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前世がアラフィフ刑事の愛され女王は早く元の世界に帰りたい  作者: お遍路猫@
第三章 創造神の使徒は逆らわない
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第三章ー②

 ボヌムの正面、一階の食堂にある、カウンター席に見慣れない人物が三人座っていた。

 全員、白いローブを頭からかぶっている。一見すると人っぽい。しかしソールには、その人物が何者なのかすぐに感知することができた。


「おい、まさか……」

「そのまさかだよ、ソール」


 苦笑混じりに答え、ボヌムは三名の客人へ冷えたお茶を出してゆく。

 ソールはため息をつき、その場に荷物を置いた。


「それで、なにかご用ですか、創造神様方」


 ソールが声をかけると、あとから入ってきたユキヅキが「え?」と目をむいた。


「やはり、そなたにはわかるか、ソールよ」

「俺でなくても気づけますよ」


 現にユキヅキはソールが声をかけたときこそ驚いていたが、創造神たちのあふれんばかりの神気に気づいた瞬間、伏せをして頭を垂れている。


「神様オーラを消しているつもりでしょうけど、すっげぇ漏れてます」

「ふむ……変化なしか」


 上半身が人間、下半身が白い蛇のそれと同じである生命の女神カコウが呟く。


「あまり上手く化かせなかったようだ」

「うむ! 兄者、姉者! 我らの変化は、まだまだ未完成のようだな!」


 人間の頭に鷲の体を持つ創造の男神タイコウが楽しげに笑うと、牛の上半身で人間の下半身を持つ、知恵の男神エンテイが大声で答える。


「いや、変化って……」


 せめて人間に化けるならともかく、単純に小型になっただけで化かすもなにもないだろう。

 そのまま人里に下りたら間違いなく魔物扱いされるはずだし、元の大きさでいたら各国から討伐対象にされかねない。人間は創造神たちの本当の姿や大きさを知らないからだ。


 などと考えていたら、創造神たちが音もなく人間の姿に変化した。

 できるんなら、最初からやればいいのに。

 そんな内心でのツッコミを創造神たちは待っていたのかもしれないとソールは考え、大きくため息をついた。

 一部始終を見守っていたボヌムは、口元に手を当てて静かに笑っている。おそらく、ソールの反応も含めてすべて予想していたのだろう。


「創造神様方のお力は僕たちの比ではないんですよ。それで隠せると本気でお思いですか?」

(確かに)


 ソールは心のなかで、即座にボヌムに同意していた。

 実際、この創造神たる三柱が本気になれば、大陸どころか全世界を崩壊させ、すべてをゼロから創り直せるのだ。

 そんな強大な力が隠し通せるわけがない。そもそも、なぜ隠そうと思うのか。そこがわからんとソールは内心呆れてしまう。


「おまえたちを驚かそうと思うてな」


 生命の女神が、心を見透かしたように答え、妖艶な笑みを赤い口元に浮かべた。


「相変わらずですね、カコウ様」


 そんな女神に対して、ボヌムが穏やかな、しかしどこか楽しげな口調で答える。

 おそらく三兄妹のなかで一番のお茶目な神が彼女だと神獣たちは思っている。ただし、三兄妹の誰よりも厳しいことも承知しているのだが。

 ソールはユキヅキに荷物運びを頼んでから、自らもボヌムがいるキッチンスペースへ入った。ユキヅキは先ほどの説教などなかったかのように素直に従い、私室で留守番をしていた他の眷属を呼ぶために移動する。


「おう! わが輩は姉者の誘いに乗ってな! 人間に化けようということになったのだ!」


 エンテイが拳を握って力説した。

 彼を見ると、『熱血漢』という言葉が似合う神だとソールは会う度に感じている。

 知恵と力を司ってはいるものの、力がオーラのごとく全身から噴き出しているかのような雰囲気を持つ。知恵が欠片も見受けられない。武神として伝えれば、そのまま通ってしまいそうだ。


