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序章ー①

少しでも楽しんでいただければ幸いです^^

 厳かな石造りの神殿のなか、静寂を切り裂くような爆発音が水中にいても聞こえた。

 私――エレノーラ・セシリア・サラは慌てて水から顔を上げる。

 王宮の隣に位置する大聖堂の地下で、戴冠式の前に執り行われる沐浴。

 私の目の前に置かれた砂時計がすべて落ちるまで、ここで神々に祈りなさいと神官から告げられていたのだが……


 ――ドゴォン!


 再び、爆音が耳を突く。音の大きさから察するに、かなり近い。

 もしかしたら、このあと移動する中央祭壇広間でなにかあったのかもしれないと思い至り、私は急いで泉から上がった。


「なにがあったの⁉ 報告しなさい!」


 沐浴用の薄衣のまま泉の広間から出ると、私はドアの前で控えていた女性騎士へ声をかける。


「え、エレノーラ殿下!」

「その、わ、わかりません……!」


 しかし、騎士たちもまたなにが起こっているのか理解できていないうえに、私が裸に薄衣一枚――しかも濡れていて肌が透けて見える――という姿なものだから、目のやり場に困って混乱していた。

 同性でも、王族の裸を見ることは不敬にあたるのだろう。


「ご無事ですか、殿下!」


 そんななか、スカートの両端を指でつまむようにして持ち上げ、小走りで駆け寄ってくる濃紺のロングワンピースを着た女性が見えた。

 第一王女付き女官長のフローラだ。

 礼儀やしきたりに厳しい彼女が走り寄ってくるなど、よほどの異常事態に違いない。


「フローラ、今の音はなに⁉ なにが起こっているの⁉」

「ご説明は着替えながら。とにかく、今はここからお逃げください!」


 私の返事を待たずに、半ば強引に着替えが始まる。

 フローラは黒いロングワンピースを着た黒髪の女官とともに、手際よく準備していた下着と、純白の騎士服への着付けを行った。


「この服を着るということは……誰かが襲ってきたということね」


 沐浴前に、私はフローラへ命じていた。

 奇襲があれば戴冠式用の騎士服へ、問題がなければ戴冠式用のドレスを持ってきなさい、と。

 フローラは忠実にそれに従ってくれたのだ。


「さようでございます。賊が中央祭壇広間へ複数の魔物とともに侵入いたしました。警備についていた第一騎士団および第十五騎士団が、副総帥であるイムベル卿指揮の下、現在応戦中でございます」

「魔物の数と種類は?」

「数、種類ともに多すぎてご報告するほうが困難かと。あえて申し上げますなら、大型の獰猛種を何体も用意した、とだけ」

「わかったわ。ありがとう」

「あの方が、このようなときに行方知れずとは……」


 黒髪の女官がどこか悔しげに呟く。

 そんな彼女をみつめたとき、ふと、視界の端に人影がチラリと揺れた。


「……いいえ。今、来たわ」


 フローラがやってきた道の反対側から、カツンと石畳を叩くブーツの音が聞こえる。

 長い廊下の先に見える曲がり角から、その人物はゆっくりと姿を現した。

 遠目でもよくわかる……いや、よく覚えている人物だ。


 長く美しい銀色の髪、バイオレット・サファイアのように輝く菫色の瞳が彩る面立ちは、まるで彫刻かと思えるほどに端正な美を表している。ほどよく引き締まった彼の体躯は、総帥に就く者の証である藍白色の制服を着用していた。


 ランスロット・ウィリアム・メディウス。

 オパルス連邦王国の現王国騎士団総帥。


 この地位に就く者は、軍事に関する実質的な最高責任者であり、その時代の『王の盾』と呼ばれる。

 さらに時と場合によっては軍務大臣よりも発言権を持つ。同時に王国最強と謳われるようになる。


 彼はすでに抜剣していたが、それは婚約者である私の安否を心配して……という色っぽい理由ではなさそうだ。

 彼が放つ殺気に気づいたとき、なぜか胸が締め付けられた。

 あなたは殺したいほど私が憎かったの?

