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第11話 アキハバラにて

日常


「……あの?アリスさん?」


 あの任務からややあって数日後、アラシヤマはテンチョーからの頼みで買い物に出ていた。


「行きましょー!!」


 やたらとテンションが高いのはアリス。

 最初の氷のような冷たさはどこへやらニコニコとご機嫌に隣を歩いていた。

 アラシヤマが戸惑うのはアリスの行動。彼女はまるで恋人かのようにアラシヤマの腕を抱きかかえて歩く。

 

「アリスさん?ちょっと近いような……」

 

「え?なんですか?嫌ですか?嫌いですか?アラシヤマさん私の事嫌いでした?私はこんなに思ってるのに?」

 

「ひっ、!?」


 腕を離そうとすると、呪詛のような言葉と共にその瞳から光が消える。

 アラシヤマの背筋になにかゾッとする冷たいものが走る。体感気温が数度下がった気がした。


「だ、ダイジョウブダヨー。ははは……」


 アラシヤマは諦めた。

 この世の全てに絶望したかのような、その冷めた瞳に臆してしまったのだった。

 有り体に言えば怖かった。

 『彼女の右手に持っていないはずの三徳包丁が見えた気がした』とは後のアラシヤマの言葉。


「私、秋葉原は初めて来ました」


 そんな一幕もありつつ、腕を組んで歩きながらアリスが呟いた。

 そう、彼女達が来ていたのは秋葉原。

 

「そーなんだ?アリスちゃんて出身埼玉だっけ?」

 

「そーですよー。生まれも育ちもずっと埼玉です」


 自分から聞いておきながらふーん、と気にした様子がないのは興味が無いのか気を使ってのことか。

 そんな様子のアラシヤマを気にした様子もなくアリスは言葉を続けた。


「それにしても、コンカフェのキャッチ凄いですねー」


 歩きながら物珍しそうに辺りを見回すアリス。

 辺りではメイドの格好から男装まで、さながらハロウィンの様に様々な格好で客引きが行われていた。


「あ、バーガークインだ」


 そんな彼女がふと足を止めたのはゲームセンター前に置いてあった小さなクレーンゲーム機。

 中には王冠を被った渋い中年女性のフィギュアストラップがあった。


「え、何このキャラクタ?」

 

「えぇ!?」

 

「え?」


「知らないんですか!?バーガークインですよ!」


「いや、それはハンバーガーチェーン店だよね?」


「そーです!そのハンバーガーチェーン店のバーガークインの擬人化キャラがこの子なのです!」


 熱烈に語る彼女に対してピンと来ない様子のアラシヤマ。見た目はただの偉そうな中年女性のフィギュアストラップなのだ。十代の少女が惹かれるようなキャラクタには見えなかった。

 しかしそんなものか、とアラシヤマは百円玉をクレーンゲーム機に入れる。


「と、取ってくれるんですか!?」


 感動した様子のアリスにすました様子で「取れたらねー」とレバーを動かす。

 

「「あっ!!」」


「凄い!凄いですよアラシヤマさん!」

 

「100円で取れるなんてラッキーだったねー。はい、あげる 」


「うわあぁ!ありがとうございます!一生大切にしますねっ」


 飛び跳ねて嬉しそうに笑うアリス。すぐさま手持ちの鞄に付けていた。

 そんな彼女の姿をアラシヤマは微笑ましく見ていた。妹がいたらこんな感じなのだろうか、なんて考えながら。


 


「あ、見えてきた」


 ゲームセンターから数分後、二人は目的の店へと着いていた。

 そこは秋葉原でもはずれの方にある古びた骨董店。

 アラシヤマが訪れるのは二度目だ。一度目はミノリと前回の任務の前に来た。


「お邪魔しまーす。アラキさんいますかー?」


 ガタガタと詰まりながら開く扉をスライドさせ、中に声をかける。

 

