3 犬神家のゴルファー達
横溝正史とゴルフと包茎の方を冒涜しています。申し訳ございません。
親父たちはサウナの中で、頭や腹、体中から汗を滴らせ熱さを我慢しながら、テレビ中継で大相撲の取組を注視している。画面の中では関取の中でも一二を争う巨漢力士が土俵の中央で四つに組み、両まわしをがっちリ掴み膠着状態が続いている。水入りも近そうだ。サウナの入り口が開いて、入ってくる奴がテレビの前を横切る。中の親父たちから間の悪い闖入者対する苛つきが感じられる。幸い、闖入者がテレビの前を横切っている間も、膠着状態のままであった。俺はサウナの熱さが我慢の限界に近づいているのだが、相撲の展開も気になるし、テレビの前を横切って出ていく思い切りもないので早く決着がつくことを願っている。大体、取組前に立ち合いの不成立が三度もあったのがいけない。俺は熱さでつらい中、相撲の立ち合いも、陸上競技や水泳のようなスタートシステムを採用すれば、やり直しも減るので良いのではないかと想像していた。さすがに、行司が電子式ピストルを構え、力士がクラウチングスタートの姿勢で動くのを我慢しながら向かい合っているところは無理があるようだが。それに大相撲の伝統がそんなことを許さないだろう。しかしビデオ判定はいち早く取り入れており、相撲協会にも柔軟性はあると思うのだが。
取り組みは、やはり水入りとなったので、そのすきを狙って俺はサウナを出た。取組の結果も気になったが、以前、お風呂でのぼせかけたことが、俺に体調優先を守らせる。サウナに残った親父たちに、負けたような気になるのが少し不愉快であったが。
それぞれ親父たちは、野球が好きか、大好きだ。
そして、この、大阪にあるスポーツクラブの親父たちの、ほとんどが、「阪神タイガース」のファンだ。
サウナでのテレビ視聴では、何よりも阪神タイガースの試合中継が優先される。巨人軍やオリックスバファローズの試合中継があっても、何の迷いもなく優先されるのは、サンテレビなどで放送される阪神タイガースの試合中継だ。これに対抗できるのは、夏の甲子園での高校野球中継ぐらいだろう。
サウナ内テレビのチャンネルの変更は、入り口の棚に食品ラップでぐるぐる巻きにされたリモコンで自由に行われている。自由と言っても、本当に自由に使っているのは、一部の野球好き親父たちだけだ。他の会員たちで、サウナで放送中のテレビチャンネルを敢えて変更する人はいない。サウナ内に多くの人がいる場合は特にそうだ。お互いに遠慮し、誰もチャンネルを変えないので、「コードギアス 反逆のルルーシュ」という明らかにオタク向けだと思われるアニメの放送を、沢山の親父たちが、サウナで延々と見続けることもあった。サウナ内では親父たちは「遠慮」に捕らわれたチャンネル権のない囚人たちだ。
そんな中、阪神タイガースファンの親父がサウナ入ってくると、何の断りもなくリモコンをいじくりまわし、タイガース中継にチャンネルを合わせる。まるでそこには、タイガースファンしかいない、もしくはサウナに入るならタイガースの応援は当たり前だと言わんばかりだ。この行為に異を唱える事の出来る親父はどこにもいないのだ。それにタイガース親父達はサウナの中でも、野次を飛ばして非常にうるさい。得点のチャンスでは一球ごとに反応し大騒ぎを始める。
「あー」
一球目を空振りしただけで大きな嘆き声。
「おーっ」
バッターが際どいボールを見送っただけで大げさな反応。
「どこがストライクやねん!この審判えこひいきしとるがな!」
いわれのない審判員への誹謗中傷。
「なんで前へ飛ばせんのや!」
ファールボールボールを打っただけで大失敗をやらかしたようだ。
「あかん!あかんがな!一点も入らなんだ あー」
チャンスで得点が入らないと、落胆のため息。
「なぁあんたどう思う?あの審判。ジャイアンツ贔屓やで!絶対」
サウナで隣に座る俺に同意を求めてくる。無視して出て行くと後ろから謂れのない非難の声が突き刺さる。
