9 クロの歩み寄りと溶けるアイス
私はクロに話しかけられなくなった。
また間違えたら、もう立ち直れない気がしたから。
私は私の保身のために、彼から目を背けた。
「スイ、出掛けよう」
「え?」
部屋に引きこもっていると、クロが現れた。
今までは私を気遣って静観していたはずなのに、どういう心境の変化だろうか。
「ほら、行こう」
「え、寝間着のまま!?」
そうして私は、初めてのお出掛けを寝間着で行くことになった。
「ここが国一番のブティックらしい」
「ねえ、寝間着だよ?私寝間着なんだけど?」
カラン コロン
「ほんとに入った!?」
躊躇なくドアを開け、私は店に引きずり込まれた。
ブティックのマダムは私の姿に動揺することなく、クロにカタログを見せた。
そして私は次々と着せ替えられ、最終的に黄色いドレスに決まった。
「あらあら、ウフフ」
げっそりした私にマダムは微笑んだ。
そして、こっそりと耳打ちしてきた。
「陛下は本当に貴方のことを愛していらっしゃるのね」
目を見張る私に、彼女はドレスとクロの瞳を視線で指し示した。
クロの瞳は黄色に近い鮮やかな琥珀色だ。
そして、私が着ているドレスは黄色だ。
「…………………」
多分、瞳の色と同じ色を纏わせると何かしらの愛の逸話に繋がるのだろう。
改めてクロの容姿を観察する。
瞳は琥珀色で、髪は白に近いプラチナ色。
真剣にドレスを選ぶ横顔は端正だ。
よくよく見なくても、イケメンだった。
(………よく私、今まで普通にそばにいれたな)
自分で自分に感心する。
多分、私は今まで彼を真っ直ぐ見たことがなかったのだろう。………彼の過去と同じように。
ズーン………
余計なことを思い出し、一人で落ち込む。
「スイ、このドレスも着てみてくれ」
「え、まだあるの」
「頼む」
渋々着替えに向かいながら、私はクロの「頼む」に弱いのかもしれないとなんとなく思った。
そして、ドレスルームでお手伝いさんが持ったドレスを見て言った。
「え、ほんとにそれ着るんですか」
「陛下、準備が整ったようですわ」
マダムの声が部屋から聞こえ、ドアの前でギクリとする。………本当は数分前からここに立っていたが、勇気が出ずに部屋に入れなかった。
(え、ほんとにこれ見せるの?)
ガチャ
「あ」
「…………………………………………」
問答無用でドアが開いた。
ドアを開けた本人は、目の前で固まっている。
それもそうだろう。
このドレスは、花嫁が着る純白のドレスだから。
「クロ――――」
もう着替えていいか問おうとした瞬間。
彼が消えた。
「え」
そして戻ってきた。
…………手に、謎の球体を持って。
「え?」
ピカピカピカ
「うわ何!?」
宙に浮いた球体が高速で光り出した。
驚愕と恐怖で震えていると、クロが横に並んだ。
そして、ピカピカ光る球体の前で私たちはただ立っていた。シュールな光景に、私は目を白黒させるしかなかった。
「――――とりあえず、これで十分だ」
「記念撮影はもう満足されましたか?」
クロとマダムの会話で、今のが撮影だったことが判明する。そして、自分の間抜け面が記録に残されたことを悟った。
「クロ!それ渡して!」
「何故だ」
伸ばした手が宙を切る。
高い身長を活かして、撮影機は高い位置に掲げられた。
「その記録を抹消する」
「駄目だ」
「肖像権は私にある!」
「この魔道具の所有権は俺にある」
「クロってプリクラとかで変な顔してる人いても絶対気にしないタイプでしょ!」
「ぷり……なんだ?」
攻防の末、私の間抜け顔は保存されることになった。一生の不覚である。
そして私は気づかなかった。
そんな攻防も、記録されていたことを。
そして、そんな私たちの様子を微笑ましそうにブティックの人たちが見ていたことも。
間抜け面を撮影され怒り心頭な私は、公園のベンチで仏頂面をしていた。
「すまなかった」
隣で謝ってくるクロだが、彼は決して例の撮影機を渡してくることはなかった。つまり、形だけ謝っているだけというわけだ。
「誠意がみえない」
「すまない。だが、撮影機は渡せない」
「なんて頑固な……」
ここまで言い切られると、流石に何も言えない。
「ちょっと待ってくれ」
「?」
転移で一瞬消えたクロは、すぐに戻ってきた。
…………両手に手にアイスを持って。
「どちらがいい」
「バニラで」
気づけばアイスを口にしていた。
はっとするが、時すでに遅し。
私はもう賄賂を受け取ってしまっていた。
撮影機は諦め、粛々とアイスを食す。
「スイ」
「?」
アイスを食べながら、視線だけクロに向ける。
「俺は大丈夫だ」
「!」
急に核心をつかれ、動揺する。
彼は私が彼の過去に触れたことを知っているのだ。
「だから、避けないでくれ」
「…………………………」
避けてはいない。
ただ、彼に向き合う自信がなくなっただけで……。
「俺はこうしてスイと過ごすだけで幸せだ」
「!」
「だから傍にいてくれ」
クロは優しい。
でも、なぜそこまで私に優しくしてくれるのかわからない。
「もう独りは嫌だ」
「!!」
アイスを持ったまま固まる。
彼は今、私に弱さをみせてくれている。
彼が何よりも嫌った弱みを。
彼が私に向けてくれる信頼の大きさに気づかないほど、私は鈍くなかった。
「く、ろ――――――」
上手く回らない口に、クロの顔が近づく。
そして――――――。
ガシッ
「……………スイ、この手はなんだ」
「いや、ほら、セーフティゾーン?」
「俺の分からない言葉で誤魔化そうとしてないか?」
「あ、あははー!」
近づいてきたクロの顔面にアイアンクローをかました私は、笑って誤魔化した。
そうしないと、頬にさした赤みに気づかれると思ったから。
「あっ、アイスが!」
左手に液体が伝う感覚に、アイスが危機を迎えていることに気づき、急いで食べ始めた。
その様子をクロは暫く眺めた後、深くため息をついた。それに気づいていたが、私は知らないふりをした。