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前世がアラフィフ刑事の愛され女王は早く元の世界に帰りたい  作者: お遍路猫@
第一章 異世界転生先で早くも創造神に騙された……
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第一章ー④

 自分で飲んだ……。しかし、この証言はどう受け止めるべきか。


 私は目を閉じて深呼吸をした。

 人間は確かに死を本能で恐れる。しかし、いくら本能だからといって一人も一線を越えないということはない。その勇気を持ててしまう人は一定数いるからだ。

 精神的に追い詰められて、もしくは他の理由で自殺するという話は前世でもよく耳にしたし、私自身、そういった案件を扱ったこともあった。


 現場へ臨場するたびに、死への恐怖を乗り越える力があるなら、その力を別方向へ持てなかったのかと思ってしまう、うしろ向きの勇気。

 だから世界から自殺はなくならない。そして、サラもその一人だったとしてもおかしくはない。

 世界は違っても同じ人間であるならば、似たような事例はあるだろう。


 一方で疑問も生じる。

 その恐ろしい死を、誰もがひどく臆病だと認めている王女が選べるのか――と。

 私は疑心暗鬼な目を向けそうになるのを堪えて、できるだけ無垢な顔を心がけてフローラのほうへ振り返った。


「私が自分で飲んだ毒は……形のあるものですか? それとも液体ですか?」


 この異世界の毒物の種類がわからなかったので、そこはしっかりと質問した。

 その問いかけに対し、フローラは小さくかぶりを振って答える。


「毒の形状はわかりかねます。ですが、おそらく、ご用意した紅茶へ殿下ご自身でお入れになったのではないかと」

「紅茶……ですか」


 でも、この証言では……サラが確実に自分で紅茶に毒物を入れて飲んだとは立証できない。この言い方は、あくまで第三者の予測でしかないからだ。


「その紅茶とティーカップはそのまま残っていますか?」

「ティーカップは洗浄し、食器棚へ戻されております。紅茶は廃棄いたしました」

「そうですか……」


 物証の一つが潰された……か。いや、考えてみれば当然かもしれない。

 おそらく、この世界に警察組織は存在しない。

 もしかしたら軍のなかに警察のような組織があるかもしれないが、それでも私たちのような警察官があたりまえに持っている『初動捜査』という概念はない。

 初動捜査の重要性を知っている――たとえば私ならば、たとえ相手が王女様でも気がついた時点で事情聴取に入るし、鑑識に証拠を確実に押さえてもらう。

 それに毒物の入ったティーカップには絶対に触らせない。洗うなんて論外だ。その行為は証拠隠滅にあたり、そしてそれは被疑者側の思考だからだ。

 つまり鑑識の調査など微塵も頭に浮かばない。だからティーカップも紅茶も物証になるかもしれないという考えには至れない。

 女官たちだけでなく、この王宮の人たちとってそれは毒物の入った、汚れた食器でしかないのだ。


「私の飲んだ紅茶に毒が入っていたというのは間違いないのですね?」

「はい。調査を依頼した薬師はそう言っておりました」


 廃棄はするけれど、原因は調査する。……うーん、自殺と思っているみたいだし、毒の種類を調べたうえで入手経路を調査するという意図だろうか。それとも殺人を疑っていて、犯人逮捕の意思があると考えていいわけ? 

