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第16話 護家鼠5


 「『後ろに吹き飛べ!!』」


 泡沫で強制的に距離を離すミノリとアラシヤマ。 

 残された死神は砕け散った。

 それに伴い、憑いていた天使も姿を消すが事態はそれどころではなかった。


 暴走するアリスに、全てが凍りつく。

 警備員たちの死体が砕け散り、風に舞う。


 アラシヤマは部屋の隅で気絶していたニイガキへと意識を向けるが、すでにその姿は無かった。

 依頼を失敗したか、そう思うと同時にどこまでもドライな自分の心理に気付く。だが、今は気にすることでは無いとそれを飲み込む。


 「やれやれー、すんごいことになってるねー。あそこで吠えてるのアリスちゃんだろ?」

 「テンチョー!あ、政治家のおじさん!良かったぁ、私失敗しちゃったかと思ったよ」


 不意に後ろに現れたテンチョーは、小脇にニイガキを抱えていた。それを見たミノリの言葉と共にアラシヤマも安堵する。


 「とりあえず、応援で来てる面々にこの人預けてくるから待っててねー」


 少しダルそうに欠伸を一つ。そして、その瞬間姿を消したテンチョー。

 荒れ狂うアリスの姿をみながら、残されたミノリがポツリと零す。


 「なぁ、アラシヤマ少年。泡沫に意思はあると思うかい?」

 「え……?」

 「前も言ったように泡沫は、想いから産まれるんだ。その想いが宿った泡沫自信に意思は生まれると思うかい?」


 即座にアラシヤマが否定できなかったのは、泡沫を知らないから。そして、目の前の光景を見てしまったから。

 彼女は慟哭していた。それは怯えているようにも見えたし、悲しんでいるようにも見える。

 荒れ狂う氷を見に纏い、半透明のドレスを体に纏い。

 ただひたすらに、慟哭していた。

 獣のように泣き叫んでいる。泡沫が乗っ取っていると言うこれに感情が乗っていないのであれば、果たして何に感情があると言えようか。


 「私はね、泡沫の声を聞いた人間の一人なんだ。泡沫は想いを契機に発芽する。私達の壊れた感情のいちばん深い所にそれはある。そして、その深いところが泡沫になる」


 だから、と歩みを進めるミノリ。

 泣き叫ぶアリスはその場から動かない。

 ただ、怯えるように身体を震わせる。


 「私が抱えてるのは、愛情への渇望だった。そして貴女が抱えてるのは恐らく、恐怖。だから誰も寄せつけない」


 だけど、とそのまま進む。

 荒れ狂う冷気の中、一歩一歩と突き進む。


 「一人は寒いでしょ?」


 アリスの手を取った。

 怯えるように手を引っ込めるアリスにの肩をそっと抱く。

 冷気によってミノリの服に霜が降りる。


 「ほら、暖かいでしょう?」

 

 アリスの泡沫が霧散する。零れでるアリスの嗚咽が響く。


 「私達は壊れてるからね、集まって足りないところを埋めるんだよ。怖いかもしれない、ごめんね。不気味かもしれない、ごめんね。それでも、私達はそばに居るから」


 怖がらないで、と呟く。


 「わた……私は。何も出来ないし、迷惑かけるし。何も殺したくなし……」

 「大丈夫だよ。ごめんね。もう大丈夫、貴女に何も傷つけさせない」


 そっと声をかけるミノリ。

 段々と、力の抜けていくアリス。意識を失った彼女の頬をそっと涙が頬を伝う。


 「こんな世界なんて、壊れてしまえばいいのにね」


 アリスを抱き抱えたままそっと小声で呟いた。

 その言葉は誰にも届かず泡沫(うたかた)へと消えた。



 ◇


 アラシヤマは何も出来ずに見ていた。そして、ミノリとアリスのやり取りにどこか不気味なものを感じていた。

 具体的にどうだという話ではない。ただ、ミノリの変わりように違和感を持っただけかもしれない。

 ただ、どこか不気味に思えた。

 