「なんや。巨人か!」
とんだとばっちりだ。タイガース親父達にとってジャイアンツファンは人の道を外れた邪教の信者なのだ。
だが、このスポーツクラブには、タイガース親父達のレベルを遥かに超える、勝手放題な態度で、マナーの事などお構いなしの親父達がいる。ゴルフ愛好親父達だ。
ここのスポーツクラブには、室内型ゴルフレンジが4つある。ゴルフのレッスンをしている訳ではないが、使用するには予約が必要だ。このスポーツクラブでは、ゴルフレンジと、スイミングの父兄見学エリアだけが、スマホの動画撮影が許可されている。自分のスイングホームを撮影できるので、時間帯によっては予約も取りにくいようだ。
アメリカの小説家がフェラチオとゴルフの何が楽しいのか全く理解出来ないと書いてあるのを読んだことがある。俺もその通りだと思う。ペニスを女性生殖器でなく、口で吸わせる行為は、その体勢からして、何か相手を見下したような感じがするし、余りに激しくされると、これは体のいい、相手からの妊娠回避行動ではないかと思ってしまう。
そもそも俺は、日本のアマチュアゴルフをスポーツだと思っていない。日本のアマチュアゴルファー達が競い合っているのは、勝敗でもなく、スコアでもなく、『ステータス』だ。
ゴルフは、ハンディキャップシステムを使って、初心者、中級者、上級者が一緒に同じコース設定で競い合っても、楽しめるそうだ。だが、本当にそうだろうか。ハンディキャップを貰ってスコアだけ見れば、競い合っているようになるだろうが、それぞれ実際の打数、競技時間は、プレイヤーの実力によって優劣がついたままだ。レベルの差はそのままなのだ。ゴルフコースでは他のパーティに迷惑をかけないことが、マナーだ。自分のプレイのせいで他のパーティに、迷惑をかける可能性が高いと気と使うのは、間違いなく初心者だろう。結果、初心者にはプレッシャーがかかり、上級者が大きな顔をすることになる。上下関係に厳しい日本の親父たちの間では、初心者=下級生、中級者=上級生、上級者=最上級生に読み替え可能となっているだろう。
この構造が、即席ゴルフレッスン(説教)好き親父を生み出すことになるのだ。先日も、ゆっくり湯船につかっている俺の横でゴルフ親父たちが、ゴルフ談議に花を咲かせていた。談議だけならよかったのだが、しばらくして親父の一人が、湯船に立ち上がり、身振り手振りでスイング時の腰の動きの手本を見せ始めた。
湯船でリラックスしたい俺の視野を塞ぐ親父の白い太ももが徐々に赤く染まり、無数のブツブツした毛穴からは黒い毛が突き出ている。こんな不愉快な景色が他にあるだろうか?俺のゆったりした気分が、吹っ飛んで行く。その時、反対側で湯船につかっていた親父が、不機嫌に戒める。
「こんなとこで、ちんちん振り回すな!ゆっくり風呂入られへんやろが」
見たことのあるタイガース親父だった。親父の腰振りレッスンを前から見ている方は、さらに不愉快な光景だったようだ。
「すんません、振り回すのはクラブだけにしときます」
とゴルフ親父は、湯船に入り直す。
ところが、レクチャーを受けていると思っていた親父は、不満げな様子だった。
「ブービーの小松さんに聞いても、参考なりませんよ」
「おれは、でけへんだけで、言うてることは、間違ってないよ。梅ちゃん」
「また、動画撮って、猫田さんに見てもらわないとダメですね」
「でも、猫田さんが、コンペ負けると思わなんだな」
「赤池って初めて見たけど、ドライバーもアイアンも安定していましたね」
「相当握っとったらしいで」
「そうなんですか。30位ですか?」
「なんか噂では三桁やったらしいで」
「三桁!どえらい大金ですやん」
「ん-。猫田さんも次のコンペではリベンジしはるやろ」
どうやら、スポーツクラブのゴルフ仲間が集まって、開催していたコンペでいつも優勝している猫田という男が、前回、初めて参加した赤塚という男に負けて、恐ろしい金額を持っていかれたようだ。
