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前世がアラフィフ刑事の愛され女王は早く元の世界に帰りたい  作者: お遍路猫@
第一章 異世界転生先で早くも創造神に騙された……
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第一章ー②

 銀髪の美青年が部屋を出て行ってから十分くらい経っただろうか。

 彼とともに四名の女性が入ってきた。

 青年の一歩うしろから歩み寄ってくる女性がフローラなのか。彼女は私の前まで来ると、腰を折るようにして私の顔を覗きこんだ。


「殿下。フローラでございます。……覚えておられませんか?」


 やはり、それで正しかったようだ。

 パッと見た感じは三十代後半くらい。光の加減で琥珀にも見える榛色の瞳と長いまつげが美しい、聡明そうな雰囲気を持つ女性だった。

 丁寧に結い上げられた蜂蜜色の髪、質素なデザインの濃紺のロングドレスが彼女の知性と品性を強く象徴している。

 右目にかかった片眼鏡(モノクル)が妙に似合っていない気がするがものの、かなりの美人であることは間違いない。しかもその右目が左目と少し色合いが違う。でもオッドアイではなさそうだ。


 私が寝たままの体勢でかぶりを振ると、フローラは寂しそうな顔をした。

 ただ……なんだろう。彼女の態度に微かな揺らぎを感じる。

 これは警察官だった頃、被疑者を取調べているときによく感じていた気配だ。

 冷静な人物のようなので、できる限り表情に出さないようにしてはいるものの、彼女がまとう雰囲気にわずかばかりに困惑が混ざっている気がするのは、さすがに考えすぎだろうか。


「あなたのお名前はフローラというのですか?」

「はい」

「ごめんなさい、わかりません」


 正確には「知りません」だが、そこは黙っておく。


「私の名前はなんというのでしょうか?」

「殿下のお名前はエレノーラ・セシリア・サラ・グローリオースス。殿下のご希望により、家臣は皆「サラ様」とお呼びしております」


 フローラはどこか寂しげな、しかし穏やかな面持ちで答える。私に不安を与えないためだろう。

 やっと王女様の名前がわかった。転生前に創造神様と言い争っているときに聞かされたのは覚えていたんだけれど、長すぎて覚えられなかったのよね。


「ありがとうございます。覚えておきます」


 銀髪の青年が呼んでいた「サラ」とは、ミドルネームだったのかと、ようやく理解できた。しかも、そのミドルネームが私の名前「彩良」と音がかぶるなんて、すごい偶然だ。


「そちらの方は……どなたでしょうか?」


 私の視線が銀髪の青年へ向くと、フローラを含めた女性全員が硬直した。表情に出さないようにしているものの、顔が微かに引きつっているのがわかる。

 ……しまった。もしかすると、彼はこの王女様が一番忘れてはならない人物だったのかもしれない。

 銀髪の青年は右手を胸に当てると、左足を軽くうしろへ引いて丁寧にお辞儀をした。


「私はランスロット・ウィリアム・メディウス。今はランスロットとだけ覚えておいていただければ充分でございます」


 ランスロットと名乗った彼の所作は不自然さが一切なく、同時にあまりにも優雅で見惚れるほどに美しい。美形はなにをやっても様になる。

 その証拠に彼のうしろに控えている三名の女性たちの、彼を見る目がキラキラと輝いているのが遠目でもわかる。


 それにしても、なんて表情をするのだろうか。

 笑顔を作ってくれてはいるものの、表情から寂寥感が抜けていない。それでも冷静に答えられるのは、おそらく武官として精神面も鍛えているからだ。

 それに彼は自分を捨てて、この王女様を気遣ってくれている。サラの身近な人物なら彼自身もショックだろうに、ファーストネームだけ覚えていればいいなんて、普通は言えないものだ。


 もしかしたら、彼はサラの身内だったのかもしれない。

 どうしよう。そんな顔でそんなふうに告げられたら、罪悪感しか心に湧かなくなってしまう。


「あの、本当にごめんなさい……」


 これは記憶を失ってという意味もあるが、これから嘘をつくのでスミマセンという意味合いも含ませたつもりだった。

 つまり、私はこのまま記憶喪失のフリをすることにしたのだ。


 なぜって、本当になにもかもがわからなかったから。

 自分が今いる場所も、状況も。自分が誰なのかさえも。

 あえて知っていることがあるとすれば、大蛇の女神様が「第一王女の体に入ってくれ」と頼んできたことから、私が『王女』という立場なんだろうと思い当たるくらいにしか情報がない。

 あの女神様、転生者へ情報を与えなさすぎだ。


 私がサラの体へ入るか否かで延々と口論していたとき、女神様は地球から両手両足の指の数以上の人間の魂を転生させたと言っていた。そして、ほとんどが殺害されたり自死したりしたため、仕方なく私を呼んだのだ、と。

