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5 私、夢に暇乞いします。



「クロ、今日は話し合おう」


「ほう?趣向を変えてきたな」


 今日も今日とて夢に引きずり込まれた私は、話し合いといういかにも人間らしい解決方法を提案した。


 そうだ、今までは恐怖の鬼ごっこでとても人とは思えない勝負をさせられていたのだ。


「言葉があるのは、互いの意思を伝え合うためだからね。………とりあえず、その物騒なものは仕舞おうか」


「ああ、分かった」


 さり気なく背後から忍び寄ってきた赤い鎖を指差すと、彼は意外にもさっとそれを仕舞った。


「素直すぎて裏がありそう……。まあ、とにかく!クロは何がしたいのか教えてよ」


 赤い鎖で私を捕らえようとしてることは明白だけど、その目的がわからない。こちらとしては、あの世に連れて行こうとしてるんじゃないかと思っているが、あくまでこちらの考えだ。


「この世界でお前と暮らしたい」


「はい、アウト。やっぱあの世に引き摺り込む気だった」


 ただ私と遊びたいだけならまだよかったのに……。


「いい、クロ?私は、この夢……じゃなくてこの世界では、生きられないの」


 私には現実世界の生活がある。

 あと、ずっと夢にいたら私の肉体が餓死する。


「………ここは夢じゃない」


「ああ、ごめん。今のは言葉の綾で――――」


 やらかした。夢の住人にそんなこと言っても意味がないし、不躾だった。


「この世界は夢じゃない。現実だ」


「………うん?」


 彼の様子に違和感を覚えた私は詳しく話を聞いた。












「ここは……………異世界………!?」


 精巧な魔法陣の描かれた大量の本を見て、私は理解した。ここは夢じゃない。どっかの世界の現実だ。


 なぜ理解できたのかって?


 ………そりゃあ、私の脳みそがこんな精巧な魔法陣を想像できるわけがないし、夢としては設定が作り込まれすぎている。


 夢はね、本人の能力以上の芸当はできないんだよ。


「あ、なんか悲しくなってきた」


 本を抱えて地べたでしくしく泣いていると、隣にクロが座ってきた。


「理解できたか?」


「まあ、ここまで見せつけられたらね……」


 そして、ふと違和感を覚える。


(あれ?なんか、この距離感懐かしい気が……)