成績の振るわなかった小松は湯船の中で裸、人も迷惑も忘れるほどスイングホームをチェックすることに入れ込んで次のコンペに備えているのだろう。
しかし、このコンペが発端となって、あの恐ろしい事件が起こることなど風呂の中の親父たちも俺も知る由もないのだった。
猫田、小松、竹中、梅原、この四人は、よくゴルフコースを共にする仲間ので、猫田は、スポーツクラブの法人会員である上場企業で、営業として働いているようだ。松竹梅親父達の話によると、横田は接待ゴルフで、毎週のようにコースを回り、その恩恵で順調に上達、今のゴルフでの地位を確立したのだ。松竹梅の三人は個人会員でスポーツクラブに通っており、俺もジムや、スパで見かけたことがある。ジムでの彼らは、ゴルフに好き親父に多いのだが、筋トレマシーンを使った後に、すぐゴルフのスイングをし、筋肉の動きを確認している。それはいかにもゴルフのための筋トレであることのアピールなのだろう。ジムでのゴルフアピールは、ゴルフ親父たちの一種のステータスを誇示するジェスチャなのだ。
スパで見た松竹梅親父達のペニスだが、小松と梅原は小さめの皮むけペニス。陰嚢の座布団に亀頭が鎮座しているごく普通の情動の持ち主だ。竹中は立派なサイズのペニスだが、皮が剥けていたり被っていたりと、その時々によって状態が変化する。普段はむけているのだが、油断すると皮が被ってしまうのだろう。湯船に入る前は包茎ペニスだったのが、湯船から出ると皮がむけたペニスになっているという、マジックを見せられたこともある。俺は、猫田をまだ見た事はないが、たまにジムに来て筋トレをしているらしい。
最近、この4人に、新しく若い女性の仲間が加わった。嬉しそうに、自慢げに、有頂天に話している竹中と梅原を、見たことがある。二人の話では相当な美人。今は一般企業で働いているが、学生の頃はモデルをしており、テレビコマーシャルに出たことがあるそうだ。朗らかで明るい性格、親父たちのつまらないギャグや愚痴話が、どれだけ長くなっても、笑顔で聞いてくれるらしい。今時、接客でもないのに、そんな殊勝な女性がいるだろうか?その時は、にわかに信じられなかったが、それから、何回か、その女性を筋トレエリアで見かけることがあり、親父たちの喜びも、もっともだと納得することになった。
名前は、野々村環江。身長は170センチ近くある。屋外でゴルフをしているのにもかかわらず透き通るような白い肌。嫌味にならない程度の化粧。かなりの量が有るだろうロングヘヤーを頭の後ろにしっかりと纏め、長い脚と引き締まったヒップが強調されるぴたりとしたスポーツタイツを穿いて筋トレをしている。親切マッチョマンが感心するほどの重いバーベルを使い、ヒップスラストで大殿筋を鍛えている。トレーニングしている時は、キリっとした美人。会員たちに囲まれ、よく通る声で朗らかに笑っている時は、かわいらしい笑顔。20代後半で充実した仕事、生活。今、人生の中心点に自分がいることをよく理解している。輝ける華だった。
そんな彼らに、異物が混ざりこんだ。前回のコンペで猫田を抑えて優勝した赤池だ。猫田が練習に連れてきたようだ。松竹梅は、面白くない様子だ。スパで彼らから聞こえてくる愚痴によると、赤塚は26歳で35歳の横田と9歳違い。シャイなのか、口数が少なく黙々と練習している。横田がそれをじっと見て、アドバイスをしていたそうだ。賭けゴルフで負けた相手に、横田がなぜアドバイスしているのだろう?ゴルファー同士の絆とはそのようなものなのだろうか?環江が来ていなかったので、ピリピリした雰囲気で、親父たちは楽しくなかった模様だ。赤池はアイアンだけを持って来ており、ドライバーやフェアウェイウッドを使うことはなかったそうだ。湯船での小松のセリフが少し気になったのだが。
「赤池のやつ、俺の3番ウッド見向きもせえへんかったな。猫田さんもびっくりの上達やったのに」
