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第19話 アラハバキ2



 それは、移動中の車の中であった。運転席のマスターと後部座席のアラシヤマ。そして助手席にはネズミ。

 移動を始めてから終始無言の車内であったが、その静寂を破ったのはネズミだった。

  

 「さて、着く前に話しておこうか」


 そう言って口を開くネズミに、アラシヤマの身体が若干強ばる。


 「なに、そんなに緊張すんな。そーだな、話すべきことは色々あるんだが……」


 何から言ったものか、と少しの思案の後話を続ける。


 「今回タビトにやってもらう任務ってのは大きくわけて二つだ。一つが、とある神の調査。そしてもう一つが、……組織の裏切り者についてだ」

 「裏切り者っ!?」


 それは、アラシヤマにとっては刺激が強すぎる話であった。

 ミノリや、テンチョー、アリス、ドクター。身内の顔が脳裏によぎるが、そんなことをする筈が無いと首を振る。


 「かかっ、安心しろ。あの場にいた面子が裏切り者じゃないことは割れてる」


 それを聞いて安堵するアラシヤマ。だが、それと同時に疑問が生まれる。


 「ボスの泡沫で分かるんじゃないですか?誰が裏切り者かってのは」


 アラシヤマはネズミの泡沫は全知の能力だと聞いていた。この世で起きた全てのことが分かる能力であると。

 それ故に、未来予知のような的確な指示がが可能なのだと。

 

 「あー、さっきテンチョーのとこでも言ったが別に俺は全知じゃねぇ。いや、全知ではあるんだがなんて言うかな、泡沫の説明からした方が早いか」


 そう言って話し出したのは彼の泡沫の話。


 「俺の泡沫はこの世で起きた全てにアクセスする力だ。だから、発行されたアイスの当たり棒の場所も分かるし。どっかの大企業の社外秘のシステムの詳細だってわかる。イメージとしては世界のデータベースにアクセスできるような感じだ」


 そんな事が出来るなら、尚更裏切り者が誰かは分かるのではないかとアラシヤマは思う。だが、それに続く言葉で否定される。


 「だが、この情報ってのは泡沫が絡むと途端にアクセスできなくなる。泡沫に直接的に関係のある内容ほど、分からなくなるんだ。これがさっき言った全知じゃない理由。まあ、普段は泡沫に関係の無いところから推測するんだけどな」


 そう言って後部座席をのぞき込む。


 「てなわけで、今回裏が取れてない奴らのリストだ」


 そう言って投げ渡すのは一枚の紙。

 ヒラヒラと舞うそれに慌てて手を伸ばし、何とか掴む。


 「まあ、とはいえ裏切り者についてはついでだ。 本来の任務は神の調査だよ」

 「神ですか……」

 

 神なんて居ないでしょう、とは言えずに黙り込むアラシヤマ。

 数々の泡沫持ちをみて、超常の異能を見てしまった今。果たして神を否定することが出来るであろうか。

 

 「その神については殆が不明だ。そいつと出会った人間はその事を覚えていないし俺の泡沫でも確認できなかった。ただ、その存在は確実であるし現在もどこかに身を潜めている」


