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第14話 護家鼠3

 鮮血が花弁のように散る。

 その光景を見たアラシヤマは、ほんの数十分前の会話を思い出していた。


 『呪物っていうのは、想いなんだよ。』


 彼女は言っていた、呪物は想いから産まれると。

 彼女は言っていた、呪物と泡沫は同じものであると。

 

 ならばその想いを対象に染み込ませる泡沫があればどうだ?


 血飛沫を見ながら、アラシヤマはそんなことを考えた。


「あがっ、な……何故(なにゆえ)に」

「ダメだよ?自分のモノにはちゃーんと愛を込めなきゃ」


 それはひとりでに動いていた。

 

 まるで、自分の意志を持っているかのように動いていた。

 

 持ち主に歯向かうように、その大きな鎌は振るわれた。


 血飛沫を浴びて、彼女は赤薔薇嬢に成る。


 ミノリの黒いドレスに、死神の血で薔薇が咲く。


 「ごめんねー、死神のおじさん。おじさんの武器、私に惚れちゃったみたい」


 赤薔薇嬢は全てを魅了する。



 ◇


 ミノリ達が善戦している一方で、テンチョーの戦いも着々と進んでいた。


 新垣家の庭。中規模な公園一つ分ほどの広さを誇るそこでは、死神によって粗方の警備員達が殺され、残った者達も感覚を奪われまさに死屍累々と言った様であった。


 「さて、色々聞かせてもらうよ?魔女さんに風切りさん」

 

 傷だらけの二人を足蹴に、煙草に火をつけながら話しかける。


 「化け物め……」


 這いつくばりながらも恨めしげに視線を飛ばすのはボロ切れのようになった風切りだった。

 その隣で蹲る魔女は苦痛に歪めたままその顔を上げることは無かった。

 

 「はは、何を言うんだ風切りくん。俺はしがない中間管理職のおじさんだよー?」


 それにしても、と呟きながら風切りの身体を蹴り飛ばす。

 それは60キログラムほどもある人間を蹴ったとは思えないほどの勢いで吹き飛んで転がっていく。

 相も変わらずヘラヘラと笑いながら近付いていくテンチョーに何とか体制を立て直そうと身体を動かす風切り。

 だが、身体が動くことはなく辛うじて動く口から血反吐を吐くばかり。


 「風切りくん。キミが一番のやり手だって前情報だったが、宛が外れたなぁ……」


 そんなことをボヤいていると後ろから老人口調で声が届く。

 

 「ちがうよ。アンタが異常に強いだけさね」

 「やっと口を開いたか、魔女の婆さんよ」


 何事も無かったかのように立ち上がる魔女。

 見た目は30前後の妙齢の美女であるが、その実中身は80を超えた老婆である。


 「随分と横暴なクソガキだね」

 「そりゃあんたに比べれば誰だってクソガキでしょーね」


 全面に出したままの敵意を隠そうともしないテンチョーに、呆れたような溜息をつき両手を挙げる。

 

 「これ以上やり合う気はないよ、痛いのも嫌だからね。さっさと拘束してくれ」


 諦めた様子の魔女に疑うこともなく拘束具をはめていくテンチョー。

 それに口を挟んだのは風切りだった。

 

「お前は!裏切るのか!?俺たちを拾ってくれたんだぞ!どうしようもない、纏まりもない俺たちに居場所をくれたんだぞ!?それなのに!!」

「なに言ってんだいガキンチョ。私は死ななければどうだっていいし、楽に生きれればもっとどうだっていいのさ。まあ、どうしたって死ねないんだけどねぇ。へっへっへっ」


 飄々とした様子の魔女に悔しそうな様子の風切り。


 「やっぱり組織立って動いてるんだねぇ。まあ、詳しくは後で聞かせてもらおう」


 風切りの身体に拘束具を嵌めながらふと振り向くテンチョー。


 「魔女の婆さん、先に一つだけ聞いておこう。お前ら三人の中で1番強いのは誰だ?」

 「フッフッ、純粋な戦闘力ならそこの風切りだよ?逆に一番弱いのは死神さね。ほら、そこの風切がまた立ち上がってる」


 テンチョーが咄嗟に振り向くと、視界に入ったのは風切りの右足だった。

 咄嗟に腕で顔を守るも、衝撃は殺しきれない。

 そのまま数メートル先まで吹き飛ばされる。


 「もう、知らない。魔女も、常在不在も。みんな、みんな死んでしまえよ。もう何も信じない。やっぱり仲間なんて居ない。俺は、神だけを信じる。ああ、ああああ」


 ぶつぶつと呟きながら懐から取り出したのは、赤い注射器。


 「おい、婆さん!!あれはなんだ!?」

 「ひひっ、クソガキ。ここからが見ものだよ」


 躊躇なくそれを首に突き立てる風切り。

 次の瞬間にあったのは異形と呼ぶに相応しい肉塊であった。


 「ああ、あれは失敗してるね」


 拘束されたままニタニタと笑う魔女。

 