「あれだけ、まぐれが連発したら、誰でもびっくりしますよ」
「梅ちゃん、また、喧嘩売ってるの?まぐれ出すのも実力の内やがな」
それから、赤池を何回か、スパで目撃することになったのだが、引き締まった身体に典型的なゴルフ焼け。松竹梅親父に会っても、軽く会釈するだけで、いつも同じ対応。何か暗い影を引きずっているようで、俺は、得体の知れない違和感をいだいていた。俺は、どのようなペニスの持ち主なのチェックしようとしたのだが、スパ内を移動するときは、いつも股間をタオルで隠していた。そして湯船に入る直前までタオルで隠し、湯船の中では、手を不自然にかざして股間を隠している。ジェットバスで腰部をマッサージしている時は手が股間から離れていたのだが、赤沼はジェットバスの泡を股間に纏わせ、そのペニスを俺の目から隠したのだ。俺は、余り露骨に確認しようとすると変態野郎だと思われかねないので、赤沼のペニスについては見ることを諦めたのだった。おかげで彼の情動傾向を確認することは出来なかった。
スポーツクラブのゴルフコンペ前日。俺がいつもの通りに、トレーニングの後、サウナで身体を温め、水風呂に入り湯船の縁に座ってペニスの伸び縮み確認をしている時にインストラクターのミズシマさんが水質検査の為、スパに入って来た。
「失礼しまーす」
スパには、松竹梅親父もいたのだが、彼らを見て、ミズシマさんが、
「明日は、コースデビューですので、よろしくお願いします」
ヨガや、エアロ、ダンスレッスン、スイミングのインストラクターまでこなすミズシマさんが、ゴルフまでする余裕があるのだろうか?俺はこの時、納得のいかない気持ち、妙な違和感をいだいたのだった。
そして、そのゴルフコンペの結果は、これも、松竹梅親父達の会話をスパの湯船で聞いて知ることになった。
優勝したのは、猫田。リベンジを果たしたようだ。赤池の成績はというと、前半の調子はよかったのだが、後半にスコアを崩し、下位に沈んでしまったそうだ。松竹梅親父の中では、竹中が赤池と同じ組でラウンドしており、湯船で感想を漏らしていた。
「最初は、ドライバーもアイアンも安定していたんやけど、昼飯の後、ドライバーが、不安定になってしまって、よう曲がってましたわ」
「竹ちゃんは、どうやったんや」と、小松に聞かれて。
「スコア見たらわかるでしょ。どのショットも不安定が、安定してましたよ」
「昼は、猫田さんと、環江ちゃんと、赤池の三人で食べてたな」と小松。
「昼飯の時、環江ちゃんに言いよって、そでにされてショックやったんちゃうか」
「それにしてもミズシマさん、コースデビューで117は立派やな」
「運動神経がいい人は何やっても上手なるの早いわ」
「一回、一緒に回って、俺のフェアウェイウッド伝授せなあかんな」
今回、小松はよほど調子が良かったらしい。饒舌に油をさしたようだった。
そして、二週間後、あの恐ろしい事件が起こったのだった。
夕方の早い時間、俺はトレーニングの後、スパに入るといつもと様子がまるで違っていた。めずらしくスパ全体が白く濃い霧で覆われ、一メートルほど先しか見えない状態だったのだ。そこはまるで、幻想的な雰囲気の冬の湖だった。いつもは開いていないスパの天窓を誰かが開け、冷たい外気が急激に入り込み、スパ内に霧が発生したのだろう。その為どれくらいの人が、スパにいるのかよく判らない。サウナでは俺一人で間過ごし、シャワーで汗を流してから水風呂に入り、いつものようにジェットバスのある湯船の淵に座っていたらゆっくりと霧が晴れてった。そして驚いたことに隣の湯船に2羽の白鳥が現れた。もちろん白鳥は、俺が幻想的な冬の湖をイメージしたことがもたらした幻だ。湯船の霧が晴れて現れたのは、握りしめた拳を天井に向かって伸ばした二本の腕だった。
俺は一瞬、驚きそしてひるんだが、また、変な『素潜り野郎』の新種だろうと考えた。
