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それは前世でもみていた夢

 この日は私の誕生パーティーであり、父王ギルバートが私を王太女として認めた日でもあった。


「ラファエラ王太女殿下。本日はおめでとうございます」


 美しく着飾った貴族階級の者たちが、入れ替わり立ち替わり祝いの言葉を述べてゆく。


 ラファエラ? それは誰?


 あぁ――そうか。


 ラファエラは私だ。


 《《また》》、あの夢をみているようだ。だとしたら私は日本に戻れたのかも知れない。

 なんだ、異世界転生なんて夢だったんだ。


 よかった……と思う間もなく、誰かが「王太女殿下」と四方八方から呼んでは、代わる代わる挨拶と世辞を繰り返す。

 彼らの本音は次期女王と懇意になることだろうが、私の隣に立つ婚約者のアレクシス・エリオットがそれを許さない。


 彼は穏やかな微笑を口元に浮かべ、私とともに挨拶を受けながらも、獲物を狙う蛇のような眼で貴族たちを威嚇する。なまじ整った顔立ちをしているものだから、下位貴族などは威嚇を通り越して脅迫のように感じることだろう。

 光加減によっては白金にも見える美しいプラチナブロンド、それを彩る深緑色の瞳という美形要素をなぜに無駄遣いするのか。実にもったいない。

 アレクシスの――というよりもシニストラ公爵家の威嚇のおかげで、貴族たちは見事なまでに空気を読んで、挨拶だけきっちり行っては退散してゆく。


 そんななか、婚約者の突き刺すような視線も気にせず、優雅に、しかし気楽に私へ声をかける者たちがいた。

 銀髪碧眼、あらゆる女性の視線を一身に浴びるほどの美丈夫。まるで歩く造形美と思わせるその顔と肢体は、いっそ王宮に飾ればいいのにと思うほどの男性。

 アレクシスも美形ではあるものの、彼の前ではややかすんでしまう。

 メディウス公爵家の嫡男であるヴァン・グレイアム。私の婚約者の実家とともに『三公』と呼ばれる名門公爵家の一つ。


「アレクシス殿。殿下とお話をさせていただいてもよろしいか?」

「もちろん」


 アレクシスはにっこりと微笑んで、私の頬へ軽く唇を落としてからその場を離れる。

 貴族は対面を重んじる。しかも最高の爵位を持つ者が、公の場でみっともない嫉妬を露わにするなど許されない。それが対等の相手となればなおさらだ。

 それをヴァンも、そしてアレクシスもよく知っている。


 ヴァンは麗しい見た目に反して、実は一癖も二癖もある男である。

 アレクシスの威圧に気づいていながら、私に親しげに声をかけるのは、これもわざとだ。だからアレクシスも反応した。

 自身が我が国の軍事部門の実質的トップである騎士団総帥の地位に就いていることと、若輩のアレクシスが年上のヴァンを無下に扱えないことを充分すぎるほどに熟知している。

 ヴァンは次期公爵家当主として、近い将来王配となる者を、そしてシニストラ公爵家をもけん制しているのだ。


 だからこういう場面を見ると、少し胃が痛くなる。

 立場上、権力の道具になってしまう自分を消したくなる瞬間だ。


      ◎◎◎◎◎


「……まったく、あなた様には敵いませんね」


 銀髪碧眼の見目麗しい青年は口元に手を当てて笑っている。

 その笑顔が多少引きつっているのは、私が少々キツいことを言ったから。


 ――口数の多い女性は好みではありませんね。すぐに反論してくる。いくら容姿が麗しくとも、反論の数が多い女性は美しく見えません。


 そんなことを言ったものだから、私はカチンときてしまった。自分のことを言われたような気がしたのだ。


 実際、私はかなり気が強いし、腕も立つ。

 それゆえに私は、自分自身が周囲からなんと噂されているか熟知している。そのどれもが王女とは思えない荒っぽいものだ。

 そんな私にそんなことを言ったら、完全に嫌味と受け取られる。


 だけど、ヴァンはおそらく意図的に言ったということも、私は知っている。

 これは演技だ。表向きは反りが合わないという関係を周囲へ見せつけることで、私のお気に入りの少年、そしてヴァンの大事な長男を守っている。


 だから私も怒るしかなかった。

 私のお気に入りの少年のために、少年の父親とはあまり反りが合わないのだと周囲へ認知させるのだ。


 ――文句も言わず、ただあなたの発言に従うような、人形みたいな女性があなたの好みなの? だったら職人に命じて女性の人形でも作ってもらいなさい。


 この発言を耳にするなり、目の前の美青年は閉口してしまったのだ。