 なんで、分かるのだ。とは聞かない。

 どこか軽い態度でアラシヤマに接していたネズミが真剣な声色で話している、恐らくそれ程までに厄介な相手なのだろう。


 「そして、なにより『フラメルの意思』もこの神を追っている」


 アラシヤマの脳裏に浮かんだのは数か月前に戦ったヴラドの姿。

 異常に強く、鮮やかに激しかった。その鮮烈な戦いはアラシヤマの脳裏に強くこびりついており、ひとつの強さの指標となっていた。


 「その神の名は『アラハバキ』。タビトとマスターにはこの神の調査に出向いてもらう」


 ふと、蘇る先日の記憶。テンチョーがその名を口にしていたのを思い出す。あの時は急に聞かれて


 「でも何もかも分からない相手を、どうやって探すんですか?」

 「何せ神についてだからな俺もマスターもまったくの素人。だが安心しろ、その道の専門家を呼んである」


 そんな話をしていると、車がとある閑散とした神社へと入っていく。

 駐車場には一台も車が止まっておらず、参拝客の気配も全くと言っていいほどない。


 「おっと、そんな話をしてたらちょうど着いたな。面白い人だぞ、楽しみにしてろ」


 そう言ってネズミは笑った。


 ◇


 「邪魔するぞー」


 そんなマスターの言葉と共に彼らが入っていくのは寂れた本殿の中。本来一般人は立ち入ることの出来ないであろうそこに、アラシヤマも奇妙な背徳感を抱えて立ち入る。


 「おやおや、これまた懐かしい面子でおいでなすって」


 そこに居たのは老婆であった。いや、若い男かもしれない。いや、幼い子供にも見えるしなんなら狐のようにすら見える。

 アラシヤマの認識が定まらない。

 まるで夢の中で走ろうとした時のように思考が定まらず、やっとの事で定まった傍から拡散されるような感覚を覚える。 


 「おい、婆さん。やめてやれ、アラシヤマはまだ発芽してないんだ」


 マスターの言葉ともに解かれるまやかしは、アラシヤマに正常な認識を与える。一瞬平衡感覚を失ったようなフラつきを覚え、クリアになった思考で再びその人を見つめた。

 そこに居たのは、一人の老婆であった。背筋は曲がり、着物を着て座っている。


 「なんだ、そこのはアラシヤマの倅かね」


 そう言ってマジマジとアラシヤマの顔を覗き込む。


 「ああ、似てるだろ?」


 かかっ、と笑うネズミに老婆は顰めっ面で返す。


 「ああ、不気味な程にそっくりだね」

 

 すとん、とアラシヤマの胸の中に重たいものが落ちた。だが、今は気付かないふりをする。


 「あ、アラシヤマ タビトです」


 絞り出すように出したアラシヤマに優しい笑を返す。


 「ああ、よく来たねぇ。さっきはごめんねぇ、久々に来客があったもんで泡沫(ウタカタ)を切るのを忘れていたよ。私はしがないババアさ。おばあちゃんとでも呼んでくれ」


 それ以上詳しい話は聞けなかった。

 アラシヤマも聞くことはしなかったし、老婆の方も語ることはなかった。

 それより、と話を続ける老婆。


 「して、ネズミちゃん。今日はなんの用で?この坊ちゃんの紹介かい?」

 「なーに言ってんだ。要件はメールで送ってただろ?」


 ああ、最近の機械は苦手でね。と懐からスマートフォンを取出す。


 そこにあった文面をみて、老婆は何かを諦めたような表情を浮かべた。


 「ああ、とうとう来たのかい」

 「残念ながらね。止められなかった」


 何やら理解した様子で会話を重ねる二人に、マスターとアラシヤマは置いていかれる。


 「おいおい、ボス。俺らにも分かるように話してくれ」


 ああ、と話し出したのはネズミではなく老婆の方。

   

 「アラハバキ。懐かしい名前だねぇ。漢字で書くと荒覇吐や、荒脛巾。世間では謎の神だのなんだの言われているがねぇ。……そうだね、先ずはその話からしようかね。あんた達、一旦座りな」


 そう言って手を振りかざすと、何処からか座布団が現れる。言われるがままにそれに座る三人。

 

 薄暗い本堂の中。

 老婆の話が始まる。


 「今から話すのは創世の話。私たちが産まれるずっと前から語りつがれるとある神についての話さね」


 そう言って語り始めるのは、老婆を覗いて誰も知らない昔話。

 気が遠くなるほどの昔から語り継がれ、とうの昔に忘れ去られた御伽噺。



 「それは、世界に繋がる扉を守る番人であった」


 神話の話が、今紡がれる。

 

 


 

 


 

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