『素潜り野郎』とは、「スパで、水風呂やお風呂で潜ることは、他のお客様の迷惑になるので、ご遠慮ください」と表示されているのを完全無視し、お湯や水の中、どんな排泄物が有るのかもお構いなしで、頭の先まで潜るのが大好きな野郎どものことなのだ。
普通は顔を下にして潜るのだが、まれに逆向き、後頭部から潜る野郎がいる。
以前、俺が湯船の淵に頭をもたせかけて入浴していた時、同じ姿勢で隣にいた野郎が、突然消え去りビックリしていたら、知らぬ間に頭をずらして湯船に潜っていただけで、その後、潜水艦か浮上する様に、ゆっくりと鼻の先からから水面から出て来たのだった。
今回も、その類の『素潜り野郎』なのだろうと思っていたのだが、どんなに待っても湯船から突き出が二本の腕が、ピクリとも動かない。まるでお風呂に、突き刺さっているようだ。恐る恐る見に行くと、二本腕の間、揺らめくお湯の底に、目を大きく見開き驚いた表情の男の顔が沈んでいるのだ!
俺は、恐ろしくなりヨロヨロとスパから出て、備え付けのクラブのスタッフに繋がる内線電話の受話器を取り、人が湯船で倒れていると告げた。
「わかりました、救急車を呼んで直ぐに行きます」
直ぐに来たのは、ミズシマさんだった。
お風呂から、腕が二本突き出ているのを見た、ミズシマさんは
「こ、これは、まるで、スケキヨのやつの、あれの映画の場面の腕のバージョンじゃないですか!」
そしてお風呂の中に沈んだ顔を見て、「あっ!猫田さんだ!」と言った。
横田が殺されたのだった。
「救急車じゃなくて、警察を呼ばないといけない」
その時、そこへ、以前、ハゲ頭に絞ったタオルを乗せ、それを見た幼児に「殿様」と呼ばれていた、ハゲヒゲ殿様親父が入って来た。
「どうかしました?私がその警察のものですが」
ハゲヒゲ殿様親父は警官だったのだ。
状況を確認し、『殿様デカ』は、誰も何も触らず、現場をそのままにするよう指示を出した。発見者の俺は、他に誰かいなかったか尋ねられたが、二人ほど見たような気がすると、曖昧な答えしかできなかった。その後、鑑識が来て調べたところ、猫田の死体は、手に毛を握っていることが判明した。しかも、その毛が、どうやら陰毛らしいということになり、確認のため、俺は陰毛の提出を求められた。犯人の陰毛を、猫田が殺される時に、引きちぎったと判断された。俺は、自分で抜いて提出すると申し出たのだが、自分で取るのでは、証拠にならないという理由で、『殿様デカ』に毛根付き陰毛を毟り取られた。毛根付きでないと鑑定制度に差がでるそうだ。毛根ごと陰毛と抜き取られる痛さときたら、思い出しただけで、涙が滲んでくる。DNA鑑定の結果は、数日かかるそうだ。その後、連絡先を確認されてから、なんとか解放されたのだ。
横田が殺されて、直ぐに、赤池が疑われることになったが、完璧なアリバイがあるそうだ。その日はスポーツクラブのゴルフレンジで、赤池、環江、竹中の3人で練習をしていたそうだ。その間、トイレに行くぐらいで、殆どその場を離れることはなかったし、昼食も三人で一緒に食べたそうだ。そして、会員の間で、勝手な噂と憶測だけが広がっていった。
そして事件が解決しないまま、その週の土曜日、スポーツクラブから俺の携帯に連絡があり、明日の日曜日クラブ利用終了時間後の八時過ぎから今回の事件について説明をする事になった。俺にも来館するよう伝えられたのだった。
土曜日、スポーツクラブに到着し、案内されたのは、一番広いレッスン用スタジオだった。集まったのは、ミズシマさん、赤池、環江、小松、竹中、梅原、『殿様デカ』、スポーツクラブの支配人、そして死体第一発見者の俺だ。
『殿様デカ』が俺のところに来て、横田が掴んでいた陰毛と私の陰毛のDNA鑑定の結果が、不一致だったと教えてくれた。
「良かったですね」
そして、「毛根は陰毛でなくて、髪の毛でもよかったそうです。ハハハハハ」
これを聞いた俺の殺意は、どこへもっていけばよいのだろうか?