「ライン超えーーッ!!!」


 いつの間にか私は誘い込まれていたようだ。

 あの境界線を踏み越えてしまっている。


「残念、手遅れだ」


 手足を赤い鎖で縛られ、草の上でイモムシのようにモニョモニョする。


「卑怯者!」


「なんとでも言え」


 イモムシな私をお姫様抱っこしたクロは、息を呑むような美貌で笑った。


「勝者が正義だ」


「この歴史改変の諸悪!事実だけを述べろ!」


「やれやれ、遠吠えがきこえるな」


「ワンワンワンッ!!」


 口で悪足掻きをするが、無駄だった。


 私は彼に抱かれ、大きな白亜の城へ連れて行かれた。


















「陛下、おかえりなさいませ」


 一際大きな城の塔の入り口では、大勢の人々がお辞儀をして待っていた。


 そして、中央に立っていたモノクルをかけた若い男性が声をかけてきた。


「ああ」


 短く返事をしたクロはそのまま中へ入ろうとする。


「まてまて、返事はちゃんとしないと」


「……面倒だ」


「あんな私におかえりって言ってたのに!?」


 しつこいくらいに私に挨拶しといて、ここでは挨拶しないなんておかしい。


 その思いがこもった目を受けて、クロは渋々後ろを振り返った。


「じゃあ、キサラギがただいまって言ったら言う」


「え、なんで」


「おかえり」


「いや、ここ別に私の家じゃな―――」


「おかえり」


「…………………ただいま」


 圧に負けた。

 なにが彼をここまで駆り立てるのだろうか。


 満足そうな顔をした彼は、引き締めた顔で階段の下にいる人々に向かい合った。


「出迎えご苦労。各自持ち場へ戻れ」


「「「はっ」」」


 その言葉に、大勢の人々が一瞬で消えた。


「き、消えた!?」


「あれは転移だ」


「な、なるほど……」


 歩き出したクロの腕の中で、この世界のすごさを痛感した。そして、「あれ?転移できるならなんで歩いてるんだ?」という疑問が生じた。


 そばにある彼の顔をみると、綺麗に微笑んでいる。

 ………どうやら確信犯のようだ。


「………ねえ、クロ。知ってる?」


「どうした」


「君は誤魔化す時ほど綺麗に笑うんだよ」


 その言葉に、彼は弾けるように笑った。
















 城の豪華な一室でもてなされ、私は席を立った。


「どうした?」


 隣に座って書類を読んでいたクロがこちらを見た。


「いや、そろそろ帰ろうかなって」


「ほう?帰る?」


 不敵に笑う彼に、私は嫌な予感がした。


「ああ、その、ほら!暇乞いってやつだよ」


 別れの挨拶という言葉は避けた。

 そうでないと、何をしでかすかわからない雰囲気だったから。


「私、働く先もなんとか決まったし、そろそろ……」

 

「俺から、逃げるのか」


「え、なんでそうなる?」


「そうか、これだけでは足りなかったか」


 赤い鎖が現れる。


「暴力反対!」


 そんな抵抗も虚しく、私は寝室に閉じ込められた。
















 その日から、私は毎日蝶よ花よとチヤホヤされた。

 しかし、決して部屋の外には出してくれなかった。


「外に出たいです」


「あのお方から許可が……」


 使用人の人達は、一様にそう言い淀んだ。


 勿論、こっそり部屋から出ようとしたこともある。

 でも、窓は開かないしドアの外には警備がいた。


 窓をこじ開けようとしたら、セキュリティシステムばりの速さでクロが転移してくる。


 そして、彼は必ずこう言う。


「どうした、何が足りないんだ?」










「足りてないのは貴様のアタマだあぁーー!!」


 窮屈さのあまり、部屋で発狂する。

 罪のない羽毛の枕をバンバンと叩き、埃が舞う。


「足りてない云々じゃなくて暇乞いさせろぉー!!」


 私は未だに元の世界に帰れていない。

 前までは強く願えば帰れていた。

 しかし、あの境界線を越えてから上手くいかない。


「絶対に何かしらの仕掛けがある……!」


 見当をつけるなら、装飾品が怪しい。

 特に、赤い宝石だ。


 一人になりたいと言って部屋からメイドさんたちを追い出し、飾り立てられた服を脱ぐ。


 つけられた装飾品もすべて外す。


「帰る帰る帰る」


 下着姿(こっちの感覚ではパジャマ)で念じるが、一向に元の世界には帰れない。


 脱力してベッドにダイブする。


「あのばかクロめ……」


「呼んだか?」


「出たな諸悪の根源!」


 私に異変があれば、彼はすぐに飛んでくる。

 絶対にこの部屋に細工してあるか、私自身に細工しているに違いない。


「一旦帰らせてって言ってるだけでしょうが!」


「本当に帰ってくるかは未知数だ」


「信用してよ!」


「スイは嘘もつくし隠し事もする悪い子だからな」


 その言葉に沈黙する。

 確かに、名前を教えてほしいと言われて苗字しか名乗らなかったのは悪かった。でも、最終的にちゃんと名前も教えたんだからいいでしょ!


「名を知られたら夢から逃れられないという保身で俺を欺いたわけだしな」


「………正直、ほんとに名前を教えてよかったのか今も悩んでるよ」


 感覚的に、どんどん彼に囚われているような気がするのだ。気のせいだと思いたいが、彼のここ最近の言動をみていると安心できない。


「俺はただスイと共に暮らしたいだけだ」


「私はただ暇乞いしたいだけだよ」


 話し合いは平行線をたどる。

 互いが信用できず、身動きがとれないのだ。


「………わかった、譲歩する!」


「興味深いな、何を提案するんだ?」


「私を縛っていいよ。………一時的にね!ほんと一時だけ!」


 私は知っている。

 彼が安心しているのは、赤い鎖で私を縛っている時だということを。


「自ら囚われにくるとは」


「一時だから!一瞬だから!」


「スイは本当に愛らしいな」


「やめろーッ!私にそんな趣味はないッ!」


 私が歩み寄ったことを理解したのだろう。

 彼の表情は、幾分か安らいでいた。


 ………その代償として私はしばらく縛られたが。


 でも、仕方ない。

 今はこうして地道に妥協点を見つけていこう。

 そうすればきっと、クロとの適切な関係性を見出だせるはずだ。


(友として、彼の心の安寧をはかってみせる!)


 一方、クロヴィスは、


(愛らしいな。やはり囚われている姿が一番いい)


 と不純なことを考えていた。





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