12 絡み合う運命
「…………………」
「…………………」
現在、虎と人が相まみえていた。
ルイさんから借りた虎は静かだった。
こんなにも気性が穏やかだからこそ、ルイさんはこの顔合わせに来なかったのだろうと納得した。
実はこの虎こそがルイなのだが、何も知らないスイは虎に慎重に近づいた。
「………お、大人しい」
『当たり前だ、オレなんだから』
ルイは心のなかでツッコんでいた。
しかし、虎としてやり通すと決めたのだ。
やりきってみせると決意を固めた。
【ルイside】
「虎さん聞いてよ!さっき大人っぽいねって商人の人に声掛けられたんだよ!」
嬉しそうに話すスイに、それはリップサービスだと思ったが言わなかった。まあ、虎の状態だから言えないのだが。
「あれ、もう日没だ」
リアリは日が沈むのが遅い。
つまり、日が沈む時はすでに夜も深まった時間だ。
「虎さん」
来たか。
オレは静かにその場に伏せ、その場から動かないことを意思表示する。
「ほんと、頑として一緒に寝てくれないよね……」
彼女は宿よりも野宿を好んだ。
なぜなら虎であるオレと長く一緒にいられるから。
「だが残念!私が虎さんの上に乗れば逃れられないのだ!」
今回もまた上に乗ってきたスイに小さく唸った。
「あ、今のは諦めだね?段々虎さんの感情が分かってきた気がする!」
嬉しそうに背中の上でゴロゴロするスイ。
落ちないか心配になったオレはゆっくり仰向けになった。
「うわわ」
彼女を腹の上に乗せ、前足で動き回る娘を捕まえる。
「もふもふ……」
疲れていたのか、スイはそのまま眠った。
その安らかな寝顔を見ていると眠気を感じた。
虎と人間は、安らかな夜を過ごした。
【側近side】
皆さん、こんにちは。
こちらドリート王の側近ピーターです。
現状を述べますと、事態は悪化の一途を辿っております。キサラギ様は未だ発見されず、陛下はリアリ王国で馬車を襲撃する始末。
このままだと、戦争が勃発する可能性が高い。
僕は戦争をしたくない。
特にリアリ王国は上層部の一部がどうしようもないほど腐り切っているだけで、民たちには罪がない。
そんな国相手に戦争を起こせば、犠牲になるのは罪のない民たちが先だ。
正直、王族はどうでもいい。
(だからお願いします、陛下。どうかあの国の王族の首だけを刈り取ってきてください)
物騒な思考をする側近は、流石あの王に仕えるだけはあった。
【クロside】
「ひいいぃ……!!」
ハズレ。
「た、助けてくれっ!」
……ハズレ。
「キャアアアアーー!!」
……………ハズレ。
総当たりした馬車に、探し人はいなかった。
「スイ………」
赤いガーネットのアンクレットを握りしめる。
この宝石が壊れた時、この世界を破壊する。
彼女がいない世界などなくていい。
彼女と俺を繋げる唯一の魔道具。
彼女は何も知らない。
これを壊さない限り、元の世界に帰れないことも。
彼女の懐に入るために弱さを演じていることも。
残酷な俺の本性も。
襲った馬車の人間を殺さなかったのは気まぐれだ。
以前の俺なら証拠隠滅のために抹殺していた。
けれど、手をかけようとした時、脳裏にスイの顔が浮かんだ。彼女は無辜の民を殺すことを許容できる性格じゃない。だから、やめた。
殺すなら、理由が必要だ。
彼女が納得するような理由。
襲われて仕方なく……正当防衛が無難だろう。
(リアリの王族を殺した理由はそれにしよう)
自傷して怪我をしたフリをすれば、彼女は許してくれる。きっと俺を心配してくれるだろう。
「スイ、早く俺のもとへ帰ってこい」
そうでないと、この虚無感で手当たり次第にすべてを壊してしまいそうだ。
「愛してる、スイ」
この虚無感を消してくれるスイ。
彼女こそが俺の愛だ。
俺を満たしてくれるそれこそが、愛だろう?
【神話 双生の歌】
双子の王がいた。
片方は大いなる力を持ち、世界の全てを掌握した。
しかしもう片方は、平凡な人間だった。
力を持つ片割れは王と呼ばれたが、凡人の片割れは人々から忘れ去られた。
王は大いなる力で人々を導き、人々は王に感謝した。
しかし、王に異変が起こった。
突如暴君と化した王は手当たり次第に戦争を起こした。
大地は荒れ、血が血を洗う日々が訪れた。
そんな折、忘れ去られた凡人の王が現れた。
凡人の王は王と会話した。
暴君となっていた王は正気を取り戻し、以前の聖君へと戻った。
人々は言った。
王は大いなる力の代償として大切なものを失った。
けれど、凡人の王によってそれを取り戻せる。
双生の王が何故双生であったのか。
人々はそれを理解した。
この物語を読んだ時、私は思った。
(じゃあ凡人の王を喪った王はどうなるの?)
大いなる力なら不老不死だって可能だろう。
けれど凡人の王は普通の人間だった。
なら、王はいつか凡人の王を喪う。
でもその答えは、本にのっていなかった。