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序章ー②

 私はあっという間にソールに抱き寄せられ、体に防護魔法を張られた。同時に瞬間移動でさらに後方へと場所を移す。

 ボヌム、ゲオルクも私とソールに続いて後退した。


 数秒前まで私がいた場所で巨大な炎が爆ぜたあと、強風が無数の刃物のように通りすぎ、続けて無数の氷の槍が地面から飛び出してくる。

 凄まじい魔力による圧が突風となって、私たちの横を通り過ぎた。


 うっかりしていた。ランスロットは魔法騎士でもあったのだ。

 しかも、体内に宿る魔力は無限。扱える魔法も、光魔法以外のあらゆる属性を使用可能という逸材である。

 いざとなれば魔法で私を殺すなど造作もない。

 こんなところでコントをやっている場合ではなかった。


 私はソールから離れて前方を確認すると、ゲオルクの侍従がランスロットの前に飛び出て掌底で彼を遠くへと突き飛ばした。

 咄嗟に両腕で掌底突きを受けとめたランスロットがものすごい勢いで廊下の奥へと吹っ飛び、砂埃が立ちあがる。壁に衝突したようだ。

 それを確認してから、イケオジ侍従は防護魔法を展開した。


「アウグスト、しばらく相手をしてやれ。防御のみ魔法の使用を許可する」

「承知いたしました」


 アウグストと呼ばれた渋い雰囲気の侍従は恭しく低頭し、改めてランスロットのほうへ振り返る。アウグストの濃藍色の髪がブワリと波打ち、全身に魔力がみなぎるのが傍目でもわかった。


 ランスロットが再び、こちらに向かって複数の魔法を放つ。それも風、氷、炎だけでなく、水や土、雷など、思いつくかぎりの自然現象がほぼ同時にアウグストを襲った。

 さらにランスロットはその隙をついて、光のような速さでアウグストに詰め寄り剣を振り下ろしたが、それも藍色に輝く光の壁に阻まれる。


 アウグストは命令を忠実に遂行し、魔法だろうと物理だろうと、すべての攻撃を防護魔法のみで返し、攻撃に転じることはない。しかも周囲に影響がないよう、彼は建物にまで防護魔法を張ってくれているようだ。

 ランスロットが魔法を乱発し、建物ごと真っ二つにせんばかりの斬撃を与えているにもかかわらず、神殿内部が破壊されている様子はない。


「嫌な男だ。相手が変わったとたん、多重詠唱に切り替えおったわ」

「ゲオルク。アウグストは大丈夫なの?」

「あやつは余の次に強き者。生きてきた年月だけなら、そこの腹黒神獣にもひけはとらぬ」


 ゲオルクはそう言いながら、ボヌムのほうへ顎をしゃくる。ボヌムはなにも答えず、ただ微笑むだけだった。


「ボヌム。戴冠式に参列している人々の保護は?」

「それは大丈夫。僕の次に経験のある仲間が守っているからね」

「それよか、問題はランスロットだろ」


 そう言って、ソールは無表情で戦う銀髪の美丈夫へと視線を振り、微かに眉根を寄せる。同じようにランスロットを一瞥したボヌムも、視認するなりやや難しい表情となった。


「やっぱダメだな、あれは」

「同感だ。早めに元凶を叩いたほうがいい」


 ソールの言葉に対して、ボヌムも素直に首肯する。

 ふいにソールが私の体から手を離して、頭をポンポンと叩いた。

 その瞬間、体が淡く輝き、ふんわりと温もりに包まれる。


「悪い、俺もボヌムも、その元凶の相手をしなけりゃなんねぇんだわ。そうしねぇと、おまえを祭壇のほうへ連れていけねぇんだ」

「そんなに悪い状況なの?」

「予想以上にね。あれは人類が対応できる存在ではないから」

「俺たちの仲間がマジで戦ってんの、二千年ぶりに見た。だから、ここはおまえとゲオルクで凌いでくれると助かる」


 ソールは前髪をかき上げながら、なんでもないことのように言ってくる。彼は本当に私にできると思っているのだろうか?

 いや、帝国最強の魔王がうしろにいるから言っているんだろう。

 ゲオルクもソールもケンカは多いけれど、なんだかんだで互いの実力は認めている。


「おまえならできるって。頼んだぜ、月見()()

「僕もきみを信じているよ。……では、またあとで」


 そんな私の気持ちを見透かしたように、ソールはもう一度だけ私の頭をポンポンと叩いた。ボヌムもトンと私の肩を叩く。

 そして次の瞬間には、二人ともに音もなく姿を消していた。


「バカね。私はもう警察官じゃないわよ」


 呟くと、なぜか自然に笑みがこぼれた。

 きっとソールは私に発破をかけるため、わざと前世の職業を告げたのだ。

私の心の奥底にある、警察官としての挟持を奮い立たせるために。

 なぜだか、すごく懐かしい。この世界へ来てからまだ一年も経っていないのに、警察官としての記憶が、もう何十年も昔のことのような気がする。


 月見(つきみ)彩良(さら)。それが、私がこちらの世界へ転生する前の名前。

 そして最終階級は――警視だ。


 とはいえ、それを知るのは神々とソールを含めた神獣たちと、数人の腹心、そしてゲオルクとアウグストのみ。

 語っても、おそらく誰も信じることはない。けれど、それでも語れない秘密だ。


 私は改めて、アウグストと戦う銀髪の騎士に目を向ける。

 脳内シュミレーションしても、勝てる要素が見当たらない。私も転生してから鍛錬を重ねてきたけれど、彼には遠く及ばない。

 戦えば、確実に死ぬ。けれど、その結末だけは迎えたくない。

 私のため、そしてなにより、ランスロットのためにも。


「余は必要か?」


 そんな私の微かな弱気を見透かしたかのように、背後にいたゲオルクが私の耳元で囁く。低めの声が甘く愛を告げているかのようで、不覚にも体が快感を覚えそうになり、ゾクッと体を震わせてしまった。

 私の反応を見て、ゲオルクが微笑む。普段のシニカルな笑い方ではなく、優しげで嬉しそうな顔……絶対感じちゃったのバレてるわね。く、悔しい。


「も、もちろん必要よ! 女神様と交した約束しために利用させてもらうわ」


 そのためにはありとあらゆるものを躊躇なく利用する。だからゲオルクが許すなら、私は彼の能力を遠慮なく行使させてもらう。手段は選ばない。

 ゲオルクは、私のそういった考え方を気に入っているらしい。


「下がれ、アウグスト」

「御意」


 ゲオルクが乱暴に放り投げたコートを目にも止まらぬ速さで移動して受け取ったアウグストは、その場で丁寧に頭を下げる。

 同時に、アウグストの足下から走った濃藍色の輝きが、狭い廊下から壁、天上へと隅から隅まで一瞬で広がった。

 これも防護魔法、それもかなり巨大で強固な結界だ。やはりアウグストは神殿を壊さないように気を遣ってくれている。

 というより、これから主人が大暴れするから、守らなければ神殿が跡形もなくなると判断したんだろうな。


「余と並んで『魔王』と称されている男だ。本気を出してやろう」


 ゲオルクは右手で抜剣し、不敵な笑みを浮かべながら左手に魔力を溜めてゆく。

 普段は怠惰に過ごしているくせに、こういうときだけ妙に頼もしい。まぁ、だからこそ北方の軍事国家をまとめ上げられるんだろうけど。


「じゃあ、私も元の世界へ戻るためにがんばりますか」


 改めて最終目的を宣言し、私は腰に下げられた刀を抜いて構えた。


 異世界へ転生してからの、これまでのことを思い返しながら――――

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