹山に近付いたドクターが不意に右手を上にあげる。そして、その右手が輝き出す。


『君の全てを、ワタシが書き換えよう』


 その右手に現れたのは金属製の古びた注射器。時代錯誤も甚だしいような異物。

 そして、そのままそれを竹山へと振りかざした。


「っ!?」


 驚く竹山だがそこから逃げる力など残ってない。

 されるがままに注射針が突き刺さる。


「や、やめてくれっ!……え?」


 気がつけば針が刺さったそばから竹山の体調は良くなっていた。

 あれだけ怠かった体も、出なくなっていた声も元通りになっている。


「よしよし、元気が戻ったようで何よりだヨ」


 混乱する竹山を他所に満足気に頷くドクター。


「ふふ、混乱してるようだねー。アラシヤマ少年は初めて見るのかな?そうだよね?初めてだもんね?」


 捲し立てるように話すのはあの時竹山を見つけた女性だった。


「そもそも僕は……」


 アラシヤマではない。

 そう言おうとしてぐっと堪えた。

 この得体の知れないチカラを見せられて、人違いとわかった時に無事に返して貰えるとは思えなかったのだ。


「まあまあ、言いたいことはあるだろうが聞いてくれたまえよアラシヤマ少年。君には今から二つの選択肢がある。この先の話を聞いて日常に戻れなくなるか、ここで日常に帰るかだ」


 その言葉を聞いた竹山は自分の心臓が高鳴るのを感じた。

 日常に帰るという選択肢があるのには驚いたが高鳴ったのはもうひとつの方。

 誰が想像しただろうか、非日常への片道切符がこんなにも呆気なく手に入るチャンスが来るとは。

 

 ここで帰れば人違いに怯えることもない。そう頭では分かっていた。

 

 だが、竹山に迷う余地はなかった。 

 

 日常が幸せであるというのは、皆平等なことでは無いのだ。少なくとも竹山はそれを身をもって体感していた。


 あの日常という名の地獄に戻るくらいならば喜んで闇へと足を踏み入れよう。例え人違いがバレた場合に殺される可能性があっても。

 

 だから、選ぶ選択肢はただ一つ。


 「話を……聞かせてください」


 この瞬間、竹山はアラシヤマに成った。


「見かけによらないねー。即決とは男気があるじゃん」


  女は感心したように破顔した。

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