「おおぅ、なんじゃい煩いのぅ……って!坊主か、そっちは新顔の嬢ちゃんだな!テンチョーのやつから話は聞いとる!さぁさぁ入れ」


 奥から出てきたのは腰の曲がった老人だった。

 右目にモノクルをかけシルクハットに着物という奇抜な格好をしていたが、それ以上に目を引くのはその体躯。

 顔だけを見れば齢八十を過ぎた老人なのだが、その身体は筋骨隆々。着物の隙間から見えるのは決して老人の骨ばった腕ではなく、逞しい鍛え抜かれた筋肉だった。


「あ、アラシヤマサン。あのおじいさんって、泡沫(バブル)持ちですか?」


「ぷっ、そう思うだろ?僕も最初はそう思ったんだけど」


「え?てことはまさか」


「そうだよ。あの人は普通の人だよ」


 アラシヤマ達が中に入ると、アラキはなんの模様もない三十センチ四方の白い箱を差し出した。


「これでいいはずだ、見た目より重いけん気いつけぇよ」


 アラシヤマがそれを受け取ると言われた通り、ずっしりとした重さがあった。


「入ってるものが入ってるものだ。気ぃつけて運べよ?」


「え?何が入ってるんですか?」


 聞いとらんのか、とため息をつくアラキ。


「ええか?その中にあるのは呪物の類じゃ。アヤツが何も言ってないのなら詳しくは話さんが、絶対に途中で開けるんじゃないぞ」


 えらく険しい顔で言うアラキ。

 とてもじゃないが冗談を言っている様子ではない。


「アラシヤマさん、呪物って?」


 たまらずアラシヤマに尋ねるが、アラシヤマを首を横に振るばかりだった。


「なんじゃ!!お前ら知らんのか!かぁー、テンチョーのヤツめ。あいつは変なところで抜けとるからな」


「そもそも呪物って存在するんですか?」


「なーに言っとる嬢ちゃん。ウタカタ。あー、お前らの言い方では泡沫(バブル)か。それが存在するんだ、呪物が存在してもおかしくなかろう?」



 それを聞いてアラシヤマの頭に浮かんだのはいつかのみのりの言葉。


 『現実でもここまで歪めばファンタジーみたいなものなんだよ』


 その言葉の通りここ一ヶ月程で今までの現実が歪んだ、ファンタジーと言っても差し支えないほどの日々を送っている。


「そもそもの話だが、呪物もウタカタも元を辿れば同じものだ。人の思念が集い力となる。何も変わりゃせんよ」


 アラキの発言にぽかんとした様子の二人。

 思い返せば二人とも、泡沫(バブル)がどんな力なんて考えてもいなかった。

 ミノリ達から聞くこともなかったし、聞きに行くこともなかった。

 そういうものとして受け入れていたのだ。


「まあ、その辺はワシが話すことじゃないわな。帰ってみっちゃんにでも聞けばいいじゃろ」


 モヤモヤとしたものを抱えたまま、アラシヤマは真っ白な箱を受け取った。



 ◇


 帰り道、口数が少なくなったアリスがふと呟いた。


「ねぇ、アラシヤマさん。私たちの力ってなんなんでしょうか。ミノリさん、教えてくれますかね」


「どうだろ、考えたこともなかったからな。けど、なんにせよちゃんと知らなきゃいけない気がする」


 アラシヤマは自分には関係ないと思っていた。

 その力が自分には無いと思っていたから。

 でも、先日の任務の時に知ってしまった。

 自分にもその力があるということを。

 だから、知らなければならない。理解しなければならない。

 想像していたよりも危険な力だったから。

 人を容易に傷つけ得る力だったから。


 他人事じゃなくなってしまったから。


「私たちって、どこに向かうんですかね。最後にどうなっちゃうんですかね 」


 飛行機雲を見つめながら、アリスが呟いた。


 彼女もどこか遠くのものに感じていたのかもしれない。自分の力であるのものの、考えないようにしていたのかもしれない。


「さあね。ただ、真っ直ぐには生きられない気がするな。何となく、だけどね」


 その言葉がアラシヤマの口から出たのは、先日のことがあってからか。それともこの先に何か予感めいた物を感じたからか。


 アリスの鞄のバーガークインが鞄と擦れて音を立てる。

  

 アリスが見上げた雲の先にある飛行機は、夕焼けへと沈んで行った。

 

 

  

 

 

 

 

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