 まさか、ここまで言われるとは思っていなかったのかもしれない。

 感情を表に出すことを良しとしない高位貴族の次期当主としては、この困惑ぶりはかなり珍しい。


 ……うん。ちょ~っと、言葉がキツすぎたかしらね。

 でも、これぐらいがちょうどいいのだ。おそらくヴァンもそう考えているはず。

 予定どおりだ――と。


 ただ私の返答が少し……いや、かなり予想を超えていた、それだけのこと。

 軽い困惑が落ち着いてから、彼は隣にいた少年の背を押した。父であるヴァンによく似た、人目を惹く美しい少年だった。


「では人形好きは退散して、あとは息子に任せるとしましょう」


 そう言って、彼は実に優雅に一礼し、ゆったりとした足取りで私から離れた。

 自分の息子が私のお気に入りだと理解しているゆえに、息子にご機嫌直しの役目を負わせると称して会話できるように仕向けて。


 そもそも彼の息子――ランスロットはまだ社交デビューできる年齢ではない。

 それを承知のうえで、私がランスロットもパーティーに参加させたいとなにげなくぼやいたら、父王をかなり困らせたらしい。

 まさか本気で受けとめられるとは思わなかった。

 私は破天荒な人間として周囲に認識されているが、いくらなんでも分別はある。


 でも、父王が娘に甘いことをド忘れしていた。

 簡単に呼べないことくらい理解していたので、また日を改めて、もう一人仲良くしている侯爵家の少年も一緒に、お茶会に誘おうと思っていたのだ。


 しかし事態は私の想像を超えて大きくなっていた。その話をどこかで耳に入れたヴァンが無理をして準備してくれたのである。

 その事実を私は父から聞き、慎重に動けと今朝注意されたばかりだった。


 アレクシスの機嫌を損ねるな、と。


 彼の実家であるシニストラ公爵家は私の母であり正妃でもあるクラリス・アデラインの実家であり、現在、もっとも力ある公爵家。つまり私の後見でもある。

 アレクシスを怒らせても私が謝罪すればなんとかなるが、それは私たちの関係が修復されるだけでシニストラ家の対面は守れない。

 私の婚約者を失望させることは、彼の父であるシニストラ公を激怒させるも同義なのだ。そうすれば私はもっとも力ある後見を失う。それだけは避けなければならなかった。

 アレクシスは少々神経質なところがあって、特に私に男性が絡むこととなると過敏になりすぎるきらいがある。

 だからヴァンとのやり取りは慎重を期した。


 それにしても、ランスロットにはかわいそうなことをした。

 子供とはいえ彼も貴族の子。周囲は年齢を考慮せず、少年の礼儀作法を無慈悲にチェックする。高位貴族ならなおのことだ。

 もしかしたらメディウス家は家庭教師を呼び、急いでマナーを叩き込んだ可能性もある。生真面目なランスロットは、必死に覚えたことだろう。

 ヴァンの期待を受けた少年は、私を見ると優しげな笑顔を向けてくれた。


「王太女殿下。二十歳のお誕生日、おめでとうございます。そして王太女として任命されましたこと、臣下として我が事のように嬉しく感じております」


 少年は右手を胸に当て、左足を少しうしろへ引いて優雅に挨拶をしてくる。

 その見目麗しい姿が不思議に誇らしく思えて、私は目を細めた。


「ありがとう、ランスロット。あなたは、あと八年で成人ね」


 私は目の前にいる銀髪の少年に声をかけた。

 流れるような銀糸に、バイオレット・サファイアように澄んだ切れ長の瞳。まだあどけなさが残るせいでどこか少女のように見えるものの、美しい線を描く顔の輪郭も形良く通った目鼻立ちも、秀麗さを持つ少年を一際目立たせている。


 今夜は私の誕生日と立太子を祝う夜会ということもあり、ランスロットも盛装していた。特に瞳の色に合わせた深い紫色のウエストコートがよく似合う。

 まだ十歳とは思えない麗しさで、すでに若いご令嬢の視線を釘付けにしていた。


「なんだか、見た目だけならあなたのほうが王子にふさわしい気がするわ」

「なにを仰いますか。愛らしいお顔を彩る銀色の髪も、宝玉のごとく輝く紫の瞳も、あなた様は私よりもずっと美しいものをお持ちでございます」


 なんだか物言いが父親に似てきたわね。……なんて答えると、表情には出さなくても彼の機嫌が悪くなるので黙っておいた。


「特殊スキルだけでなく基本スキルだって、あなたは勇者クラスでしょう?」

「それと王位は別物でございます。ラファエラ様は王族の方しか継承できない特殊スキル〔神々冥加(プルプレウス)〕をお持ちです。賢王として名高いギルバート陛下の跡目を継げるのは、殿下をおいて他にございません」

