表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/11

第1話 新宿ネズミは何も知らない

 夕刻の雑踏の中、高校生が並び歩く。

   

「ねぇねぇ、新宿ネズミって知ってる?」

「ああ、でっかい鼠のこと?猫くらいのサイズっていう……」

「あーいや、そうじゃなくてさ。なんでも知ってるっていう裏社会の情報屋なんだってさー」

「何それー、中山くんの好きな人とか教えて貰えるのかなぁ」

「分かるんじゃない?なんでも知ってるらしいし」


 なんでもない談笑。都市伝説。

 それを聞いていた男が独りごちる。


「中山ねぇ……んなもん知るかよ。ばーか」


 男の名前はネズミ。

 新宿に住まう浮浪者。無法者。好物はバーガークインのアボカドワッペー。

   

「俺はなーんも知らねぇんだから」


 手元のバーガーを咀嚼した。


 

 ◇


 竹山は産まれた時からツキがない。

 産まれてすぐに父親が蒸発。母親は狂気を孕んだ愛情を息子へと向けた。子供の意見を無視した教育に、同年代の子供との学校外での交流の禁止。


 埼玉住まいで都内の高校に通う彼は、その通学そのものも親のエゴであった。友人も多い地元の高校に行けばいいにもかかわらず、都内の高校へと通うことになったのは本人の希望では無い。


「なあ、親ってなんだろな……」

「みゃぁー?」


 道行く野良猫に話しかけるも答えは返ってこない。


「おーい、竹山。何してんだよ」

「あっ、中山……くん?」


 通学途中の彼に不機嫌そうに話しかけたのは面のいい金髪の青年。

 竹山とは同じクラスであり、そういった意味では級友とも呼べるのだがそれ程に良好な関係では無い。

 結論だけ言ってしまえば虐めっ子と虐められっ子の関係。高校へと進学してすぐの頃から、知り合いも居ない

 上に気弱なその性質から竹山は虐めの対象となっていた。


「お前昨日休んだよな?今日は登校すんのか」

「あっ、うん……」

「でもお前今日来なくていいからさ、帰れ」

「えぇ、でも昨日休んだし」


 不意に中山は足元の石を拾う。そして、大きく腕を振りかぶった。


「えっ、なに、!!やめっ!!」


 必死に腕で頭を庇う竹山だが、その矛先は違う場所だった。

 鈍い音と共に近くの黒い高級車が凹む。


「おおおい!竹山っ!何やってんだよ!」


 大声で叫ぶ中山に注目が集まる。

 そして、冷や汗が竹山の額を流れた。


「ち、ちが、僕じゃな……」


 後ろから野太い声が聞こえた。

 

「なあ、兄ちゃん何してくれてんの?」


 竹山は産まれた時からツキがない。



 ◇



「ごめんよ、兄ちゃんがやった訳じゃねぇんだな」


 竹山が知らない大男に連れてこられたのはとある事務所の一室。彼らがヤクザなのか、それとも全く関係のない表の人間なのか、竹山はまだ知らない。

 