その時、ミズシマさんが口火を切った。
『皆さぁん、ご苦労様ですぅ。今回、猫田さんがお亡くなりになった事件とぉ、当クラブで発覚しました不正についてぇ、お伝えする事がありますので、お集まりぃいただきました』
ミズシマさんが何かいつもと違う口調、変な癖のあるアクセントのある口調で喋りだした。
ミズシマさんの言葉に対して『殿様デカ』が、意義を申し立てる。
「事件の捜査は、我々で進めていますから、余計なことをする必要はありませんよ」
支配人が、それに答える
「今回は、クラブ運営にダメージをもたらす案件ですので、ミズシマに調査をさせましたそれに犯人の逮捕が、我々の目的でありません。ご了承下さい」
「イトウ君、こちらのお連れして下さい」と支配人がスタジオの外に向かって呼びかける。
皆はイトウ君が連れてきた人物を見て、驚き、開けた口を暫く閉じることが出来なかった。赤池とまったく同じ顔、同じ体形の男が現れたのだ。
そしてもう一つ、俺が驚いたのは、久しぶりに見たイトウ君の姿だった。着ているTシャツもはち切れそうなほどムキムキでマッチョな身体になっており、ヘアスタイルも金髪の尖がったヘアスタイルになっていたことだった。イトウ君は、ドラゴンボールの捜索を諦めていなかったのだ。それに何故だか、イトウ君を呼び出した支配人も唖然と口を開いていた。
「イトウ君!なんだ、その髪型は。次のシフトまでには、普通に戻しなさいよ!」
イトウ君のヘアスタイルは職場の身だしなみ規定を大きく外れていたのだ。
そして、後から出てきた赤池を見て最初からいた赤池が「兄貴」と言い、後から出てきた赤池が「静也」と言うのを引き取り、ミズシマさんが語りだす。
『お集りの皆さん!猫田さんを殺害した犯人はこの中にいます!』
それはそうだろう。赤池はどう見ても双子だろう。この展開なら、どう考えても赤池が双子のトリックを使いアリバイつくりをして猫田を殺害したのだろう。
『御覧の様ぉに、赤池さんは一卵性双生児なのぉです。双子の兄弟でぇす。そして、当クラブにぃは一人だけが入会し、兄弟お二人でぇ会員証を使い回すぅ方法で、クラブ施設をぉ不正利用されていました。これぇは、クラブの規約に違反しますので、退会していたぁだきます。それと、不正にご利用されていたぁ8か月間の会費、入会金を追加で請求いたします』
「どうして双子だと判ったのだ」と『殿様デカ』が言う。
『赤池さんは、午前に中、当クラブをご利用された後、もう一度夕方にご利用されることがよくありました。そして、その度にお風呂に入って頭を洗っておられた。若い男性が一日2回シャンプーするのは、何か違和感をいだきました』
「そんなことをしたら、キューティクルが剥がれて毛髪が痛んでしまうじゃないか」と殿様警官が自分には関係のない世界の心配をする。
『それぇで赤池さんがスパを利用されぇた時、ボディッソォープとシァャンプーの残量確認のふぅりをして、身体の特徴に、何か違いがないか確認しました。そして午前中は、おちぃんちんの皮ぁがむけているのに、午後は皮ぁがむけていなかった事がありました』
そこに竹中が、口を挟んだ。
「しかし、仮性包茎の人もいるじゃないか」
小松と梅原が「そうだ」「そうだよ」と追従する。
『あれ程の皮ぁが余っいたぁら、仮性包茎ではすぅまないでしょう』
それで、俺が確認しようとしても別人である疑いを持たれないよう徹底して隠していたのか。