「では、四年前の約束どおり、私が即位したら私の背中を守りなさいね」

「それが殿下のお望みとあらば必ず。ですが、その前に私は王立学院を卒業しなければなりません」


 私の言葉に、ランスロットは礼儀正しく一礼してから、改めて私を見た。

 この国の貴族の子女たちは十三歳になると、王立学院へ入学することが義務づけられている。

 全寮制で中等部では三年、高等部で三年の教育期間が設けられており、その六年間で自身の才能を知り、さらに伸ばし、生涯を捧げる職業をみつけるのだ。


「中等部では騎士科と魔法科と経営科へ進学する予定だそうね?」


 三科も同時に通うなど、普通に考えればできるはずがないと考えてしまいがちだし、人によっては実際そうだろう。しかし高位貴族のほとんどはそれを難なくこなす。

 特に家名を背負う責務がある者はそれを強く求められるし、実際にやり遂げる。男女を問わず、長子は責任感が強い者が多いようだ。


 そしてメディウス公爵家の跡継ぎであるランスロットもまた例外ではなく、同時にそれをこなせる才能を持っていた。


「はい。殿下とのお約束を守るため、必ずや騎士団総帥の地位を手に入れます」

「そう、素晴らしい目標ね……」


 それまで私は、王女らしく下腹部のあたりで両手を重ね、背筋を伸ばして報告を聞いていた。

 しかし急に我慢がきかなくなり、クルリと背を向けた。


「……やだぁ、もぉ~~」


 両頬を両手で包み、私は天井を仰ぐ。


「初めて会ったときは敬語でもどこか子供っぽかったのに、なんだかすっかり公爵家の嫡男みたいな物言いになってる~」

「みたい、ではございません。私はメディウス公爵家の嫡男でございます。王太女殿下の前で醜態をさらすわけにはまいりません」

「いいじゃない。私の前では子供に戻っても」

「父に叱られます」

「可愛くない……。身長も、もう私を追い越しているし」

「私もいつまでも子供ではありませんので」


 言い方が可愛くない。思わず私は少年の頬を両手で挟み、ぎゅうっと押してしまった。ランスロットが口のなかでモゴモゴと言葉をこねている。


「それが未来の妻への言葉なの? 四年前の約束を忘れたわけじゃないわよね?」


 そう告げたとたん、少年の表情から感情が抜け落ちた。

 貴族然とした、思考が読みづらい顔つきへと変じる。そしてやわらかな動作で私の両手を取り、そっと私の下腹部の位置へと戻した。

 まるで大事なものを返すかのように、そっと。


 その顔を見て、私も失言を悟る。

 ……いけない、まだ幼い彼を権力闘争に巻き込んでしまうところだった。

 私は慌てて口を閉ざすと、ランスロットが続けて発言した。


「殿下には、シニストラ公爵家のアレクシス殿という婚約者がおられます。私の出る幕はないかと」


 とはいえ名前を告げられても、いまいちピンとこなかった。

 アレクシスは母方の従弟であるため幼い頃から付き合いがあり、互いの性格も熟知している。互いに愛称で呼び合うほど仲も良いし、アレクシスが私を従妹以上の存在として大事にしてくれているのも強く感じている。

 私を本気で愛してくれている、と。


 だから結婚しても変わらずに良好な関係を築けるはずだ。

 そして私が女王へ即位したとしても、彼の明晰な頭脳からなる政治手腕で私を助けてくれるのも理解できている。


「そうね……」


 適当な返事で言葉を繋いでから、私はずっと抱えてきた思いを封印する。

 どうしてかわからない。理由さえも見えないのに、私には一つの予感がある。


 ――ランスロットは私の夫となる。


 ランスロットと初めて出会ったときに天啓の閃きのごとく降りてきた、ある種の直感。

 そんなものとバカにする人もいるが、私の勘は意外に当たるので父王ですら無視できないときがあった。

 でも……――


「ごめんなさい、軽率でした。今の発言は忘れてちょうだい」


 私は目をふせながら謝罪する。

 目の前の少年は、私の発言を耳にするなり、なぜか悲しげな顔をして少しだけ首を左へ傾けた。


「承知しております。……それでは殿下、私はこれで失礼いたします」


 それから彼は右手を胸に当て、丁寧にお辞儀をすると、踵を返してその場を立ち去ろうとした。


「あ、そうだ。産褥で療養しているヴィクトリアお義姉様にご自愛くださいと伝えておいてね。近いうちに、エレノーラのお顔を見に伺います、と」

「ありがとうございます。叔母上も生まれたての従妹も、きっと喜ぶでしょう」


 それだけを告げると、ランスロットは颯爽と立ち去った。私も彼に背を向けアレクシスのほうへと歩き出す。

 少年とは思えないほどの優雅な立ち居振る舞いと、彼自身が持つ美しさにうしろ髪を引かれながら――

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