 とはいえ武神は創造神たちが創世記に生み落としているし、かの神のことはソールたちもよく知っている。

 ただし、その武神のほうがエンテイよりもやや知的に見えるのは、広く『武』というものを突き詰めると、『力』だけではないことに遅かれ早かれ気づくからだろうとソールは思っている。

 決して武神のほうがエンテイよりも美丈夫だからとか、そんなことは神獣仲間の誰一人として思っていないはずだ。


(……と、信じたい)


 ただしソールに限って言えば、他の神獣たちが感じている思いから、やや斜め上の方向からエンテイを知恵と力ではなく運動の神っぽいと感じている。

 なぜならエンテイを見たソールの脳裏には、前世のテレビで見た某熱血プロテニスプレイヤーの姿が脳裏に浮かぶからだ。

 エンテイは牛の上半身の持ち主だが、人間に化けるとなぜか彼と似た顔になるというのが、その理由だった。そしてソールの心を読んだエンテイが、「そいつは誰だ?」と言いたげな顔をして首を傾げた。


「他の者たちはどうした?」


 どちらに問うともなく言い、タイコウが穏やかな笑顔を向けた。

 ソールはボヌムと顔を見合わせてから、それぞれが朝食時に告げた予定を思い返してみた。


「アンヌスとヴィータは見回りすると言っておりました」

「ムンドゥスは転生者の『世話』をしにウルツァイト帝国だったかと。あぁ、アーエールもそうですね。あいつはオパルス連邦王国だ」


 確か自分もアーエールの補佐役として担当していた男がいたな、とソールは思い出す。最初に挨拶したきりでアーエールに任せきりにしたため、たまに彼女から嫌味を言われるのだ。

 そんなことは一言も創造神には漏らしていないが、おそらく三柱にはお見通しだろう。


「そのままでも良いので、神獣たちと話がしたい。お願いできるかね?」


 タイコウがさらに質問を重ねる。

 笑顔だが、目が真剣だった。ソールだけでなく、常に沈着な判断を行うボヌムも緊急事態かと判断したようだ。


「帰宅させることもできますが……」


 ボヌムの返答に、カコウがゆっくりと首を横に振った。


「いや、我らの話を聞いたうえで、その返事が欲しいだけじゃ。そなたらの邪魔をしたいわけではない」

「承知いたしました」


 ボヌムはすぐに仲間たちと意識を繋ぐ。ソールたちが『精神感応リンク』と呼んでいる神獣のみが持つこの能力は、仲間の脳へ直接干渉することで、五感を共有できる。つまり、ボヌムの耳へ届いた言葉が仲間たちにも届くというわけだ。

 もちろん意識は隣に立つソールにも繋がれている。これは頭のなかで仲間と会話するためだった。

 こめかみの当たりに手を当て、意識が繋がっていることを確認したボヌムが冷静に告げる。


「いま彼らと意識を繋ぎました。このままお話しください」


 ソールがふと視線を隣へやると、もっとも神獣として長らく役目を務めている男が、早くも冷静に思考を巡らせていることに気づいた。

 ボヌムは会話から熟思しようとするとき、少しだけ視線が対象者からそれる癖がある。

 仲間のなかで誰よりも聡明な彼はタイコウの発言から早くもなにかを察し、情報を得るためにさらなる発言を待っていた。


「うむ。……それにしても、ここの茶は相変わらずおかしな色をしとるのう」


 カコウが、グラスを頭上に掲げながらまじまじとみつめている。

 香りこそ柑橘系のそれだが、グラスの中の液体は紫や黄色、青、赤、緑、黒、白……と変化したり、たまに光ったりしている。花火みたいな茶だ。


「魔物が多い樹海で採れる茶葉ですからね。魔物に気に当てられるんですよ」

「まっこと、おもしろい世界ができたものよ。のう兄上」

「あぁ。カコウ、創ったかいがあった」

「とはいえ、今や崩壊の危機でもある!」

「は……?」


 相変わらず握り拳で力説するエンテイを、ソールは目を丸くしてみつめ返してしまった。

 対照的に、ボヌムはようやく回答をみつけたと言わんばかりの顔をして、何度か小さくうなずく。だが頭脳明晰な仲間は、得心しても慎重を期して質問を重ねることは忘れない。


「ですが、そのような気配は、僕たちが見回りをしていたときでもあまり感じられませんでしたが……」

(……だよな。それに気づいているなら、食事時にでも話題に上るはずだ)


