7 タイムリミットはあと二ヶ月
「こちらは陛下が―――」
「こちらの花は朝陛下がお摘みに―――」
キャッキャッと麗しい乙女たちが笑う。
朝から元気なメイドさんたちに愛想笑いをする。
「陛下……ね」
私は最近、クロがこの国の王であることを知った。
確かに、ちょくちょく「陛下」という言葉は聞こえてきていたが、まさか彼が王だとは思わなかった。
(だってあの人、結構フランクだったし……)
多分、私が不審者だと思ってフランクさを装って接近してきたのだろう。でも、私の彼に対する初印象はフランクそうな人だったから、どうしても王だとは想像できなかった。
(あと、狭間の賢者って名乗られて厨二病患者だなって印象が強すぎた)
だが、後に狭間の賢者が「名無しの権兵衛」と同じ扱いだということをメイドさんに聞いて、考えを改めた。
でもまあ、最初の印象って脳裏にこびりつくよね。
「陛下がこんなにも情熱的だったなんて知りませんでしたわ」
「そうですわね!」
友達思いな奴なんです。
「やはり愛は人を変えるのですね!」
いや、だから友……。
「ドリート王国の未来は明るいですわ!」
………………………。
説明することを諦め、大量の花とドレス、焼き菓子を眺める。これを私にどうしろというのか。
「………すみません、皆さん。部屋から出て城にいる人たちに今から10秒だけ耳栓をしてほしいって伝達してくれますか」
はっとした顔をしたメイドたちは、キリッとした顔で頷いた。
「了解しましたわ!」
部屋から人が消え、私はゆっくり息を吸う。
そして――――。
「クロおおおぉぉーーー!!!」
私は悩みの根源を叫んだ。
ちなみにこの発狂は、城の人達に「愛の呼声」と言われているらしい。それを聞いたとき、この城の人達の思考回路はお花畑なのかと思った。
「呼んだか?」
瞬時に現れた諸悪の根源に、私はにっこり笑った。
「せ・い・ざ!」
私のベッドの上では、この国の王が正座している。
それを仁王立ちで睨みつける。
「さて、議題はこのプレゼント地獄です。被告、主張をどうぞ」
「喜ぶと思った」
「なるほど。被告は受け取り手が望むものを知っていましたか」
「さあ、知らないな」
ばふんっ
手に持っていた枕をベッドに叩きつける。
「暇乞いって言ってるでしょうがっ!」
「さあ、知らなかったな」
「こんの耳つんぼ!!」
「耳……なんだ?」
都合のいい耳を持っているクロに判決を言い渡す。
「有罪!」
「残念、ここでは王が法だ」
「三権分立ーー!!絶対王政ダメ絶対ッ!」
言い争いながら、私は楽しんでいた。
正直、この世界に住んでもいいと思っている。
けれど、そうするのなら元の世界にいる家族に別れを言いたい。
ただ一方で、クロには私以外の友を見つけてほしいとも思っている。たった一人に依存してしまうと、その人が不安定になったときにクロも不安定になってしまう。だから、私とは距離を置いたほうがいい。
(クロはまだ自分に向き合い始めたばかり。慎重に見守らないと)
彼の情緒はある意味赤ちゃんと同じだ。
右も左もわからない可能性がある。
言い換えれば、無限の可能性がある。
きっと彼は、もっと素敵な人になれる。
まあ、こんな小っ恥ずかしいこと、流石に言えないけど。
(最初は夢だと思ってたから、首を突っ込みに突っ込んじゃったんだよね……)
夢の中で、一瞬しか会わない相手。
そんな束の間の邂逅だから、肩入れした。
「スイ」
名前を呼ばれ、思考の海から出る。
「俺はスイといられるなら、何もいらない」
その言葉に私は微笑んだ。
「依存ダメ絶対!!」
その後、私は彼に人間関係の多様性の素晴らしさを宝石に例えて語った。しかし、その言葉が届いていなかったことは、後日届いた色とりどりの宝石をみて悟った。
「クロ、君には足りないものがある」
「なんだ?」
「友だよ!と・も!」
「供ならいるぞ」
クロは壁際に控えている護衛を指さす。
「そっちじゃない!」
日々、彼と会話を重ねるたびに、私の行動可能範囲が広がっていった。やはり、私たちに足りなかったのは会話と相互理解だったらしい。
しかし、クロはなかなか厄介なとこがあった。
それは、不都合なことをはぐらかすことだ。
「無理に友だちをつくれとは言ってない。でも、たった一人に頼り切りになるのは危ない」
クロは私さえいればいいと思っている節がある。
それが悪いわけではない。でも、私が不安定になったり、消えたりしたときにクロが壊れてしまう可能性があるのだ。
「友だちとまではいかなくても、軽く話せる相手をつくっておくことも私は大事だと思う」
「俺はスイさえいればいい」
「クロ………」
頑なに周囲を拒むのは、たぶん彼の弱みを見せられない性格のせいだけじゃない。きっと、経験から得た学習なんだと思う。
「スイさえいればいいんだ」
傷を負えば、人はそれに近づかない。
それに触れれば傷つくと学習するから。
入社式まであと二ヶ月。
それまでに、クロの心を安定させなければ。
(クロ、私はあと少しで消える人間なんだよ)