 ただ、警察を呼ばずこんなところに連れ込むくらいだからまともな人間ではないだろうとは思っていた。


「だ、大丈夫ですよー。わわ、わかってもらえて良かったです」

「ああ、防犯カメラが近くにあったからなぁ。あの金髪の坊主は許さねぇがよ」


 そもそもどうやって防犯カメラの映像を確認できたのか、竹山はまだ知らない。


「今から学校だよな?途中まで送っていくわ、すまんな」

「……え、あ、はい。そうですね」

「なんだ?訳ありかい?」

「まあ、その。色々ありまして…… 」

「そうかいそうかい、それなら気が済むまでゆっくりしていきな」


 男はそれ以上は何も聞かなかった。それが優しさなのか、面倒になったのか。

 竹山は不思議と悪い居心地はしていなかった。

 自分を連れてきた男は何やらパソコンと睨み合っているし、他の厳つい男たちも自分には関心を寄せず各々の仕事をしている。


 そんな中、電話を取ったとある男の言葉が竹山の耳に嫌に残った。


「旦那っ!決行は今夜でしょうか」


 その言葉に何の決行なのか気になった竹山だが、当然尋ねるなんてことはしない。


 彼らが何をしようとしているのか、竹山はまだ知らない。



 ◇



 竹山は何事も無かったかのように家に帰った。

 いや、学校に行かなかったことが親にバレて狂ったように叫ばれたのだがそれは日常の範疇であった。


 ぼんやりとテレビを眺める。

 今日あったことを頭の中で反芻しながら。


 その思考の微睡みから竹山を覚醒させたのは一つの緊急速報だった。


『速報 荒川スカイタワー爆発。テロ組織キュウソによるものか。緊急会見』


 次の場面で始まったのは仰々しい記者会見。そして、右上に犯人と思われる男の写真だった。

 段々と大きくなるのは竹山の動悸。



『警察はテロ組織キュウソの幹部ヤマモト マツオを全国指名手配に……』


 ニュースキャスターの声とともに表示された画像は、昼間どこかで見た顔。


『また、周辺の防犯カメラの映像から出入りしていた人物を特定し重要参考人として指名手配を……』


 昼間見た顔、テロリスト、指名手配犯。そして、出入りしていた人物?



 逸る動悸と飛ぶ思考。

 脳裏に浮かんだのはただ一つ。

 逃げなければ、捕まる。



 焦りとともに竹山は家を飛び出した。


 行く宛てなんてのは、どこにも無いというのに。



 ◇



「ああ、また一つ書き換わったな。面倒くさい」


 そう言ってネズミは一口、烏龍茶を口に含んだ。


 とある駅前のネットカフェ、その一室で彼はスマートフォン片手に明かりのついていないパソコンのモニターを眺めている。


『おや、なにか分かりましたか?』


 くっ、と背伸びをしながら電話に応える。


「んーっ、いや、こっちの話だ気にしないでくれ」


『そうですか、そして今回の依頼についてなのですが』


「ああ、荒川スカイタワーの犯人についてだろ?」


『はい、犯人がキュウソだということは判明しているのですが………』


「オーキードーキー。振込が確認でき次第情報を渡すよ。それと少しだけ先に情報を渡そう、これはいつも利用してくれてるお礼だと思ってくれ。……まず犯人はキュウソではない」


『なに!?そんなはずはっ!防犯カメラの映像が……』


「防犯カメラにキュウソが映っていたのは知ってるさ。そして、それは後から改竄されたものだ。ああ、君の所の優秀なサイバー犯罪対策室でも無駄だよ。ということは分かるだろ?彼らが動いているのだよ」


『な、なんであなたがその存在を知って!』


「ネズミは間違えない、覚えておいてくれ。長官殿。それではまた後日」


 最後は一方的に電話を切ったネズミ。

 プラスチックコップに入った烏龍茶を飲み干す。


「まあ、俺は何も知らねぇんだけどな」


 また一つ背伸びをしてパソコンのモニターに向かう。

 あいも変わらず電源は入っていないのだが、それを気にした様子もなくキーボードを叩く。


『yggdrasill.com』


 すると部屋中に緑色の光が走る。ネズミを中心に幾何学模様に広がるそれは不思議と部屋の外には漏れず部屋の中だけに留まっている。


 座禅のような状態で目を瞑るネズミ。

 しばらくその状態が続いたかと思うと徐に目を開く。


「犯人は地下にいる、ね」


 すると、急に思い出したかのようにポケットから紙書を出してそれに書き殴る。

 そこには酷く歪んだ字体で『フラメルの意志』と書いてあった。


「まったく、錬金術師気取りは中世で滅んどけっての」




 とある駅前のネットカフェ。

 そこに居たのは一匹のネズミ。好物はバーガークインのアボカドワッペー。

 曰く、彼は全知のネズミ。

 曰く、彼は全てを操るネズミ。

 曰く、彼はこの世界に繋がる道である。


 新宿ネズミは何も知らない。


 新宿ネズミは、間違えない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最初から最後までハラハラドキドキしてて、次の展開がすごく気になってしまうぐらい面白かったです!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