1 夢
私は、今年で卒業する大学四年生。
…………就活のことは聞かないでほしい。
平々凡々な私こと如月ハルカは、現在猛烈に現実世界から逃げ出したい。
(やめて!エントリーシートって言わないでっ!二次面接?うわあ脳がぁ…………!)
こんな感じで、私は就活に追いつめられている。
もはや、終活といってもいいかもしれない。
(面接はフィーリング?こんの、二枚舌め……!!)
血迷って就活体験談をネットで漁ったところ、天才肌な人のブログを見つけてしまい怨嗟の言葉を吐く。
(うわああっ!だれか私をこの世界から消してくれぇっ…………!)
そう願ったからだろうか。
その日の晩から、ずっと夢を見るようになった。
その夢の世界は、まるで童話のようだった。
鳥は信じられないくらい綺麗な声で歌うし、木々はザ・絵本っていう感じの丸っとした広葉樹。そして、アレがいない。
そう、虫だ。
どんなに綺麗な自然にも必ず潜んでいる奴らの姿がない。
このことから、私はすぐに理解した。
(あ、これ夢だ)
夢なら自由に空を飛べるんじゃないかと試しにジャンプしてみたが、無理だった。
夢はそれをみている者の想像力以上のことはできないと、どっかで聞いた気がする。
…………つまり、私の想像力は弱小ということか。
「…………とりあえず、こっちに行ってみよう」
夢なのに、辛い現実を目の当たりにしてしまった。
しかし、せっかくの夢なのだからと、私がのどかな森の中を歩いていった。
「ううっ…………」
「……………………」
今、私は非常に困惑している。
なぜなら、のどかな森の中に似つかわしくない光景が広がっているからだ。
「ぐッ…………………っ」
「……………………」
血塗れの青年が、気に凭れて座り込んでいるのだ。
黒いローブを羽織り、フードは頭からずり落ちている。
黒い礼服?のようなものを着ており、どっかのお偉いさんのような出で立ちだ。
(…………最近、権力争い系の漫画を読んだからかな)
軽く現実逃避していると、腹部を押さえていた青年の腕がだらんと落ちた。
「!?」
私は大慌てで彼の腹部を止血し、落ち葉でつくったベッドの上に寝かせた。
脂汗を浮かべて呻く彼の額を拭ってやりながら、「なんで夢なのにこんなに殺伐としてるんだ………」と心の中でぼやいた。
それなりの時間が経過した後、彼はうっすらと目を開けた。
そして、何かをこちらに伝えようとした時に、夢が終わった。
ピピッ ピピッ ピ バシッ
「……………………すごい夢だったなぁ」
騒がしく鳴る目覚まし時計を地面へ叩きつけ、ぼんやりする頭で洗面台へ向かった。
【??side】
「――――か!陛下ッ!」
「…………っ」
聞き慣れた側近の声に飛び起きると、俺は落ち葉の上で寝ていた。
顔面を涙と鼻水で濡れ散らかした側近の顔面を魔法で地面に叩きつけた。
「なっ、何するんですか陛下!」
「うるさい、汚い」
「ひ、酷いっ!こんなに陛下思いの僕に対して何たる———」
喚く側近を放置し、急いで辺りを見渡す。
しかし、目的の人物はすでにいなかった。
「逃がしたか…………」
あの黒髪黒目の出で立ちは、我が国の民ではない。
つまり、彼女は不法侵入者だ。
「クロヴィス陛下!」
「わかっている。お前の声のせいで傷が開く」
クロヴィス・デ・ドリート。
ドリート王国を治める王。
それが、俺だ。
「あなたはそんなに柔ではないでしょう」
「…………ハッ」
側近の言葉に、思わず鼻で笑った。
そうだ。俺はそんなに柔じゃない。
…………けれど、受けた傷が痛まないほど鈍感じゃない。
『大丈夫ですか?!た、大変だっ…………し、止血しないと!で、でもどうやって!?』
耳に残っているのは、不法侵入者である彼女の声。
心配と焦燥を滲ませたあの声に、俺は……………………。
「サイラス」
「はい、陛下」
俺の前に跪いた側近に、淡々と命令した。
「今後一切、ここには誰も近付けるな」
「はっ!……………………はぁ?」
困惑する側近に構うことなく、落ち葉でできたベッドのようなものを見る。
これだけが彼女を証明するものだと思うと、酷く心許なかった。
「それと、この落ち葉に永久保存魔法をかけておけ」
「はあ?!あれがどんだけ面倒な魔法か分かって言ってます!?あと、なんでこんなゴミみたいな——―」
「そんなに地中に埋まりたいのか」
「やらせていただきます!」
ぶつぶつと文句を言うが、こいつの魔法技術は王国一だ。
万一にも、この落ち葉が風で消え去るようなことにはならないだろう。
(…………まあ、もしなったら、こいつは地面の中にいることになるが)
「…………陛下?今、なんか怖いこと考えました?」
「集中しろ」
「はーい…………」
彼女に関連するものは決して消えさせはしない。
(次は、絶対に逃がさない)
運命の糸車は回り出した。
あとは、赤い糸が導くのみだ。