 サラに毒を販売した者を調べ、その者を罰するつもりなのか。それとも他の理由なのか。


 調査する理由がみえない……

 そういう調査を行う機関があるということ? それは警察と似たような組織なのだろうか。

そのあたりを詳しく質問したいけれど……今は避けたほうがいい。

 そのあたりを詳しく質問したいけれど……今は避けたほうがいい。

 あまりに深く突っ込んだ質問を行えば、私の記憶喪失を疑われてしまう。

 さて……これからどう質問しようか。それとも質問を止めるか。


「では、フローラ。私が自分で毒物を入れたと考える、あなたのその根拠を教えてください」


 私は少し考えてから、思い切って質問をぶつけてみた。

 フローラは顔色ひとつ変えず、穏やかな表情で「かしこまりました」と言ってうなずく。


「一つは毒味役でございます。殿下がご飲食をされる前には必ず二名の毒味役が先に少しずつ食します。ですが、毒の反応を示した者はおりませんでした」


 なるほどね、さすが王族。飲食の前に必ず毒味役を通すわけだ。しかも二名ともとなると信ぴょう性は高くなる。それは盲点だったな。

 毒味役をすり抜けたのであれば、確かに王女自身が用意して飲んだと考えるのも納得できるか。


 とはいえ、その方法だけで断定は難しい。

 実際、毒味役をすり抜ける方法がないとは断言できないからだ。でも……私はそれ以上にフローラの発言のほうが気になった。

 彼女は「一つは」と言った。つまり他にもそう思わせる要因があったということだ。


「他にはありますか?」

「はい。そのうえで、殿下のお飲みになった紅茶を調べた薬師から、紅茶に毒が残っていたとの報告がございました。それゆえ、毒は殿下がご自身でご用意されたものと、わたくしは判断いたしましてございます」

「毒味役はどなたですか?」

女中(メイド)が二名、受け持っております」

「その二人を、この場へ呼ぶことは可能ですか?」

女中(メイド)を……で、ございますか?」


 フローラがやや拒否を示すような面持ちとなり、考え込んだ。

 なぜだろうと思案して、もしかして身分ではないかと思いつく。毒味役など、一歩間違えば死ぬかもしれない役目だ。位の高い者にやらせる仕事ではない。

 おそらく彼女たちは、王女に簡単に会える立場の者ではない、つまり平民なのだ。

 毒味役たち証言を得たかったのだが、仕方がない。それはおいおい考えるとして、私は話を切り替えることにした。


「フローラ。他の飲食物に毒物は入っていなかったのですか?」

「いいえ。ご用意したフルーツタルトに毒が入っておりました。ですが、こちらは毒味役が食して倒れたため、殿下はお召し上がりになってはおりません」

「紅茶へ入れる砂糖やミルクはどうですか?」

「殿下は砂糖をお入れになりませんので、砂糖は用意いたしません。ミルクには入っていなかったと、これも薬師から伺っております」

「わかりました。では、私が毒を飲んだ理由はご存じ……っ!」


 質問しているうちに、脳天を突き抜けるような痛みがこめかみから響いた。思わずこめかみを右手で押さえて、顔をしかめてしまう。

 とたんにフローラは唇を堅く引き結び、やや厳しい面持ちとなった。


「殿下、お体に障ります。本日はここまでといたしましょう」

「ですが……もう少し、知りたい」


 治癒魔法をもう一度かけてもらえれば……いや、これくらいの頭痛なら、まだ耐えられる。ひどい風邪をひいたまま捜査のために極寒の屋外を奔走したことなんて、警部補時代は当然だったのだ。