「だから、早く手術しろと言っただろう」怒ったように赤池の片方が言い放った。
「手術なんて痛そうだし、恥ずかしいじゃないか」もう片方の赤池が言い返す。
『それから珠江さぁん!あなぁたは、赤池さぁんのお姉さぁんですね!』
ミズシマさんが珠江を指差して、問いただす。珠江は否定しないで、うつむいてしまう。新事実が暴かれた瞬間だ。しかし、どうしてもミズシマさんの変な喋り方が気になる。
「横田さんは俺たちの秘密に気がつて・・ばらすのが嫌なら金と姉ちゃんを・・・」
赤池の片方が、聞かれてもいないのに犯行動機を喋りだした。
『コンペでぇの昼食の時、その事で猫田さぁんかぁら恐喝行為を受けぇていたのですねぇ。
ゴルフでの不正なぁ手口は、兄弟の一人がぁドライバーショットォを得意でぇロングホール、ミドルホールを担当ぉし、あとの一人の方がアイアンショットを得意ぃとしておりショートホールを担当ぉしていたぁのですね。そして、猫田さぁんに、二人で得意ぃなホールを入れ替わってぇ打っている事がぁばれて、午後からは、ホール毎ぉに入れ替ぁわることが出来なくぅなったのでしょう』
その時、それまで黙って聞いていた竹中が割って入る。
「そうか!そうだったのか!解ったぞ。そうだったのか!謎が解けた!」
「竹ちゃん何がわかったんや」と小松が訊ねる。
そんな二人を横田さんは無視して謎解きを続ける。
『犯行ぅ当日、ムケキヨさぁん達はフロントを上手くぅ誤魔化してぇ、二人がぁ同時にぃ入館していまぁす。そぉして、事件当日ぅ、クラブを体験利用さぁれた方がぁ一名だけぇ連絡がつきませぇん。恐らく、変装したムケキヨさんだと思われます』
ムケキヨさん?
『すでぇに防犯カメラのぉ記録を警察に提供済ですのぉで、解析すればわかりましょう』
『と言う訳でムケキヨさんたちが、二人ともぉ犯行時刻に入館していることになるとぉ猫田さん殺害時のぉアリバイは、成立しないことになりまぁす』
ムケキヨとは誰のことだろうか。ミズシマさんは、何か勘違いしている。
「あの、僕はムケキヨではなくて『クラブとしては、どちらの方ぁが、殺人をおかしたかは判りぃませんので、あとは、ムケキヨさん達がぁ、警察に出頭してお話してくださぁい』
赤池の片方が名前を訂正しようとしたが、ミズシマさんは聞こうとしない。
『それでぇは、閉館時間もぉかなり過ぎていますかぁら、早急にぃご退館をお願い致します』
赤池兄弟と珠江は観念したのか、二人そろって『殿様デカ』のもとへ向かう。出頭して全てを打ち明ける覚悟を決めたのだろう。そこへ、竹中が飛び出して、去って行く四人の後ろから声をかける。
「おれを、アリバイの為に利用していたんやな!」
「最後に教えてくれ!アイアンショットを上手く打っていたのは、皮のむけている方か、むけていない方か。教えてくれ、ドライバーはむけている方か?どっちなんや!」
赤池たちから返事はなかった。代わりに小松が竹中の肩を叩いて慰めるように言った。
「竹ちゃん・・・・ちんちんの皮は、ゴルフとは関係ないで」
帰る前、俺はミズシマさんにゴルフを始めた理由を訪ねた。
「支店長とちょっとした賭けをしたのです。コンペで良いスコアが出せたので、いいお小遣いになりました」とミズシマさんは俺に答えたのだった。
やはり、ゴルフをプレイするという事は、その人の行いを狂わせることになるのだ。