 状況も理由もわかっている。でもそう考えるだけで、なぜだか息がつまりそうになる。


「ホント、ムカつくわね」


 つい本音がこぼれる。この私が男に振り回されるなんて、ありえない。

 命の危機が迫っているのに、それでも私はランスロットから目をそらせない。

 今まで出会ったどの男性よりも秀麗でたくましい彼は、どんなときでもあっさりと私の視線を奪うのだ。

 しかしフローラたちの手前、心に湧いた苦々しさを表に出すわけにはいかない。


「あなたたちは早く逃げなさい。殺されるわよ」


 彼女たちを背後へ押しやりながら告げると、フローラと黒髪の女官が驚いた顔をして私を見てから、私の視線の先へ顔を向けた。

 とたんにフローラが険しい、しかしどこか悲しげな顔をした。

 彼の全身から立ち上る異様な殺気に気づき、私が言ったことが冗談ではないと悟ったのだろう。


「殿下、ご武運を」


 二人はゆっくりと後ずさってから、やがて来た道を戻るようにして駆けていく。

 どこへ逃げても敵だらけかもしれないが、絶対に生き残って欲しい。

 もちろん、生き残ることは私の今生の課題でもある。


「さて、どうすればいいのかしらね」


 目の前の王国騎士団総帥の殺気は異常なほどに高まっている。まだかなり距離があるのに、あの殺気に当てられるだけで腰が砕けそうだ。

 意識をしっかり持っていないと、この場でへたり込みかもしれない。


 さらに、背を向けて逃げることは不可能。

 ランスロットの移動速度は、常人のそれをはるかに凌駕していることを私は知っている。私が一歩後退した瞬間、背後を取られて即王手だ。

 彼が王国最強の騎士と謳われるのも納得の強さ。

『銀の魔王』という二つ名は伊達ではないのだ。


「あんなのと戦うってわかってたら、絶対に転生しなかったわよ、創造神様」


 王国最強の武人に立ち向かうなど正気の沙汰ではない。それは理解している。だが、それでも私はやらなければならない。

 必ず生き残り、与えられた使命を全うして日本へ帰ること。

 それが生命の創造神と交わした約束だから。

 そういえば、創造神の使徒と自負している彼らは今ごろ――


「おい、大丈夫か?」

「……っ!」


 彼らを頭に思い浮かべた瞬間、その一人が私の前へ音も立てずにいきなり現れた。さらにほんの少し遅れて、もう一人が私の前に立つ。


「ソール! ボヌム!」


 一人は日本人特有の黒髪と濃褐色の瞳を持つ、大柄な青年ソールだ。

 ソールも面立ちは整っているものの、ランスロットには敵わない。しかしソールの魅力は面立ちではない、彼が全身から放つ独特の雰囲気だ。

 ある種の攻撃性を感じるソールの雰囲気は、私が今まで出会ったなかでピカイチの男性性特有の色気を持つ。要は男らしいのだ。


 ワンテンポ遅れて到着したのは、浅黒い肌に焦茶色の髪と琥珀色の瞳、先住民の雰囲気も持つヒスパニック系の青年ボヌムだ。

 態度は温和。優しげな面立ちは品良く整っており、常に微笑みを浮かべている。明晰な頭脳を全身で表わすかのような理知的な雰囲気は、まさに優等生という言葉がふさわしい。


 うーん。本当にこの二人、良い意味で好対照だわ。

 自らを『創造神の使徒』と名乗る彼らお得意の瞬間移動は、出会ってから何度も見ている。でも、こういう場面でやられると心臓に悪い。


「お願い、ソール、ボヌム。唐突に現れないで。心臓が止まるかと思った」

「え? まさかビビッてんの? マジで? 鋼の精神力を持ったおまえが?」


 こんなに緊迫した場面なのに、黒髪の男――ソールは緊張感など知らないと言わんばかりの屈託のない笑顔を見せる。

 こいつ子供っぽい顔をして、本当に子供みたいなことを言うわよね……。


 ソールの性格を知らない頃だったら、私はためらうことなく彼の顔面に拳をたたき込んでいただろう。

 でも私の濡れた銀髪に指を絡めるようにして頭を撫でてくれる姿を見ると、怒るに怒れない。この悪態は彼なりの心配を表現したものなのだ。


「本当に、きみは呆れるくらいにひどいことを言うね」


 対照的に、とても穏やかで大人びた微笑みを向けて、ボヌムは私をみつめてきた。

 彼の琥珀の輝きを持つ視線が妙に熱を帯びているように感じるのは、たぶん目の前の危機に対して私の神経が鋭敏になっているからに違いない。