 その証拠に、意識を繋いだ仲間たちからも《え?》《マジで?》《なんで?》という声が次々と上がっている。


「世界は変わらない。ただ人類という種の存続が危ういんだ」


 焦りなど微塵も感じさせない穏やかな口調でタイコウが告げる。


「それはこの東の大陸(オルトゥス)だけですか?」

「今のところは」

「状況によっては、西の大陸(オッキデンス)にも影響が出るということですね。西の大陸(オッキデンス)を守護する神獣たちとも意識を繋ぎましょうか?」

「いや、時が来るまで待ってくれないか。今は東の大陸(オルトゥス)だけでいい」


(相変わらず、タイコウ様は不思議な声をしてんな)


 タイコウとボヌムのやり取りを聞きながら、ソールはそんな場違いなことを考えていた。

 常に穏やかな心と表情を持つ目の前の創造神が言葉を発すると、なぜか心がスッと落ち着いてゆくのを、ソールは毎回疑問に感じていた。


 タイコウはあらゆるものを一からではなく、無から創り出す強大な力を持つ創造神だが、他者へ与える感情は平穏。それでも、人間の頭に鷲の体を持つタイコウを初めて見る者は怯えてしまうだろう。

 ソール自身、転生前に会ったときはドン引きしてしまったのだから。

 しかし、そのとき敵愾心を持ったとしても、なぜか話しているうちに落ち着いてしまい、自然にタイコウに従うようになってゆく。

 もちろん、カコウやエンテイも同じなのだが、長兄であるタイコウの声音は群を抜いていた。


 その平静を与える声が、「人類絶滅の危機」を穏やかに告げたのだ。


(いったい、その根拠はどこにあるんだ……?)


 ソールは密かに首を傾げた。

 そのときフッと、ソールは過去を思い出した。……嫌悪しかない、とても暗い記憶だ。


「……もしかして、俺のせいか?」


 ソールの呟きを耳にするなり、隣に立つボヌムの気配が軽く硬化した。

 彼の態度を見て、ソールは改めて思い出す。あの一件を目の当たりにした仲間は、もうボヌムとムンドゥスしかいないのだということを。


「ソール、おまえのせいではない」


 カコウのつぶやきに、タイコウが小さくうなずく。


「あの一件に関しては、私たちは許したはずだね」

「うむ! あれは人間が悪いと我らは判断した!」


 兄姉の言葉にエンテイも両腕を胸の前で組み、大仰にうなずいている。タイコウはただただ穏やかに微笑むだけだ。


「確かに、そうですがね……」


 その件に関しては、五千年前に創造神たちから許しは得ている。

 許されたことについても、当時のソールは神獣になってまだ百年にも満たなかったし、自身も「創造神様方のお言葉に甘えるか」と半分開き直ったこともあった。


 だが、そのときの暴挙からくる自責の念。

 この贖罪は時間が経過すればするほど、驚くほどの重量を持ってソールの背へのしかかる。

 そのおもりがあるせいか、ソールはほんの少しだけ、他の神獣たちよりも人間が苦手になっていた。

 過去を思い出したソールの雰囲気が重苦しくなったことに気づいたらしく、カコウがソールを見てにこりと微笑んでから、ボヌムのほうへ視線を置いた。


「ボヌム。わらわは今回、異世界から女を一人転生させたのじゃがな」

「なるほど、今回は『世話』のお話でしたか」

「うむ。しかし転生の際、その者が転生を受けるための条件を出した。緊急事態であったゆえ、わらわも約束してしもうたのじゃ」

「転生者と約束……ですか? 転生してからではなく、転生するための……?」


 ボヌムが不思議そうに首を傾ける。

 だが、その疑問はソールも同じく持った。

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