2 お医者さん!夢に中二病患者が…………!
「俺は、そうだな…………“狭間の賢者”だ」
「………………………………」
今晩も夢の世界へ導かれた私は、昨日の夜に助けた青年と再会していた。
そして、治療を施すべきだったのは彼の腹部ではなく頭だったと後悔している。
(誰なのか聞いただけなのに、そんな二つ名を言われるなんて…………)
後に分かったことだが、この“狭間の賢者”とは私の世界での「名無しの権兵衛」と同じ扱いだったらしく、私は冷や汗をかきながら彼に弁明することになるが、まあ割愛する。
「そ、そっか………!す、素敵な名前ですねっ」
なんとか絞り出した返答がそれだった。
「と、ところで、もう傷は治ったんですか?」
「…………ああ」
「それはよかった」
名前で衝撃を受けていたが、彼は普通に会話することができる人だった。
そして、彼はこの世界のことを教えてくれた。
「ここはドリート王国だ。この森もその国の所有だが、あんたは許可証を持っているのか?」
「えっ…………」
案外夢の設定がしっかりしていることに驚く。
そして、大いに焦る。
現実では品性方正に生きてきたのだ。
夢といえど、それを曲げるのは憚られる。
「す、すみません…………。実は、私も自分がどうしてここにいるのか分からないんです」
夢だから、どこにいようがそこに理由はないのだが、夢の住人にそれを言っても理解できないだろう。馬鹿正直に言って、夢の中でも人に変人扱いされるのは嫌だ。なんで夢の中でも嫌な思いをしないといけないんだ。断固拒否する!
「…………そうか。じゃあ、あんたは今までどこにいたんだ?」
「ああ、私の世界は————」
私たちは互いに、自分のことを話した。
私は自分が学生であり、そろそろ社会に出て働くのだということを話した。
彼は自分がある組織のリーダーであり、諸々の管理に苦労していることを話してくれた。
そして、私たちは互いの世界のことを話した。
彼は自分の国であるドリート王国のこと、私は自分の世界のことを話した。
この夢の世界は魔法があるらしく、私は電力のことを説明するのに苦労した。
けれど、互いを知っていく時間はとても満ち足りたものだった。
…………いつまでも、続いてほしいと思うほどに。
「この国に住まないか?」
その提案に頷きそうになる。
けれど、これはすべて夢の出来事。
そして、終わりはやってくる。
「あ」
「キサラギ?おい、どこに行くんだ!」
体が透け、手からサラサラと粒子になっていく。
彼は、この現象を正しく理解しているようだった。
私が、どこかへ行くことを理解している。
「ごめん、もう行かないと」
「おい!キサラギッ!!」
そうして、私は目が覚めた。
【クロヴィスside】
「キサラギ…………」
今日、とうとう奏者の森で彼女を見つけた。
あの日から、一週間も経って彼女は現れた。
何度も何度も森に足を運び、その度に落胆した。
しかし、なぜ自分が落胆するのかはわかなかった。
…………いや、あえてわかろうとしなかった。
そうでないと、耐えられないと思った。
(この世界で唯一、俺に心を傾けてくれる存在があんな得体の知れない人間だなんてな)
優しい自然に囲まれたドリート王国。
しかし、そこに住む人々までも優しいとは限らない。
資源が豊富で弱いだけの国が、こんなに平和に過ごせるわけがない。
この国は、国民の武力によって守られている。
この国を守るために、国民は各家庭で幼少期から個々にあった力を身につけるよう育てられる。
魔法、剣術、武術など武力は様々だが、唯一共通しているのは個々の力が凄まじいことだ。
そんな国の王もまた、例外でない。
王として、国民の誰よりも強くあらねばならない。
身体的にも、精神的にも。
『え!?そんなのストレス溜まるよ!』
彼女の……キサラギの言葉が脳裏をよぎる。
『ストレスって言葉を知らない?ストレスって言うのはね―――』
知らない言葉を教えてくれた彼女。
王として、全てのことを知っておかなければならないのに。
『は?山割れるの?クロ一人で?………まじやばいね』
そんなことはない。
この国の民なら当たり前にできなければならない。
『クロは頑張っててえらいよ。でも、自由に息をするのだって大事だよ。クロは、自由に呼吸できてる?』
………さあな、よく、わからない。
王として生きることが息苦しいなどと、考えたこともない。………否、考えないようにしていたのかもしれない。
『じゃあ一緒にやってみよっか!ほらほら、すって〜はいてー』
………………すー、はー。
『うんうん、いい感じ!他のリラックス方法もあるんだよ――――』
馬鹿馬鹿しい時間だった。
息を吸って吐いて、草の上に横になり、ただ目を閉じるだけの無駄な時間。
時間は、一分でも多く書類を処理しなければならないのに。
『クロ、あなたは本当によくやってるよ。皆の前で弱い姿を見せられない気持ちも理解できる』
そうだ、俺は……王は民に弱い姿を見せない。
『じゃあさ、私の前では見せてみれば?』
何故?
『ほら、私ってこの世界に属さない奴だし、喋れる壁って思ったらいけそうじゃない?』
何故、弱い姿を見せなければならない?
『だってほら、人は全体的に愛さないと苦しくなっちゃうから。弱い部分だってその人の一部』
弱さは悪だ。
弱い王になど、誰もついてこない。
『だから、まずは私にだけ教えてよ。私がクロの弱いとこも好きだって言うから』
弱い俺を?
『私は人間らしい悩みを抱えてるクロに親近感わいたな〜。上の立場の人ってこんなこと考えてるんだって』
それを知ってどうする。
君には関係ないだろう。
『え、クロのこと好きになったけど』
………は?
『いい?クロ、弱さっていうのはね。平々凡々な人、つまり平な社員にとっては好感度アップのチャンスなんだよ!』
は?
『あのクソ上司め!って思ってた相手が、実は部下とのコミュニケーションに悩んでたら?実は口下手なだけで部下と仲良くなりたがってたら?』
………………。
『もう好きになるよね!憎んでた分、愛が溢れちゃうよね!』
そうか。
『あ、ちょっとクロ!今適当に返事したでしょ!』
さあな。
『クロ!』
愛しい時間だった。
人との他愛ない会話がこんなにも癒されるものだとは知らなかった。
だが、そんな時間は切り裂かれた。
目の前で光の粒子となって消えた彼女をみて、俺は今まで感じたことのない恐怖に襲われた。
(嫌だ…!行くなッ!俺を置いていくな!!)
掴んだ光の粒子は、手から零れ落ちた。
何も残らなかった手のひらを見つめ、決意した。
「………捕らえ、なければ」
本人が言っていた通りだった。
彼女はこの世界に属さない者。
だったら、この世界に捕らえなければ。
鎖をかけ、雁字搦めにして縛りつけないと。
その日、俺は国中の魔術師を城へ集めた。