「仕方なく」という部分に多少の引っかかりは覚えるものの、取引内容が好条件だったからそこは無視する。


 とはいえ、ここまで情報が少ないと、逆に王女に関する情報が足りなすぎたから、転生した全員が不慮の死を遂げたのではないかと疑いたくなってしまう。

 こんなに情報がない状態で、どうやって生き残れというのか。


 名前はいい。それはなんとでもなる。

 しかし人となりは無理だ。だからせめて、王女の性格くらいは少しでもいいから知っておきたかった。

 そうすれば、私がどこまで素で振る舞っても大丈夫なのか、それを推し量ることができる。


 外見が王女様本人なので、外見から偽者だとバレる可能性は低いはずだ。

 でも性格が真逆だったとしたら、私がありのまま行動するだけで周囲に違和感を抱かせてしまう。それは間違いない。

 そういったことへの自衛も兼ねて、私は記憶喪失という手段を選んだ。

 忘れたふりをしながら、少しずつサラという王女様に近づいてゆこう。


「殿下が謝罪なさる必要などございません。すべてはわたくしの落ち度でございます」


 そう言って、フローラは深く頭を下げる。


 いや、あなたのせいでもないでしょう。

 思わずそう返してしまいそうになり、私は慌てて唇を引き結んだ。


 それにしても、なんて責任感の強い女性だろう。

 ランスロットは「女官長」と呼んでいたし、背後に控えている女性たちを従えているところを見ると、彼女はなんらかの職種の責任者なのかもしれない。


「あなたたちのお名前は?」


 私はフローラの背後でおとなしく控えている女性たちを見た。

 年の頃は十代後半だろうか。この世界の就業できる最低年齢はわからないが、こういう場所で働くのであれば、もう少し年齢が高いかもしれない。

 黒い質素なロングワンピースが似合っている。メイド服の象徴ともいえる白いエプロンは身につけていないところを見ると、そういう仕事をする人たちではないのだろうか。

 全員が全員、髪を同じように結い上げているのが印象的だったが、三人の髪の色はそれぞれ違っていて、一人は艶やかな黒髪、もう一人は淡い輝きを持つ茶色。最後の一人は鮮やかな赤毛だ。


「マリナ・シルヴィアでございます」


 黒髪の少女が、スカートの両端をつまみ上げ、左足を少しだけうしろへ引いて膝を軽くおり、頭を下げた。膝折礼(カーテシー)だ。

 知識としては持っていたが、行為を見るのは初めてだった。しかもマリナのカーテシーはものすごく美しい。私は初見のうえやり方すら知らないはずなのに、きれいな所作だと思えるのだ。

 きっと幼い頃から、何度も練習したのだろうと思わせるほど洗練された礼だった。


 マリナの隣に立っていた赤毛の少女は、なぜか茶髪の少女のほうへ振り返る。

 すると、茶髪の少女が押し出すような感じで右手を私のほうへ向ける。「先に自己紹介しなさい」という意味だろう。

 続けて、赤毛の少女が同じようにカーテシーを行う。


「デイナ・エミーでございます。トゥルボー子爵……」

「名前だけにしておきましょう。今の殿下に家名までお伝えすると、おそらく混乱されるわ」


 デイナの肩へ手を置いたマリナが耳元で囁く。三人のなかでも彼女がもっとも落ち着いていて賢そうに見えたが、その見立ては間違いなさそうだ。

 なぜかはわからないが、マリナは他の二人とはほんの少しまとう雰囲気が違う。


「そ、そうね……」


 赤毛の少女、デイナが少し戸惑った声でうなずく。そして、すぐに一歩うしろへ下がった。

 続けて、茶髪の少女がカーテシーをする。


「メリッサ・オードリーでございます、殿下」


 メリッサと名乗った少女は表情に感情が乗りやすいのか、カーテシーをしつつ笑顔を作ろうと努力しながらも、ぽろぽろと涙を流していた。

 そうして感極まったのか、ついにうしろを向いて両手で顔をおおった。


「も、申し訳ございません、殿下。メディウス様。お二人のほうがお辛いはずなのに……」


 メリッサは独り言のように呟き、大きく肩を揺らし始めた。

 そんなメリッサの肩に、ランスロットが優しく手を置いた。


「いや、きみたちが気にすることではない。サラは毒を飲んだのだ。まずは生きていただけでも良しとすべきだよ」

「でも、あんなにお優しいサラ様が……猛毒を飲んで大事なご記憶を失われるなんて……。メディウス様はサラ様の大切な従兄様であらせられるのに」


 なるほど……。ランスロットはサラの従兄か。

 だとしたら彼がここにいる理由も、これまで包み隠すことなく私へ見せてきたすべての表情にも納得できる。


「メリッサ、しっかりなさい。あなたは第一王女付き女官の一人、殿下の補佐役として認められた者なのです。泣いている場合ではありません。殿下のお体のことだけを考えなさい」


 フローラが厳しめの口調で窘める。メリッサは落ち込んだ顔となり、「はい」と小さくうなずいた。そうか、彼女たちは女官なのね。

 それにしても猛毒を自ら飲むなんて、すごい勇気。どんな手法であれ、自らを殺すという行為は勇気が必要になる。死は人間が本能で恐れているものだからだ。

 どんな種類の猛毒なのかがわからないとはいえ、サラはどうして飲めたのだろうか。

 そんなに死にたかったのだろうか。……いや。


 もしかして……毒を使用した暗殺ではないのか。


 私はふと、そんなことを考えた。

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