「僕がここに残ろうか? さすがに相手が悪すぎる」


 ボヌムが私の左手を取り、そっと口づけた。さりげない温もりが、左手から全身へ流れてくる。

 ふっ……と、体の芯からなにかが湧き上がってくるような感覚を覚えた。もしかしたら、神獣としての能力を貸してくれたのかもしれない。


「確かにランスロットが相手じゃ、こいつには分が悪いな」


 ソールはボヌムへ相槌を打ちながら、自然な動作で私の左手を奪って真上に上げる。そんなソールを見て、ボヌムは苦笑を返した。

 この緊迫した状況下で、二人とも余裕がありすぎて困る。

 いくらチート能力持ちだからって、緊張感がなさすぎでしょう。そのノリに私を巻き込むのは勘弁してほしい。


 私はソールの手を振り払い、左手を自分のほうへ戻した。

 そのとき、床に魔法陣が浮かび上がり光を放つ。転移魔法だ。


「では、余がアレの相手をしてやろう」


 あぁ、もう! ややこしい事態なのに、さらにややこしい男が陣から出てきた。

 太陽のように輝かんばかりの金髪、見る者すべてを惹きつける金色の瞳。しかもオッドアイだから、右目は鮮血のような紅色である。

 顔立ちが左右対称かと疑いたくなるほど整っていることに加えて、赤い目の下にある泣きぼくろが印象的な美青年が、四十台後半くらいのイケオジ侍従を連れて私のそばに立っていた。


「ゲオルク」

「そなたのためなら、あの『銀の魔王』を余が倒してやるが?」


 私の銀髪を持ち上げると、その髪に口づけながらゲオルクは言う。

 また無駄に色気を振りまいて……。女官がこの場にいなくてよかった。


 戴冠式の主役である私よりも立派な礼服を着こなしつつも、襟元を開いたり装飾が派手なコートを肩へ軽く引っかけたりしただけの着崩し方が、ホストみたいで妙にカッコいいのよね、この人。


 だけど、簡単には褒めることはできない。

 北の大国であるウルツァイト帝国の礼服は黒基調の軍服みたいで素敵とか、あなたはキレイだからとても似合っているわ、とか。

 出会って間もない頃、彼の容姿やファッションセンスをなにも考えずに褒めたら、ゲオルクが狂喜して無数の贈り物を王宮へ送ってきたことがあり、対応に苦慮したのだ。

 あれ以降、私は不用意に褒めることを避けている。ゲオルク限定だけど。


「本物の魔王様がなにを言っているの。倒されるべきはあなたでしょ」

「我が麗しの王女様は手厳しい」

「だいたい、隣国の皇帝がいきなり我が国の重臣を殺したら、それこそ国際問題になるわよ」

「確かに」


 うなずいて、ゲオルクは苦笑を返してきた。


「それに私の未来の旦那様を殺されるのは困るわ」

「そうか、そうであったな。ならばやはり、殺しておいたほうがよかろう」

「おぉ、今ならこの乱闘騒ぎのせいにできるしな」


 手のひらを返したかのようなゲオルクの言葉尻に乗ったソールが、大仰な仕草でうなずいた。

 いつもケンカしているくせに、なんでこんなときだけ息が合うんだか。


 ボヌムは口元に手を当て、声を殺して笑っている。二人を止めるつもりはないらしい。

 彼は本来真面目な性格だけれど、変なところで茶目っ気を出すのが困る。


「だから! 冗談はそこまでにして! ランスロットを殺したら全員、王国への入国を禁止するわよ!」

「それは困る。余がそなたの後宮に入れぬ」

「一国の君主が他国の後宮になんて入れ……っ⁉」


 反論しようとしたら、ゲオルクが私の頬に唇を落とした。

 私が怒って振り返るよりも早く、「おい」と低い声で呟いたソールの手がゲオルクへ伸びる。ゲオルクは触れられる寸前に一歩後退し、どこか挑発的な笑みをソールへ返した。

 もう嫌だ、この人たち。ケンカするならよそでやって、お願い。


「やめないか、ソール。いま相手すべきはゲオルクではないよ。ゲオルクも、ここで暴れるようなら邪魔者として排除するけれど、いいね?」


 やっとボヌムが普段どおりに戻って二人を叱ってくれた。

 厳しい口調で窘められたソールとゲオルクが、ほぼ同時に舌打ちをもらす。

 その光景にホッとしたのも束の間、


 ――ドォォォォン!


 三度目の爆発音が轟いた。

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