 「何とか収まってるね」


 不意に隣で聞こえたその言葉に肩が跳ね上がる。


 「はは、アラシヤマくん。そこまで驚かなくてもいいじゃないか。おじさん傷ついちゃうぜ」


 そういいながらゆっくりと肩に手を置くのはテンチョー。


 「いえ、その……」

 「ごめんごめん、急に出てきた俺が悪いんだわ。気にしないで」


 違う、とは言えなかった。

 どこか演技じみたミノリの言動に違和感を覚えてた、なんてとてもじゃないが言えなかった。

 

 そこで、ふと思い出すのは自分のこと。

 そう言えば自分は間違ってギルドに加入した。本来のアラシヤマ タビトは別にいるはずなのだ。


 気づかれていないのか、気づいていいて何も言っていないのか。そんな事を考えていると背筋がゾッとして、吐きそうになる。

 アラシヤマは考えるのをやめた。


 「そう言えば、アラシヤマくん。アラハバキって知ってる?」

 「アラハバキ……あの土偶みたいなやつですか?」

 「いや……そうだね。気にしないでくれ」


 不意な問いかけと、奇妙な間。

 少し気になった。だが、考えない方がいい。アラシヤマは考えるのをやめた。


 「もう、薄々気がついていると思うんだけど」


 何を言われるのか、不自然な言葉の区切りにアラシヤマの心臓が嫌に暴れる。


 「……俺らの泡沫の発芽条件は心が壊れることだ。常人なら自死を選ぶ程のストレスや不安。それらを受けても平然としている人間がいる」


 何故今こんな話をするのか。

 聞きたくない。

 アラシヤマは自然と耳を塞ぐ。


 「心が強いわけじゃない。彼らは心が壊れて尚死ねなかった人間だ。耐えれた訳じゃない、持ち直した訳じゃない。ぐちゃぐちゃに心が破壊され、心身を喪失し、それでも平然と生きられる異常者達。それが泡沫持ちだ」


 とても嫌な言葉に聞こえた。

 耳をつんざくような騒音にも聞こえた。

 身体が、本能が聞くのを拒否している。


 「だから、俺たちは不思議なんだ」


 何が?口に出したような気がするし。

 思っただけなような気もする。


 「君が、なぜ発芽していないか。君は発芽してもおかしくない程に壊れているだろ?」


 知らない、知ってる?

 知ってた。忘れてた?


 覚えてた!ダメダッタ!


 ワスレナキャ!

 コワレチャウ!


 ボクハ、フツウノコウコウセイ。


 フウンナダケノ、コウコウセイ。


 ああ、うるさい。

 ウルサイナ。

 

 蹲っていたアラシヤマが不意に顔をあげ、空洞のような光のない目をしてそれを発する。

 

 「ジャマスルンジャネエヨ。コロスゾ」


 凄まじく濃密な泡沫。それに籠った殺意。それは決して人ではなかったし、消して泡沫の意思でも無かった。もっと暴力的で、荒々しいナニカ。


 地にヒビが入り、付近の窓ガラスは砕け散る。なんの能力も付与されていない泡沫が、エネルギーのままに荒れ狂う。

 それに当てられたミノリは気を失い。 

 ゾッとテンチョーの背筋を冷たいものが走る。


 冷や汗を垂らしながら反射的に臨戦態勢に入ったその時。

 

 その力に暴力的な耐えられなかったのか、こと切れたようにアラシヤマは倒れ込んだ。


 「くそっ、こんなの聞いてねぇぞ。コイツの中には何が……」


 不意にテンチョーのスマートフォンの通知が鳴る。

 そこにあったのはネズミからのメッセージ。

 

 『今はまだ、刺激するな』


 「……りょーかい」


 言いたいことも、聞きたいことも飲み込む。

 そのまま溜息をひとつつくと、テンチョーはスマートフォンをしまった。


 「まったく、中間管理職は辛いね」


 諦めたようにタバコに火をつけた。

 

  

 

 

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