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第12話 護家鼠 1

「と言うわけなのさ、アラシヤマ少年」


 それはミノリによる荒々しい運転の車内。

 アラシヤマとアリスは顔を青くしてミノリの言葉を聞いていた。

 

 今回、三人が向かっているのはとある政治家の家だった。

 

「ちょっと聞いてる?」


「いや、ミノリさん。無理ですって……吐きまっ、うっ」


「まったくだらしない。三半規管はちゃんと鍛えなきゃだめだよ」


 いつものことだからか、気にした様子もなく運転を続けるミノリ。

 そして、その暴論とも取れるような発言を聞く後部座席で青い顔をした二人。しかし、言い返す元気もないほどに車酔いにやられていた。


「もっかい話すけど、今回の任務はギルドとしてじゃなく護家鼠(ごけねずみ)としての任務だからね。護家鼠が何かは分かるかな?アリスちゃん」


「は、はい。ギルドの下部組織……でしたよね、うぷっ」


「そーいうこと。ギルドにはいくつもの下部組織があってね。ギルド自体はその組織の利益の上で成り立っているの。だから、ギルド本部から各企業に応援に行くことが多々あるんだけど今回は護家鼠ってわけよ」


 護家鼠とはこの日本における有名な警備会社の一つである。オリンピックの警備や、要人警護も務めることがある等、民間企業でありながら半ば公的機関のような扱いというのが一般の認識である。

 

 どうやってそこまで信頼と知名度を上げたのか、その裏にあったのがギルドという組織との繋がりだった。

 大半が一般人で構成されているが、要人警護の際は必ず泡沫(バブル)持ちを派遣する。そうすることによって一般人が警護対象を害することは殆ど不可能になるのだった。

 それ故にテロが起きても何度も対象を守り抜き、果てにはSPよりも頼りになる民間とまで言われるに至ったのだった。


「ほらー、そろそろ着くよ」


 ゆっくりと車の速度が落ちる。

 青い顔をした二人を他所に、ミノリが車から降りながら口を開いた。

 

「おー、これは豪邸だね。さすが金持ちのじじいが住んでるだけあるね」


 そこで横から声がかかる。


「おいおい、みっちゃん。やめてよぉ。一応クライアントの家の前だよ」

「おっ!テンチョー!もう着いてたんだ」


 恰幅のいい男が煙草を咥え、現れた。テンチョーである。

 話を聞かない様子のミノリにやれやれと首を振りながら、アラシヤマへと声をかけた。


「やあ、アラシヤマくん。今日の泡沫持ちは僕たち四人だから、よろしくね」


 幾分か、顔色の良くなったアラシヤマはグロッキーな口元をハンカチで拭った。

 

「テンチョーも、戦闘系の泡沫持ちだったんですね」

「いや?俺はそんなのじゃないよ。あくまでも、君らの監督役として来ているだけさ実際に問題が起きたら役に立たないから。そこんとこよろしく」


 手をひらひらと振りながら軽い口調でのたまうテンチョー。

 補足をするようにミノリがアラシヤマに耳打ちする。


「あんなこと言ってるけど、テンチョーまじで強いからね。怒らせちゃだめだよ?」


 どちらが本当なのか、判断がつかないアラシヤマは渋い顔をして残りのゲロを吐き出した。


 ◇


「とはいえ、私達はなにか起きるまで待機なんだけどねー」


 とは、暇そうにスマホを弄るミノリの言葉。

 彼女らが通されたのは絢爛豪華な客間。悪趣味な装飾品と、それに見合わない地味な壺の数々が今回の護衛対象の性格を思わせる。

 今回の対象の名は新垣 正人(ニイガキ タダヒト)、歳は35。品行方正で新進気鋭の若手政治家だが、その実は察しの通りと言ったところだ。


「なんだか、落ち着かないですね」


 遠回しに苦言を漏らすアラシヤマに、コクコクと頷くアリス。

 それに対してふへっと軽薄な笑みを浮かべるミノリ。


「そもそも、今回の任務はレクリエーションみたいなもんだからね。別にこのまま終わる可能性もあるんだから気ぃ抜きなぁー」


 溶けるように高級ソファに身体を任せるミノリに、苦笑を浮かべるアラシヤマ。その隣で思い出したようにアリスが口を開いた。


「そういえば、ミノリさん。呪物ってなんですか?」


 それを聞いて、あー、と天を仰ぐミノリ。

 ゆっくりと身体を起こし、腕を組み、神妙な面持ちを浮かべた。


「そういえば、君たちには話してなかったね。それは、深い深い呪いの話……って程でもない話なんだけどね!」


 パッと表情を変えた後、懐からひとつの扇子を取り出した。


「例えばこれは呪物だ」


 その突飛な発言に驚愕するアラシヤマとアリス。

 だが、その表情を見てしたり顔で話を続けた。


「まあまあ落ち着きな二人とも。実は呪物ってのは想いなんだよ。私達の泡沫が想いを契機に発言するように、呪物は人の想いがこもるとそれに成る」


 例えば、と扇子を開く。


「この扇子に籠っている想いは『完璧』。少しの欠片も許さない。ただひたすらに形を崩さない」


 だから、と扇子を二つに折った。

 ちぎれた扇子が重力に従いと地面に落ち──ない。逆再生をするかのように戻っていく扇子。


「泡沫?」


 それを呟いたのはアリスだった。

 アラシヤマの目には見えていなかったが、扇子が戻る時に確かにそこには泡沫が揺らめいていた。


「これでわかっただろ?呪物とウチらの力の本質は同じもの、だからこそ負の感情が強く籠った呪物は人を傷つけたりもする」


 そうしてミノリは語った。

 過去に、触れた者を呪い殺す呪物があったことを。

 過去に、飲み込んだものを不死へと誘う呪物があった事を。

 過去に、全ての男を惹きつける呪物があった事を。


「まあ、原理がどうとかのアカデミックなところはドクターにでも聞いてね」


 ひと通り話した後、そう言って話を締めるミノリ。

 ふと、アラシヤマは思案した。それならば、それならばその根源はなんなのか。何故たかが感情如きで泡沫が……。

 

 三度、甲高くノックが響く。

 こちらの返事を待つこともなく出てきたのはテンチョーだった。


「やっほーみっちゃん。困ったことに今回はお仕事になっちゃったよ」


 ヘラヘラと笑うテンチョーに、苦笑いを浮かべるミノリ。

 

「まったく、君は持ってるねー?少年」


 そんな言葉と共に彼女は席を立った。


「さて、アラシヤマくん。アリスちゃん。君らもおいで」


 にへら、と笑いながら手をヒラヒラとさせる。

 

 ──敵が、きたよ。


 テンチョーは事もなげにそう言っていた。


 

 

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