 これくらいの我慢は、私には苦でもない。


「お願いします。もう少しだけ答えてください」

「憚りながら、ご進言いたします。殿下、焦っても仕方がありません」

「あ、焦る……?」

「ご記憶を失われたことで、不安がおありになるのではございませんか?」


 あぁ、そうか……。この人は、私の質問をそのように受け止めてくれたのか。

 すると、今のところはまだ偽者とは思われていないのかもしれない。


「不安……ですか。そうかもしれません」


 とりあえず、フローラの言葉に乗り、できるだけ落ち込んだふりをして俯いた。


「その……。皆さんは私を知っているのに、私はなにも思い出せません。皆さんが悲しそうにされているのに、なにもわからないのは……申し訳なくて」

「とんでもない。殿下はそのような些末なことをご心配なさらずともよいのです。今はお体を治すことだけをお考えくださいませ」

「でも、それでは皆さんに負担がかかります。だから、せめて毒を飲んだときのことを思い出せれば、少しは変わるかもと思って……」


 とっさに出たとはいえ、よくもまぁこんな嘘八百を並べ立てられるものだと我ながら感心してしまう。

 とはいえ、嘘がバレないためだ。仕方がない。


「サラ……いえ、殿下」


 それまで気配を断っていたかのように寡黙だったランスロットが、私の近くへ寄るとそっと頭へ手を置いた。


「思い出せなければ、それでもいいのですよ」

「ですが」

「私たちのためにも、これ以上、無理はなさらないでください」


 私の右手をランスロットがそっと手に取り、そして、その澄んだ菫色の瞳で私の瞳をみつめてきた。

 口調こそかしこまっているが、ランスロットの発言は家臣としてのものではなく、身内としての本音のように思えた。

 さすがに、これは無視できない。

 従兄である彼からそんなふうに頼まれては、本物のサラは間違いなくうなずくに決まっている。


「わかりました」

「よかった」


 素直にうなずく私を見て、ランスロットがふわりと微笑む。

 うーん。それにしてもこの人、笑顔があまりにもまぶしすぎるわ。

 まだ日本人だったとき、テレビや映画、インターネットなんかでさまざまな国のさまざまなイケメンを見てきたけれど、これほど高レベルの美形はお目にかかったことがない。

 こんな笑顔、普通のご令嬢が真正面から向けられたら、赤面して卒倒するんじゃないだろうか……ではなく。


 気をつけるべきは彼の目線だ。

 長々と目をみつめられるのは正直キツい。

 これはランスロットの顔面偏差値が異常に高いからではなく、単純に見透かされている気がするから。

 公爵家の嫡男という立場がそうさせるか、ランスロットの眼はどこか鋭い。

 見た目こそ若くとも、間違いなく彼は慧眼の士。実年齢は知らないが、おそらく年齢以上の観察眼を持っている。

 私はできるだけ自然な流れで視線を自分の右手に落とし、動揺をごまかすために努力する。

 その瞬間、信じがたいものが視界に入った。


「え……?」


 なに……この指。

 ブクブクと脂肪がついて、まるで豚……いや、象のようだ。

 慌てて自分の腕や体を叩いてみる。手を払われたランスロットだけでなく、フローラや女官たちがとても慌てた様子を見せた。


「で、殿下?」

「どうなさったのですか?」

「サラ様……?」


 彼女たちの言葉を無視して、私は手が伸びるところまで思う存分叩いてみた。

 …………太い。

 体についているであろう脂肪が、余分なお肉が、叩くたびに揺れているのが服の上からでもわかる。質問に夢中になっていたとはいえ、なぜ今まで気づかなかったのか。


「鏡……鏡を、貸して、ください」


 伸ばした右手が震えているのが、自分でもわかる。……そう。私の精神は拒絶しているのだ。私自身の脳内予想を拒否したいのである。

 しかし、現実は残酷だった。


 メリッサから渡された手鏡に移る『サラ』の顔は……顔は……

 まるで豚のよう……だった。


 長い銀髪に青い瞳。顔の造形は彼と違って愛らしい感じ。瞳の色は違うが毛髪だけなら、ランスロットと同じだ。さすが血縁者だと思っただろう。

 だけど顔の面積がまるで違う。

 ランスロットの整った面立ちにぜい肉がないぶん、サラの無駄についた脂肪で広がった顔は嫌でも目立った。脂肪がサラの愛らしさを完全に殺している。


「嘘、でしょう?」


 思わず本音がこぼれる。パタンと布団の上に手鏡を落とした。

 私の行動に驚き、硬直していたランスロットやフローラたちは意味がわからないのか、そのまま黙り込んでいた。

 そんな彼らに対し、私は動揺を抑え、なんとかこれだけを告げた。


「しばらく一人にしてください」


 あの自称創造神め……私を騙したな。

 女性がもっとも嫌う重要なことを隠してやがった!

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