8 悪意の幼少期
「ふむ、貴殿が陛下の妾か」
私は今、非常に困っている。
「こんな顔も体も貧相なおなごのどこが良いのやら」
私は城の円卓の会議室で、貴族のお偉いさん方にいびられていた。
「陛下は本日、国境あたりで起きた紛争の鎮圧に向かいました」
ピーター・パンという陛下の側近の人が、朝私にそう伝えた。
「本当は自分の口で言いたかったとのことです」
「そ、そうですか」
クロがそこまで急いでいたということは、国境の状況がそれほど危ういということだろうか。
「叩きのめしてくるから夕食を共に食べよう、とも言付かっております」
(あっ、あの人たださっさと面倒事片付けたかっただけだ)
心配して損した気分で朝食を食べた。
そして、事件は起こった。
「おい、聞いておるのか?」
「はい、モチロン」
「貴様が妃になれるはずがない。ゆめゆめ忘れるな」
「はい、承知しました」
「だいたい何故陛下はこんな者を城に招いたのか」
「おっしゃる通りです」
私はただ相槌を打つ機械になっていた。
貴族だからか、お年だからかわからないが、彼らはとにかく話が長い。
「こんな者の血を王家にいれるなど、正気じゃございませんわ」
無論、ご婦人方もいらっしゃる。
「気品も美貌もない、それに若くもない女がこの国の妃になるなど恥ですわ」
このルッキズムが。
その発言をこっちの世界でしてみろ。
地獄を味わうことになるぞ。
「まあ、陛下の好みも変わっていらっしゃる。もしかすると、床上手なのかもしれませんなぁ」
このスケベジジイが。
数多あるハラスメント警察の洗礼を受けろ。
貴様は一発退場だ。
「やはり陛下も何処の馬の骨かわからないということですな」
「!」
つまり、クロは血筋がはっきりしていない?
「先王もなぜあんな孤児を戦場から拾ってきたのやら」
「それに、連れてきたすぐ後に先王が亡くなるとは。まったく不吉ですわ」
「陛下はあの時、3歳だったとか?」
「さあ、血筋も年もはっきりしておりませぬ」
「戦えはしても、頭の方は残念だったとか」
「今の姿は獣が努力した結果ですかのう」
「「ハッハッハッ」」 「「オホホホホッ」」
反吐が出る。
クロは、こんな環境にいたのか。
だから、弱さを見せられなくなったのか。
こんな悪意に晒されて、小さな両足で懸命に立ち上がり歩いたのだろう。
(くるしい)
私が言ってきたことは無神経だった。
そもそも弱さを見せられるような環境にいられたこと自体が恵まれていたのだ。その環境がなかった相手に対して、なんて残酷なことを………。
「おやおや、泣いてしまわれた」
「申し訳ございませんわ。わたくしたちが真実を言ったばかりに」
こんな奴らの前で弱さなんて見せたくない。
きっとクロも、そう思っていたんだろう。
けれど、弱い私では流れる涙を止められない。
部屋の中央に立ち、静かに涙を流す。
嘲笑う声も、今は耳に入らない。
クロへの懺悔の気持ちで頭がいっぱいだから。
ドゴォォンッ!!!
「な、何事だ!!」
「なんですの!?」
会議室の扉が突然吹っ飛んだ。
そして次の瞬間、私は温かいものに包まれた。
「遅くなった」
優しいその声を聞き、また涙が溢れた。
私はこの声に応える資格がないことを知った。
けれど今だけは、この温かさに縋りたかった。
「ありがとう……」
魔術で目と耳を塞がれ、闇と静寂が訪れた。
そして、私の意識も下へ沈んでいった。
その日以降、私が貴族に話しかけられることはなくなった。今まであった嫌味もマウントも一切ない。
何かがあったことは明白だった。
けれど、真実を言い淀む人々に無理強いはできなかった。そして、クロに聞いても何も答えてくれなかった。ただ「すまない」と繰り返され、結局何も聞けなかった。
「スイ、庭で珍しい花が咲いた」
「スイ、天気がいいな」
「スイ、今日は夕食にチキンソテーが出るらしい」
クロは異様に優しくなった。
私の変化を敏感に悟ったのだろう。
「スイ、今日は何がしたい?」
その質問に、私は曖昧に笑った。
もう彼に何を言えばいいのか分からなかった。
これ以上彼を傷つけたくない。
「ごめん、今日は部屋で過ごすよ」
「そうか」
悲しそうに笑うクロ。
けれど、それに言葉をかける資格なんて私にない。
幼い頃の彼の傷に、私は何て声をかけた?
弱さをみせろ?親近感がわく?
………なんて愚かだったんだろう。
まだ治ってもいない傷口を深く抉ったのだ。
なにが友だ。
私は結局、また友だちを傷つけた。
だから、深入りすべきじゃなかったのに。
春が訪れたはずの城の内部は、酷く冷たい空気が漂っていた。