 「あう、ろす、こ、ケタ、ケロ、からから」

 

 何処にあるかも分からないような声帯から。何を意味するかも分からない言葉が漏れ出る。

 まるで子供の粘土遊びのように、筋肉も脂肪も捏ねくり合わせたような姿。全身ピンク色で、辛うじて生えているの4本の足で自重を支える。

 その肉塊至る所に眼球があり、その眼球でギョロギョロ辺りを見回す。


 「ファンタジーだな、こりゃあ」

 「ひっひっひっ。上の者に言わせりゃ泡沫の行き着く先との事だよ。それよりも、拘束しだままでええのかい?1人じゃ荷が重かろうて」

 「何言ってんだ。外した途端逃げるだろうが」


 よいしょ、と腕を前に伸ばし背伸びをする。


 「さて、やりますかね」


 一つ息をつき、血塗れのベストを脱ぎ捨てた。

 次の瞬間、肉塊から風を切る速度で腕が伸びテンチョーを穿つ。


 「ひぇー、まさに紙一重だね」


 相も変わらず飄々と呟くテンチョーだが、その額には汗が滲んでいる。


 「肉塊になっても泡沫は残るんだな」


 肉塊が穿った跡はまるで切り裂かれたような細かい傷が無数に刻まれていた。

 これは変化が起きる前の風切りが多用していた技であり、肉体の周囲に無数の風の刃を生み出し敵を切り裂くというものであった。


 「ケラ、ころ、からからからからから」


 のしのしと遅い歩みと共に、テンチョーへと近づく。

 再度、肉の腕を伸ばすがそこには既にテンチョーの姿はない。


 現れたのは上空、それも数十メートルも上の。さらにどこから待ってきたのかテンチョーのすぐ隣では普通車が同時に落下している。

 肉塊は上方に付いていた目玉ではっきりとそれを認識するもそのノロマな動きから逃げるのに間に合わない。

 迎え撃つ方が得策と判断したのか、肉腕を伸ばす。


 「ごめんねー、効くといいんだけど」


 不意に肉塊の真横に現れたテンチョーが、肉塊に向かって注射器を振りかざす。 そして次の瞬間には肉塊の射程圏外に現れる。

 先ずは車の処理を、と肉腕を伸ばそうとするが。


 「よかった、その身体でも神経で動いてんのね」


 動かなかった。肉腕どころか全身を動かすことが出来ない。


 「これは、うちのドクターお手製の筋弛緩剤でね、泡沫仕込みだから体重に左右されず確実に聞くって訳だ。普段は暗殺の仕事の時とかに使ってるんだけども……。って最後まで聞けないか」

 

 肉塊の目玉がギョロリ動く。

 必死に逃げ出そうと、四本の足がプルプルと震える。もとより上半身を支えるには心もとないその足は筋弛緩剤によって最早役目を成していなかった。

 その姿は上空より迫りくる鉄の塊に恐怖しているようにすら見える。


 「ほらほら、頑張れ頑張れ。逃げないと落ちて……あぁ」


 無情にもその巨体は鉄塊に潰され、赤いシミへと変わり果てる。


 「なんだ、意外とあっさり死んだな」

 「あれでも中々の物だと思うんじゃがな……。まあ、言っただろ?アレは失敗してたんだよ。ひっひっひっ」


 なんやかんや言いつつも、テンチョーは相手について冷静に分析していた。

 あの速度にあの力。これと相対したのがミノリやアラシヤマだったならば恐らく為す術もなくやられていただろう。


 「もう一度聞くぞー、婆さん。あんたらの中で死神は一番弱いんだよな?」

 「ああ、そりゃあ。純粋な戦闘力で言えばねぇ……」


 不穏な風が、テンチョーの頬を撫でた。

  

 

 

 


 

 

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