3 妄執の赤いガーネット
キ―――――。
キサ――――。
キサラギ―――――。
「…………最近、夢見るの多いな」
狭間の賢者とかいう厨二病患者と夢と会合してからというもの、彼、クロと夢で頻繁に会うようになった。
彼はどうやら組織のトップらしく、弱さをみせられないという悩みを抱えていた。そして、悲しいかな、彼は弱さを悪だと考えているタイプだった。
「ああいう人は久しぶりに見たなぁ」
おそらく、今まで会ってきたそういう人の集合体が彼なのだろう。ほら、夢は本人の記憶から形成されるらしいから。
「本人は苦しいのかもよく分かってなさそうだったな……」
クロは、こうあらねばならないという信念が強すぎる。人を率いるためにはあれくらい強い思いがないといけないのかもしれない。
「でも、ずっと強くあるのは辛いよ……」
私とクロはちょっと似ていて、でも対極にある。
彼は過去の私に少し似ていた。
理想を追いすぎると、自分が分からなくなる。
「まあ、今は好き勝手やってるわけだけど」
クロも、自由にやってほしい。
でも、彼の立場がそれを許さない。
「夢なのに、なかなか込み入ってるなぁ……」
地道に彼の言葉を聴いていこう。
まずは彼のことを知らないと始まらない。
「精神的ケアは大事だからね!………まあ、相手は夢なんだけど」
「キサラギ、これを」
クロは、私に綺麗な宝石があしらわれたアンクレットを差し出した。
草の上に寝っ転がっていた私は、眼前に差し出されたキラキラに目を細めた。
「う〜ん、気持ちだけ受け取っておくよ」
どうせ夢の中だし、現実には持っていけない。
「今だけでも、つけてはくれないか?」
「う、ううん」
「頼む」
彼の懇願に根負けし、私は足に赤い宝石があしらわれたアンクレットをつけた。
満足そうな彼をみて、複雑な気持ちになる。
彼は頻繁にこのような装飾品を渡してくるようになった。最初は嬉しかったが、だんだん不安になってきた。なぜなら、彼の満足気な目が暗く淀んでいるように見えたから。
「今回もガーネット?」
「ああ」
「そ、そっかー」
他意はない!彼に他意はないはず…!
毎回毎回、宝石がこの赤いガーネットであることに意味はないはずだ!
『魔術では、意味のある宝石を使用して魔道具を作ることができる』
彼がこの世界について教えてくれたことの一つに、そんな話があったことを思い出す。
そして、私は思わず聞いてしまった。
「この世界でさ、この宝石ってどんな意味があるの?」
「………………」
「あっ!やっぱ今のなし―――――」
「ガーネットは絆の石とも呼ばれる」
「!!」
(く、クロ……!!私のこと、友だと思ってくれてたんだね……!)
彼は心のうちを明かさない。
だから、私は彼の考えていることがわからなかった。
だがしかし、それも今日までだ。
「クロ、君のことは私が責任をもって支えてみせる!」
友は得難い存在だ。
知り合いにはなり得ても、本当の友になることは現実ではなかなかない。
「このアンクレット、大事にするね!」
たとえ夢の中でしか身に着けられないとしても、これは友情という絆の証なのだ。
「………ああ、愛してるよ」
「ん?何か言った、クロ?」
「ああ、大事にしてくれ、と言った」
「うん、ありがとう!」
彼の心のうちを知り、私は浮かれていた。
だから、気づかなかった。
彼の目に宿っている光は、友に向けるようなものではなかったことを。
【クロヴィスside】
愛している。
俺は、彼女を愛している。
赤いガーネットのアンクレットが、彼女の右足を彩る。はしゃぐ彼女は、それが妄執の証であることに気づかない。
(今はまだ、気づかなくていい)
だが、いつか必ずその時は来る。
その赤いガーネットが束縛を願う魔道具であることに気づき、俺の愛を知る時が。
「陛下!」
彼女は、今回もこの世界に囚われなかった。
「陛下!」
草の上に残ったアンクレットを拾い上げ、装飾された赤いガーネットを見つめる。
魔術回路に異常はない。つまり、今回も失敗だ。
「陛下っ!聞いてます!?」
「黙れ」
「ううっ……上司が酷い」
騒がしい側近を黙らせ、空を見上げる。
先程まで、確かに彼女はここにいた。
「今回も逃げられたんですね」
「次は、必ず……」
「…………婚儀の準備しとくか」
ブツブツと何かを呟く側近を無視し、アンクレットを握りしめる。
「どんな俺でも、愛してくれるんだろう?」
いつも空虚だった。
何をしても、何を得ても、何も感じない。
渇望すらも存在しなかった。
それに気づかせたのは、彼女だ。
満たされることを覚えた獣が次にすることは、自分を満たしてくれるものの独占だ。
「さあ、狩りの時間だ」
妄執のケモノをお前が狩るか、お前が狩られるか。
ゾクゾクとした高揚感で体が震える。
戦争をした時すらも、こんなに血は湧かなかった。
「これが愛だろう?」
空に向かって美しく微笑む主君に、側近は鳥肌をたてていた。
「陛下……笑えたんですね……」
表情筋が死んでるんじゃないかと思うほど感情がなかった主君が微笑んでいる。この事実は側近にとって衝撃だったが、それよりも勝っているものがあった。
「笑ってても怖い……」
どうあっても恐ろしいことに変わりはない主君をみて、側近は震え上がった。